第36話 予兆黒星 参

 あれから無事、祈の後に着いていき帰ることが出来たものの……。


「お話がありますよ」


 油断し過ぎていたこと。

 子熊金のこと。

 それに付随するように今日起きたことの反省。

 願の一件に巻き込まれたこと。

 迎えに来たのに返事がなかったこと。


「私は怒ってますよ!」


 と、いう感じである。

 確かに、全く関係のないところから問題を投げつけられた祈には言い分はあるだろうと思っていた。

 でも、


「……ふっ」


 当の本人は元気そうだし、何ならテレビを見ているフリをして俺を鼻で笑っているレベル。

 いい気味だ、と言わんばかりの表情を見て祈に抗議したがそれすらも理不尽に一蹴されてしまった。

 そんなこんなでお説教が始まってから、小一時間ほどの経過。

 一体どうやったらこのお説教が終わるのかと途方にくれていたところ、ようやく言いたいことを全て言い終えた祈のお説教が終わった。


「分かりましたね?」


「はい」


「……本当ですね?」


「……はい」


「――なら、いいです。今日の反省をこれからの生活にしっかり活かすこと、それだけ分かって貰えればいいんです! さ、私は夜ご飯の用意をしますから二人で仲良くテレビでも見て待っててください」


 気が付けば、現在時刻は十九時を少し過ぎた時間。

 今日、ここに到着したというのに色んなことが起こった精神疲労が、祈の説教終了と同時に湧き上がってきた。

 固い木の床で正座していたことで少し痺れている足で、トボトボと願の隣に腰掛けた。


「結姉さんのところに行っていたらしいな」


「あぁ、運良くな。正直……迷子だったから助かったわ」


「午後の巡回が終わったばかりだっただろう、どうしてあっちにいたんだ? 陰陽寮からここまでの道は朝に通っただろう」


「星蘭と昼ご飯食べてた。願が帰った後に俺と星蘭一緒に行動してたんだよ、そしたらあっちに急用が出来たらしくてな……そのままって感じで」


「星蘭と……そうか。もしもまた迷ったなら庭にある桜の木を探せばいい、この第一地区にあるのはうちだけだ」


「あぁ……そういや目立つのあったな」


「全く、ここに来て初日だと言うのに色んなところに迷惑かけるな」


「それは本当にすんません。あ、そういや俺ってこのままここに泊まることになるのか?」


 朝には会えなかったが、ここに誓さんも叶さんも帰ってくる。

 間取りは知らないが俺に寝る場所はあるんだろうか……


「ああ。お父様が帰って来た時に説明があると思うが、お前はここで暮らすことになる。寝床は……最初はソファここだろうな」


ソファここって……まぁ、寝れればどこでもいいけど」


 それから二人は祈の料理をする生活音を聞きながら、テレビを流し見していると玄関が開き二つの足音と共にリビングの扉を開いた。


「ただいま~」


「ただいま、二人とも」


 仲睦まじく二人で帰ってきた誓・叶夫妻。

 二人とも若々しく着物を羽織っていないこともあって、なんだか初々しいようにも見えるし、熟年夫婦のような互いのことを解りきっているような落ち着きも感じる。

 春休みの期間、着物姿以外見たことがなかった仁にとっては新鮮な感じだった。


「おかえり。お父様、お母様。ご飯ならもうすぐ出来ますから、ほらお姉ちゃんたちも食卓に座って」


 祈に促されるまま仁と願も食卓に座った。


「お邪魔してます」


「お疲れ様、仁くん。そんな堅苦しくする必要はないよ、これからここで暮らすことになるんだから」


「そうですよ、仁さん。自分の家だと思ってくださいね」


「ああ、そうだ。これ渡しておくよ」


 そう言って誓から渡されたのは、黒いスマホと黒い顔写真がついたカード。


「これは……俺が朝に壊されたやつ」


「これがないと陰陽市では生活できないからね」


「あざっす。完全に任せっきりにしてました」


「いいんだよ。仁くんのことは私たちに任せなさい、それに陰陽師にとって物が壊れることなんて日常茶飯事だから再発行することは難しくないからね。また壊れたりしたら言ってよ」


 こうして戻ってきた黒いスマホとカードを受け取ろうとした時に、願がスマホの方を受け取った。


「初期状態だからな、私たちの連絡先をいれておこう」


「たすかる」


 願にスマホが渡ってから、祈が夕食を運んできた。

 今日の夜は鶏むね肉の唐揚げであった。かなりの量だが、これくらいなら仁がいれば問題はない。他には色とりどりのサラダ、中華スープ、白米、家庭で作れる中華料理がずらりとテーブルに並んだ。


「食べる時はサラダからですからね」


 その一言ともに全員が「いただきます」と手を合わせて食べ始める。

 そんな時、誓からこんな話が上がった。


「今日は色々と大変だったね、仁くん。午後の巡回終わってからも妹のところに行ったんだって?」


「行ってたっていうか……たまたま出会ったというか、あの後星蘭に置いて行かれて迷子だったところを助けて貰ったんっすよね。ホントに助かりました」


「話してみてどうだった?」


「いや、普通っすね。面倒見がいいお姉ちゃんって感じです」


 体の半分が呪詛によってダメージを受けているためか、それを隠すように片方だけ肌すらも見せない格好であったが、それすらも似合っていた。

 誓もそうだが、癸家は美男美女しか生まれないのだろうかと疑うほど美人だった。


「あ、そうそう。ここの地図創ってもらいました、後で呪力で広げてもらっていいっすか? これで陰陽市のこと勉強します」


「もちろんいいよ、小さくする時も言って……でも今日から始めるのかい? 今日来たばかりで色々あって疲れてるだろう、大丈夫?」


 確かに、朝からのことを考えると沢山の出来事に巻き込まれた。

 でもそれは通過儀礼というか、無知故に起きた出来事だ。


「まだまだいけますね」


 それに、戦いが日常的に起こる世界というのは新鮮だ。

 不謹慎ながら――少し楽しんでいる自分もいたかもしれない。

 ……相手が女じゃなければ。


「ま、そうだよね。榊様の稽古受けてたらこのくらい影響ないか」


「ないですないです。それに今日はそんなに怪我してないっすから、久しぶりな感じしますよ……ボコボコにされないってのは」


 そもそも体が丈夫な仁ではあるが、いつもならば体に痣ができて骨が何本か折れているような怪我をしているのだ。榊との稽古というのはそういうものだったが、初めて他人――――それこそ子熊金との戦いで怪我をしたが、あれは【玄武の加護】によって戦いが終わった時には自己再生を終えていた。


「どうだった? 仁くんが強いと思った子はいたかい?」


「いや……いなかったっすねぇ」


 純粋な肉弾戦で負けることはないだろうな、と考えながら唐揚げを頬張る。

 ただ、強さへの答え合わせはまだまだ早い気がしている。何故なら呪術やその他の力を加味していたのなら結果は分からない。


「まぁ、これからだよね。仁くんはまた特級クラスの子にしか会っていないし、それこそ現場に向かっている陰陽師に出会ってない。とは言っても、特級クラスであれだけ圧倒的だとね……」


「仁さんはそれほど強い御方なんですね」


「いやいや、まだまだ全然……」


 叶の言葉に手を振って反応する。

 確かに結果を見ればあの戦いは仁が圧倒した。

 だが、それは本当に結果の話しだ。


「……あら、私なにか不味いことでも……」


「いやいや、言ってないです。大丈夫です」


 やべ、ちょっと暗い顔になってたか?


「仁くんは相変わらず顔に出やすいね。少し……思うことが沢山あるんだろう、今日のことは特にね」


 今まで過ごしていた日常。

 それとはかけ離れたことが、陰陽市ここの日常だ。

 あまりにも平穏な場所で暮らしていた人間が、すぐ隣に戦いや悪意が日常に存在している場所に適応することは難しいだろう。

 すぐにやれ、と言ってできるものではない。

 

「でも、まだ初日だし、仁くんはちゃんと強いからゆっくりいこう。誰も立ち向かえないほど強くなってしまえば、今日みたいなことは起きないからね」


「……確かに」


「それに――――仁くんは最強になれる潜在能力が備わってる。戦闘センスもかなりのものだし、呪力の操作をマスターすればってとこだね」


 潜在能力……それは結も言っていた【四神印】のことだ。

 使いこなせれば、呪いに対して最強を誇る力。

 現在、仁は二種類の加護を発動することが出来るが、主に【朱雀の加護】だけだ。しかも自在に発動しているのではなく感情の起伏による自動発動。【玄武の加護】に至っては集中して呪力を扱わなければ発動しない。

 呪力を可視化する力は誓さん曰く【青龍の加護】によるものらしいが、あれもほとんど自覚はない。勝手に呪力が視えるようになる……みたいな感覚だ。


「呪力の操作かぁ……」


 これから呪力の操作を鍛錬するつもりではいるが、肝心な呪力の流れを体内で掴みきれていないため全く前に進めていない。


「私もいつでも教えられるわけではないからね……」


「お父様、そこは私たちに任せてください」


「私たちの教えもあって仁くんは着実に出来るようになっていますから」


「そうだよね。二人もいるし問題ないか」


 いやぁ――――?


「どうした?」


「なんですか?」


 双子お前らは、教え方が終わってるだろ……。

 俺は忘れてないぞ? 春休みの時――……


『呪力ってどんな感じなんだ? 見えないから全然分からん』

『何を言っている、お前の中にもあるものなんだから感じれるだろう? 自分の体にあるものなんだから分かれ』

『いや……、それでできたら最初から聞いてねぇだろ……。祈は? なんかアドバイスない? こいつダメだわ』

『うーん。こう、もやぁ~ってあるものを体に染み込ませるんですよ。そしたら呪力がばぁー! って流れます!』

『流石、私の妹だな』

『あぁ……はいはい、流石流石。流石双子ですわ』

 

「……何でもない。まぁ、とにかく頑張ります。あ、ちなみこの陰陽市で一番強い人って誰なんですか?」


 陰陽五行家である誓さん、そして星蘭。

 陰陽師の格として上の立場にいる彼女たちもまた、強者である。

 それに関しては春休みに誓さんと【玄武の加護】の特訓をして知っている。

 だけど、最強――となると話しは変わってくるだろう。


「あぁ……一番強いかぁ――――それなら、もう現役ではないけど過去に〝最強〟と言われていた人がいるよ。榊様と同じく、我々にとっては〝生きる伝説〟」


 陰陽五行家が表に立つ陰陽師であるならば、彼らは裏で陰陽師を背負う存在。

 数多の呪いを祓い。

 数多の人間を救い。

 数多の場所を守り抜いた。

 今も尚、陰陽市のために活動する英雄と呼ばれる人物――その名も〝四傑〟。

 その内〝青龍〟という称号を与えられた人物が――――


右龍うりゅう りん。現在生きている陰陽師で、呪いを一番祓った御方。そして唯一【青龍の加護】を使いこなした覚醒者でもある」


「へぇ……」


「現役、それこそ前線からは退いたが一年前に起こった事件では大活躍だった。私も救助活動で手伝いに行っていたからよく分かる。あの時……お父様と右龍様がいなかったら、と考えると恐ろしいな」


「願がそこまで言うなんて、そんなに凄いんだな。会ってみてぇ……」


「普通なら会えない御方だ。でも仁は運が良い、すぐに会えるぞ」


「お、マジ? いつ?」


「明日だ」


「明日?」


「そうだ、四月の四週は四傑様らが陰陽寮に参観に来る期間。明日の九日は今話しに出た――――〝青龍〟右龍燐様の参観日だ」

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