第25話 陰陽始業 弐
向かい合うことで、より分かる無機質な殺意。
その深淵のような瞳がこちらを貫くように見つめる最中、まるでゆっくりと時間が流れるような感覚を覚えるほどに、常に絶え間ない緊張感がここにあると自覚した――――その一瞬。
「思う存分刀を触れる場所に行こう?」
影を通って来られたことによって、いつの間にか背後に迫っており、背中に一枚の札を貼られてしまった。
「〝防呪の符〟――急急如律令」
仁の視界を奪うように漆黒の呪力が覆い尽くす。
「(膜……――――)うぉ!?」
視界を奪われてしまったこと外の状況が分からなくなり困惑していると、物凄い衝撃が走る。そして、この膜が吹き飛ばれていることを理解した。
弾む、転がる、急激な方向転換、どこかへ向かっていることによって、この〝防呪の符〟の中にいる仁は縦横無尽に動き回る。
そしてついに解放され、太陽の光が視界を焼いた時――刀を構える女性を視界に捉える。
「〝
しかし、この春休みで進化した仁は空に浮く。
その姿に、心なしか目を丸くしている女性は刀を構えるのをやめた。
「アナタ……〝鬼〟の類だったのね?」
「そんな感じ。……というか、ここどこだ? さっきの街並みから急に別の場所に来たけど……てか、でけぇ鳥居だなぁ」
周囲には一際目立つ大きな鳥居以外に何も無い大きな広場。
ただその真中にある石で作られた土台があり、仁はそれを見下ろしていた。
「ここは
八割って……残りの二割はどう生き残ってんだ?
「ていうか、俺は侵入者じゃないぞ? 新入生だ」
「……私、あまり陰陽寮に顔を出さないの。だからそんな情報は知らないわね。それもこれも、全てはアナタを連行してから分かることよ」
刀身が剥き出しの状態の刀で居合の構えを取った。
鞘の代わりに手のひらから呪力を流し、刀を呪力で纏う。
「(……ん?)」
鞘もない状態で居合をするのか、それとも何かの準備なのか、それを仁が知るよしもない。しかし、その構えから感じる恐ろしさに身を任せ半歩下がる。
「〝
その瞬間、彼女の腕が一瞬動く――――
今の一瞬で刀を振り抜いたのだ。
「っ!?」
呪力を纏った剣圧――黒い斬撃が仁の首元を掠めた。
だが掠めたことにより、仁の首からは血が滲み流れる。
「(伸びた……?)」
呪力を操作することによって陰陽師は〝術〟に変換する。
今のがそうだ。
折れた刀身を呪力で補うことによって作った、伸縮自在の刀身。一瞬斬撃が飛んだのかと思ったが少し視えたことによって把握できた。
「(……まだ来るな)」
これは、単発的な攻撃ではない。
当たり前だが……この技は連続で行うことで脅威的な攻撃性を発揮する。
「〝
また首元に目掛けて黒い一閃が飛んでくるのが見える。
だが、
「もう視えてんだよな、それ」
呪力を可視化することが出来る仁には、動作が見えなくとも……呪力が視えている。加えて予備動作までの呼吸を気配で感じ取ることで、空間を埋め尽くすような連続攻撃でない限り躱せる行動になった。
「〝鬼脈〟――解放」
呪力による攻撃手段には、呪力による防御手段を。
呪力のぶつかり合いによって呪力は相殺できる。これは呪い同士がぶつかり合うことによって、強制的な浄化が行われるためだ。
春休み――およそ二週間という短い時間で身につけた、鬼の力。
そして、俺が
「歩式順術――
かつて榊が仁に見せた、空を自在に動く姿。
これは常時、呪力を吸い続ける体質を利用した力でもある〝鬼脈〟。
仁は常時発動しているが、単純に骨や皮膚を補強する程度の解放なだけであって当然のことながら、本来の全力はセーブされている。
そうでなければ、日常生活がままならないからだ。
だが、解放すれば空を翔けることなど朝飯前だ。
「空を浮かんでも、まだ届くよ?」
連続的に〝
しかし徐々に動きが加速していく。
「(こりゃぁ……やべぇかも)」
躱した後の移動場所に既に斬撃が置いてある。
これでは、いくら空を飛べると言っても仁に逃げ場はなかった。
視界を黒で染めるほどの呪力による
その斬撃が、仁の首元に届いた時――――パチパチッと火花が散った。
「――え?」
確かに、今の一撃は首元に直撃した。
だけど……その
「どういう――――」
直後――仁の左腕から業火が燃え上がった。
陰陽師であるならば誰もが知っている四神の加護。その一つ【朱雀の加護】、それに関しても知識がある者なら――今の仁がどれだけ完成されているかが分かるだろう。
「四神の――それも完全顕現状態の【朱雀の加護】……? 」
首に直撃していた呪力によって作られた刀身は、次第に灰となって虚空に姿を消した。
「あー、やべっ。これダメなんだって……」
仁は呼吸しているだけで呪力が巡る無限機関。呪力は止まることなく流れ続けため、日常では〝鬼脈〟の燃費にあてているが……こうなってしまえば、今の仁では止めることが出来ずに勝手に呪力が流れ始めてしまう。
それに〝鬼脈〟を解放しているというのも原因の一つなのだ。呪力を常に扱っているということは、少し気を張るだけでこうして【四神印】が反応してしまう。
「冷静に、冷静に……大丈夫だ、俺はモテる」
まるで、燃える火を吹き消すように心を落ち着かせる。
すると彼の左腕から燃え上がる炎が弱まり、消化された。
「どういうこと? どうしてアナタが【朱雀の加護】を?」
「ん? いやぁ……その、これに関しては本当に話すと長くなることなんだよ。あっ、あれだよ? 話すの面倒だな~なんて思ってないよ? 知ってるのも師範と俺と――誓さんくらいだから話しちゃダメってだけで」
「誓……? どうしてアナタが癸家の現当主の名を――――」
その時、このフィールドにある大きな鳥居から呪力が流れ始めた。
音は聞こえないが、呪力を感じ取れるならば空間が一瞬歪んだようにも見える気持ちの悪さを感じ取る。
「(増援だったら……
その流れ渦巻くような呪力から、ぼんやりと姿を現した人物――――
「やっぱりお前か……仁」
それは春休み、存分に己を高め合った人物。
「おぉ!
髪を下ろし、起きたばかりだぞと言いたげな不機嫌そうな表情をした姿の願は二人を睨みつけるように見定めた。
「【朱雀】の反応があったから来てみたものの、何でお前はこんな朝早くから問題を起こしてるんだ?」
「お、怒るなって……これは色々な要因が重なった運命的な結果でだな――――」
「黙れ――それと
「……おはよう、願。良い朝ね?」
「茶化すなよ? お前、こいつが来たら私に連絡しろと言ったはずだぞ。どうして私に連絡しなかった」
「……何の話しかしら?」
「一週間前に直接話しだろう?
「い……一週間も前でしょ? 私なら忘れてしまうわ」
「お前がもしも忘れていたならどうして本部に連絡がない。 監視塔には蕪木がいるんだから対応できたはずだ」
怒ってるなぁ……。
願が怒ると、ちょっと面倒なんだよなぁ……口数増えるし。
でも祈よりはさっぱりしてるからいいか? いや、双子だし変わんないか……。
というか、この目が死んでる美女は
「――――……あぁ言えばこう言っても話しは終わらないぞ? お前、私の連絡見たか?」
「もちろん」
「それならどうして分からない? この男の顔写真を送ったはずだぞ」
「(なにしてんの!? 俺の肖像権はどこいった!)」
そこで人夢が改めて画像を確認する。
しかし、確認すればするほど変わらない表情筋が少し動き始めた。
「写真が送られたことは知っていたわよ? けど……おかしいわ」
「何がだ?」
折れた刀に呪力を流していたのをやめ、願の元へと歩み寄り画像を見せつける。
「この写真に映るのは彼ではないわよ? どう見てもね」
「……そ、そっくりじゃないか?」
「……よく見なさい、アナタに送られてきた画像と全然違うわ。ほら、アナタも確認しなさい? 鏑木仁」
「あ、あぁ」
その画面に映し出されているのは、師範との稽古によって傷だらけになった自分の姿であった。しかし、何よりも写真が問題だった。これは師範の打撃によって顔面が腫れ上がっているのに、カメラに対してはしっかりとピースサインをしている姿だ。
「――――正直、何を言っていいのか分からなくなってる自分がいる。 という送るならもっと良いのあったよね!? なんで選んだのコレなんだよ、ツーショット写真撮っただろ! これじゃぁ、誰だか分かんねぇよぉ……」
これを初対面の美女に知らないところで見せられた俺の気持ちを考えてほしい。あまりにも可愛そうだとは思わないか?
悲しさのあまり崩れ落ちた。
「……彼の反応を見る限り、やっぱり私は悪くなさそうね? 今回は不問とさせていただくわ」
「ま、まぁいいだろう。今回は許してやる――――仁」
「んぁ?」
「まだ時間が早い、部屋まで送るから早く立て」
いや、ちょっと待ってよ……。
得体のしれないダメージがまだ残ってるんだって……。
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