第3次試験


 午後は高橋の言う通り面接だった。


 一人一人個室に呼ばれ、なにやら聞かれた事に対して答える形式らしい。

 それがいかに『AIらしいか』が問われる様だ。


 待合の順番も受験番号順。廊下の長椅子に座る順番も私と佐藤さんは隣同士。

 緊張に震える彼女。同じ長椅子のせいか振動が伝わる。少し迷惑だ。


「124番」

「は、はいっ!」


 佐藤さんが垂直に立ち上がり、カクカクとした規則正しい行進で個室に入っていく。


 ――そして体感15分後、項を垂れて帰ってきた。佐藤さんは涙を流していた。あまり良い出来ではなかったようだ。


「125番」


 呼ばれて、私は個室へと入って行く。


 そこには七三に髪を分けた便底びんぞこ眼鏡めがねを掛けた壮年の男と、真面目そうで色白面長の顔をした三十代前半くらいの女性がいた。


 試験官はこの二人。眼鏡の男は私のエントリーシートを眺め、女性はノートパソコンをいじっている。エントリーシートを眺めていた男の試験官が顔を上げて私に分厚い書類を手渡してきた。

 昭和時代の電話帳の厚さと言ったら分かりやすいだろうか。


「今から五分の間にこのデータを学習してください。その後、その情報を踏まえて質問をします」

「はい」


 私はページをめくる。

 そして冒頭を目で攫った後、思わず顔を見上げる。これは目の前にいる色白面長の女性試験官の情報だった。女性の外観の情報から、性格、思考、生い立ち、ルーティンなど様々な情報が書かれていた。


 なるほど、AIとして情報を仕入れ、学習し、彼女のパターンを答える問題か。機械学習は得意だ。ペラペラとめくって読んでいく。


 ――それにしても。

 この各ページの端っこにあるパラパラ漫画は一体何なのだろうか?


 自分の存在意義に疑問を持った棒人間が家を飛び出して、未知の冒険に旅立つありきたりな物語。


 ――くそっ!

 棒人間の漫画のくせに、バトルあり、友情あり、ミステリー要素あり、悲恋ありと意外と読みごたえがある!

 

 パラパラ漫画が私の機械学習を妨げる中、なんとか女性の情報も脳内に入れていく。

 棒人間も大冒険の末、結局は我が家が一番だと気が付き、家族の待つ家に戻ってハッピーエンドだ。 

 実に良かった。


 良かった反面、女性の情報が頭に完全に入らなかった。棒人間の大冒険が悪い。

 しかし私はAIになる男。そこはこれからの問答でなんとかするしかない。崖っぷちに陥ってからの、私の深層学習能力に賭けようじゃないか。



「では、今読み込んだ情報を利用し、この女性が振られた恋人と寄りを戻したい時に送る手紙の文章を400文字で考えてお答えください」


「わかりました」


 分厚い情報の中で試験官女性の元彼・ヤンキーのマサシの情報は結構覚えていた。

 良かった、これならば答えられそうだ。


「『マサシ、あの時は別れようなんて言って、ごめんなさい。本気じゃなかったの。だって貴方は仕事が忙しくて、私のこと、見向きもしなくて、ちょっと構って欲しかっただけだったのよ。』」




 その時だった。




 試験官の背後にあった続きの扉から、勢いよく悪漢が現れた。


 なぜ一目見て悪漢と決めつけたのか、彼をそう呼んだのか、それはあからさまに顔を目と口だけが開いたフェイスマスクで顔を覆い、全身黒づくめ、その片手には現在の日本国では違法とされているピストルを持っていたのだから。


「全員、手をあげろ!」


 悪漢はピストルを女の試験官の後頭部に突きつけた。女性の試験官は咄嗟に振り向けば、その物騒なアイテムに驚き悲鳴を上げて椅子から転げ落ちた。

 男の試験官は「な、なんだ!? 君はどこから……!?」と動揺している。


「全員、手をあげろというのが聞こえなかったのか!? 殺すぞ!」

「ひいいいっ」

「手をあげろっつ!」


「『今更、謝っても遅いって言われるかもしれない。』」


「きゃああ! きゃあああ!! きゃあああ!!」

「うるせえ!」


 ズガーンと爆音と共にピストルは発砲されて、女性の頭から血しぶきが舞った。


「『でも、信じて欲しい。まだ貴方の事が大好きなの……!』」


 試験官の女性はその場に倒れ、男の試験官が駆け寄ろうとする。しかし、


「てめえ、誰が動いていいなんて誰が言った!? 手を上げろと言っているんだ!!」


 悪漢は男の試験官に銃口を定めながら怒鳴りつければ、素直に従って震える手を挙げた。


「そこのガキも! さっきから、何をブツブツ言っているんだ! オレの言っている事が聞こえないのかっ!」


 銃口が私に向いた。


「『……貴方は私のこと、顔面がお米にそっくりだって、褒めてくれたよね?』」


「……はあっ!?」


「『すごく、すごく嬉しかった。』」


「このくそガキ、何言ってんだ??」


「『あの夜、泣いている私を強く抱きしめてくれたよね?』」


「てめえを強く抱きしめた夜なんてねえわ!」


「『悪態をついている貴方が、実は臆病な心を必死で守っているだけだって、私は知っているのよ。』」


「なっ……んだと!?」


「『今は私という存在をなくして、自暴自棄になっているかもしれない。でも、私は知っているのよ。貴方がとても優しい人だって。』」


「や、止めろ! てめえ、オレの一体何を知っているんだ……!?」


「『あの夏の日。雨にずぶ濡れた捨て猫を公園で拾ったよね? 私、貴方の事ならなんでも知っているのよ。』」


「怖えよ! なんでオレん家のクルミちゃんの事を知ってんだよーっ!?」


「『だから、お願い。私にもう一度チャンスを頂戴。』」


「!!」


「『私は貴方を愛しています。より良い返事を、ずっと待っています。』」



「……お前っ!」





「はい、試験終了です。お疲れ様でした」


 男の試験官の言葉に、悪漢に殺された筈の女性は何事も無かったように起き上がった。

 そして悪漢は拍手しながら私に言う。


「いや~、君! 心臓が鉄で出来てるの? 僕が現れても一度も動揺しなかったでしょー?」

「鉄は私のリスペクトです。AIならば、どんな悪漢が現れても自然災害が起きても、動揺しませんからね」


「ほう!」


 悪漢役の男は感心し「やるねえ!」と答えた。


「とは言っても、これは高橋ミドルさんの本の受け売りですが」

「高橋ミドル君ね! 彼は良い。素晴らしいAI候補だよ! でも本に書いてあっても、それを実践出来る人間は少ないよ! 君も結果を楽しみにしておいてくれ」


 悪漢役の男は私にサムズアップしてくれたので、私もサムズアップして返した。


「では、ありがとうございました」


 私はその場を颯爽と後にした。

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