第28話 鬼格外 壱
「安倍……星蘭? 星蘭でいいか? こっちこそよろしく頼む……と言いたいところだけど、ちょっと聞き捨てならないことが――」
「こら! 星蘭様になんて口聞いてんだ、バカ! 敬語使え、敬語」
お、おい、喋るたびに顔を揺らすな。
力強いんだから。
「
「えぇ!? いいんすか!?」
「さっき言っただろう? 彼は〝鬼神の後継者〟――つまり、現代の鬼神なんだ。君も〝鬼〟なら……どういうことか分かるよね?」
「……こいつが、鬼神の? ないないっ、流石にそれはないっすよ! だってあの方は何百年も前に姿を消したはずっすもん」
「まぁ、そこは君の解釈に任せるよ。さっ、彼を離して上げて? 流石に苦しそうだからね」
パッと顔を離される。
変に首を揺らされていたため、首の位置がずれているのを首の骨を鳴らして治す。
「後でまた話そう、鏑木仁。その時には名前で呼び会える仲になっているといいな」
「(……めちゃくちゃ美人のイケメンだぁ)」
「そろそろ担当の人来ますし、座っときましょうかねぇ」
二人は自分の席に向かって歩いていき、ようやく今までのことに終止符が打たれたようだ。急に、まるで何事もなかったかのように先程の風景のように皆んなが談笑し始めた。
どうやら、ようやく休めるようで願の所へ歩いて向かった。
「……お前のせいだからな、こうなったの」
「面倒事に巻き込まれるお前を見ているのは、楽しくてしょうがないな」
「ったくよ……」
「そうやって、素直に
「もう祈のことが恋しくなってきたぞ……俺は」
別れてからまだ三十分も経ってないが、あの優しさが欲しい。
ここはあまりにも特殊過ぎる……普通のクラスが良かった。
「祈は私の妹だ、誰にもやらん」
「恋しいってそういう意味じゃねぇよ――――そんなことより、あの星蘭ってやつは何なんだ? 偉いやつってのは分かるけど」
「彼女はここの
「変なことって……明らかに俺よりも変なこと言ってただろ。なんだよ、〝主〟って」
「それは知らん。星蘭に直接聞け」
「はぁ……そうだよなぁ。分かんねぇし、後で聞くか」
色々な出来事が一気に起こり、ようやく一息つける時間になった。
時刻は朝の七時五十分。ようやく本来の朝のホームルームが始まるのだろうか、ここにいる全員が席についた。
そして、今度は左側の鳥居から現れた人影。
「やぁ、皆んな。おはよう」
「おっ、誓さん!」
癸家現当主――癸誓。
春休みの期間、何回か【玄武の加護】について修行をつけてくれた人であり、何より、陰陽市に仁が来るために色々と手を回してくれた人物でもある。
「あれ、仁くん? もう到着したのかい?」
「そうですよ。今日の朝にここに来ました」
「それならどうして私に――――あっ、蕪木から連絡来てる。そうかそうか、今日の早朝の呪力は仁くんのだったんだね。どうりで感じたことがあると思ったよ、ようこそ――陰陽寮へ。私たちは歓迎するよ」
「いやぁ、早朝から物凄い歓迎されましたよ。おかげで全部なくしちゃったんで……あの、すみませんという報告だけしときます……」
「ん? ま、まぁ、それは後でしっかり聞かせてもらうよ。よし、それじゃ仁くんが到着したことだし、私の午前中の予定を変えちゃおうかな。――皆んなには、挨拶したかい?」
「挨拶……は、俺からはしてないっすね」
周囲を見渡すと視線がこちらに集まっているのが気配で分かる。
特に安倍星蘭からの視線は、あまり気分が良いものではない。
何故なら、仁の体に呪力まとわりつかせて隅々まで調べようとしているからだ。
向こうからすれば仁が呪力を完全に視えることを知らないから、気づかれていないと思っているのだろうが……普通に不愉快である。
気持ち的には、電車に乗っていて他人の肘が脇腹にずっと当たっているような不快感だ。
「そっか、確か……願が仁くんのことを一週間前くらいに皆んなに知らせているはずだけど――――皆んなの顔を見るに自己紹介は必要そうだね。皆んな、時間はあるから質問とかもしていいからね」
「それじゃ……よっこいしょっと。俺の名前は鏑木仁。今の見て分かってると思うが〝鬼〟だ、よろしくな。あと、陰陽師に関しては全く知らないから……そこはごめんって先に言っとく」
陰陽師に関しての文句は、出来れば師範と誓さんに言ってくれ。
……とは言えなかった。師範は言わずもがなだが、誓さんに関しては軽く説明してくれていた……気がする。聞いてなくて、すんません。
「はいはい! オレから質問いいか!」
先ほど顔を掴んでなかなか離さなかった
「おうよ、何でも聞いてくれ」
「マジ!? それじゃ……どうやってそんなに強くなったんだ? さっき蹴った時、物凄かったんだよ! ドカッっと蹴ったら、ドシーンって耐えられてよぉ! 普通だったらよ、首が千切れとんでもおかしくねぇ一撃だったと思うだよ! なぁ!」
「おいおい、最初に聞くことか? それ」
「〝強さ〟の秘訣って言ったら、すんげぇー秘密だろ? やっぱり……ダメか?」
「まぁ、いいけどよ。あんま期待すんなよ?」
「いいんだ! いいんだ! その〝強さ〟に少しでも近づけるなら教えてくれよ!」
「なら言うけどよぉ……モ――――」
うぉぉ……危ねぇ!!
危うく正直に言いそうなったけど、これ言っちゃダメって委員長に言われてんだった。あぶねぇ、あぶねぇ。
……しかし、それならどうすっかなぁ。秘訣なんてねぇぞ、はっきり言って。
「どうした? やっぱダメなのか?」
「あ、あぁ、いや? ちょっとどう言えばいいのか分かんなくて……」
てか、この人改めて見るとすっごい美人だなぁ。
挨拶もなしに人の首に足刀いれてくるヤバい奴だけど。
でも……これはまさか、モテるチャンスなのでは? 願はまぁ……もう知ってるからいいとしても、ここにいる他の人にはチャンスがあるはずだ。
どう――答えようか……――――諦めて正直言うか。
「……ごめん、やっぱどう言えばいいか分からん」
「えぇぇー!!」
だって、自分で考えてもよく分からないんだもん。
モテるためにやってたことだし、強くなってたのはいつの間にかって感じだし、よくよく考えても秘訣なんてものはない。
ていうか、毎日殴って殴られて、毎日蹴って蹴られて、毎日投げて投げられて、毎日血を流して、毎日どこか怪我して、土曜日には骨を折って気絶して、日曜日に治療されて、という一週間。
『これが体作りの基本だ!!』
とか師範は言ってたけど、こんな生活してれば強くなるのは当然じゃね?
あとはずっと師範の技をくらって、見てきたわけで……見様見真似で技を扱えただけ、本格的な指導が入ったのは春休みになってからだ。
「ただ、頑張ったのは確かだ」
「んなもん、分かってんだよ! オレが聞きてぇのはそうじゃねぇよ!」
「そんなこと言われてもなぁ……言いにくいんだよ。その代わりに鍛錬ならいくらでも付き合うからよ、許してくれよ? な?」
「お、言ったな? 言ったからな!? オレが気が済むまで、ずっと付き合ってもらうからな!?」
「ああ、いいぜ」
「いえぇーい! やったぁ! 言質取ったぁ」
まるで子供のように、しかしその獰猛な笑みは鬼のように。
満面の笑みを浮かべながら席に座り直した
それを相変わらずだなと言ったように我が子を見守るような優しい表情で、安倍星蘭が見つめていた。
「(やっぱり、あいつがリーダーなんだな……風格が違うわ)」
「さて、それじゃ仁くんの自己紹介も終わったことだし。皆んなは先に修練所に行っててくれ。私はまだ仁くんと話さないといけないことがあるからね」
誓が左側の鳥居を指すと、皆んなが一斉に動き出す。
「あ、そういやオレ着替えてねぇ!!」
「星蘭様~、あたしと一緒に稽古しましょ!」
「ああ、もちろん。その前にこれ――〝法術符〟が無くなったって連絡があったからね。作ってきたよ」
「わぁー、ありがとうございます!」
「ふふ、野爛ならこんなもの必要ないくらいに強くなると思うけどね」
意外にも学校であった移動教室を思い出す雰囲気。
しかし、この楽しそうな空気は現実のそれとは違うことを弁えなければいけないのだからやりにくい。
どんな気持ちで望めばいいのか……仁の中ではますます混乱するばかりだった。
「仁、先に言ってるぞ。――人夢、今日は私とやろう」
「……いいわよ」
最後の二人――願と人夢が鳥居を通り抜け、教室が一気に静かになった。
「さて、それじゃ軽い説明をしていくけど……その前に。仁くん、少し警戒心がなさすぎないかい? 春休みに何回も説明したよね、ここは普通じゃないって」
誓は教室を見渡して、天井や壁に突き刺さった槍、割れて捲り上がった床を見る。
「怪我がなかったから良いけど……受けに徹していたら、いつの日か大怪我だけじゃ済まないよ。今回はたまたま無傷だったって思うこと、いいね?」
「……でも、急に攻撃されたら受けにまわるしかなくないっすか?」
「仁くんならそれでも先手を取れるだろう? 榊様との稽古を見ていたから言うけど、ここにいる子たちなんて君に手も足もでないよ。もうここに来た時点で陰陽師として生きていくことになるんだ、油断していると簡単に命を落とすことになる。敵は〝悪意〟だ、この環境に馴染めないと必ず後悔するよ」
「〝悪意〟……か」
思い出されるのは――弓削鏡という男の存在。
彼は仁の最初の敵であり、最大の敵でもあり、誓の言う〝悪意〟そのものと言えるだろう。
街の人々を攫い、人体実験の末……血肉と人体実験で生まれた呪力を利用することで強制的に人間を式神に変えるという非道な行いをしていた。
結果として、彼は自分自身の肉体すらも実験材料とし、心臓以外の内蔵を呪力によって補うことで怨霊となり――――俺が祓った。
だが、この出来事が弓削鏡の悪意によって生まれたかと言えば、そうではない。
彼は自分の行いに好奇心や願いがあった、だからこそ
それこそが〝悪意〟。
これを悪だと思わずに行っているのが〝悪意〟なのだ。
「君がこれから戦うことになる呪いは、無意識にも心の弱点を突いてくる。守りたいもの、大切な場所、忘れたくない記憶。それを喰らってくるんだ――それに敵は呪いに関わる存在、つまり人間だって相手にする。その時に……どう判断できるかが重要だよ」
「そん時は、ちゃんと守りたいもん守りますよ」
「(それでは遅い……と言いたいんだよ、私は)」
陰陽師というのは〝闇〟だ。
人ではない存在を相手にし、時には人すらも相手にする。
そんな子が、自分の知らないところで〝鬼〟という存在になり、陰陽師となる計画が進められていて、勝手に人生を決められた。
……反対は出来なかった。私も陰陽師だから。
「(しかし……これではダメだ)」
賛否もない純粋無垢な悪意――陰陽師だからこそ当たり前な〝悪意〟をぶつけないと分からないのだろう。
そうなると――、あの子に手伝ってもらうしかないか……
「全く、『分かっているようで、分かっていない……ようで、分かっている』だったかな。榊様が仁くんを例える時に言っていた言葉なんだけど、私には全く分かっていないように見える。だから試しに行こうか」
「分かって……ん? 分かってない?」
「まぁ、説明してもよく分からないだろうから私たちも修練所に行こうか」
「その方がいいっすね……今の俺には難しい言葉でした。ほ、ほら、ちょっと今は座学の時間ではないというか、そういう気分ではないというか、なんというか」
朝から襲われて、少し気疲れしているんだ。全く頭が回らん。
殺されるかもしれないって考える戦いはダメだ、疲れる。
ましてや相手は女だし。
これが師範や願だったら殺されることはないだろうから、安心して怪我できるんだけど……。
「ぱぁーっと、体動かしたい気分だったんすよね」
「うん。それじゃ、実践と行こうか」
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