第30話 鬼格外 参
呪力というのは、その者の潜在能力によって色が変化する。
潜在能力というのは生まれ持った個々の属性――陰陽五行の立ち位置だ。
例えば、願なら〝火〟。
例えば、誓なら〝水〟。
人間であれば誰しもが持っている心の才能。
かつて呪いに関して研究し、呪力というものを追求し続けた者が、呪力によって作用する力が変わることを明らかとし……これを〝
「オラァ!!」
そして〝
「うぉ!? かってぇ!?」
〝金〟の呪力性質は、物体の堅さを変化させるという単純なもの。
だが単純であるからこそ――強力な武器になる。
だが、これは本来自分の体に付与するものではない。武具に付与することで、壊れやすい宝具や既に壊れかけた呪具に使用することで真価を発揮する。
「オラオラオラオラァァア!」
「(どういうことだ? 鬼ってのは術を使えないんだろ? 師範め……また俺に適当なこといいやがったのか?)」
仁がそう思うのも分かるが、正しく言うとこれは〝術〟ではない。
これはただの呪力の性質だ。
〝術〟というのは、札や刀と言った宿すための媒体があることで呪力を具現化すること。陰陽師のほとんどを知らない仁がそう思ってしまうのは仕方がない。
そして子熊金が行っていることは少し違う。これは鬼である者だけが持つ力――〝鬼脈〟を使った、鬼だけが出来る
この〝鬼脈〟というは、体に馴染めば馴染むほどにその者の呪色によって特殊な力を発揮する。
これを――――〝
「(……しかし、黄金の呪力か。キラキラしてて凄いな)」
だが、そんなことは全く知らない仁は己の肉体でいとも容易く子熊からの攻撃を防ぎ続ける。
細胞にまで呪力を染み込ませる技術〝鬼脈〟。
それによって、極限まで身体能力が高められた鬼の状態〝戦鬼装〟。
今まで培った榊との戦いの日々。
この経験で、全てを受け流しているのだ。
「チッ……!なんで、こんな簡単に受け流せんだよ!!」
人間の胴体なんて簡単に貫く威力だぞ!?
それを〝鬼脈〟で体外に膨大な呪力を流し続け放出することでダメージを最小限に防がれつつ、力の方向を変えられる。
こんなやりかた……オレは知らねぇぞ?
〝禁鬼〟も簡単に言えば、全身に呪力が流れ行き届いている状態のことだ。
陰陽師から言えば――細胞一つ一つに法術を付与しているのと同じ状態。
だが、それは仁も同じ。
特別な力があろうと、どれだけ相手の力が強かろうと、もともとの力量が違えば受け流すことなど造作もない。
「言っただろ? 頑張ったんだって」
「……またそれかよ!!」
体の中心にある正中線を捕らえられないように動かし続けることで相手の攻撃を誘い、正中線を狙う攻撃を外側へ弾き流す。
確かに受け流すことによっての痛みはある。当然、少し受け流しに失敗し腕の肉が抉り取られ血が飛び散っている。
子熊の攻撃は先程とは違い、硬く痛い。
拳は弾丸、脚は刀、まるで体が凶器になったかのような頑丈さだ。
だが、榊の攻撃を受け続けた仁にとってはそれだけという感想だ。
仁からすればこんな攻撃、見えてればどうということはない。
「てか、凄いな……それ。〝戦鬼装〟の上位互換って感じだ、体中に呪力が染み込んでる……細胞が呪力を纏っているみたいだ」
「〝戦鬼装〟? 随分と古い言い方だな。てか、テメェ鬼のくせにこれを知らねぇのか?」
「あれ? 言ってなかったっけか。俺ってつい最近〝鬼〟になったんだよ、〝舎鬼の儀〟ってやつでな。一ヶ月は前は、普通の一般人だった。鍛錬はしてたけど」
「……っ!?」
そこで一度、攻撃が止んだ。
「お、終わったか? いやぁー、結構良いの貰ったなぁ――――」
「おい待てや」
「ん?」
そこで子熊は願の方へ顔を向ける。
「願! こいつが言ってることはホントかぁ!? テメェなら知ってんだろ!」
春休み、沖ノ連島の結界の調整のために帰省することは知っていた。
そして四月の始めに新しく陰陽師になるやつが来ることも知っていた。
それが……
「あぁ、本当のことだ」
「マジかマジか……!」
この強さでただの一般人だった?
〝鬼脈〟を使いこなしているのに鬼になったばっかり?
それに〝舎鬼の儀〟って……
……なんだよ、それ――――最高じゃねぇか。
頑丈な体と無意識で行えるほどに溶け込んだ武術。
恐怖や緊張を気力に変換する勇ましい心。
だが、それだけでは〝戦鬼装〟のみで立ち回る、この圧倒的な対面力は育たなかっただろう。
優秀な師がいたはず……――――
『鏑木仁、十五歳、沖ノ連島で〝鬼神〟によって育てられた現代の――鬼神だろう?』
〝鬼神の後継者〟。
鬼にとって伝説の存在、その後継者と星蘭様が言っていたことを思い出す。
「(もしも、あの言葉本当なら……――――)」
あの時は信じられなかったし、信じたくもなかったけど……改めて強さを実感すると、少しは信じてしまいそうになる。
それほど、この強さに惹かれている自分がいる。
「おい、鏑木仁! どうやったらテメェの本気が見れんだ!!」
「うぉ!? びっくりしたぁ。なんか急に機嫌が戻ってて怖っ!」
「あぁ!? オレも鬼なんだからこの強さに惹かれるは当然だろ! いいから答えろよ、オレは試してみたくてしょうがねぇんだ!」
遥か昔から〝鬼〟という者たちは、強さに従順な存在。
弱肉強食ではなく、強さという概念に素直な者たちなのだ。
生粋の鬼の末裔である子熊金も例外に漏れず、仁の強さに轢かれたのだろう。
自分が知らない鬼の力の使い方、攻撃を容易く受け流す技術、どれだけやっても倒れることがないとすら感じる精神力。
湧き上がっていた苛立ちなど一瞬で霧散してしまうほどの、興味を唆られてしまっているのだ。
「えぇ……んなこと言われもな。もう性別変わってもらうしかねぇぞ? 俺はこの家族との約束を何がなんでも守る必要があるからよ」
「なんだよそれぇ! 無理に決まってんだろ!? 女で生まれたんだからよぉ……」
徐々に激化していく子熊の攻撃が止んだことで、修練所の空気が静まったことで全員の表情が柔らかくなっていく。
訓練を止めて見守っていた願と、戦いをただ眺めていた人夢。
誓から治療を受け意識が回復し始めている鬼一と、それを見守っている星蘭。
ここの誰しもがもう終わりかと思った。
その時、心に芽生えた――〝好奇心〟。
「あっ」
その不穏な響きに願だけが眉をひめた。
「分かった!」
「なにを?」
「へへ! テメェに本気を出させるための秘訣だ!」
「お、おい金――――」
願はその不穏さを感じ取って、子熊の言葉を遮ろうとするも既に遅い。
その言葉はなんの悪意もなく。
まるで少年のような、純粋な笑顔で。
子熊金の口から放たれる。
「家族! テメェの大事なもんはそれだろ!」
「あ? だから何だよ……」
急に変わる仁の声音にぞぐりとするような悪寒が、願の体を突き抜ける。
だが、子熊の言葉は止まらない。
「だろぉ? さっきから家族家族って大事そうにしてたもんなぁ! それならよぉ、今すぐテメェの家族を殺せば本気出してくれるよな!?」
「は?」
「やっぱ良い反応だ、よーし! 今すぐ家に連絡してやってもらうか待ってろ!」
そう言ってポケットから連絡機を取り出して、操作し始める。
「お、おい! 何を言ってんだ?」
「待ってろって! 今から連絡すっから。確か願がいた場所は――沖ノ連島だったか? んじゃ九州の部隊か……そこにいる鏑木って名字を持つ人間を全員殺せ、っと」
「おいおいおい、待てって! この訓練に俺の家族は関係ねぇだろうが!」
「んー? あるだろ? そうしないとテメェが本気ださねぇんだから。オレがこういう手段に出る前にちゃんとやってれりゃぁ良いのによぉ……ったく、しょうがねぇやつだな」
子熊金の止まらない行動。
躊躇がなく、迷いがない。
その行動を見ているだけで心臓の鼓動が早くなっていく。
『ここは普通じゃない』
そう言っていた誓の言葉を思い出す。
改めて思う……確かに普通じゃない。
戦うために、自分の欲を満たすために、自分の願いを叶えるために、手段を選ばない。確実にそうなる手段を無理矢理にも取ってくる。
仁の直感が言っている――こいつはやるぞ、と。
相手が嫌がっていようと関係なく。
自らの興味を満たすために他者のことなど考えもしない。
これが〝
「待てって――――」
未だに連絡機を操作する子熊へ向かって、翔ける。
「言ってんだろッ!」
操作している連絡機を蹴り上げ、そのまま地面で踏み壊す。
足を離すと連絡機は粉々に砕け散る。それを確認してから仁は子熊を睨みつけた。
「おぉ! イイねぇ、イイねぇ!」
怒りによって呪力が吹き荒れる仁の体からは、まるで炎のような赤い呪力が滲み出る。
「お前の勝手で……俺の家族を巻き込むんじゃねぇよ、気分悪ぃな」
「何言ってんだよぉ、テメェが悪いんだぞ?
「
粉々に破壊された足元の連絡機を見る。
端から見ていて操作が遅かった、あれは願と同じ類の人間。あまりスマホを弄ったりしないタイプの人間なんだろう。俺も同じだからよく分かる。
「確かに、もう連絡はできねぇな!」
「ならもういいだろ」
これで終わり。
今はこの怒りと焦りをどうにかして収めたい。
落ち着かない体と心に冷静に装って子熊と向き合うのをやめた仁だったが、視界に呪力が横切った。
「ホントにいいのか?」
にやりと笑って、呪力を吸収し始める子熊の姿。
彼女の悪意に反応して負の感情が寄せ集められているようだ。
「――――もう連絡は終わってるぞ?」
「……あ?」
「だからもうメッセージ送ったって。だいたいそうだなぁ……九州の部隊に命令したから半日くらいで、テメェの家族の死体がここに届くな」
「……っ!!?」
「どうだ? 本気、出すよなぁ?」
その言葉を聞いて、落ち着け……落ち着けと心で何度も呟いた。
どうせあっちには師範がいる。
守ってくれると言っていたから大丈夫。
師範が負ける姿など想像できないから問題ない。
家族がまた被害に会うなんて……そんなことありえるはずがない。
思いつく限りの安心を、何度も何度も思いあげては、心を落ち着かせる。
だが、それも徐々に内から燃え上がる炎によってかき消されていく。
そんなこと……、と思い信じて……自分の姉は死んだから。
「お父様! 今すぐ沖ノ連島に連絡を!」
「大丈夫。ちゃんと守るさ、被害は出さないよ」
「大丈夫ではありませんよ! 何なんですか、この状況は!?」
「願だって分かっているだろう? 仁くんは普通の優しい子だ。でも陰陽師になるならば、こういう悪意に当てられないといけないんだ」
「それでも――――」
仁から溢れ出る真紅の呪力が修練所を染め上げる。
その瞬間、呪力という存在が燃え始めた。
「やり過ぎですよ……ッ」
願だけがこの場で響き渡った。
誓と願を除く全員が、願の焦った声音に困惑した表情をしている。
〝悪意〟が当たり前となっている陰陽師にとっては、子熊金が鏑木仁に向ける悪意は何もおかしいことではない。
でも、願は春休みに仁から伝えられているのだ。
自分が出会ったことのない
――――なんのために命懸けで過去を変えたのかを。
◆
「これは――――【
仁から、一気に呪力が解放される。
それは修練所の空気が真紅に染まるほどの赤い呪力、仁から放たれる呪力がこの空間を支配しているのだ。
その膨大な呪力を感じ取った子熊は一瞬〝好奇心〟という名の悪意が忘れるほどの焦燥感に陥った。ジリジリと体の内側にある呪力が燃えている感覚を感じ取っているからだ。
熱は感じないのに、この呪力が燃える感覚が熱を錯覚させる。
それが、自分の全てを燃え尽くそうとしてくるのが分かるのだ……。
「おい、子熊金……」
ハッとなり、対峙する男を見た。
そこで、いつの間にか自分が円形に広がる炎に囲まれていることを知った。
「度が過ぎたな。家族を狙うってんなら、お前は……俺の敵だ」
先ほど自分の攻撃を捌いていた時とはまるで違う。
防御の意思など感じない、攻撃の意思……と言う名の殺意のみが体を貫いた。
想像以上。想定外。
もしかしたら……という後悔が脳裏を過っているが、決して弱気にはならず声を張り上げるも構えを取る体は少し震えていた。
「は、はは……あはは! これがテメェの本気かよ!?」
子熊の逃げ場をなくすように、徐々に炎が舞い上がり……次第に周囲の光景には火柱が視え始める。
まるで、仁がそう言っているように――――。
「……本気? まだそんなこと言ってられんのかよ――くだらねぇ。お前なんて最初から俺の足元にも及ばねぇよ」
〝戦鬼装〟。
〝呪力〟。
それらは仁に新たなる進化を
人間の頃とは違う、ほんの一瞬で生み出せる力が天地以上に差がある。ただでさえ身体能力が高すぎる仁に〝鬼〟の力が組み合わさることで生み出される純粋な力。
そこから繰り出される〝神鬼古武術〟は、ここにいる誰もが思いも寄らない規格外のもへと変貌していた。
「手式順術――――」
〝戦鬼装〟によって極限まで高められた身体能力、それは足の親指に力をいれるだけでまるで瞬間移動のように子熊の眼の前まで仁の体を連れて行く。
その動きに子熊は反応できずに目を見開き、体は硬直したまま……棒立ちで一瞬にして懐に潜り込まれた。
「火突ッ……!!」
決着までは一瞬。
瞬きをする間、そんな感覚の早さで終わる。
仁の左拳が子熊金の鳩尾――膻中を捉えくりだされる。それをまるで走馬灯のように呆然と立ったまま、もはや気がついていないとすら見える子熊金に直撃する寸前、仁拳が子熊金の膻中に直撃する直前で停止した。
「落ち着け!! 仁ッ!」
間に入り込んだ願が、仁の突き出された腕を抱き止めたからだ。
願が着ている陰陽衣を突き破るほどの威力、受け止めた願の額には脂汗が浮かんでいた。
「願……!?」
「お前の家族は癸家が守っている、師である榊様もだ。だから絶対に大丈夫だ! 落ち着け……仁!」
まるで我が子を抱きしめるように……仁の背中に手を回す。
そして、
「はっ! ……ね、願―――」
〝死〟を感じる恐怖から意識を取り戻した。
そして、守られた子熊はようやく見えた……願の陰陽衣を突き破り脇腹から血が滴る姿、人間の肉体を簡単に貫く威力の寸で止まった仁の拳が。
直後、攻撃が当たっていない子熊金の背後に灰が舞い上がる。
「なっ!?」
子熊の体には外傷はない。
触られた感覚もなければ、当然痛みも感じていない。
だが何故か――体に力が入らない!
「ち、力が……なんで……だ!」
「……金。今日はもう……休め、当たってないとは言え――仁の馬鹿力と呪力の波動がお前を捉えたんだ、立ってられないだろ」
榊との稽古で得た呪力という力。
人間としての完成された頑丈さに、更にそれを成長させる鬼という才能。
呪力と体術を一体化させた〝神木古武術〟という戦闘技術。
それらが全て合わさったことで、改めて〝神鬼古武術〟という真名に変えた鬼のための武術。
「何を……され、た――――」
その言葉を最後に全身が痙攣して気を失った子熊に少し安堵した表情を見せた願は、仁を睨みつけた。
「……分かったか? これが悪を悪で祓う者たち、陰陽師だ。優しさや気持ちだけで……ここにいる者たちを納得させることが出来ると思うな。お前の家族が狙われたのはお前の
〝普通じゃない〟。
その言葉の正体が、どういうものなのか全く分からなかった。
でも――今なら、何となく分かったような気がする。
「ごめん、まだまだ甘かった」
もっと用意周到なやつだったら、きっと遅かった。
この〝悪意〟に反応できなかったとしたら……もしかしたら、知らないうちに俺は大事な人を失っていたのかもしれない。
「まぁ、これを……普通の暮らしをしていたお前に自覚させるのもどうなのかという話しなのだがな」
「それは……俺がここに来た以上、それを言い訳にするのはダサくねぇか? 今回は俺の感覚ズレが招いたこと。もう普通の感覚は理解した……これから気をつけないと」
「……馬鹿が、それがお前の弱点だ」
願だって、もし仁が自分の意思で陰陽師になることを決めたのなら何も言わない。例え、今の状況になったとしても止めることはなかった。
だが、違う。
外的要因があって、勝手に陰陽師になるための道を歩かされていた一般人だ。
それでも文句を言わずに戦う選択肢を取れるのは流石としか言いようがないのだが。
「……この
「お前が私を治すまでだ。さっさと治せ、お前の拳は痛いんだ」
「え、怪我!? ご、ごめん! ちょ、すぐに治す!」
仁は自身に刻まれた【四神印】の一つ、【玄武の加護】に呪力を流す。
すると淡い青い呪力が願を包み込む。
「お父様に教わったというのにどういうことだ? 治りが遅い、さっさと治せ」
「人にやるのムズいんだよ、これ……」
【朱雀の加護】による圧倒的な力。
まさしく、呪い殺しに相応しい力。
それに加えて、【玄武の加護】まで操る仁を見つめている存在がいた。
「やはり、彼は今代の〝鬼神〟だ……」
先月まで普通に生きてきた者が、ここで〝特級クラス〟にいる優秀な陰陽師見習いを……同じ〝鬼〟であり、経験の差だってある格上の存在を一瞬にして倒してみせた。
同じ戦う者として、彼はあまりにも規格外。
陰陽師としては、知識がないだけの――同年代最強と言っても良い。
「絶対に――――私のものにしないと……」
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