星砕錬鬼
第24話 陰陽始業 壱
――――京都、
その登山口に一人の青年が呆然と立っていた。
青年が見ているのは、〝大江山登山口〟と書かれた縦長の石の隣に立つ勇ましい姿をした鬼の石像――などではない。
雲に消えゆく果てしなく長い階段、そして階段の数だけそびえ立つ赤い鳥居だ。
「……嘘だろ、おい」
周囲を見渡しても何も無い。
あるのは民間用にカモフラージュされている楽しげな飾りのみ。
恐らく、この階段を登らなければ陰陽寮には辿り着けないのだろう。
「~~っ! 師範はなんでこういうこと言わないかなぁ……!」
もう既に青年の来ているシャツは汗で肌を透かしている。
春の初めの機構は少し肌寒いくらいだが、青年の体にはそれでも解決できないほどの熱量と疲労が伺えた。
「っていうか、入学式に間に合ってねぇってどういうこと!? 昨日誓さんから連絡来たから特急できたけど、入学式一週間過ぎてるってヤバすぎんだろ!……まぁ、文句言ってもしかねぇ、言うなら直接だ」
高校の入学なら4月の初旬。
だいたい4月7日からくらいだと思ってた、誰だってそうだろう?
でも、ここは世間の普通が通じない。
陰陽師の暦は旧暦、2月4日が立春となっており3月21日が春分の日。それを過ぎてからが春が来るため、入学式が4月1日になっているようだ。
一般人からすれば、知らねぇよって話しだ。俺もそうだった。
よって、現在4月8日の早朝四時半。
四時間ほどで九州から京都に到着したのはいいが、普通に一週間も過ぎているのだ。残念ながら……既に交友関係が築かれてる状態に突っ込んでいくという地獄を味わうことになる。
「まぁ、向こうには願も祈も待ってるし。ごちゃごちゃ考えても仕方ねぇ――」
その場で軽く飛んでみたり、屈伸をしてみたりと体の状態を確認する。
四時間以上もの間、継続して筋肉を使い続けていたにしては状態はいい。まだ動けるなと思える程度には元気であった。
「行くか」
幸いなことに荷物は先に届けているから手ぶらだった仁は、地面を蹴り上げる。一直線に、入口である最初の赤い鳥居を潜り抜ける時にはもう自身が出せる最高速度に到達し、階段を駆け上る。
その姿を遠くから眺めている監視用の式神には――――
「――特級クラスの呪力の急接近!? 何でこんな時間に……おいバカ起きろ!!」
「ふがっ! んだよ……どうした?」
「陰陽寮本部に連絡入れろ、特級クラスだ!」
「特級クラス? おいおい……朝から騒がしいやつだな、俺の結界術が破られてねぇじゃねぇかよ……どれどれ?」
一人の男性は朝の四時に飛び起こされても、きっちり仕事をこなそうとしている。しかし叩き起こされた人物はそうではない。
未だに寝ぼけているのか、特級クラスの呪力反応に対して悠長に監視用の式神と意識を共有している。
「おぉ! ようやく来たのか、仁!」
「……誰だ? そいつは」
「あぁ、旦那から昨日の夜に連絡あったんだよ。今日転入してくるってよ」
「癸家当主からの通達か……俺が知るわけなくないか?」
「……確かにな、悪ぃ」
「いや、大丈夫ならいいんだ。安全が一番、問題がないなら良い。俺はもう一度寝ることにするさ、蕪木はどうする?」
「あいつなら……まぁ、大丈夫だろ。結界を解除して……旦那に連絡して……そんじゃ、俺ももう一眠りすっかな」
陰陽寮本部、監視塔。
その場所では、そんな一悶着があったとかなんとか――――。
◆
「はぁ……はぁっ! 長ぇ!!」
階段を一段上げるたびに心拍数が上がる。
まだか、まだなのか……そんなことを思っている間にはもう百は超える段差を駆け上がっていた。
いつまでこの階段が続くのか、それすらも思考から消え始め無我夢中で駆け上がっていた――その時、
「ん?」
急に頂上が見え始めた。
「なんだ? どういうこと?……まぁ、着くならいいか」
十、二十、と階段を登り終えたその先にある景色――――
「はぁ……はぁ~、きっつ」
見たことのある店舗の数々、所々にそびえ立つ巨大な鳥居、そして古き良き家屋。
大江山の鳥居に仕込まれた
〝
「……へぇ、普通にコンビニとかあんのか。あれ……確かなんちゃらカードってのを誓さんに貰ったはず」
身軽な服装を探し回ると一枚の黒いカードを見つける。
「あったあった」
そのカードには『鏑木 仁』という名前が掘られていおり、それ以外にも自分の階級と陰陽寮でのクラスが記されていた。
そして何よりも陰陽市では、このカードがないと買い物が出来ないのだ。
ようするに陰陽証明書と学生証とクレジットカードを合わせたカードというわけだ。
「しかし、コンビニなんていつぶりだっけな。島にはあったはあったけど遠かったし、あんまり行ったことねぇんだよな」
自動ドアが開き、少し暖かいと感じる店内に入る。
見たところ店員はいない。無人のコンビニのようだ。
「飲み物は……水でいいや。食い物はこれと、これと……あれと……あれ」
カゴに様々な食べ物を入れ会計のために無人のレジへ向かう。
レジ画面の前に立つと画面が点いた、
『いらっしゃいませ。カードをかざして下さい』
機械の声に従って、誓から貰ったカードをかざす。
するとピピーッっと機械音が鳴り響いた。
『お客様がお持ちのカードは、現在使用可能状態にありません。もう一度ご確認の上、お試し下さい』
「え?」
ピピーッ。
『お客様がお持ちのカードは、現在使用可能状態にありません。もう一度ご確認の上、お試し下さい』
「誓さんから貰ったやつだしなぁ、もう一回」
ピピーッ。
『お客様がお持ちのカードは、現在使用可能状態にありません。もう一度ご確認の上、お試し下さい』
「…………なるほどね。これは電話で聞くか」
ポケットから黒いスマホを取り出し、電話帳を開く。
これもまた陰陽師用にと誓から支給され物で、仁の電話帳には誓と願と祈の三人しか登録されていなかった。
その一番上にある誓の名前をタップし、スマホを耳に当てる。
しかし、音が全く聞こえない。
「ん?」
もう一度電話をかけようとしても、全く通話の音が聞こえない。
「おかしいなぁ……走ってて壊れたか?」
だがどこにも壊れた様子はない。
画面も問題なく触れることが出来たし、操作が聞かないというわけではなさそうだ。
「充電が……――――って、このスマホ圏外になってるじゃんかよぉ」
一瞬にして何も手段がなくなってしまった仁は、大量の食料が入ったカゴをレジの隣に置いてコンビニを出る。
「気分転換に探索でもするかぁ? いや、やめとこ。迷子になったら大変だし」
周りを見ても知らない建物ばかり、馴染みのない街並みを見て少しだけ気後れしているのか足が重いような気がした。
そして何も出来ないことを知った瞬間に、一気にこれまでの疲労が襲いかかる。
「そういや俺……今までずっと動きっぱなしだったな、寝るかぁ」
幸いにもコンビニの外にはベンチがあった。
スマホもカードも使えない。
何よりも問題なのは、陰陽寮の場所が分からない。
きっと誰かが自分の居場所を見つけてくれるだろう、そんな誰かに頼り切った思考でベンチに横になり瞼を閉じた――――。
パキンッ
「うぇ!?」
金属が折れたときのような乾いた音が、仁を眠りから叩き起こした。
跳ねるように起き上がる体、そして最初に視界に入った折れた刀。
「あら……これでは殺せないのね? 困ったわ」
その折れた刀の柄を持った女性が真横に立っていた。
無機質な声、柄を見つめて眉をひそめる表情、墨汁で染めたかのような濃淡な黒い髪と瞳。しかしその姿からは儚さと麗しさが感じられる。
「えぇ……と?」
「アナタは何者? どこの誰で、どうやって来たの? どうして刀で皮膚が斬れないの? どうして刀が刺さらないの?」
「ん~、タンマ! タイム! 一回待ってくれ、頼むから一個ずつ聞いて!?」
「……会話は可能なのね。それなら――アナタは迷い込んだ一般人? それもと敵? それともなに?」
本来、美女が首を傾げていたら可愛いものだろう。
だがこの美女からは可愛さを感じない。
感じるのは……奇妙に蠢く呪力と、殺気のない殺意から生み出される恐ろしく冷えた狂気であった。
「(あ、この人……危ない感じだ)」
「聞いてる? それとも会話がいらなくなっただけ?」
「あ、あぁ……悪い。俺の名前は鏑木 仁、一週間遅れてここに入学? してきた九州の方から来た十五歳だ。後は何だっけ? あぁー、俺はずっと〝
「…………会話不可能? それは一つ前の質問」
「でも答えになったろ?」
「――――ダメね」
耳に届いた、その一言で背筋がざわついた。
名も知らぬ女性が、折れた刀に呪力をまとわせる。
「
その折れた部分を補うように、そしてより強固にするように蠢く呪力が刀に宿る。
そして漆黒の一閃が――――仁の首に襲いかかった。
呪力を纏った剣閃は、その太刀筋通りに空間を切り裂いた。仁の後にあったコンビニは音もなく通り抜けた剣圧によって、まるで豆腐に包丁を入れたかのように建物が呆気なく斬られてしまう。
「――――……避けるのね」
「そりゃ……ね? 友達に会う前に血だらけになるのは嫌だし」
だが、躱した仁も無傷ではない。
ここで生活してくのに最も重要であろう物たちが。今の攻撃で先不能になっていることが容易に創造できた。
そもそもカードは、刀に纏った呪力によって細切れにされるのをこの目で確認できた。
「(やっべぇ……スマホとカード死んだわ。後で謝らないと)」
「……登録されていないカードの抹消を確認。コンビニでの警告音声回数三回、登録されてない端末での電波発信数二回――――アナタは、一度拘束させてもらうわ。よろしくね? 侵入者さん」
なんだろう……俺は襲われる星の下で生まれたのか?
「こちらこそ、よろしくお願い……します?」
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