第2話 初探索
春重の前には、巨大な洞窟があった。
都心には不釣り合いなその外観は、異質であるあまり、見た者を混乱させる。
ここには、山手線の駅の一つ、日暮里駅があった。
現在の名称は、『日暮里ダンジョン』。
外観は似ても似つかないが、ここはまさしく駅だったのだ。
階層は全部で八層。
比較的、内部のモンスターが弱いため、あえてダンジョンボスを討伐せず、初心者の訓練用施設として残されている。
「ふぅ……本当にやれるのだろうか」
ダンジョンの前に作られた広場で、ギルドで受け取った探索者キッドを開ける。
袋に入っていたのは、宝石のあしらわれたサバイバルナイフと、胸当て、そしてコルクで栓がされた試験管だった。
試験管の中には、緑色の液体が入っている。
「えっと、ポーションって言ってたっけ? HPが回復するんだよな?」
試験管は全部で四本。
うち二つは、HPを回復する『HPポーション』。
もう二つは、SPを回復する『SPポーション』。
上着を脱ぎ、ネクタイを外した春重は、ポーションを収納しておくためのベルトを装着した。
――――似合わねぇ。
自身の体を見て、春重は思った。
羞恥心を押し殺しながら、胸当ても装着する。
鉄板と革でできた簡単な胸当ては、わずかながらに安心感を与えてくれた。
せめてジャージで来ればよかったと後悔しつつ、春重は入口へと向かう。
初心者用ダンジョンは、基本的に空いている。
実は、意外と探索者を志す者は少ない。
近年、新人探索者の死亡事故が増加傾向にあるからだ。
探索者は儲かるという、表向きの情報を鵜呑みにし、浅い覚悟で踏み込む者が増えたためである。
幸い、初心者用ダンジョンでは死人は出ていない。
それが、春重が思い出受験ならぬ、思い出探索に踏み切った理由である。
「よし……行くぞ」
緊張の面持ちで、春重はダンジョンへと足を踏み入れた。
ひんやりとした空気が、彼の頬を撫でた。
洞窟の中は、岩の間に見える小さな鉱石が光源となり、ある程度の視界が確保されていた。
この鉱石は、魔光石と呼ばれている。
洞窟型のダンジョンにはよく見られる、絶えず光を放ち続ける原理不明の石だ。
春重は手汗を拭き、ゆっくりと歩を進める。
――――不気味だ。
ダンジョン内の光景は、テレビや動画サイトの映像を通して見たことがある。
そのときは、なんて神秘的な場所なのだろうと、むしろ感動すら覚えたものだが、こうして自分が足を踏み入れてみると、そんな印象は一変。
ここは、
春重の本能が、そう囁く。
この世界にあってはならない、そうひしひしと感じた。
「ふー……」
気づけば、緊張で呼吸が浅くなっていた。
深く息を吸い、深く息を吐く。
それを何度か繰り返したあたりで、春重の視界に、何か動くものが映った。
ぷるぷると揺れる体に、半透明な体色。
大きなゼリーのような塊が、ぴょんぴょんと跳び回っていた。
「す、スライムか……?」
昔遊んだゲームの敵に、こんなモンスターがいた気がする。
序盤の敵であり、その外見の可愛らしさから、数多のプレイヤーに愛される憎めないやつ。
「モンスターでいいんだよな……これ。えっと、『鑑定』」
春重は、スライムに対して『鑑定』スキルを行使する。
名前:
種族:スライム
年齢:
状態:通常
LV:1
HP:19/19
SP:2/2
スキル:『突進』、『吸収』
「名前とか年齢はないんだな……そりゃそうか。誰かのペットじゃあるまいし」
ステータスを見ている春重をよそに、スライムは己のスキルを行使する。
「え?」
ぷるぷると震えた瞬間、スライムは弾けるような勢いで、春重目掛けて飛んだ。
「ごっ――――」
胸を打つ、強烈な衝撃。
春重はたまらず地面を転がり、激しく咳き込んだ。
「ぐっ……ステータス」
名前:山本春重
種族:人間
年齢:38
状態:通常
LV:1
HP:54/62
SP:54/54
今の攻撃で、8のダメージを受けている。
スライムは『突進』のスキルを行使した。
これは、相手に向かって全力で体をぶつけるスキル。
たとえ小さな体でも、スキルの力を得れば、大きなダメージを与えることも可能。
そのことを、春重は身を以て味わった。
「あと七回も食らえばお陀仏か……」
春重が立ち上がると、スライムは再び『突進』を仕掛けてくる。
しかし、今度は当たらない。
注意して見ていれば、それは容易く避けられる程度の速度でしかなかった。
「まずはナイフで……」
スライムが着地したところを狙って、春重はナイフを突き入れる。
ぐじゅ、という嫌な感触がして、スライムは体液を撒き散らした。
名前:
種族:スライム
年齢:
状態:瀕死
LV:1
HP:4/19
SP:2/2
「だいぶ減ったな……」
ちょうどいいダメージが入ったことで、春重は安心する。
これなら、スキルの発動条件を満たしたはずだ。
スキルの発動方法は、習得した段階で春重の脳内に流れ込んできている。
「『
そう唱えた瞬間、春重は自身の体から力が抜け落ちる感覚を覚えた。
名前:山本春重
種族:人間
年齢:38
状態:通常
LV:1
HP:54/62
SP:14/54
――――SPを40も……。
SPとは、スピリットポイントの略とされており、精神エネルギーと言い換えることもできる。
SPが減少すると、探索者は強い精神的疲労を感じることになり、0になった者は、その場で気絶してしまう。
しかし、春重は思い出した。
一週間、家にも帰れず、会社に寝泊まりしてまで仕事をこなした日々を。
あのときと比べれば、こんな疲労、ないも同然。
「ど根性……!」
名前:山本春重
種族:人間
年齢:38
状態:通常
LV:1
HP:54/62
SP:112/152
スキル:『
――――なんか伸びとる。
レベルは上がっていないが、何故か急にSPが向上した。
新しいスキル、『精神耐性』を得たことで、彼に蓄積していたこれまでのストレスが、一気に緩和された結果である。
それで、肝心のスライムだが。
名前:
種族:スライム
年齢:
状態:命令待機中
LV:1
HP:4/19
SP:2/2
スキル:『突進』、『吸収』
「命令待機中……?」
先ほどから微動だにしないスライムのステータスには、そんな言葉が刻まれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。