Vampire Night
花崎つつじ
第1話 田中晴海という男
ワンルームの自宅があるアパートへ続く一本道の途中、点滅する街灯の下に白い着物を着た髪の長い女を見た田中はつい足を止めてしまった。断じて驚いたわけではない。人間界ではあまり見慣れない光景に、そのありあまる異質さについ、うっかり。
あの女が幽霊の類だと理解している田中は、それが自分に手を伸ばしゆっくり迫ってきても焦って背を向けて逃げるなどという愚かなことはしない。リュックを下ろし、周囲に誰もいないことを確認する。社会的に死にたくはない。
「私が見えているな?」
「あぁ、バッチリ見えてる」
ただ肌寒いだけだった私道全体が一気に冷え込み、周囲が女の領域になったことを田中にわざわざ教えてくれる。田中はそれでも表情を変えずにまっすぐ女を見据える。
「フフフ…お前はもう」
「俺を異形界域に引きずり込んだって、
途端に女が狼狽の色を見せる。田中にすぐ触れられる距離にあった女の手が引っ込められるのを確認した田中は一気に女と距離を詰め女の腕をしっかり掴み、空いた手で指をパチンと鳴らす。田中の全身が黒い煙に包まれ、女をも巻き込む。
「何?!」
「悪いけど、俺疲れてるんだよね」
煙が晴れると、黒のスーツ姿だった田中は裏が赤、表が黒のマントを羽織ったタキシード姿に変わっていた。丁寧に撫でつけられた七三分けは崩れ、長い髪が左目を隠す。黒髪はかすかに赤みがかり、口の端からは犬歯が飛び出してきている。女の腕を掴む手の血色はどんどん青白くなり、爪は異常に尖っていく。その姿はまさに、ヴァンパイアそのもの。
「どいてくれん?」
「ア°ーーーーーーーーーーー?!」
文字に起こせないほど甲高い叫び声を上げ、女はヴァンパイアの手の中で煙になって消えた。異形界域まで逃げたのだろう。
地元が霊域の女は驚かすのには長けているが、自分が驚かされることに関しては情けないほど弱い。
「霊域はジメジメしてるから苦手なんだよなぁ。あぶなかった」
もう一度指を鳴らし人間の姿に戻る。通勤リュックを背負い直して、ワイヤレスイヤホンにお気に入りの曲を流し始めた男はどこから見たって、どこにでもいる普通の社会人にしか見えない。
田中晴海29歳、ただの会社員。ただしその正体は、人間界のお隣にある異形どもはびこる世界<異形界域>出身のワケアリヴァンパイア。
彼の名をヴィヴィアンという。
ヴァンパイアの姿、<ヴィヴィアン・グレイ>を見られたら最後、きっと田中はその日のうちに情報社会の格好の餌食となり、夢の人間界ライフをしばらくおあずけになることまちがいなし。そんなのは絶対に嫌だ。あと30年は
…と、再度意気込む人間界一年目の
Vampire Night 花崎つつじ @Hanasaki-Tsutsuji
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