第40話 青龍臨天 参
【朱雀の加護】の〝浄化の炎〟によって、呪力を燃やし尽くした証拠である――灰が修練所に舞い上がる。
その灰色の桜が舞う修練所に最後まで立っていたのは【青龍の加護】を解除した右龍燐であった。
そして燐の前には、己の炎によって左半身が焼き焦がれた陰陽衣を着たまま気を失っている仁が倒れ伏している。
「ぎりぎりの……良い割り込みだったぜ」
倒れる仁を守るように空色の〝結界術〟が現れる。
「右龍殿――――少々やり過ぎでは? ここまでやる必要もなかったかのように思いえますが……」
誓は、未だに未完成の覚醒である【朱雀の加護】では防ぎきれなかった【青龍の加護】による重撃を、【玄武の加護】が付与された結界術を間に割り込んで見事に防いだ。
「仕方ねぇだろ。こいつが〝鬼神〟になるために必要なことだったんだ」
「……それでもです。まだまだ未完成なのですから、あまり無理をさせないで頂きたい」
「はいはい、悪かったって。少し調子にノリすぎたよ」
「彼は治療のため今日は休ませますよ」
◆
〝青龍〟の参観日は、陰陽師の間引きが一つの目的にある。
それは、最初に行われた右龍燐の一撃を防ぎきれるかどうか。
あの一撃は、右龍燐から様々な能力の判断される最初の工程だ。
判断基準としては、これから陰陽師として活動していける最低限の呪力、そして瞬時の判断で護符を発動出来るかどうかの技術、そして危機への感知能力といったところだ。
結局、今回は四級から三名、三級から一名の脱落者が出たが……彼女たちは仁とは違い、生まれた時から陰陽師として日々鍛錬をしている者たち。
この年に一回の試験に落ちてしまった、というのはそういうことなのだろう。
仁との模擬戦が終わった後の修練所での出来事は、いつも通りに進んでいった。
〝青龍〟である右龍燐が、全員を視るのだ。
潜在能力を測ると言った方がいいだろう。簡単に言えば、昇格試験だ。
しかし、今回は特に変動はなかった。誰も落ちることはなく、誰も上がることはなく、あっさりと参観日が終了したのだ。
その後のことだった。
「ねぇ、今の戦い凄くなかった!?」
誓が式神を使って仁を運んでいく光景が記憶に新しい彼女たちの中で、誰かがそう言った。
その言葉が伝播するように、
「……私も、思わず言葉を失った。物凄かった」
「昨日ここに来たって言ってたよね? 名前は確か――仁って呼ばれてたっけ、ちょっと気にならない?」
「飛び入りでの特級クラス……あれなら納得ですね」
「しかも、ありゃぁ〝鬼〟だ。騒がしくなるぞぉ」
四級クラスから一級クラスまで、全体が誰かと誰かで会話をし始める。
そして次第にざわざわと、修練所が騒がしくなっていく。男子の声もほんの僅か混じっているが、ほとんどが女子の声で埋め尽くされていくため、より甲高く音が響いているような気がする。
その中でも、特に目立つ内容を話しているのは名家の者たちであった。
「素晴らしいわねぇ。あの呪力、あの能力、しかも未だに眠る才能があるのきた……私、彼のこと欲しくなってきちゃった」
「でも誓さんの推薦ってことは、既に願ちゃんや祈ちゃんと婚約とかしているのではないでしょうか? それにあの戦いを見て、
列の後に並んでいる彼女の視線には、自分の二つ前に立つ鬼の彼女たちが目を輝かやかせている光景が映っていた。
鬼というのは〝強さ〟に敏感であり、強さに惹かれ合う者たちだ。今が四傑である〝青龍〟の参観日でなかったら、誰よりも先にここを抜け出して誓の後を着けている可能性すらもあっただろう。
「ふふ、そんなの関係ないわ。一番先に孕んでしまえばこっちのものですし」
〝鬼〟というのは遺伝子としてもかなり優れている。
呪力も豊富で、肉体的の才能もある。言ってしまえば、戦闘の超遺伝子。
しかも、それが〝鬼〟同士での配合ならば……最強の戦闘員の完成だ。
当たり前だが、ここで最も仁を欲しているのは同族である彼女たちだろう。
「ふむ――――確かに、一理ありますね」
陰陽師では男女比が極端に偏っている。
そして、中でも男性で強者と呼ばれる者はほんの一握りだと言っていいだろう。
現在でもほとんどの名家当主は女性であり、男性が当主の家など四つだけ。その中でも代表的なのが〝癸〟と〝丙〟の二大巨頭。
その中の癸家が明らかに目をかけている鬼神と呼ばれた仁を、ここにいる全員が欲しがっている。
だが、やはりその中でも他を圧倒するような執着を見せるのは――――
「凄いだろう? 天理。彼が、私の式神になる存在だよ」
安倍星蘭だ。
彼女は、仁がまるで自分のものであるかのように堂々とそんなことを言った。
「……ん? まだ契約していないんだろ? それに……〝鬼〟だからって簡単に契約できるものじゃないだろ、人間同士の契約なんて――――初代〝安倍晴明〟以来、誰にも成し遂げられていない偉業だ。星蘭が〝晴明〟であっても出来るとは限らないんじゃないのか?」
〝鬼〟と呼ばれる人間の本質は、どちらかと言えば呪いに近しいもの。
だからと言って、使役したり契約することが出来るかと言えばそうではない。自身の呪力で創り出す式神術とは訳が違うのだ。
それに――人間の式神化は現在の陰陽法によって、ほとんど禁忌的な扱い。
誰であっても、そのラインを越えるには不可能という三文字が頭に浮かぶはずだ。
「そんなの時間の問題さ。私の方は既に準備が出来ているし、後は彼の承諾があれば良いだけ。
「いや、性別はここにいるほとんどが相性良いだろ」
私も含めてな。
と、最後までは言わなかったが……あの強さと未だに眠る天賦の才を見せつけられて、欲しがらない者は陰陽師ですらないと言える。
それほどまでに、彼の価値は高い。
「しかし、とんでもない存在がいたもんだな。あれで一ヶ月前まで一般人やっていたなんて到底信じられねぇ話しだが……」
少し腑に落ちた。
教室であいつを見た時の歪さは、一般から来たことで感じたものだったのか。
何の変哲もない普通の青年という外見なのに、纏う空気は他を圧倒するような強者のそれ。あれを無意識に出しているから友好的に見えないわけだ。
私も教室の時はかなり警戒してしまった……第一印象は悪かったかもしれない。
「まぁ、とにかく仲良くしてくれ。今回の戦いを見て、少なからず興味は持ってくれただろう?」
「あぁ、とってもな。……目が覚めたら飯にでも誘ってみるかな」
「……襲うんじゃないぞ」
「そいつは保証できねえな。ははっ」
「おいおい、冗談はよせ。仁の全てを貰うのは、この私なんだ」
そこら中で繰り広げられる、あまりにも生々しい言葉たちは決して仁の耳に届くことはない。だが、きっと仁なら早い段階で気がつくことになるだろう。
何故なら彼はモテるために強くなっただけの…無知だ。
明日から急にモテ始めても「あれ? なんかモテてね?」と内心で思い、これまで頑張って良かったと表情に出るだけで終わってしまうだろう。
しかし、残念ながら彼女たちにも同じことが言えるかもしれない。
彼女たちは仁のことを〝強さ〟以外に何も知らないのだ。
一夜漬けという荒業によって作り上げられた、偽りの賢さも。
部屋の片付けが面倒だからと言って、必需品すらも用意しないズボラさも。
料理男子モテるんだと教えて貰ってやった結果、どう頑張っても目玉焼きしか作れなかった不器用さも。
――大切な人のためなら、手段を選ばない狂気も。
彼女たちは何も知らない。
改めて仁を理解した彼女たちは、果たしてどう考えるだろうか?
その答えを知ることになるのは……そう遠くない未来にあるかもしれない。
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