第31話 恒星邂逅 壱

 あの訓練から時間が経過し、いつの間にか時刻は午後。

 仁たちは修練所から教室へ戻ってきた。

 願の言葉によって家族の心配は引っ込んだものの、やはり気になって仕方がない様子で、そわそわと願を治療していた仁にとって朗報――――


『陰陽師と鬼の気配があったもんだから行ったらよぉ、なんか鏑木って名前が出てきたから容赦なく消しといたぞ。……ったく、もう狙われるって何したんだ馬鹿弟子はぁ~』


 榊からの連絡が誓の端末にいれられたことで、完全に気分を持ち直した。

 本来ならば仁の方に連絡するつもりが、連絡機が壊れていることで連絡できずに誓の方に連絡を寄越したそうだ。

 こうして、無事であることが分かった仁は普段通りの明るさで教室に戻ることができたのだが……問題はあった。


「えぇ……子熊さんと願は、午後の巡回に参加することが出来なくなりました。鬼一さんも同様です。鬼一さんはあの通り体ボロボロになったからだけど、二人は呪力が一時的に完全に消滅したから今日はほとんど活動できない、というわけで……」


 【朱雀の加護】の力である呪力を消し飛ばす一撃を寸止めとは言えしまった子熊は家で療養することになった。状態で言えば、呪力の消失と肉体に浸透した衝撃による気絶。

 外傷はないが支障が出ているとして家に帰された。

 願も同様だ、あの一撃を受け止めたことによって子熊と同じような症状が現れた。気を失ったわけではないが、呪力が一時的に消失したことで家に帰された。

 仁としてはしっかり治療したつもりだが、他者が相手だと効果が薄く治りが不完全な【玄武の加護】ではダメージが残ってしまったようだ。

 ちなみに誓の手配によって、面倒を見るために祈も家に帰ったらしい。

 鬼一に関しては、誓が治療したものの治すために体力を大量に消耗し指一本も動けなくなってしまったため医務室で休んでいる。

 ――ということで、現在、人数は四人。

 

弥勒みろくさんは一人でも十分だと思うけど、一応一級クラスから助っ人を一人呼ぶよ。星蘭様は家の事情もあるだろうし……仁くんとは私が共に行くことになる、ついでに陰陽師の説明もするよ」


「ようやくっすね。了解です」


 今の今まで様々なことが起こったが、ようやく陰陽師のやるべきことを説明されることになる仁。

 本当にようやくだな、なんて思いつつも気合をいれると――――


「いや、ここは私が行くよ。誓」


 そこで、安倍星蘭が声をあげた。


「え……ですが――」


「いいんだ。仁と一緒に終わらせる、それに……彼とは話したいことが沢山あるんだ。誓がやる予定だった説明の方も私がやるから任せてよ。多分、私の方が上手く伝えられる」


「……?」


「そうですか……星蘭様が良いというなら私からは何もありません。彼のことをお願いします」


「あぁ、もちろん。私と仁は相性が抜群に良いから大丈夫さ……ね? 仁」


 仁に向けてウィンクする姿を見せるも、肝心の仁はどうしてそういう流れになったのか分からずに困惑していると、誓が会話の続きを始めた。


「よし、決まったね。それじゃこれから京都府巡回を始めるとしよう、弥勒さんはまだ行かないでね? 仁くんと星蘭様はお先にどうぞ」


 誓がそういうと、星蘭が仁の近くに寄ってきた。


「さ、行くとしようか。京都市街までの常世かくりょは右の鳥居だ」


「え? え? 誓さん?」


「頑張って、仁くん」





 教室の右側の鳥居を星蘭に着いていくように通り抜け、視界が一瞬ぼやけ歪む。それから一秒もしないうちに少しの浮遊感を感じ地面に足を着けると砂利の音がした。


「……ここは?」


「京都五芒星という結界の中央に位置する晴明神社という場所の蔵の中、またの名を〝中央聖域〟。ちなみに私の家の敷地内だ」

 

「中央聖域……大層な名前だな。ってことは、ここは結構重要な場所なんだな……でも、蔵って言ったら物置みてぇな感じだった気が――」


 陽の光が差し込む室内、様々な武具と護符が貼り付けられている壁、まるで装備を整える拠点のように見える。


「そう、大昔には物置だったり宝を保管していた場所さ。しかし陰陽師という存在が表から隠れた以上、こういう場所を使って色々なことをしているというわけだ。ようするに陰陽師が使用する拠点さ」


「ほーん……そんで、これからどうすんだ?」


「今から私たちはに入ることになる。そこに漂う現世に具現化する前の状態にある呪いを祓うんだ」


 星蘭が壁に貼り付けられた一枚の札を取り外し呪力を流す。

 すると、地面に大きな水溜りのようなものが広がっていく。


「これが入口を呼び出す札だ、鬼でも使えるように呪力を流すだけで影を展開することができる。そして、向こう側に写し鏡のように見える世界が影の世界さ」


「ほうほう、それじゃこれに入ればいいんだな。行っていいか?」


「もちろん。それじゃ――――行こうか」


 向こう側の世界に行くために、その入口に向かって水面に飛び込むように息を止め瞼を閉じて飛び込んだ。

 しかし、特に何かに触れたような感覚はなく意外とするりと体が沈み込み着地した。


「……夜?」


 両目を開眼させると、先程いた場所と景色が反転していた。

 窓から差し込んでいた太陽光がなく、代わりに蔵の中を照らしているのは呪力を吸収し輝きを放っているランプ。それが複数個ぶら下がって蔵の中を薄く暗く照らしている。唯一変わらないのは壁一面に敷き詰めるよう貼られている札の数々だが……。


「正確に言えば夜じゃない」


 星蘭も仁に続いて、影の世界に降り立った。


「説明しようか、一度外に出よう」


 蔵の扉に呪力を流すと、まるで自動ドアのように一人で重々しい扉が開いた。

 星蘭の後に続くように仁も一緒に外へ出ると、そこには壮観な光景が広がっていた。


「うぉ~、ここが京都か……」


 昔の日本らしい建物の数々。

 瓦屋根の建物など今の時代にはほとんどない。それこそ神社と呼ばれる建物だけだ、それらが四方を囲むように建てられいるのを見るとまるで異世界に来たのではないかと錯覚してしまう。


「島育ちだと珍しい建物ばかりだろう。後で観光でもしよう、私が大使となって色んなところに連れて行ってあげるよ」


「おぉ! しようぜ、観光!」


「ふふっ、なら説明を手早く終わらせようか。まずは――空を見て」


「空……? え、月?」


「ううん、違うよ。あれも太陽だ。ここは裏側の世界……の世界、仁もさっき入口を通って来ただろう? あれは表裏の境界線なんだ、だからようの光が通るといんの光となってしまう」


「つまり……なんか色々と逆転するって感じか」


「そういうこと――――着いて来て。次はこの場所で陰陽師私たちが何をしなければならないか教えよう」


 この拠点が設置されているのは晴明神社本殿の隣。

 そして本殿の前に建てられた一際大きな建物が拝殿と言われる、一般人がお参りや観光目的のために目にする建物。

 そこから歩いて行くと鳥居があり、そこが四神門と呼ばれる晴明神社の入口になっている。途中に桃が置いてあったり、五芒星と呼ばれる紋章があることに目を惹かれるも、ここまで星蘭の後に着いて来て説明されている仁であったが、四神門を通り抜けた瞬間――――


「ん? なんか……人の気配がなくねぇか?」


「流石だ。仁が感じる通り、この世界には陰陽師以外の生命体は存在しない。でも他に感じ取れるものがあるだろう?」


 確かに、星蘭に言われる通りそこら中から違和感を感じ取れる。

 これは――――呪力だ。

 それもまるで人のように徘徊しているのか、気配が動き回っている。


「ある。なんか動きは人に近いな……式神みたいだ」


「確かに式神に近い。それなら、そいつはどこにいる?」


「うーんっと……左斜め前の奥だ。そこに集合してる……? ように感じる」


「――正解だ。それが今回の巡回標的である〝呪体〟と呼ばれる存在であり、祓う対象。それじゃ行こうか」


「うい」


 四神門を抜けた更に奥、そこにはまた鳥居がある。

 それを抜けると府道三十八号線と呼ばれる主要道路に繋がっていた。ただ今は車は走っていない、景色だけがそこにあるという感じであった。

 そこから左へ直進すると交差点が見える。当然、信号も動いていないので道路を横切って渡る。

 すると、見えて来た三階建ての細長い建物があった。


「……病院、か?」


「内科だね」


「内科? 病院じゃなくて?」


「そこは病床数の違いさ。仁が住んでいたところにも紫医院という有名な診断所があるだろう?」


「あぁ、そう言えばお世話になったことあるわ。ベットの下から美女が出てくるところだろ?」


「はい?」


 近づいていくと、それはもう綺麗な建物だった。

 特に呪いが近づく理由もなさそうな場所だが、そこからは外からでも分かるほど異様な雰囲気に包まれている。


「そんなことより、この変なオーラは?」


「……これは人間の様々な感情が集まっている証拠だよ。病院や内科、そういう人の生死に関わったり一生に関わる場所には必ずこういうオーラに覆われている。そしてこれが、呪いを呼び込むというわけだ」


「その呪いが呼び込まれると?」


「呼び込まれ、そして私たちが祓うことなく放置してしまうと現実世界に影響を及ぼされるんだ。簡単に言えば不幸が訪れると言った方が良いかもしれない……それに、ここを襲った呪いが。ニュースとかで見たことがあると思うけど、非常に優しい人間が急に人が変わってしまい人を殺してしまったりするのは呪いが関係しているんだ――優しい人間は呪いに好かれるからね」


「うわぁ……良いことねぇ」


「だからここで祓うのさ。さて――ここからが本題だ。今回の巡回だが……私は見ての通り、何も武装していない。陰陽衣こそ着ているがそのこと以外は生身と言ってもいいだろう」


「え? なんで?」


「まぁ、これは私からの試験だと思ってくれていい。この既に状態で、私はここを動かない。君の力で私を守ってみせてくれ」


「あぁ……そういやお前って偉いんだったな、誓さん言ってたわ。てか、囲まれてるって……――――」


 音もなくいつの間にか眼の前に現れたそれは、成人男性ほどの体格をした黒い人形のような存在だった。一歩、一歩とこちらに近づいて来る度に黒い靄のように呪力が舞い上がっている。

 だが……それは一体ではない。

 建物三階の窓、仁と星蘭が来た道、そして建物の屋上――――計四体。


「ほぅ……【青龍の瞳】か。だから君には呪力が視えているんだね」


「あ? 何言ってんだ、今はそれどころじゃねぇだろ……ったく」


「ちなみに、ここで起きたことは現実世界に影響はないから安心してくれていい。例えば……建物を破壊してしまったりね」


「……マジ? それなら――――」


 突如、地面だけが抉れる。

 眼の前にいる星蘭ですらも視認することが出来ないほどの速度、その速さに一瞬気を取られた瞬間――――眼の前にいた呪体が弾け飛んだ。

 そして弾け飛んだ場所でも地面が抉れ、次は建物の屋上に仁の姿が現れた。二体目でようやく姿を視認することが出来たと思いきや、仁は星蘭が予想すらしていなかった行動にでた。

 なんと、体中から呪力を腕に集め建物の屋上からそれを振り下ろしたのだ。


「…………」


 建物を破壊しても良いとは言ったが、本当にそれを行動に移せるとは思ってもいなかった。まるで巨大な足で踏み潰したかのように三階建ての建物が圧縮した。

 大きな音を立てながら瓦礫と化した建物から呪体の気配が完全に消える。

 そして、最後――来た道……つまり星蘭の背後の呪体に向かって足を振り終わった仁の姿があった。

 あまりにも呆気なく四体の呪体を消し飛ばした仁の後ろ姿を見て、星蘭の口角が上がっていく。

 まさに圧倒的――――〝現代の鬼神〟に選ばれるのも頷ける強さ。

 

「余裕だな」


 やはり彼こそ、今代の晴明に相応しい存在……


「見事だったよ、仁」


 

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