第2話 ビイム開拓村の惨劇


「こりゃあヒデェ……」


 村の惨状を前に修羅場に慣れたはずの団員の顔が引きつる。

 俺はそれに応えられないまま、あるものを見つめていた。それはこの開拓村の村長のビイムさん、俺たち村の若い男たちにはソウリィのおじさんとおばさんで通っていたおしどり夫婦と、そのうち村一番の美人になると言われたソウリィの変わり果てた姿だった。


「ソウリィのおじさん……におばさん。それにソウリィまで……」


 眼の前にあるおじさんの死体は、無数の切り傷が体中に刻まれて多分拷問を受けていた。おばさんとソウリィは、そのおじさんの前でさんざん犯されたうえで殺されたんだろう、服が剥ぎ取られて裸にされ顔は絶望に染められていた。


 他の家も似たような惨状が繰り広げられたようで、男は斬り刻まれて女は犯されたうえで殺されていたと報告があったが、俺は見に行く勇気を持てなかった。


「もう一度村中を調査しろ!生き残りが居たら保護だ!隅々まで探せよ?あと居ねぇとは思うがもし盗賊が1人でも残ってやがったら生きたまま連れてこい……ワシが直々に斬り刻む」


 団長おやじの指示する声を後ろに聞きながら、俺は自分が住んでいた家へ向かう……

 身ひとつでこの村に来た俺を、受け入れてくれて養ってくれたカリノ家のおじさんとおばさん。それと2人の娘で俺をお兄ちゃんと慕ってくれていたアーニャ。

 ソウリィたちには悪いが、せめてこの3人だけは生き残っていてくれと一縷の希望を託して家に入る。だが入った俺を出迎えたのは、あの優しい笑顔の3人じゃなく家一面に立ち込める血と死の匂いだった。


「おじさん……セシルさん……アーニャ……俺だ、帰ってきたぞ?出て来てくれないか?」

 

 声を掛けるが応えはない、俺は震える足を引きずりリビングへ向かう。そこにあったのは俺にとっての地獄絵図だった……

 さっきのビイム家と寸分違わぬ惨状がそこにあった。縛られ動けなくされたうえで拷問を受けただろうおじさん、その前で美人と評判だった顔をパンパンに腫らして、どす黒く変色した顔で息絶えている一糸まとわぬ姿のおばさん。おじさんは血の涙を流して憤怒の表情で息絶えている。


「くそっ!なぜだ!なぜあの優しかった2人が、こんな目にあって死ななきゃならない!?」


 怒りに任せてリビングの壁を殴りつける、「ドゴン!」と音がして壁に穴が空く。そこは倉庫として使ってる一室で普段使わないものが、几帳面なおばさんの性格通りに整頓されて置かれてるはずだったが、盗賊共が荒らしたのか物がぶち撒けられていた。


 そこである事を思い出す。


『もしこの村に何かあったらアーニャはここに隠れるのよ?そしてお兄ちゃんが来るのを待つの。あなたはアーニャを迎えに来てあげて?頼むわね』

 

 俺がまだ村に居た頃、おばさんが折に触れてアーニャと俺に言い聞かせていたあの言葉。


「アーニャの死体は居ない……もしかしたら」


 俺はぶち撒けられた物を、ある一角が空くように片付ける。やはり盗賊共は床にあるこの扉を見つけていない!

 この扉はカモフラージュされてはいるが、ちゃんと調べれば一発で分かる。だが乱雑に物をぶち撒けたために見落としたのだろう。


「アーニャ居るのか?」


 扉を開けながら声を掛ける、すると階下でゴトリと物が動く音がした。


「アーニャ!俺だ!お兄ちゃんだ!」


 俺はハシゴで降りるのももどかしく階下の地下室に飛び降りる。


「お兄ちゃん?この声はお兄ちゃんだよね?お兄ちゃん、お兄ちゃん!お兄ちゃん!!」


 真っ直ぐに抱きついてくる記憶よりも少し大きくなったアーニャを抱きしめて、俺はついにこらえていた涙を流した。


「よく……よく生きててくれた」


「ママに言われた通りにすぐにここに隠れたの、そのあと上でガタガタ音がしてたけど急に音がしなくなったの。でも怖くて上がれなかったんだ……」


「そうかよく頑張った。えらいぞアーニャ……」


「それでパパとママは?上にいるのかなぁ、ひどいよね迎えに来てくれないんだもん」


 アーニャになんて言えば良いんだ?俺は答から逃げるように、


「とりあえず上に行こう。ほら手伝うからちょっと離れろ」


「もう、子供扱いしないで、1人で登れます!」


 おお!そうか俺が村を出るまで手伝ってあげないとハシゴを登れなかったのに、大きくなったものだ。


「お兄ちゃん先に上がって!下から覗かせないよ!」


「覗くかよ!でも一端のレディになったんだな……じゃあ先に上がるぞ?」


 言うが早いかジャンプ一番扉の枠に手をかけてヒラリと登る。アーニャは瞳を輝かせて、


「お兄ちゃんカッコいい!どうしたのあの運動オンチだったお兄ちゃんが?」


「うるさいよ、早く上がれ」


 促してやるとアーニャがおっかなびっくり上がってくる、その間にリビングに通じる穴を体で塞いでバレないようにする。


「あれパパたち居ないの?リビングかな?」


 地上に上がって嬉しかったのだろう、俺の返事を待たずにアーニャが駆け出す。

 しまった!いきなり行くとは思わなかった!


「アーニャ待て!見るな!」


 くそっ!アーニャが助かったからって気を抜きすぎだ!何やってんだ俺はいったい!

 リビングの入口で立ち竦んでいるアーニャの肩を掴んで、振り向かせて抱き締める事でリビングの死体から目を逸らさせる。


「パパがなんかすごい顔で寝てるし……あれって寝てるんだよね?それにあの裸の女の人はママ?なんであんなに顔がパンパンなの?何あれ?お兄ちゃん何なのあれ?いやだよ……いやいやいやーー!」


 錯乱したアーニャが暴れ出すが、俺は暴れるに任せて抱きしめ続ける。するとふとアーニャの体の力が抜ける、あまりのショックで気を失ったのだろう。


「今はお休みアーニャ……起きた頃にはせめて仇はとっているから……ゴメンなそんなことしか出来ないお兄ちゃんで」




 団長おやじがベッドで寝ているアーニャを、その強面に精一杯の笑顔を乗せて見つめている。 

 聞いたところ調査の結果アーニャが唯一の生き残りであった。そのあと俺も死体を見て回ったところ、死体の無い村人が居るので、なんとか逃げてくれた人も居るようだ。生き残ってくれてると良いが……

 

団長おやじ頼みがある……」


「あん?とりあえず部屋を出て聞く、この子が起きるかもしれねぇだろうが?血なまぐさい話は子供には聞かせたくねぇ」


「分かった、ありがとう」


「フン!てめぇのためじゃねぇよ」


 ホントに子供には甘いジィさんだ。


 部屋を出て1階に降りる、ちなみにここは村長のビイムさん宅で、一番広くて損傷が軽微だった事で本拠地として使わせてもらっている。

 リビングに入りソファにどっかりと腰を落とす、その風貌を見るとどこかの盗賊団のボスにしか見えないが、本人は盗賊が毛虫の次に嫌いな人間である。


「で?頼みってのはなんだ?」


「俺に雇われてくれないか?」


「どういう事だ?はっきり言いな」


「村のみんなの敵討ちがしたい……でも俺1人じゃ手が足りないからソシオ傭兵団を雇いたい」


「代金は?まさか無料ただで天下のソシオ傭兵団を雇いたいとは言わねぇよなぁ?」


「代金は俺の持ち金全部だ」


「足りねぇな、会計もやってたお前なら分かるはずだ、そんな端金でソシオ傭兵団を雇えるわけねぇよな?」


 チッやっぱり無理か……なら俺1人でやるとして盗賊のヤサ探しからだから時間がかかるな……


「だが、ソシオ傭兵団はこないだ潰れたんだわ。そんでたまたま通りかかった村が盗賊に壊滅させられてた。それの敵討ちをするのは渡世の義理としては当たり前の話だな。これはビジネスの話じゃねぇ義理の話だ、ワシ達に一枚噛ませろや」

 

「そういう事だ!小僧、俺達に一枚噛ませろや!」


 さっきまで無言だった副団長のタキンザさんが2週間ぶりに喋った!フィーバータイムだ!!今まで団長おやじの隣りにずっと居たのに喋んないから存在を忘れてた。

 それにこれはつまり無料で請けてくれるってことか……ホントに身内に甘い連中だな、それがありがたい。


「恩に着る」


「フン!義理だと言ったはずだ、礼を言われることじゃねぇ。タキンザ!周辺探索に出した斥候が戻ってきてる頃だ報告に来させろ」


 タキンザさんが頷いて出ていく、もうフィーバータイムが終わったのか……


 程なくして斥候に出てた部隊の隊長がタキンザさんと一緒に報告に現れた。俺コイツ苦手なんだわ……


「マッシュ、盗賊クズ共のヤサは割れたのか?」


「あらん、マーガレットって呼んでよ団長おやじさん♡」


 これだ……これだからコイツは苦手なんだ……腕は一流なんだがこのクセのある性格で団長おやじのところでしか使ってもらえなかったオンナ


「あら坊やそんな顔しないの!ちゃんとクズちゃんたちのお家は見つけてきたわよ♡」


「ふん、そこら辺は信頼してる。あんたらがしくじるわけ無いからな……」


 マッシュがウインクを投げてくる。それを無視して団長おやじに振り返るとひとつ頷く。


「よし!部隊長がもうすぐ準備完了の報告に来る、その時にブリーフィングをして夜襲だ!盗賊クズ共に明日の朝日は拝ませるな!」


 

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