第5話 スライム三兄弟

 新宿ダンジョンは、階層によって適正レベルに大きな差があるため、数多の探索者から重宝されている。

 春重の挑もうとしている十階層は、適正レベル10以上。

 探索者として生計を立てている者で、そのレベル帯で成長が止まるというのはまずない。

 故に、上層を素通りする者は多く、春重のように慎重に探索する者は少ないため、十階層までは極めて空いていた。


「モンスターを気にしている様子がないな……みんなベテランなのか」


 談笑しながら通り過ぎた若者を見て、春重は呆気にとられていた。

 先ほどから、今のような若者ばかりが奥へと進んでいく。

 きっと彼らは、自分と違って相当な手練れなのだ。

 余裕そうなのは大変羨ましく思うが、春重は気を引き締めて、前を向く。


 春重は、決して危険を冒したいわけではない。

 ダンジョンで生計を立てることは可能なのか、それを確かめるために、ここにいるのだ。


 贅沢な暮らしはいらない。

 平凡に暮らせるのであれば、それでいい。

 故に、必要以上のリスクは冒す必要なし。

 何度も心に言い聞かせ、春重は慎重に歩を進めた。


「……っと、そろそろ出しておくか」


 接敵する前に、春重はに命令を出す。

 すると、ジャージの裾からスルスルと三匹のスライムが現れた。


 昨日のような連れ回し方では、どうしても嵩張ってしまう。

 そこで、春重は一晩考えた。

 そしてたどり着いたのが、スライムを紐状にして、体に巻きつけるという方法である。

 一言「巻きつけ」と命令するだけで、スライムは体を細長く伸ばし、それぞれ足と胴に巻きつく。

 下半身が若干太くなったように見えるが、ジャージのようにゆったりとした衣類であれば、まあ……誤魔化すことも可能である。多分。


「索敵を頼む。敵を見つけたら、その場で飛び跳ねてくれ」


 そうして春重は、スライムを連れながら奥へと進んでいく。



 しばらく進むと、突然スライムが飛び跳ね始めた。

 どうやら敵を見つけたらしい。


「よし……!」


 春重は、気合を入れてナイフを抜く。

 道の先に見えたのは、人型の何かだった。

 小柄で、顔は醜悪。

 肌は毒々しい緑色で、生臭さと獣臭さが混ざったような、なんとも言えない悪臭が鼻をついた。

 

 ――――やりにくいな。


 人型となると、どうしても抵抗が生まれる。

 シルエットというのは、印象を決める上で大きな要因となる。

 よく見ればバケモノと分かるし、こちらに殺意を向けてきているのだが、それでもやはり、春重の歩みは少々遅くなってしまった。


「ギャッギャ!」


「っ!」


 モンスターは棍棒を振り上げ、春重に飛びかかる。

 春重は『緊急回避』のスキルで、華麗にそれをかわした。

 

「ダメだ……ちゃんと割り切らないと」


 そう言い聞かせた途端、春重は腹の底からやる気が湧き上がってくるのを感じた。

 これはたった今、新たに獲得したスキル『闘志』の影響なのだが、ステータスを確認していない春重は、まだそのことを知らない。


「『鑑定』」


 春重の視界に、モンスターのステータスが表示される。



名前:

種族:ゴブリン

年齢:

状態:通常

LV:5

 

HP:41/41

SP:7/7


スキル:『棍棒』『繁殖』



 ゴブリン、如何にもな種族名だ。

 やはりレベルはだいぶ低い。これならば、立ち回りを気にする必要もないだろう。


 春重はゴブリンを間合いに捉え、首に向けてナイフを振る。

『ナイフ(LV4)』のスキルによって恩恵を得た一撃は、たやすくゴブリンの首を切り裂いた。

 鮮血が飛び、敵の体が崩れ落ちる。

 

「よかった……ちゃんと首を狙えて」


 春重が調べた情報によると、心臓や首といった急所を狙うと、HPへのダメージが倍増するらしい。攻撃力が足りなければ、急所を狙ったとしても一撃で倒すことはできないということだ。

 敵が強いのであれば、地道にHPを削りにいくというのも正解の一つである。


「……え?」


 春重の目の前で、ゴブリンの死体が黒い霧となって消えていく。

 残ったのは、きらりと光る白い何か。


「なんだこれ……『鑑定』」



名前:ゴブリンの牙

種別:加工用アイテム

状態:未加工


HP:10/10



 ――――触っちゃった。


 匂いで分かる通り、ゴブリンの体は清潔ではない。

 ヌメヌメしたり、黄ばんでいる様子はないが、この歯もゴブリンの一部だったと考えると、生理的に受け入れがたいものがあった。


 しかし、モンスターのドロップアイテムも、売ればいくらかお金になる。

 装備や装飾品の素材になるため、いくらなんでも持ち帰らないわけにはいかない。


「……仕方ない」


 春重は、ゴブリンの牙をウエストポーチに入れた。

 探索者やダンジョンについて調べているときに、彼はドロップアイテムの存在を知った。

 このウエストポーチは、それを集めるために、押入れの奥から引っ張り出してきたものである。

 確か、健康のためにジョギングでもしようと思って買ったのだが、仕事が忙しすぎて結局一度も使わなかった、哀愁漂う一品だ。

 どういう形であれ、無駄にならなくてよかった。


「レベルは上がってない、か」


 日暮里ダンジョンで戦ったスライムたちは、すべてレベル1から3。

 今戦ったゴブリンは、レベル5。

 スライムより強いため、倒した際の経験値も多い。

 とはいえ、春重のレベルは18。

 いくら経験値効率がよくなっても、低レベルモンスターではなかなかレベルが上がらない。

 

「ギャッギャァ!」


「お、新手か」


 春重を見つけたゴブリンが、棍棒を振り回しながら向かってくる。

 ふと、足元で飛び跳ねるスライムたちを見る。

 

 

名前:すら一郎

種族:スライム

年齢:0

状態:命令実行中

LV:12

 

HP:98/98

SP:22/22


スキル:『突進LV2』、『吸収LV3』



 ――――すら一郎たちでも倒せるか?


 この男、スライムにちゃっかり名前をつけていたようだ。


 スライムたちでゴブリンを倒すことができれば、今後貴重な戦力として扱える。


「ものは試し……ゴブリンを倒せ! すら一郎! すら二郎! すら三郎!」


 春重がそう命じると、スライムたちは一斉にゴブリンへと飛び掛かった。


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