第2次試験


 一次試験の受験者は700人近くいたらしいが、二次試験に進めたのは40人ほどらしかった。


 二次試験は午後から。

 私は持参したおにぎりを大学の外ベンチで食べる事にした。

 もちろん、試験対策本を片手に。


 黙々と食べていると私の視界が急に薄暗くなる。見上げればランチトートを持つ佐藤さんが立っていた。


「あの、お隣、良いですか?」


 見渡せば周りは空席だらけのベンチ。

 そこを敢えて私の隣に座ろうとする彼女。


 何か話したい事があるのだろうか。普段の人見知りする私ならば、遠慮えんりょねがいたい所だったが、彼女は同志だ。何回も受験している彼女の経験を聞きたかったのもある。


「どうぞ」


 手招いて右側を開ければ佐藤さんと、突然、太った男がベンチの左側に座って来た。私は二人に挟まれる形となり危うく圧死しそうになる。


「いやー! 鈴木いじろう君! 一次合格おめでとう!」


 おにぎりごと謎の男に握手される私。年齢は30代前半だろうか。男は手についた米粒を食べ始めた。気色悪い。私はそのおにぎりをベンチ前でおこぼれを期待してガン見待機していた鳩の群衆に与える事にした。


「……あの、失礼ですが、私と貴方は知り合いでしたっけ?」


「いや。今出逢ったばかりの初対面だ。だが、同志でもある。僕も一次試験に合格した高橋だ! 仲良くしよう!」


 綺麗な歯茎を見せて、ニカリと微笑む高橋。


 ――生前に祖父が言っていた。

 歯茎が綺麗な人間に悪い人間はいないと。高橋は実に健康的な歯茎をしていた。太っているが健康的な生活を送っているのだろう。健康的な生活を送る人間は、精神的に安定している。

 私は安定したものが大好きだ。


 生まれ変わるなら鉄になりたい。


「あの! もしや高橋ミドルさんですか?」


 佐藤さんは彼の事を知っているらしい。高橋は「いかにも、高橋ミドルです!」と歯茎を見せて答えた。


「……有名人ですか?」

「はい、まだ合格者が一人も出たことないこのAI業務管理士試験で、一番AIに近い男と呼ばれた御方です! お名前も実に個性的ですよね」


「ははは。本当はミドリという名前になる予定だったんですが、父が出生届の名前を書く時にくしゃみをしてしまって、リがルになってしまったんですよ!」

「まあ、そんな絶望的なアクシデントがあったんですね」


「しかし、この名前のおかげで人生が楽しくなりました。モデルの彼女も出来ましたし、年末ジャンボ宝くじも3等が当たりました!」


 そんなうさんくさい雑誌裏の広告みたいな事を……と思っていたとき、


「ところで、いじろう君! 僕の本を読んでくれてありがとう!」


 と、高橋は私の持つ試験対策本をビシッと指差した。……なるほど。彼が私に話しかけてきた理由はこれなのか。

 確かに表紙の著者名が『高橋ミドル』だった。


「君が一次試験が始まる前に僕の本を読んでくれている事に気が付いてね、すぐに分かったよ。君はAIになれる、稀有けうな男だって……ね!」


 バンっ、と指で作ったピストルで私の心臓ハートを射止める高橋。


「鈴木さん羨ましい……! 高橋さんにそんな事を言われて」

「ははは、もちろんサッとん花子さんも十二分に可能性がありますよ」

「本当ですか!?」


 佐藤さんは目を輝かせた。彼は彼女の中ではカリスマ的な存在の様だ。

 しかし、彼の事をただの太った歯茎だと思っている私には、そう言われても不安は消えることはなかった。


「あの、高橋さん。私一個人の感想としては、自分の一次試験は最悪の出来でした。しかし合格したのが腑に落ちないのですが……」


「いじろう君」

「あの、私は鈴木一郎です」


「いじろう君、君が思う『AI』とはどんな存在かな?」

「私の職を奪う憎き存在です」


「ははは、なぜAIは君の就職先を奪うのかい?」

「AIが完璧だからです」


「それはどうかな?」


「「え?」」


 ユニゾンする私と佐藤さん。


「君達はAIが完璧だと思っている。果たして、そうだろうか?」


「しかしAIは完璧だからこそ、作業をルーティン化や自動化出来る仕事はAIが担う様になってきています。それが現状です」


「しかし、君はAIが最初から優秀だと思うのか? AIだって、最初はまっさらだ。膨大なデータを取り込んで、覚えて、擦り合わせて、やっと完璧に近づけるのだ。つまり、本当のAIとは『最初から完璧ではない』のだ」


「「!!」」


 思いもよらない高橋の言葉に、私と佐藤さんは顔を見合わせた。


「君達の一次試験の結果は傍から見れば散々だろう。しかし! その散々たる結果が、予想外な答えが、AIに近いと判断されたのだ。つまり、AI人間とはテンプレートな答えを出せる人間ではなく、無限の答えを導き出せる可能性を秘めた人材が選ばれるのだ!」


 ――なんということだろうか。


 私達はAIというものを大きく勘違いしていたらしい。それは佐藤さんも同様で言葉を失っている。

 しかし、私は驚き納得しつつも、新たな疑問が浮かんだ。


「高橋さん。なぜ、見ず知らずの私達にそんな重要な事を教えてくれるのですか?」


「ははは、AIは多いに越したことはないじゃないか! 試験で一番を決めるのではないのだから、内緒にする必要など無い。だがね、僕だって阿呆じゃない。試験者全員に闇雲やみくもに真実を言い回ってしまっては、わざとAIに寄せてきた『なんちゃってAI人間』が出来てしまうだけに過ぎない。だから、一次試験で見極めていたんだ。AIになれる可能性を秘めた人材を……ねっ!」


 また心臓ハートを射抜かれた。しかし、今度は少しだけキュンとしてしまった。


「私達、AIになれますか?」


 佐藤さんが高橋さんに尋ねた。


「なれる。なろう一緒に!! 午後はきっと面接だ。よりAIらしさを問われることだろう。僕の本を参考にして、ぜひ乗り越えてくれ!」


 高橋はそう言うと颯爽と去って行った。

 佐藤さんは、ちらっと私の試験対策本を見た。


「……その高橋さんの本、売り切れだったんです」

「店頭でもネットでも、秒で売り切れましたからね」


 佐藤さんは、じーっと私の本を見つめた。羨ましそうに口に指を咥えて。

 親切な私は「この袋とじのところ、読んでも良いですよ」と対策本のおまけのページを見せてやることにした。

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