第3話 レベル上げ

「命令待機中ってあるけど……知能がないモンスターは、命令を理解できないって言ってたよな」


 職員の言葉を思い出す。

 しかし、ものは試しという言葉があるように、何事も自分で確かめることが大切だ。

 春重は、スライムに向けて命令を出す。


「と、跳んでみろ」


『……』


 すると、スライムがその場で跳ね始める。

 どうやら、春重の命令は機能しているようだった。

 話が違うと思いつつ、今一度ステータスを確認してみる。



名前:

種族:スライム

年齢:

状態:命令実行中

LV:1

 

HP:4/19

SP:2/2


スキル:『突進』、『吸収』



「実行中か……」


 ――――それならば、と。


「やめろ」


『……』


 スライムは、とび跳ねるのをピタリとやめた。

 再びステータスを確認すると、状態の項目が、『命令待機中』に戻っている。


 春重は不思議に思った。

 職員からあんなに同情されるほど、このスキルは悪いものなのだろうか。


 ――――いや、都合よく考えるのは危険だ。


 己を律し、春重は落ち着いて考える。

 現時点で、『万物支配ワールドテイム』がいいスキルなのか、それとも悪いスキルなのか、はっきりと判断するには材料が足りない。

 もっと多くの実験が必要だ。少なくとも、スライム以外の実験体がほしい。

 

「……俺を先導して、敵がいたらその場で飛び跳ねろ」


 再びスライムに命令を出す。

 スライムは微動だにしないが、『命令実行中』になっていることから、命令は届いているようだ。

 自分が歩き出さなければ、スライムも進まないのではないかと思い、春重は歩き出す。

 すると、案の定スライムがダンジョンの奥へ向かって、ペタペタと音を立てながら進み始めた。

 なんとも愛らしいステップ。一生見ていられそうだ。

 飛び跳ねるスライムを見て、心にふわりと花が咲いた感覚を覚える。

 会社ではよく、度重なる残業でハイになった後輩が、廊下で不思議なダンスを踊っているのを目撃することがあったが、あの時はずいぶんと悲痛な気持ちになったものだ。


「おっ……」


 しばらく進むと、スライムがペタペタと飛び跳ね始める。

 どうやら、ちゃんと敵を見つけてくれたらしい。


 思いつきでやらせてみたはいいものの、目や鼻、耳もないのに、どうやって周辺の状況を理解しているのだろうか――――。


 疑問ばかりがふくらむが、今はそれどころではない。

 道の先には、再びスライムが一体。

 春重はナイフを構えながら、慎重に歩を進めた。



「ふぅ……」


 新たに現れたスライムにナイフを突き立て、春重は息を吐く。

 初戦闘から、三時間ほどが経った。

 一体、どれだけのスライムを倒しただろう。

 スライムは倒してしまうと、液体となって地面に流れてしまう。死骸は一つも残っていないが、少なくとも、百は越えているはずだ。

 戦利品は、新たに支配テイムした二体のスライム。

 一体では心もとないと思って増やしたのだが、目の保養になるくらいで、今のところは役立っていない。

 

「ずいぶんレベルも上がったな……」


 春重がステータスを開く。



名前:山本春重

種族:人間

年齢:38

状態:通常

LV:8

 

HP:146/154

SP:123/263


スキル:『万物支配ワールドテイム』『鑑定』『精神耐性』『ナイフ(LV2)』『緊急回避(LV2)』



 春重は、探索者に対する見識が狭いため、他者と自分を比べることができない。

 レベル1から7もレベルが上がったわけだが、それが果たして早いのか、順当なのか、むしろ遅いくらいなのか、まったく判断がつかないのだ。

 

 実際、彼のレベルアップ速度は、他の探索者の四倍・・の速さだった。


 原因は、春重の周りを飛び回る三体のスライムにある。

万物支配ワールドテイム』の特性、経験値共有・・・・・

 支配テイムした生物が視認可能な範囲にいる限り、スキル使用者はその生物の分まで経験値を獲得できる。

 いわゆる『下僕』という名の仲間を増やせば増やすほど、春重のレベルは上がりやすくなっていくというわけだ。

 

 現時点で、『万物支配ワールドテイム』に対して、理解が深まった点がいくつかある。


 まず、消費SPは対象のレベルによって決まる。

 例えば、レベル1のモンスターであれば、一律40SP。


 そして、一度支配テイムに成功したものは、春重本人がスキルをキャンセルしない限り、永久的に支配下に置ける。

 時間制限もなければ、命令に対する回数制限もない。

 

 職員の話と少し違うが・・・・・、思ったより便利なスキルではないか。

 モチベーションが大きく上がった春重は、スライム三兄弟を連れて、ダンジョンの中をウロウロと徘徊し始める。

 こうしていると、いずれ新たなスライムが湧くのだ。

 腕時計を見れば、時刻はまだ十四時。

 せっかく仕事がないのだから、二十二時には家に帰りたい。

 ここにいられるのは、帰る時間も考えて残り七時間程度。

 春重は、ただ淡々と、現れるスライムを狩り続けた。



「よいしょっと……」


 ナイフを突き立てれば、スライムは一撃で液状化する。

『ナイフLV4』のスキルによって、ナイフの取り扱いが、明らかな上達を見せていた。

 

 こうして強くなっていくのか――――なんて感心しながら、春重は巡回を続ける。

 

 そうしているうちに、気づけば二十一時を回っていた。

 予定通り、ここらが切り上げ時だろう。

 

「ステータス」



名前:山本春重

種族:人間

年齢:38

状態:通常

LV:18

 

HP:360/368

SP:372/512


スキル:『万物支配ワールドテイム』『鑑定』『精神耐性』『ナイフ(LV4)』『緊急回避(LV4)』『索敵(LV3)』



 新たに覚えた索敵スキルのおかげで、湧いたスライムがどこにいるのか、瞬時に把握することが可能になった。

 おかげで効率も上がり、レベルもかなり上がった。

 どうやら、そのスキルに関係する行動をとることで、自然と習得できるようになっているらしい。


「……よし、帰るか」


 ナイフをケースにしまった春重は、立ちっぱなしで疲れた腰をさすりながら、ダンジョンを出た。

 十時間以上もこんな初心者ダンジョンに滞在した人間は、数十年という長い時間の中で彼が初めてなのだが、本人は知る由もない。



 外に出て、春重はふと気づく。


 このスライムたち、どうしよう――――。



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