第39話 青龍臨天 弐

 〝青龍〟ってのも、案外下らねぇんだな。


 さっきの会話を思い出して、心の中で呟いた言葉だった。

 頭上から逃げ場なく降り注いだ槍を範囲外へ移動し躱した、そのことで「逃げた」とまで言われるのは心外であった。

 更に言えば、周りが同じことをやっているんだからお前もやれ。というニュアンスを含む言葉にも苛立ちを隠せなかった。

 だって、おかしいだろう?

 下手をすれば死んでもおかしくない攻撃を、皆んなが防御しているんだから躱すなと言われいるのだから。


『誓さん。あれが本当に〝青龍〟ってやつなんですか? 〝生きる伝説〟とか言われてたから期待してたんすけど、あれじゃ……まるで老害じゃないっすか』


『あはは、そんなこと言っちゃいけないよ。今の行動だって、ある意味では優しささ……でも仁くんにそんなこと言っても納得できないよね――あ、そうだ。ここは私が上手いことやってみよう』


 あれから一瞬にして場の空気を変えた誓さんに乗せられたまま、俺は今〝青龍〟と対峙しているのだから恐ろしいとまで思う。


 第一地区にいる陰陽師のほとんどが集まっていると言っても過言ではないこの場所、その修練所のフィールドに対峙する。


「……さっきは悪かったなぁ、逃げたとか言ってよ。俺みたいなジジィにはこういう誘い方挑発しか出来なくてよ、誓がいなかったら分かりやすく不味かったな! あははは!」


「何が目的なんですか……」


 危うく、先ほどの言動だけで〝青龍〟という存在に失望してしまうところだった。

 まさか歴戦の猛者が、「あの躱し方は逃げだ」なんて言うとは心にも思わなかったからだ。


「そんなの決まってんだろ、お前の実力が見てぇだけだ。あんまり理解されてねぇが、お前は鬼神の後継者……かなり重要な立ち位置にいるんだ。それを見せつける良い機会を作ろうとしてんだよ。ほら、さっさと構えろ」


 一枚の札を取り出し呪力を流すと、一本の槍が現れた。

 それを慣らすように振り回し、風を切るというよりも風を叩くような太い風切音が数秒続いた後……最後は地面に槍を突き立てた。

 その動作に全くブレない体の軸に、準備運動を整えた瞬間から膨れ上がった闘気。


「……ははは、何だよ。最初からそれで来てくれよ」


 相手の立ち姿に対して無意識に構えを取ってしまう。

 自然と笑みが溢れ、無意識に構えを取ってしまう。それほど相手が放つ闘気は凄まじいのだった。

 まるで、師範である榊と対峙しているかのような緊張感が湧き上がった。


「いくぞ――!」


 法術によって身体能力を向上させた超高速の突進が迫ると同時に感じる、ぶわっと強烈な風が体を覆うように当たったかと思わせるような、圧力。

 それが仁の脳内を逆に余計な思考から引き離す。


「戦鬼装――――」


 体中から呪力を馴染ませ、仁の体に黒い線模様が走った。

 それと同時に、突進する剛槍を受け止める。

 その衝撃は凄まじく、修練所全体に波動が広がった。


「ちゃんと本気かぁ!? 鬼神の弟子ぃ!!」


 受け止められた槍を引き抜くように蹴りを放ち、仁の顔を掠める。

 更に怒涛の連撃は続く。

 上手く引き抜かれた槍の石突きで仁の顎を狙い、躱されたと分かると、くるり槍を回転させて刃の部分である穂を連続で突き出す。

 狙われるのは全て、人体の急所と呼ばれる場所だ。

 一突きでも貰ったら確実に致命傷……もしくは最悪死に至る可能性もある。

 だが、


「まだまだ準備……運動、だろ!?」


 急所を守るなど当たり前のこと。

 この程度の攻撃ならば一生やっても当たるつもりはない。


「あはは! 言うねぇ! それなら、こっちから着火してやっからよぉ!!」


 この攻防の中で、槍の当たっても死なない部分は防ぎ、当たってはいけない部分は躱す。それが出来てるだけでも素晴らしいと評価できるが……確かにこのまま行けば、この時間が永遠と続いてしまうだろう。

 あの〝青龍〟がそう思えるほど、仁の体捌きは凄まじいものだ。

 伊達に〝鬼神〟に育てられていない。


「いいねぇ……――んじゃ、分かりやすく……れべる上げるぜ」


 体に刻まれた【青龍の加護】に呪力を注ぎ込む。

 すると、右龍燐の瞳から碧色へきしょくの呪力が放たれた。





「星蘭、あれは大丈夫なのか?」


「え? 何が?」


 二人の戦いを端から見ている陰陽師たちは、その武の高みに少し見惚れているように感じる。その中でも、観察するほどの余裕があるのは特級クラスの少ない面々だけだろう。

 そして、たった今――【青龍の加護】が発動したことによって、声を上がる者がいた。きのと 天理である。


「何がって、どう見てもラインを越え始めているだろう。加護の力を存分に使う気だぞ、ありゃぁ……。いくら何でも未完成の鬼神に対してやり過ぎだ」


 現役を引退した。

 そうは言っても、未だに陰陽師最強の男。

 【朱雀の加護】の覚醒者である、丙家当主――丙 藤十郎と本気でやり合っても勝敗が分からないと信者が議論にまでなる存在が、本気とまでは言わないものの、明らかに手加減する気のないような一方的な暴力を行おうとしているのだ。

 話したこともない鏑木仁やつがどうなろうと知ったことでないが、こればかりは陰陽市の秩序を守る側の者からしたら止めなければいけない案件だろう。


「やり過ぎ……か、どう思う? 誓」


「いやぁ、榊様との稽古はもっとえげつなかったですからね。それにまだまだ仁くんならいけますね」


「いやいや誓さん、冗談言ってないで止めて下さいよ。大怪我どころじゃ済まないかもしれないんですよ? 金との戦いも聞いてはいますが……それとこれとは話しが違うはずです」


「あぁ……確かに違うかもしれないね」


「でしょう? なら――――」


 今すぐにでも止めるべきだ。

 そう言葉を紡ごうとした時、誓が言葉を遮った。


「あの時と違って、仁くんはにあるからね」


「はい?」


 一体何を言ってるんだ?

 確かに金を倒せる実力があるのは知っている。様子を見たわけではないが、今日休んでいるところを見ると相当やられているのだろう。

 だが、未完成の陰陽師と完成された陰陽師では話しが違う。

 子熊金に勝てる程度では話にならないと言っているのだ。

 誓が天理の言葉を理解していないわけもないはずだが、返ってきた言葉は天理が思っているのとは違った。

 故に、返す言葉が少し低くなる。

 しかし、誓は続けた。


「この中で仁くんが本気で戦う姿を見たことがあるのは。きっと、ここにいる皆んなが驚くはずさ。推薦されたとは言え、いきなり現れた普通の青年がここまで強いのか――ってね」


「へぇ……それじゃ、あの時は全然だったわけだ。凄いね、仁は」


「恐らく、最後のあの一撃でようやくエンジンがかかったくらいですかね。本来の力なんて全く出していなかったと思いますよ? 何せ相手は女の子ですから。まぁ、見ていて下さい……彼の本来の姿を――――」


 そう言って、視線をフィールドに戻す誓に釣られるように、二人も視線を戻した。

 すると、二人の視線の先には驚くほど華麗に右龍燐の攻撃を捌く仁の姿があった。しかも、まだまだ余裕がある様子で……だ。


「〝青龍の真瞳しんどう〟を解放している状態の右龍さんの攻撃を捌き切ってる……どうなってんだ、一体」


 【青龍の加護】――その力の一つ、〝青龍の真瞳しんどう〟と呼ばれる力には相手の動きを予測できる〝未来予知〟という別格な力がある。

 ようするに、相手の動きを分かった上でこちらが攻撃をできるのだ。

 しかし、仁はそれをもろともせずに攻撃を捌いている。


「仁も少しだけなら【青龍の加護】を発動できるはずだ」


 その天理の疑問に答えてくれたのは、星蘭だった。


「なに? どういうことだ」


「誓が用意した仁の書類に目を通していないのか? 願から見せられた写真にも加護が刻まれた体が写っていただろう」


「いや、見たけど……願から見せられたやつはちょっと特殊だっただろ」


「そうか? あの鍛え抜かれた体、あの笑顔、かなり魅力的だったと思うが……」


「……んまぁ、それは置いといてだ。それにしても〝鬼神の後継者〟ってだけの話しだろう? あの写真にも加護が二つ刻まれてはいたが――――まさか、本当に【四神印】なんて眉唾ものを信じろってか?」


 陰陽市に新しく入ってくる人物の書類には目を通している。

 それがきのと家の仕事であり、ここ秩序を守ることにも繋がっているからだ。

 だが、あそこに書かれていた仁の情報はきのとである自分が、そう簡単に信じられるものではなかった。

 だって、おかしいだろう。

 歴史上ですらあやふやだった【四神印】を持った存在が、〝鬼神の後継者〟としてここにやってくるなんて。


「信じろ……というか、眼の前のこの光景が全てだろう。その瞳を凝らして視ればいい――陰陽衣に隠された仁の【青龍の加護】が、右龍殿とし始めている様を。天理も少しは使えるだろう? 【青龍の加護】」


「あたしの少し特殊なんだよ……発動するのにも一苦労なんだ。しかも他者とのなんて――――」


 あり得るはずもない。

 そう言い切ろうとした瞬間だった。

 仁の両目が碧色に輝くと同時に、天理の瞳も碧色の輝きを放った。


「マジか……」


 仁が放ち始めた呪力と【青龍の加護】に、半強制的に天理の【青龍の加護】が共鳴し発動したのだ。

 これには、思わず言葉を失った。


「……願にも聞いてはいたが、仁の加護は少し特別らしくてね。このように加護持ち同士で共鳴し合う現象があるらしい、願の妹である祈の【朱雀の加護】はこれで強制的に目覚めさせられたと聞いたよ。本人は気がついていない様だけどね」


「……一体何がどうなってんのか――取り敢えずもう黙って勝負を見とくことにします……。今はもう、何も考えたくない」


 呼吸をする間もなく放たれる連撃を、笑いながら捌く仁の姿を見て、天理は何も言えなくなった。

 とにかく、この勝負の行く末を見守ろう。

 このグチャグチャになった思考をまとめるのは、この戦いが終わった後にしよう。

 溜息なのかも分からない小さな呼吸をし――激化し始める戦いを見守る。





 迫り来る槍を躱し、高速で低空を移動する。

 移動する幅は修練所の全て。長物の範囲に極力入らないように、そして受け流せる攻撃をいなして……相手の懐へ侵入していく。

 だが、相手もまた達人の域にいる武人。

 どれだけ仁の拳や蹴りが繰り出されようと、あっさりと防がれてしまう。


 あぁ……感覚が研ぎ澄まされる。


 しかも、相手はこっちに力を合わせている。

 この攻撃が通らない、鉄壁の防御。

 そして合わせられている戦いというのは……自然と師範との戦いを思い出す。

 だが、何よりも感覚を研ぎ澄ます要因となっているのは、この――――

 

「この俺の槍を弾き落とすか!」


 攻撃が来る箇所が理解わかる感覚。

 変な感覚だ……いつも以上に、呪力の流れも相手の動きも視える。

 まるで相手に呼応するように、強くなっていっているようだ。


 あ、隙が


「脚式順術――――」


 まるで、初めからが分かっていたいたかのように、仁は振り下ろされた槍を体を回転することで紙一重で躱し、その回転の反動を利用した、


「『礫』!!」


 後ろ回し蹴りを放った。

 しかし、燐はかのように槍の石突きで、ピンポイントで仁の踵を受け止めた。

 結果として燐が持っていた槍が勢いよく地面に突き刺さるが、それは呪力で創られたもの。すぐに霧散し、まるで何事もなかったかのように燐の手元に新たな槍が握られた。


「ようやく、やり返してきやがったか」


 嵐のような連撃を軽々と捌き、それだけではなく反撃を繰り出した仁に対して、外野から感嘆の声が聞こえた。

 それもそのはずだ。普通の陰陽師ならば、初撃の突進攻撃で胴体に風穴が空いていただろう。


「今の攻撃の後、から……」


「……ほぉ。どうやら俺が少し加護を発動したことで、お前の【青龍の加護】が底上げされてるみてぇだな。分かりやすく、れべるあっぷしたみてぇだな――――よし、もう十分だな」


「え?」


 なんだよ……ようやくエンジンがかかってきたところなのに。


は達成された。これ以上お前に時間を使ってたら、この日の意味がねぇ。最後に〝青龍〟の術を見してやるから……今日はそれで、お前のたーんは終了だ」


 そう言って、燐の胸元が輝きを放ち、龍の紋章が浮かび上がった。


「(あれは……)」


 燐の胸元から浮かび上がったのは【青龍の加護】だった。

 その加護に向けて一枚の札を翳すと、空間全体に呪力で創られた無数の槍が出現した。


「〝青龍〟とは未来を予知し、喰い破る存在なり――――」


 浮かび上がった無数の槍に碧色の呪力が宿り、次第に槍はへと形を変えていく……。


「大丈夫、死にはしねぇよ。お得意の【朱雀】で受け止めろ」


「……ッ!!?」


 元々の呪力、それがまるで黒雲のように揺らめき。

 龍に変わった槍の一本一本からは、モノクロの天の川のような黒い星々の煌めきが放出し始めるのが視えた。


「五行創造――龍槍羅進りゅうそうらしん


 その龍と共鳴するように、仁の体からは紅蓮の炎が吹き荒れる。

 修練所の空気が双方の呪力の波動により碧と朱に変わり――――鼓膜が破裂するような破壊音が響き渡った。

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