第35話 予兆黒星 弐

「我が家の内装は願たちが住んでいるものとほとんど変わらない、気楽に休むといい。祈に連絡を入れたからすぐに迎えにくるだろう」


「え、あ、はい」


「もっと気楽にしてもいいんだぞ? 兄様や願たちから話しは聞いてるからな、茶を持ってくる。好きなところに座っていろ」


 そう言って台所へ向かっていく人物は、癸ゆい

 誓の妹であり、願と祈の叔母。

 そして現在は陰陽市にある癸家の一つを管理していた。


「(色違いだけど……確かに内装はそのまんまだな)」


 シーツ、座布団、ソファなどの色は違えど本当に内装は同じ。

 流されるまま家に案内され、流されるままお茶まで出されようとしている今。

 結本人も長い髪の毛で顔半分隠れている容姿だが、誓や願たちと顔つきや雰囲気が似ているのもあって自然と違和感が薄れていくような気がしている。

 だが、だからと言って緊張しないわけではない。


「ほら、茶だ」


 緊張も束の間、茶葉の良い香りと共に癸結が仁の隣に腰を下ろした。


「ありがとうございます、頂きます」


 和食から洋食、更にはデザートまで食い尽くした後の緑茶は美味い。

 体に染み渡るようだ。


「意外と……無警戒に飲むんだな」


「……?」


「酒呑童子から育てられた鬼と言っても、一般から陰陽市ここに来たのだから当然と言えば当然か」


「え、毒でも入れたんですか?」


「いや、このお茶には入れてない」


 なんだ、入ってないのかよ。びっくりしたぁ。

 そりゃそうだよ。このお茶美味いもん。

 普通……いやそれ以上に美味いような気がする。美女が淹れてくれたからか?


? ここはそういうところだ、と兄様から警告はされなかったのか?」


「それは警告されましたけど、誓さんの妹がそんなことするメリットないじゃないですか…………うん、美味いっすよ」


 またお茶を啜るも、普通に美味しいままだ。


「ふっ、それでも飲み続けるのは相当だな。私も外で過ごしたことがあるが、あの時は私も平和ボケしていたよ。何も脅威がないからな、おかげでここに帰って来てから酷い目にあった」


「……なんか怪我とかしたんですか?」


「二年前、半身に呪詛を貰った。今では完治しているがな」


「へぇ、ジュソ……。そりゃ大変でしたねぇ」


 ずずぅ……うん。やっぱ、お茶うめぇ。


「……あぁ、そう言えば陰陽師や呪いに関して全く知識がないんだったな。兄様が言っていたのを思い出した……この話は一旦ここでやめておこう」


 仁が飲み終えた湯呑みに急須から新しい緑茶を淹れてくれた結に「あざっす」と小声で返すと、結の髪で半分隠れた部分が少しだけ見えた。


「(火傷……とは少し違う感じか? 皮膚が爛れてる)」


 瘡蓋かさぶたのように見える黒い斑点は呪いに蝕まれており、そのまま火傷をした時のように皮膚に濃い跡が残っている。

 二年も経過して今も尚、濃く滲み出ている呪いというのは強烈なものだったと考えさせられる。それほどまでに強大な呪いと戦ったということなのだろう。


「(……ん? ――――が……)」


 結の呪詛から流れ出るを眺めるように見ていると、次のお茶の用意をし終えた結から突然声が上がった。


「――時に、仁」


「ほい?」


「兄様や願、祈なんかは絶賛するような強さらしいな? 今も、まだ陰陽衣を着ているところを見るに午後の巡回を終えたばかりか――――そんな兄様たちが絶賛する強さ……お前は自分が世界でに強いと思う?」


「なんすか、いきなり……」


 急に声かけられて変な返事しちゃったよ、恥ずかしい。


「聞いた話しによると、その身には【四神印】が刻まれているらしいな。その【四神印】というのは陰陽師の歴史を鑑みてもそういないレベルの力だ。もしも使いこなせるのだとしたら対呪いにおいてだと言える。しかも、酒呑童子直々に鍛えられたことも聞いた。そんな奴が自分がどの程度強いと自覚しているのか気になってな」


「……うーん」


 一回、お茶を挟んでよく考えてみる。

 〝世界で何番目に強い〟か。

 そんなこと意識したこともなければ、考えたこともなかったことだ。

 でも一つだけ確実に言えることがある。

 それは――師範が世界で一番強いということだ。

 春休み期間、地獄のような稽古をしてそれを確信した。もう強すぎて一回の戦いで一撃当てれるかどうかというところだ。

 しかもずっと笑いながら煽ってくる始末……正直あんな自分の姿を他人に見られたらダサすぎてモテるモテないの話しじゃない。稽古を願たちに見られていなかったというのは唯一の救いまである。


「やっぱ分かんないですね……。そんなこと気にしたことないですから」


 そもそも、〝強くなる〟というのはモテるための手段にすぎない。

 色んなことが起きて今は陰陽師になっているけど、もともとそんなつもり微塵もなかったし。


「そうか」


「あ、でも――――」


 そうだ、これだけは言っておかないと。


「師範以外に負けるつもりはないっすね」


 いくらモテるためとは言え、それだけは言っておかなきゃいけない。

 例え敵となった存在がどれだけ強くとも……ただで負けるなんてありえない。師範も許さないだろうし、俺自身も許しはしない。

 何故なら、それが師範との唯一の約束だから――――。


「……良い心意気だ。その闘気があれば、そう簡単に負けることはないだろう」


「まぁ、師範の弟子としては負けられないっすよね……。師範にも――――」


『俺に以外に死んでも負けるな』


「って言われてますしね」


「ふっ、随分と手厳しい御方だな。ならば私も少々手を貸してやる」


 そう言って取り出した一つの何の変哲もない紙。

 大きさはB3用紙二枚分ほどの結構大きなサイズの紙である。

 その上に一枚の札を貼り付け、結は呪力を流し込んだ。

 すると、細かな文字で陰陽市の詳細が文字と図形で浮かび上がってくる。


「これは……」


「ここの地図と要所の詳細をまとめたものだ。これを熟読すれば陰陽市についてだいたい把握できるだろう。これでも分からないことがあるなら私に連絡するか、周りの人間に聞くといい」


「へぇ、これは助かります」


 よく見れば見るほど事細かく記載されている地図だ。

 ここの出入り口から重要箇所。もちろん弥勒人夢と出会ったコンビニまで記載されている。


「(ていうか、コンビニが壊れたことまで記載されてんのかよ。情報早いな)」


「あぁ、それと。その地図は私の呪力で創られたものだ、私の情報が更新されればその地図に記載してある言葉も追加されていく」


「え!? 流石に便利すぎでは?」


「いくらスマホやらパソコンやらが発達しようと、戦いの最中に壊れる消耗品だからな。そういうものはいくらあっても足りないのさ」


「確かに……」


 俺もここに来た瞬間に全部破壊されたしな。


「その地図は大事にしなくていい、私にはいくらでも創れるからな」


「それは安心できる情報ですね」


 その一枚の紙に記載されている文字を流すように読んでいると、玄関が開くガラガラ音がした。


「仁くーん! 迎えに来たよー!」


「――どうやら迎えに来たようだな」


「えぇ、本当にありがたいっす」


 徐々に近づいてくる足音を聞きながら、仁も立ち上がる。

 何気に大きな紙を綺麗に畳むのが難しく苦戦していると、横から結が呪力を流し小さな紙に姿を変えてくれた。


「あざっす」


「〝鬼〟が術を使えないことを知っているからな。大きく広げる時には近くにいる者に頼むといい」


「本当は術も使いたいんですけどね……鬼って不便」


 どうやらこれも術に該当する技術らしい。

 恐らく、呪力を込めたことによって物体に変化を齎したのだろう。


「呪いと戦う才能があるのは良いことだ。特に陰陽師としては重宝される、それに男と来れば――――」


「ちょっと二人とも! いるんだから返事くらいして下さい!」


 扉を勢い良く開く音で結の言葉が遮られてしまうが、そこに現れた少し怒っている祈を見て「あ、やべ」と呟いてしまった。


「いらっしゃい。悪いな祈、あまりにも無知なやつがいたから集中していたんだ」


 え? これ俺のせい?

 確かに祈は怒ると少し面倒だけど……。


「それでもです! 全くもう……」


「わ、悪かった祈。これは多分俺が悪い……」


「お説教は帰ってからです! 今日のことも含めて!」


 あ、そういや願の件で祈も帰ることになったんだっけ。

 ……これは長いお話になりそうだな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る