第21話 予兆 玉藻

 三ヶ月後には高校生活が始まる教室内は、少しざわついている。

 しかしそれは珍しいことではない。ここは小中一貫校、別校舎にいる小学生たちが朝の校庭でいつも遊んでいるため毎日楽しそうな声が響いている。


「もう少しで卒業だけど……よく考えたら以外とまだ時間あるよな?」

「そりゃぁな。まだ春休みだって残ってんだぜ?」

「確かにな」


 ここは2034年に起きた日本青海大震災の津波の影響で、小呂島、島山島、壱岐島、そして沖ノ島が結合してしまったことによって出来た特殊な島。

 名前は――沖ノ連島おきのれんとうと呼ばれている。

 その位置は地図で見れば小呂島周辺で大きく固まった島になっている、と世界地図の書き直しというニュースの報道がされていた。


「てかさ。あのニュースみたか? あのアイドルが――――」

「あぁ、あれね――――」

「ねぇ、この人カッコよくない? 新しく出来たグループなんだけど――――」

「あのゲームムズくね? オレさぁ――――」

「昨日のあのライブ見た? 思わず投げ銭しちゃったよ――――」


 様々な会話が飛び交う教室。

 皆んなの卒業が迫っていることもあり、最後の会話になるかもしれないと思っているのか口数が多くなっているような気もする。

 そんな中――――


「……答え、いや見ちゃダメだ。いやでも間に合わないよ、これ?」


 私の隣の席にいる一人の男子生徒は、一生懸命に冬休みの宿題を終わらせようとしていた。


「ねぇ、鏑木くん」


「んぁ? どうした委員長」


「どうして宿題が全部残ってるの? というか、何で今やってるの?」


「それは……まぁ、話すと長くなるっていうか――ね? ほら、俺って謎多き男だからさ」


 どう? 今のなかなか良かったんじゃない?

 そんなことが言いたげな表情。


「今はカッコよくないからやめといた方がいいかもね?」


 少し可愛いと思ってしまうのは、もう何年も一緒にいるからだろう。

 小学校の時から考えると……もう九年間。生まれた時から考えれば、この十五年で、大震災から1年後に生まれた影響もあってか、もしかしたら親よりも一緒にいたかもしれないのだから、そんなことも思ってしまう。


「委員長……そう思っても、せめて言葉に出さないでください」


 小学校までは〝きーちゃん〟って呼んでくれていたのに、中学校で委員長という役目を担ってから〝委員長〟なんて呼ばれている。

 なんか少し……むかついてる。

 だから私も〝鏑木くん〟なんて呼びたくもない名前で呼んでしまってる……のは内緒の話し。


「でもこういうのって私以外に言ってくれる人いないでしょ」


「そうだけどさぁ」


 ――――鏑木くんと話す内容で一番多いのは、このことだろう。

 どうしてか、中学生になってから「モテたい」「カッコよくなりたい」と口にし始めた。きっかけは分からない……多分、急にそう思ったとかそんな感じだろう。

 この人は……まぁ、何と言うか。人の話を聞いているようで聞いていないくて聞いている人だから。たまに変な情報に流されちゃうのはマイナスイメージだよね。


「てかさ、マジでなんで俺は宿題やってなかったんだろうね」


「それは……鏑木くんって以外と不真面目だもん」


「え、そう見えんの? 運動も成績も授業態度も結構良くね?」


「良くね……って、それだけじゃダメなこともあるんだよ。今宿題をしている自分の姿を客観的に見てみなよ」


「客観的ねぇ、確かにちょっとおかしいか?」


「誰も宿題やってないんだから、ちょっとどころじゃないでしょ」


「まぁ、つまり……モテないってことか?」


「それは分からないけどね? そもそも私たちくらいだと、鏑木くんが目指してる文武両道とかってあんまり基準になんないって。そういう内面っていうか、バックストーリーみたいなものが必要になってくるのは恋愛をしてからじゃない? 今までやってきたことって仕草とか私生活にでるから」


「ということは、だ。誰かと付き合わないと俺のこのバックストーリは意味ないってこと? なにそれ、難易度鬼じゃん」


「そうなるね。何で太鼓の達人で例えるのかは分からないけど」


「いや、これは太達じゃなくて――――」


「でも、もしかしたらそうでもないんじゃない? 鏑木くんは高校ではモテるって、だってこんな運動神経良くて、勉強もできるんだもん――――テスト前は一夜漬けだけど」


「ホント? 委員長が言うなら信じてみるか……でも、高校ねぇ――」


 大丈夫、自信もってよ。

 私以外に、気がつく人がいるか分からないけど……ね?。


「福岡の高校に行くんでしょ?」


 ……ちゃんと近いうちに話しておかないと。

 〝ごめんね〟って。

 私は仁ちゃんと同じ高校に行けないんだって。


「いや、それがさぁ――――」


 そこで、校内に鐘をの音が響き渡った。

 気がつけばクラスメイト全員が着席していおり、出席簿を持った先生が教室に入ってくる。


「おはよ~ございますっと。それじゃ、出席取るぞ~」


 もうすぐ一時間目が始まろうとしている。

 もう残り僅かな中学校生活――そして、仁との最後の時間になるかもしれない時間が始まる。

 その心残り……本当に喉に骨が刺さったような嫌な感情が、いつまでも隣の席に座る一人の男性を未練がましく見つめさせる。


「やっべ、まだ全然終わってねぇ……!」


 彼はいつでも、どんな時でも変わらない。

 彼は、どんな時でも変わらない。


『きーちゃん! このシッポなぁに? ふさふさだねぇ……きもちいいねぇ』



「ふふっ、あーあ……」


 やっぱり、離れたくないなぁ……。

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