第3話 〝万象消失〟


 大森林の外周部にある洞窟に手を加えたアジト、それが盗賊団の住処だった。上手いところに隠れやがるな、ここならなかなか捜索の手は伸びない。

 

「団長、第2部隊は全員所定の位置に布陣したわよ?」


 傭兵団の紅一点で第2戦闘部隊のマスコット兼部隊長のリンダたんが報告する。

 それを聞いた団長おやじが膝をついてリンダたんの頭を撫でる。リンダたんもくすぐったそうにそれを受け入れている。端から見てると孫を撫でてるジィさんだな……内情を知ってるとそんなに微笑ましくは見えないけど。


「第1部隊も突入準備完了だ」


 第1戦闘部隊長のザイードも報告してくる、コイツが残ったのは意外だったが今の状況ではありがたい。


 洞窟の崖の上にマッシュの巨漢がすぅーっと出て来て投げキスをしてからまたすぅーっと消えていく。向こうも準備完了って事か。


「諸々準備完了みてぇだな、最後のブリーフィング後に状況開始だ。小僧説明しろや」


「まずマッシュの部隊で見張りを沈黙させる」


「オネェさまたちなら楽勝ね」


 本陣に残った斥候部隊の連絡員が成功を確約する。


「見張りを制圧後、中にそのまま侵入して突入路を確保。そして第一陣として俺が単騎で突入する」


「相変わらず無茶するわよね。まああんたならやれるんでしょうけど」


「……その後、第1部隊が突入しいつものように暴れてくれ。今回は第2部隊はリンダた……さんの得物が、あの洞窟では狭すぎて使えないだろうからお留守番だ。逃げ出て来た奴を潰しておいてくれ。以上だ質問は?」


 無いみたいだな……なら、


「今回の仕事は俺からの依頼みたいなもんだ、帰ったら1杯奢らせてもらうからこんな所で死ぬなよ?あと俺からのオーダーはボスは俺が殺る……それだけだ」


「よし、状況開始だ始めろや」


 団長おやじのひと声で斥候部隊の連絡員が笛をひと吹き、俺には聞こえないがリンダたんが頭を抑えて、


「この笛苦手なのよね……」


 と苦い顔をしている、なんでも聞こえはしないけど頭に響くそうな。斥候部隊の連中は全員この笛の音を聴き分ける。笛から口を離して、


「これで今日の仕事はオシマイね♡」


 とウインクを飛ばしてくる。チッ、ゴンゾの兄貴が居ないから俺のところにコイツら来やがる。俺は無視して見張りが沈黙するのを待つ。


 見てると崖上から2本の綱が垂らされる、その綱を伝ってスルスルと崖下に降り立つ斥候部隊。見張りは全く気付いていないようだが、その背後に音も無く近寄り見張りの口を塞ぎ首の後ろから短刀を突き刺す。もう1人の見張りも同様に沈黙させている間に、他の隊員が洞窟内に侵入し突入路を確保する。その流れるような手際に惚れ惚れしながら俺は洞窟目指して駆け出していた。


「さすがの手際だなマッシュ」


「マーガレットよ!ふん、じゃあ行ってらっしゃい」


 軽口を叩きあってすれ違うと洞窟内に突入、入口付近で突入路を確保していた斥候部隊員を追い越しさらに奥へと進んでいく。

 結構内部は手を加えているようで、しっかりとドアなどが設置されている。制圧が面倒くさそうだな……まあザイードの仕事だ俺には関係ない、手伝わされそうだけど。

 少し奥に進んだ所で髭面の男と鉢合わせる、運の悪いやつだな。


「誰だてグギャ!」


 問答する気はないので特製グローブを着けた右手で殴り倒す。手応えあり、殺ったな……


「ゲンド?てめぇ誰だ!」


 誰何すいかする声が死角から聞こえる、チッもう1人居たのか。まあいいどうせ皆殺しだ、俺はそのままサイドステップで声の方に体を向ける。その勢いのまま右フックを相手のこめかみに叩き込むと、洞窟の岩壁と俺の拳でサンドイッチされた相手の頭が「グシャ」と嫌な音を出して潰れる。


「くそ!カチコミだーー!襲撃だぞー!」

 

 なんだもう1人居たのか……

 にわかに周囲が慌ただしくなる、反応が早いな結構訓練されてやがる。盗賊の分際で生意気な……

 3人の盗賊が2人と1人の隊列を組んで迫って来る。


「ホントに訓練されてるな、ただの盗賊じゃない?」


 突き出される短剣を鉄板を仕込んだ特製グローブ装着済みの左拳を使って逸らして躱す。体勢を崩した相手の顎に右拳を下から振り抜く、アッパーと俺が名付けた技で跳ね上げる。

 これで仲間の体が邪魔で俺を攻撃できない、俺は両拳を自分の顎下に添えて体を縮こまらせて隙間を抜け、盗賊との間合いを詰めると立て続けに2人を殴り飛ばして絶命させる。


「さてあとのザコはザイードに任せて俺は奥に行くか……大体こういう奴らのボスは最奥に居やがるからな」 




 最奥と思われる部屋の前まで来た、その間に2人ほど殴り飛ばしてザイードの仕事を減らしてやった。

 扉を蹴飛ばして中に飛び込んだ瞬間に短刀が飛んできたが、それを拳で弾き飛ばすと奥から感嘆の声が聞こえてくる。


「今のを顔色ひとつ変えずに捌くか、ウチの手下どもより使えそうだな。どうだあんちゃん俺の下に付かねぇか?」


 奥を見てみると、ガッチリした体つきをした髭面の男が興味深そうにこっちを見ていた。


「なに寝惚けたこと言ってやがる、それよりてめぇ1人か?……いやもう1人居やがるな、隠れてないで出てこい」


「隠れていたわけでは無いのだがね、機を伺ってただけです」 


 衝立の向こうから上等なスーツ、貴族が愛用しているマホガー製だな、を着た優男が現れた。


「言い訳なんかどうでもいい、2人共殺すだけだ」


「野蛮ですね、これだから下賎の者は嫌いなのです」


 相変わらず選民意識の強いやつだな。まあいい、


「ビイム村の敵討ちで来た。だから命乞いは聞かないぞ?」


「ああ、ここら辺では唯一軌道に乗せた開拓村ということで、調子に乗ってたバルス領のチンケな村ですね?この間潰しましたけど、やはり偽善者のバルスの領民だけあって命乞いも偽善に満ちてましたよ。何でしたかね?『自分は死んでも良いから村民だけは助けてくれ』でしたか……ちょっと気に触ったので妻と娘を眼の前で凌辱させてやったら発狂してましたね。本当に下品でした」


「黙れ」


「誰に物を言ってるんです?これだから本当に下賎の者は礼儀というものを知らない。嘆かわしい事です。そういえばあの男も礼儀がなっていませんでしたね。せっかくこの私が下民を気に入って相手をしてやったのに、その夫が血の涙を流しながら罵声を浴びせて来ましたからね」


「黙れと言った……てかお前か2人を殺ったのは!」


「いきなりなんですか?これだから下賎の者は慎みを知らないと言うんです。まあでもこの私の話を聞かせてあげたついでに魔力を練ることもできました。貴族の魔法で死ねるのですありがたく思いなさい。『覆い尽す大炎』!」


 魔力の炎が俺を包む、普通なら室内のものに延焼するし、こんな密閉空間でこの規模の炎なんか使ったら部屋の中の者は酸欠を起こしてしまうが、ある程度の力量の術者が放つ魔法の炎は、対象物を指定出来るし自然の法則に縛られない。そういう意味ではこいつもそこそこの術者ということになる。


 俺には関係ないけどな……

 

「何故燃えないんです!」


 スーツの男が驚愕の表情を見せる、俺は炎の中で何事もないように佇んでいる。そして左手を振り払うと魔法の炎は完全に消失した。


「〝万象消失インバリッドエラー〟……まさか、何故こんな所に居る?」


「何ですかそれは!?早く教えなさい!」


「あんたら貴族は魔法の事を『万象の力』と呼んで、それを一般人より強く上手く操れる貴族は貴いのだと嘯いてる。しかし傭兵にその『万象の力』を無効化し消失させる事が出来るやつが居ると聞いたことがある。そいつの能力の呼び名が〝万象消失インバリッドエラー〟そしてそれを操る傭兵の名前が〝剛拳〟ステ「説明ご苦労さんご褒美だ」グワッ!痛てぇじゃねぇか行儀が悪いなまだ話の途中だぞ?」


 俺の右拳に耐えやがった、さすがにボスと言ったところか。だが……


「お前の相手をしてる暇が無くなった、そこの外道を始末しなくちゃならないんでな……悪いが一撃で殺す」


「さっきのを忘れたのか?お前の拳じゃ俺は殺れ「問答無用」なに!いつの間に?なんだそのスピードは!」


「号砲滅殺拳!」


 全力で左拳を繰り出す、その威力に左腕がボスの背中を突き抜ける。


「まあただの全力パンチなんだがな……ってもう死んでるか。さてと……待たせたな」


 残るは本命のスーツの男だけだ。男は怯えた顔をして右腕を突き出し魔法を連射し始めた。


「下民が下民が下民が!燃えろ燃えろ燃えろー!」


 俺は何事もないように無効化しながら男に向かって歩いていく。男がなおも連射しながら、


「貴族の魔法だぞ!何故燃えない!下民の分際でー!」


 男を間合いに入れると殊更大きく左手を振りかぶって、全力で男の右腕を粉砕する。


「ビッグバン・インパクトォ!」 


「ぐわぁ!痛い痛い痛い!」


「おじさんとセシルさんはもっと痛かったし苦しかった……」


 言いながら倒れた男の左足を踏みつけて折る。


「あああ、痛いーー!それ以上はやめてくれ、私は貴族だぞ!私を辱めたらお前の一族郎党皆殺しになるのだぞ?」


「やれるもんならやってみろ……てか、ここまで近付いてもまだ気付かないのか?」


「痛い痛い!なんの事だ?それよりも早く私の治療をしろ!下民が!」


「下民下民うるさいな、グリン伯爵家ごときの次男坊風情が」


 右足も踏み抜いて折ってやる。


「何だと!我が家をごときと抜かすかこの下民が!」


 ほう、家の誇りが痛みを忘れさせたか。


「貴族籍を振りかざすくせに、さっきから誰に向かって喋ってるのか、あまつさえ誰を侮辱したのか今だに気付けないのか……だからごときと言われる」


「さっきから何を言ってる!」


「私を忘れたのかエドワード・フォン・グリン」


 スーツの男の本名を言ってやる、さすがにこれで気付くだろ。


「何故私の名前を知っている?……いやまさかその漆黒の瞳はステイル……ステイル・アークライト様?」


「よーし思い出したな?なら誰に喧嘩を売ったのかも、これからお前の誇りとする家がどうなるのかも分かるな?後悔しながら死ね」


「ああ!私は死んでも構いません!構いませんから、どうか家だけはお助けください!」


「お前はそう言ったビイムさんに何をした?忘れたとは言わさないぞ」


「あああそんな……我が家を下民の村ごときと一緒にしないでいただきたい」


 ふん、思い出したら言葉遣いも改めるか……ある意味清々しいまでの選民意識だな。


「もう喋るな虫酸が走る。死ね……」


 こいつの心臓付近を7割の力の左拳で撃ち抜いてやる。顔はこれからの事を考えると、潰すわけにはいかないしな。


「ふん、片付いたようだな」


団長おやじか……聞いてたんだろ?事情を聞かないのか?」


「なんの事だウチの不文律おきては知ってるだろう?それとも聞いてほしいのか?」


 自分から語らない限り団員の姓は聞かない、事情も聞かないだったな。


「いや、今は言えないな……すまん団長おやじ


「フン、粗方殲滅も終わったから残敵を掃討しながら入口に戻るぞ」


「了解だ」







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