第29話 鬼格外 弐
誓と共に左側の鳥居を通り抜けると、そこは今朝、人夢と一戦交えた場所と同じ光景が広がっていた。
しかし、あの時よりも広い。二つのグループが戦闘訓練をしていてもまだまだ余裕があるほど広かった。
そして何より違うのは――――
「テメェ!! さっきはよくもオレごと串刺しにしようとしやがったなぁぁあ!!!」
「なんの……こと!? そんな大振りじゃ、あたしには当たんないって!」
活気ある戦いが繰り広げられていることだ。
先ほどの静かな教室とは打って変わって、活気が伝わってくる。
その一番の要因は――――子熊金にあった。
「あははっ!! お前は強いから楽しいなぁ!!」
〝鬼脈〟を活用した、極限までに強化された肉体。
その肉体から放たれる一挙手一投足が、強風を巻き起こす。
見ただけでも分かるような強烈な一撃を放つも、それを軽々と躱し刀を振るうのは細く靭やかな体とややサイズの大きい陰陽師専用の服――〝陰陽衣〟を着る鬼一野爛という者だった。
「てか、あたし星蘭様と手合わせするつもりだったんだけど?」
「まずはこっちに詫びろや!!」
刀と腕が衝突し、呪力の波動が暴風となって舞い上がった。
まだまだ言い合いは終わりそうになく、一度距離を取ってからも互いに大きな声で言い合っている姿を見ていると――
「まずはあの子たちについて紹介しないとね」
隣の誓が黒いタブレットを片手に説明を始めた。
「まずはここの代表、
「無礼って……俺からは何もしないっすよ。というか――なんです? あの呪力は、本当に人なんすか?」
「『晴明』という名を受け継ぐ彼女には、代々の『晴明』そのものが受け継がれているのさ。記憶とか転生という話しではなく、偉大であった晴明様たちが彼女の力になっている。だからこそ超常的な呪力を内容しているんだ――まるで〝星〟のようにね」
「〝星〟かぁ。確かにあの姿は星そのものって感じですね、爆発したらヤバそう。でもあの姿って――――」
呪力を可視化できる人物が、安倍星蘭を恐れない理由はないだろう。
彼女から溢れ出る呪力は影に溶けるように消えてき、陰陽衣に染み込むようになくなり……と循環している。
――――まるで、怨霊化した時の弓削のように。
「その先を言ってはいけないよ。誰がどこで何を聞いているか分からない、特に今あの場で訓練している
「あぁ、教室出る時にひっついてた」
「あの子は〝鬼一一族〟の剣術継承者。刀に関してはここの誰よりも強い、そして星蘭様の護衛だ」
「でも呪力ほとんど感じないっすね」
「それは彼女の体質が関わっているらしいんだけど、呪力がなくとも強いからね。ここでは何も問題はないよ」
足運び、身のこなし、間合いの取り方、全てが斬るための行動になっているのだろう。先程から一撃も当たっていないのは、刀という間合いを考えて行動しているからだ。それに徒手空拳の相手と戦うのには慣れている様子だ。
「次は、あの元気な女の子――
「ほぉーん、確かに頑丈でしたね。蹴られて分かりましたけど」
「頑丈なだけじゃない。それこそ〝鬼脈〟に関しては見習うところがあると思うよ? 仁くんが、春休みの期間にどれだけ鍛えたか知らないけれどね」
「まぁ……一週間も遅れて来ただけあって、相当鍛えましたねぇ。まぁ師範に問題なしって言われるまでやったんで、多分問題ないんじゃないっすか?」
「また相変わらずな感想だね……」
最後の方はまぁ……ただ殴り合ってただけだし、やることはやったはずだ。
というか、これで全然ダメだったら師範に文句言いに行く。
「次に
「あいつは知ってますよ。俺がここに来た時に襲われましたから」
「ああ、それで朝の話しに戻るんだ。あの子が持っていたカードと連絡機に私の呪力を感じたからおかしいと思ったんだ」
「そうなんですよ! 真っ二つっすよ真っ二つ! というか、コンビニ寄ったんですけどカード使えなかったですよ? あの黒いスマホも」
「だって、私は仁くんがそんなに朝早く来るとは思ってなかったんだよ。榊様からは当然連絡ないし、幸いにも蕪木からの連絡があったから今日は私が特級クラスに来たんだよ? それでカードとか色々認証しようと思ってたのに壊れてるしさ、びっくりしたよ」
「だって俺スマホ持ってないし……」
「親御さんにも何度か連絡してたんだけど、分からないって言ってたし。ちゃんと挨拶してきたのかい?」
「はい、それはもうしっかりと。真夜中に」
「ダメじゃないか……それじゃ――――」
誓が呆れ気味に体を少し縮めた時、修練所に爆音が鳴る。
「うっしゃぁ! オレの勝ちぃ!! ほら、オレに謝れ!」
「ぐっ、ご……ごめんってば――――」
その光景に目を疑った。
決着がついたのは良い。
悪いことをしたら謝るのは当然だ。
しかし、両手両足をへし折り、髪を掴んで持ち上げる金の姿は……流石に目に余る。あれではやりすぎだろう。
「さ、決着がついたみたいだ。次は仁くんがあの子と腕試しする番」
「……いやいや、あれはやりすぎじゃ?」
「あれは全然、私が治せる範疇だから大丈夫だよ。仁くんだって榊様と戦いている時はあのくらいの怪我してたよ?」
「いやでも――――」
男の俺と女の
「仁くん。これがここ普通だよ――子熊さん、次は仁くんと一戦やってみないかい?」
「おぉぉ!! 良いっすよ! それじゃ代わりに、こいつ渡しときますね!」
そう言って、誓に投げ渡されたのは四肢がへし折れねじ曲がった姿の鬼一野爛。
痛みで声は出ないようで、うめき声のようなか細い呼吸だけが聞こえる。
「さ、彼女は私に任せて。仁くんはステージに上がって、子熊さんが待ってるよ」
彼女とは交わす言葉はない。
こっちから話しかけるのも初めてだし、心配されるいわれもないだろう。
だが、一般的な生活をしてきた仁は……
「大丈夫か?」
そう声をかけてしまう。
だがそれは戦う者にとっては無用な言葉。
負けは負け、勝ちは勝ちなのだから。
「……ッ!! 」
今に首を噛みちぎって来そうな形相で睨み返される。
それもそうだ、彼女にとっては今の戦いは負け。
真剣に殺し合いをしていれば結果は変わるかもしれないことだが、訓練とはいえど名のある一族が敗北したのだ。悔しくないはずがない。
「(確かに……普通じゃねぇや)」
「今のは彼女に対して失礼だ、仁。彼女だって命を懸けて戦う者……訓練とはいえ敗北した後に同情などするな」
「安倍星蘭……様の方がいいか?」
「君は特別だ。好きに呼ぶといいさ」
「んじゃ、星蘭って呼ぶことにするわ」
毅然としているが体に力が入っているのが分かる。
自分の護衛が訓練とはいえ、負けたのだ。
心配の感情、怒りの感情、悔しさの感情。
それら負の感情が滲み出る呪力から感じることが出来る。
「おーい! 早く来いよー!」
「……今のは確かに同情だった、悪かったな」
それだけ言い残して、子熊金と向かい合った。
金の背後で激しい剣戟をしている二人組――願と人夢。その二人が、同じ場所に立っているはずなのに随分と遠く見える。
「(道場の何倍だ? 五倍くらい広いな、ここ)」
「どうだ!? さっきの戦い見てたかよ!」
「いや、あんまり見てなかった! ごめん!」
声を張らないと聞こえないほど遠くにいる相手。
だが、呪力によって身体強化を施す〝法術〟の使用がある以上ここの広さでも足りないのかもしれない。
それこそ――――
「さ、構えろよ。楽しい楽しい殴り合いをしようぜぇ?」
鬼脈を解放した、〝戦鬼装〟の状態の鬼には広さは足りない。
「あぁ、いつでも来いよ」
「はっ、一発受け止めたからって――――舐めてんじゃねぇぞ!!」
大地を蹴り上げる、そして宙を駆け回る。
それも高速で翔け回り、百メートルほど離れた一から仁の首に足刀が到達するのが――約二秒。
轟音がなり、修練所が揺れ動いた。
しっかりと鍛錬しているということだ。
「同じ攻撃はダメだって。実際、痛くも痒くもねぇんだからよ」
「くぅー! やっぱりお前はイイなぁ!!」
にやりと笑う獰猛な表情に映える可愛らしい犬歯。
だがその可愛らしさ反面、暴風を巻き起こすような拳が仁に襲いかかった。
メリメリと頬の骨から音が聞こえるほどの一撃、それも蹴りと同等以上の質量が乗っかった重い一撃が仁に直撃し、修練所の壁に激突した。
「おっしゃぁ!! ぶっ飛ばしてやったぜ!」
「――――あぁ……痛ぇ、せめて
しかし、まるで今の一撃はなかったことのように……
ポキポキと首の骨を鳴らしながら、軽快に歩いて元の場所に戻ってくる。
血を流すこともなく、骨も折れることはなく、五体満足で戻る仁の姿は知らない人からすれば恐ろしく映るかもしれない。
だが、戦闘狂である子熊は違う。
「はははっ! いいね、いいねぇ! やっぱ〝鬼〟ってのはこうでなくちゃな。人間は脆くて全力出せねぇが、お前は違うなぁ? 鏑木仁!! 頑丈なやつは大好きだぜ? オレは」
「おいおい、よせやい」
そういう告白はもっとロマンチックな場所でお願いしますよ。
「なに照れてんだ? ……まっ、いっか。――まだまだ、終わんねぇよなぁ? なぁ!」
戻ったばかりの仁に対して容赦のない連続攻撃。
一振り一振りが強風を巻き起こし、修練所には小さな台風が起きたかのように風が巻き上がる。そのせいか、二人で剣でぶつかり合っていた願と人夢が手を止めた。
「……この風、邪魔ね」
「はぁ……全くだ」
「しかし……彼、大丈夫なの? どれだけ頑丈でもあの攻撃は厳しいんじゃない?」
「問題ない。全部流している」
榊様の攻撃を一つ受け流す。
それでだけでも十分過ぎるほど実力があると分かる……はずなのに、
外野から見ていても視認することすらも難しい、高速の一撃に対してだ。
「どうせ――女だから手を出せないんだろう」
「……は? なにそれ? 随分と甘ちゃんなのね、彼は」
「そういうやつなんだ、仁は」
「ふーん、そんな感情がここで通用するわけないのに……案外、つまらない人間なのね。鏑木仁」
そう思うのは無理もない。かつての私もそう思っていた。
どれだけ殴っても、
『やめとけって、拳痛めるぞ?』
どれだけ蹴っても、
『スカートで蹴るなって、 パンツ見えてるぞ』
どれだけ斬っても、
『痛ぇけど……治るしな』
一体、何をすればやり返してくるんだと思った。
だからどうすればやり返してくるのかと、榊様に聞いてみたが、
『家族との約束なんだとよ、あいつはそれを守ってるだけ。馬鹿みてぇに素直なんだよ、あいつは』
そう言われてしまえば何も出来まい。私だって家族が一番大事だ。
それを、お父様も聞いていたはずだが――一体、仁に何をさせたいのだろうか?
「おいおい、どうしたぁ! やり返す暇もねぇか!? ん?」
離れていてなお、この鈍く低い打撃音。
聞いていて痛々しく耳を塞ぎたくなる。
「つまらない、か……そうかもな」
相手が仁ではなかったら、未だに私も同じことを考えていただろうな。と人夢の言葉を聞いて苦笑を浮かべる。
「――……なんだか、春休を経て変わったわね」
「大きな子供の面倒を見ていたのでな。少し大人になったかもしれんな」
何秒、いや何分経っただろうか。
一撃、二撃……――と攻撃が繰り出されてから、止むことのない猛攻。
女性とは言え〝鬼〟の一撃。既にそこに男女の垣根は存在しないだろう。
「(捌いても捌いても切りねぇし、防ぎミスった腕は痛ぇしで……)」
「あははっ! マジで頑丈だなぁ!? えぇ!?」
「(どうすっかなぁー、長引かせても終わる気配ないしな。スタミナ無限かよ、こいつ――)」
コンパクトな打撃を防ぎ、少しでも振りかぶった打撃を弾いて力のベクトルを変えて流す。こうして次第に――鈍く低い打撃音が小さくなり、最後には弾く音しかしなくなっていく。
仁の動きが急に変わったことで、金が放つ攻撃は力の方向が乱される。
「おぉ!?」
力の方向を乱されるということは、体の軸を乱されるということ。
それがほんの少しだろうと、一瞬だろうと、隙は隙。
その刹那に――仁は金の腕を掴んで遠くへ放り投げた。
「うほぉー! スゲェ! でも――――」
空中で何回転もして着地する金の笑みは、まるでアトラクションを乗った子どものようである。
しかし、その笑みも一瞬で切り替わった。
「テメェ……どうしてオレに反撃しない? 舐めてんのか? 教室ん時もそうだ! オレことを勝手に守りやがって、どういうつもりだ!」
「え? 何で怒ってんの?」
「ったりめぇだろ! そういう生温い考えを持ってるやつを見てるとイライラしてくんだよ。血を流し、命を懸ける――それが戦いだろ! 本気でやれや!」
「……これは訓練だろ? なら怪我ない方がいいじゃん、。それに――女相手に手を出しちゃいけないって、家族からの教えなんだよ。俺は」
「はぁ? なんだよ、それ。下らねぇな」
「(願もそうだったけど、何でか怒るんだよなぁ……これ言うと)」
ここまで強くなるためには、努力と才能が必要だ。
それも普通のものでは駄目。
血の滲むような努力と、突出し極めて格別な才能が必要なのだ。
殴られて、蹴られて、それは仁にも伝わっていることだろう。
しかし、相手は女。
物心つく前から父親と男の約束をしたのだから、死んでも守らないといけないことだ。いや、当然度が過ぎる場合は違うけど。
「じゃぁ、テメェはいつ本気を出すんだよ?」
「本気だっての、ずっとな。だからお前は怪我してねぇだろ?」
ピシッと空間に静寂という名の亀裂が走った。
それは呪力が体から放出されたことによって生まれる波動が、空気を揺らしているからなのかもしれない。
「……手加減、してたってか?」
〝鬼〟が吸収し続けている呪力は常人を遥かに上回る。
「オレに対して?」
それが一気に解放されたのだから、その圧力は尋常ではない。
この場にいる誰もが訓練を止めようと行動に出ようとするも、
「手を、出してはいけないよ」
誓がそれを静止する。
「お父様! これは流石に――――」
「これも、仁くんに理解してもらうためさ。悪意を操ることが出来る我々もまた、〝悪意〟であるということをね」
この場に渦巻く呪力――その中心にいる子熊金。
そして臆することなく対峙する鏑木仁。
二人が向き合う空間に一瞬の静けさが訪れた、その時――――
「〝
黄金の呪力を纏う子熊が、仁の脇腹を薙ぎ払った。
一瞬、仁の姿が消えたのかと思うほどの速度……薙ぎ払われた直後、壁に物体が激突すしたような轟音が鳴り響く。
「楽しむのは、やめだ。テメェのその舐めた態度に苛つくからボコボコにするっつう、一方的な暴力を始めることにする」
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