第27話 陰陽始業 肆

 風呂から上がり、誓さんが用意してくれた陰陽師専用の服を着る。

 黒を基調とした首元まで隠れる襟元、柔らかく上等な素材で作られた体の動かしやすい上下、羽よりも軽く着心地が良い。


「ほへぇー、呪力の調子が良いな」


 そして何よりも――呪力が

 すなわち、呪いへの親和性が良いということ。


「……よし、変な所はなさそうだな。てか、俺結構似合ってんじゃね?」


 鏡に映る姿を見て自画自賛していると、風呂場の扉が開いた。


「着替えた? 仁くん」


「おい、早くしろ。遅れる」


「はいよ」


 そう言って三人で玄関へ向かう。

 そこで、改めて格好の違いに気がついた。


「そういや、俺と服違うのな。もしかしてこの服って特注?」


 祈は丈が長い黒いスカート、下地に黒いタイツ。上は仁と似ているが、靴にヒールがあった。全身が黒いのにどこかお嬢様を彷彿とさせる上品な格好だ。

 そして願は、腰袋が多く巻かれた黒いハーフパンツにニーソックスの姿。腰には刀が二本常時してあり、上の服はポケットが沢山ついたぶ厚めのベストコート。履いている靴も底が分厚い膝下まで隠れるようなブーツ。

 祈と比べるとより格好良さが際立った。


「そうだ。下手に統一して自分に合った動きや呪術が使えなければ、それだけで命が散ることだってあるしな。お前のは、お父様が戦闘スタイルに合わせて用意してくれていたんだろう」


「そっか。ありがてぇな」


 そして玄関に並べてくれていたブーツを履いて外に出る。

 既に朝を迎え、人の気配を感じる空間となっている陰陽市は、早朝の時とは雰囲気が違った。

 何と言うか……普通であった。

 陰陽師と呼ばれる者たちが暮らす場所にしては、現代日本とあまり光景が変わらない。むしろ、自分が住んでいた沖ノ連島おきのれんとうよりも便利そうである。


「意外と普通だよなぁ、ここ」


 コンビニで荷下ろしをしている配達員、それを受け取っている店員、スーパーのシャッターを開いたり、商店の用意をしていたりと、意外と老若男女が生活している。


「普通……ではないかな? ここに来る人たちは全員〝政府関係者〟だから。もちろん呪いに関しては一般人と変わらないけど、秘匿情報を持った人たちだよ」


「秘匿情報?」


「そう。こういうことがあるのを世の中にバレるわけにはいかないから、をかけられてるの。あ、でも当然見返りはあるよ? 呪い関係から身を守って貰えたり、物凄く給料が高かったりね」


「高給取りか……そっちの道もアリかもな」


「無理だな。あの人たちはあくまでも一般人、突然変異とは言え〝鬼〟のお前がここから逃げれるわけないだろう」


「まぁ、そうか……。あ、そういえば他にも〝鬼〟ってのはいんのか? 師範に聞いたら、いるとは言ってたんだけど」


「いるぞ、当然ここでも活動している」


「お姉ちゃんと同じクラスにも一人いたよね?」


「あぁ、いる。本当に喧しい奴が」


「へぇ、仲良くなれるかなぁ」


「……どうだろうな。そもそも私たち、陰陽五行家が特殊な方だ。日本全土の結界を守護するためにそとにも住む場所があるが、ほとんどの陰陽師はそうじゃない。むしろここから出ないやつがほとんどだからな、ことに関してどれだけ重要性を感じているかじゃないか?」


「仁くんは表側だから、ここの感覚が分からないよね? だから少し心配かも……」


「どういうこと?」


「お前が思っている以上に全員の性格がひん曲がっているということだ。今朝の出来事があっただろう? 決して仲良しこよしではないんだ、協力関係ではあるがな――――ほら、着いたぞ」


 大通りまで歩き、そこから真っ直ぐ山の麓が見える方向に歩いて十分。

 願に言われてからようやく気がつくほどの、二階建ての木造建築が目の前にあった。江戸や平安、もしかしたらその前の時代から存在する大きな建物。歴史を感じる雰囲気こそあれど、やはり普通の建物に見えた。


「普通だな」


「……おい、仁。ここから先は油断するな」


「いや、してねぇよ?」


 確かに建物は普通だ。

 だが、この建物の内側には呪いが蠢いているようにも見える。観察すればするほど、真夜中の森に入っていくような恐怖が湧き上がってくる。

 実際に目で視てもそうではないが、この門を通り抜けてからが本番なんだろう。


「……なら良いがな。今からあの建物に入るが、お前は私の背中に着いてこい」


「祈は?」


「…………」


「祈?」


「――え、あぁ! 私とお姉ちゃんは別のクラスなんですよ。私は術の理解度や戦闘技術がまだまだなので〝三級クラス〟、お姉ちゃんは戦闘能力が高いので〝特級クラス〟。ですから、割り当てられている常世かくりょが違うんです」


「ふーん……そんな感じか。休み時間には会えるんだろ?」


「そんな時間はない。基本的に午前に鍛錬、午後は巡回や警備に就く。説明は後だ――さっさと行くぞ」


 建物の扉を開き、中へ入る。

 すると呪力の膜のようなものが体に張り付く感触があった。


「(ここも常世かくりょか)」


 中は建物の見た目通り、木造。扉を開けば呪術的に意味のありそうな紋章が刺繍してある黒と赤の絨毯が長い廊下に敷いてあり、入ってすぐの場所には二階へ昇る階段がある。そして窓がなく、電気による明かりのみが照らしてるため少し明る過ぎるような印象も受けた。

 

「こうやって常世かくりょによって空間を拡張することで、京都の一部にこれだけの街並みを作ることが出来ているんだよ。そしてこの廊下に並ぶ〝四つの鳥居〟が各クラスへの常世かくりょの入口になっているってわけ」


「うわぁ……とうとう来ちゃったなぁ。自己紹介とかどうしよう」


「相変わらず、呑気なやつだ――――祈」


「……うん」


 願が祈の名前を呼ぶと、二人は静かに、そして力強く抱きしめ合う。


「必ず、戻る」


「もちろん……信じてるよ。お姉ちゃん」


 この光景を見た仁は、嫌でも感じさせられただろう。

 本当に人が死ぬかもしれない。

 今、こうして抱き合っている相手ともう一生会えなくなるかもしれない。

 もうここは別の世界なのだ。

 もしかしたら、自分だって今日死んでしまうのかもしれないのだから。


「(……少し楽観的になってたかもな)」


「行ってくる――――行くぞ、仁」


「うい」


 決して茶々を入れてはいけない二人だけの空間が終わり、少しだけ空気が静かになった後、願からの言葉に仁は短く返事をした。

 願の背中に着いて行こうと、身を翻した時――


「――仁くんも、信じてるからね」


 その言葉が耳に届き、振り返る。


「おう。祈も、なんかあったら【朱雀これ】で俺を呼べよ? 俺なら絶対に助けられるからよ」


「ふふっ、うん。それじゃ、いってらっしゃい」


 そこから祈は、廊下の一番手前の鳥居を通り姿を消した。

 後を振り返ると一番奥の鳥居の前でこちらを見ている願がいる。

 少し早めに歩き、近くによると願の顔つきが変わっていることに気がつく。それはまるで、のような冷徹で鋭利な殺気を放つ雰囲気を放つ恐ろしさ。


「顔つき変わったなぁ……」


「私は祈と別れた後はいつもこうだ。お前もさっきとは少し雰囲気が違うようだが?」


「そうか? まぁ……俺も、気合入れねぇとな――――――すぅ、……ふぅ。よし、いつでもいいぜ」


「……ここから一歩でも先に行けば、世界が変わると思え。では、行くぞ」


 願の隣から一緒に鳥居を通る。

 視界に映る空間が歪み、徐々にぐちゃぐちゃになっていた景色が整い始めた。

 見た所、一般的な教室のようにも見えるその空間へと……一歩、踏み込む。

 すると――景色で見えていたものが物体となり、教室へ入る扉の前に立った。


「(へぇ……改めて見ると、普通じゃなさそうだわ。これ)」


 まだ教室に入っていないが、外から見える情報でも日常とは既に違うことが伺えた。

 壁に一面に何の言葉が書かれているか分からない札がビッシリと貼られており、刀、槍、弓、と言ったメジャーな武具から用途が分からないような武具が壁沿いにズラリと並ぶ教室。

 その大量の武具の近くには一人の女が笑い合いながら愛刀を手入れしている姿が見られたり、他の席には任務のことを一人で話している者や、陰陽師用の連絡機を眺めている者もいる。


「(あれは……陰陽警備隊長補佐の人。名前は……難しい名前だったな、忘れちゃったゴメン)」


 それに、この教室も様々な場所に繋がっているようで人が通れる大きさの鳥居が二つあった。


「人数、少ないんだな。あと……マジで女だらけだし」


「ここにいない者もいるが、私を除いて六人、そしてお前を除く全員が女だ。嬉しいだろう?」


「いや、実際にこうなると全然嬉しくないんだなって実感してるところ」


「……本当に嫌そうな顔をしているな、どうしようもない困り顔をしている。まぁ、私が先に入るから、次にお前が入って来い。そして私の隣に座れ」


「あぁ」


 話している時と教室へ入っていく時の表情が少し違う。

 そういう変化を見てしまうと、余計に緊張してしまうが願が教室へ入っていった空気感は意外なことに普通の挨拶で始まった。


「おーっす! 今日の巡回は楽しみだなぁ、願!」


「おはよう、きん。相変わらず朝から元気だな」


「おはよー、願ちゃん。てか見てよ、この刀! いい感じに呪力を纏ってると思わん? 今なら何でも斬れそうじゃね?」


「あぁ、おはよう。いつ見ても素晴らしい術だな。野爛のらん


 願がここに来る途中に言っていた〝性格がひん曲がっている〟という言葉を信じれなくなるような明るさ。言っていることは置いといても、普通に学校でクラスメイトと話しているかのようだ。


「(これなら全然大丈夫じゃね? 性格はともかく皆んな明るそうだし)」


 人数が少ないためか、席まで遠いということはない。

 願が座った席まで距離があるわけでもない。むしろ問題は、願の隣の席には既にきんと呼ばれていた長い髪をポニーテイルにしているモデル体型の美女が座っているということだけだ。


「(一……二――――ん? 座る場所七箇所しかなくね? ま、いっか。俺も行こう)」


 教室へ入るための――一歩。


「おはようございま――――」


 靴の先が入っているかいないか、というその瞬間。

 視界の外から槍が飛来し、仁の鼻先を掠めながら壁に突き刺さる。


「すぇ?」


 飛んできた方向を見ると、今さっき願に刀の斬れ味がどうのこうのと言っていた髪の毛先が藍色の女が槍をもう一本構えていた。

 だが、その槍を構える女を見ていると今度は呪力の存在を感知する。


「おぉ――らぁぁあ!!」


「……ッ!? ぶぅ!!??」


 頸動脈への強い衝撃。

 何の衝撃かと視線を動かせば、願にきんと呼ばれていた女の足刀が首に直撃した。


「えぇ!? 今の耐えんのかよっ!!」


 だが榊の打撃を受け続けて来た仁には、この程度の一撃でダメージはない。

 ならどうして吹き出したのかと言うと、単純に足刀が首で止まっているから、体制的に股を開く形になってパンツが丸見えになっているから驚いただけだ。


「金ちゃん、危ないよ!」


 大量に立て掛けられた槍を倒し、手に持った一本の槍と蹴りによって槍たちを弾き飛ばしてくる。


「(これはやべぇだろ……この人も殺す気か?)」


 最初から急所を狙いに来たのは良いものの、仁の首と肩によって脚が挟まり身動きが取れなくなってしまっている状態のきんと呼ばれた女性諸共、こちららを串刺しにするかのようなの攻撃。


「〝鬼脈〟――解放」


 全身の細胞に呪力を馴染ませ、仁の体全体が呪力の力に覆われる。

 全身に染み込む呪力の一気に外へと放出することによって、飛来する十本以上の槍を呪力の波動によって弾き飛ばした。

 そして未だに首に当たる脚を外し、願を見る。


「――これは……何かの試験?」


「いや、違うと思う。お父様が手続きを行ってくれたはずだからな……。今朝言っただろう? 得体の知れない呪力の塊が侵入してくれば、


 仁が槍を弾き飛ばしたことによって教室の至るところに槍が突き刺さり、攻撃を受け止めたことによって床が捲り上がっている。

 仁が攻撃を全ていなし切ったことにより、幸い、誰も血を流していないが……あまりにも、悲惨な光景だ。


「でも手続きしてくれたってことは、皆んな知ってるってことじゃ――いや……そんなこともないな」


 そこで割れた連絡機と裂かれた黒いカードを眺めている人夢を見た。

 四時間以上もの運動を終えた後、地獄のように長い階段を駆け上がり、コンビニで買い物が出来ずに不貞寝していたところに刀を突き刺してきた狂気

 冷静に考えてみれば……普通に殺されかけている。


「なに? どうかした? 鏑木仁」


「あ、いや? ほら、ね?」


 知らなかった。

 ただそれだけの理由で斬りかかってくる前例人夢がいるのだから、これも仕方がないと思えた。


「……一応、写真は皆んなに見せたわよ? これから戦友になるんだもの。でも……顔が違うんじゃ仕方ないわ」


 ん?


「おい、何言ってんだよ人夢! さっきお前から見せて貰った男はこんな顔整ってねぇぞ! 打撲痕あったし、切り傷もある――ボコボコの男だ!!」


「あたしも見たけど、あれだよね。あれ。アニメでハチに刺された人みたいに顔腫れ上がった男のピース写真。……ぷっ、あはは! 今でもウケんだけどあの顔!」


 過呼吸になるのではないかと思うほど笑い転げる一人の女、改めて近づいてきた顔を掴み穴が開くのではないかと思うほど仁を見続ける女、自分が何をしたか理解しておらず真っ二つになった黒いカードを眺めている女。

 何よりも、仁から目を話し知らん顔で明後日の方を向いた願。


「おい、願――――全部……お前のせいじゃねぇか!!?」


「…………」


「無視すんなって、聞こえてんだろ!?」


「ん? あぁ……お前の席がないことについてだったな。ほら――私の隣の床に座るといい」


「んなこと聞いてねぇわ!――――あと、いい加減に顔から手を離せな!?」


 さっきから両手で顔を固定されてて動きにくい。


「何言ってんだよ~、減るもんじゃねえんだから良いだろう? しっかし、お前ぇ……本当にスゲェなぁ! オレの一撃をあんな簡単に防ぐなんてよぉ、それにあんな乱れない〝鬼脈〟なんて初めて見たぜ! どうだ、午前中ずぅーっとオレと手合わせしねぇか!? なぁ!」


 ……確かに、元気な人喧しいやつだな。


「いや、俺は今日ここに来たばっかりで――――」


「んなこといいからよぉ~、午前中はずっとオレとやろうぜ? なぁ?」


「いや、だから……まず俺は誓さんに会わないといけないんだよ。初日から好き勝手出来るわけねぇだろ――あと、いつまで顔挟んでんだ?」


 身長は同じくらいの百七十ほど、だが唾が飛ぶくらい顔を引き寄せられているため腰に負担がかかる姿勢になっており苦しい。


「頷くまで……だな!」


「………もういいや」


 喧しい奴? 訂正を求む。

 こいつは喧しいのではなく、人の話しを聞かないやつだ。

 師範と同じような性格をしてやがる……どうやら、こいつが〝鬼〟っぽいな。


「あ、あの……」


「ん?」


 こいつは……さっきの槍投げの人。


「さっきは、めんごね? 新しく来た人だとは思わなくて……なんか凄い呪力が入って来たから近くにあった槍を投げちゃったというか……。とにかく、めんご!」


 いや、近くあるからって槍投げちゃダメでしょって。

 あと……その〝めんご〟ってなに? 絶対に悪いと思ってないよね? その態度謝る気ないよね?


「……はぁ、いいよ。別にあれくらいなら傷一つつかないし」


「マジ? ラッキー!」


「いや、おい」


「てか、金ちゃんに引っ張られてて……なんか、可愛いね? どう? あたしにも引っ張られてみる?」


 なんだろうなぁ。確かにちょっと普通じゃねぇかもな。

 なんか、俺の知っている対話とズレているような……まぁ、いいけどさ。


「いや、大丈夫。それよりもまずは自己紹介からさせてくれ、俺の名前は鏑木――――」


「鏑木仁、十五歳、沖ノ連島で〝鬼神〟によって育てられた現代の――鬼神だろう?」


 仁の言葉に被せるように聞こえた声の主。

 それは教室の奥にある二つの鳥居の右側から聞こえた。


「…………」


 鳥居から現れた、一人の女性。

 足音も鳴らさずに歩くという歩法、姿勢が良く身のこなしが良いと直感するが、何よりも常軌を逸した呪力を持っていた。

 その女性が動くたび、まるで残像のように呪力が後を追うのが視える。


「初めまして、私は安倍星蘭あべのせいらん。これから君の――あるじになる者だ、よろしく頼むよ」


 まぁーた、変なのが現れたぞ? どうなってんだ、一体……

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