第22話 予兆 酒呑
『よし、んじゃ力の使い方を教えてやるから――冬休み……から学校休めっては無理だようなぁ。学生の本分だしな』
『まぁ、流石にね? せめて最後の中学生活はさせてくださいよ、俺だって最後くらいは皆んなといたいし。春休みからでいいでしょ』
『まぁ、お前なら出来るか……。厳しくするから覚悟しとけよ』
『了解っす』
誓たちが来ていた最後の時間、こんな会話をしてあの瞬間は終わった。
それから誓たちが帰り、仁は師範である榊がよく酒を呑んでいる縁側へ行き、大量の空き瓶を片付け、その日は帰った……はずだったが。
「相変わらず、日が早く感じるな……」
時が経つのが相変わらず早い。
もうあれから二ヶ月も経過し、3月25日となっていた。
本当にあっという間に時が流れる。
「それは師範だけですよ」
「お前もいつか分かる。酒を呑んで、寝て、酒を呑んで、寝る。そうすりゃ一ヶ月なんてすぐだ」
「ダメ人間じゃないですか……」
確かにな、と呟き大きな笑い声が道場内に響き渡る。
二人だけの空間だからかその声もよく響く、仁にとってはそれが何よりの日常だった。
「――よし、それじゃ始めるか」
「よろしくお願いします!」
春休み――3月25日から4月5日までの期間、伝授することは一つ。
〝鬼〟として、鬼神の弟子としての戦い方だ。
「前も話した通り、鬼ってのは呪力を溜め込む」
「はい。普通の人よりも呪力を蓄えられるって話しですよね」
「そうだ。でも鬼は陰陽師のように術を使えない」
例えば、物体に呪力を流して軟化・硬化させること。
例えば、生物・物体を感知すること。
例えば、物体に意識を持たせ式神と化すこと。
例えば、影の中を移動すること。
これらは全て〝術〟である。
本来の陰陽師であれば、これら全てを出来ることが当たり前。これらを出来るようにするのが陰陽寮と呼ばれる陰陽師育成機関なのだ。
「えぇ……術使いてぇ」
「まぁ、落ち着けや。俺が一年間何を教えてきたと思ってる」
「そりゃ……殴る蹴るの暴――――」
「――そう、武術だ。それも鬼が覚える基礎の基礎」
一年間、ただ普通に殴り合ってきたわけではない。
素質を見込んで、秘術を使用して、この武術の〝呼吸〟から教えてきた。それは本来、何年もかけて鍛え上げていくもの。
しかし、仁はたった一年間で数年を圧縮してしまったのだ。
それも全て鬼神と呼ばれる榊と、類まれなる〝鬼の才能〟によってだが。
「これを〝神木古武術〟と呼べとお前に言っていたが、本当はそんな名前がある武術じゃないんだわ――――だって、俺がお前専用に考えた鍛錬だからな。お前が知ってる誓とかだって、この戦い方知らなかったろ?」
「確かに、何だか得体の知れない技術みたいな扱いされてました」
というか、皆んな困惑してたなぁ。
なんだその武術はッ!? みたいな感じで――いや、盛ったか?
「お前……まぁまぁ技名言いながら攻撃するもんなぁ」
「その方が気合入るっていうか……カッコよくないっすか?」
「いや、馬鹿に見えるからやめとけ? そういうのが許されるのはガキまでだ。それにこれから俺がお前に教える技術は――――陰陽師相手に使う、陰陽師殺しの技ばっかりだ。今のお前じゃぁ、そんな余裕ねぇぞ」
「陰陽師……相手?」
「いやぁ……まぁ、陰陽師に効くなら呪い関係全部に使えんだよ。そこらへんは京都行って学んでこい――――いいか、本題に入るぞ? お前に教えていた基礎はもう問題ない。ならあとやるのは応用だ、呪力を操るためのな」
そこで、榊が前に手を突き出す。
その瞬間、黒い波動が空気を揺らした。
「今のが、ただ呪力を纏った一撃」
「今の……」
見たことがある。
それは対峙した相手――弓削が最後に放った〝黒拳〟と類似していた。
「体内に溜まった呪力を、体外に滲ませる。まるでインクのように伝っていく呪力という名のインクを拳で弾く……そんな感覚だ。ただこれは陰陽師でも肉弾戦を得意としてるやつなら誰でも出来る。だが、俺たち〝鬼〟はそうじゃない。」
すぅ――っと呼吸の音が響く。
すると、仁の瞳が映し出したのは――榊の体内を循環する黒い血管のようなものだった。だが視界が切り替われば榊の体に黒い血管のようなものは視えない。
「こいつを〝
榊が空間を蹴ると――宙に浮いた。
そこから縦横無尽に道場内を飛び回り、元の場所に着地する。
「空も飛べるって感じだ」
「うわぁ……スゲェ」
「今のは分かりやすくやったが、慣れてくると足に力を入れた振動で飛べる。空中にだって立ってられるようになる」
「え、え、他は? 他には!」
「それは追々ってとこだな……まっ、この始めは〝鬼脈〟を体に馴染ませて、春休みの期間内に〝
正直、今まで騙していた。
強くして欲しいと言ってきたから理由を聞けば「モテるため」と答えた中学生の一般人に、陰陽師になれと言って頷くだろうか。
そんなこと聞かなくとも分かる。
泰山府君の影響下にあるとは言え、その期間にどこかで辞めてられては一生同じ時間を彷徨うことになってしまう。それは最初の世界で試したからよく分かる。
だからこそ、二回目以降は〝鬼の才能〟があるからと言って、そんなことを伝えることもなく技を受けさせて、その身に伝える伝授の方法をとっていた。
「よしよし! 俄然やる気出てきたぁ! 俺も絶対空飛ぶぞぉ~」
しかし、本当に天賦の才を持っていたんだ……
何十回と体感させてやれば、いつの間にか出来ていた。
「(やる気があるなら、まぁ……すぐに出来るだろうなぁ、こいつは)」
一般的な家庭から生まれた突然変異。生まれ持った
この平和な時代に必要ない才能が噛み合った傑物が――――
「俺のせいで目覚めちまうんだもんなぁ……」
「――え? なんか言いました?」
誓たちもそうだが、そいつらだけじゃない。
多分こいつに関わるやつは苦労するだろうなぁ。
「いや、元気だなってよ」
「当然ですよ! だって空を飛べるようになるんですか! さっ、師範。早く始めましょう」
この春を終えたらどうなるのか……本当に楽しみなやつだな、こいつは。
「よし! それじゃぁ、始めるか。まずは――――」
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