第20話 舎鬼の儀 弐

「鬼神……ねぇ――」


「お前、ホントに分かってねぇなぁ? まぁ……それは俺のせいか――――まぁ、ともかく俺は陰陽師にとって重要なポジションなんだよ。かなり偉いし凄いんだぜ?」


「へぇ、だから誓さんが敬語なんですね。でも誓さんもかなり偉いんじゃ?」


「榊様に比べたら下っ端も同然だよ。仁くんにとっては実感はないかもしれないけど陰陽師である私たちにとってはだからね」


「生きる伝説ねぇ……」


 俺からすれば武術以外はダメ人間って感じだぞ?

 これで強いってんだからタチ悪いし。


「おいおい、陰陽師は知ってて俺を知らないってねぇだろ。誓から聞いてんだろ? で」


「え…………いや、全く? 俺が聞いたのは、陰陽師っていう存在がいるってことくらいですよ。そんな自分の師範が凄い人だったなんて一ミリも聞いてないっす」


「む? どういうことだ?」


「俺が誓さんと話したことで記憶に残ってるのは……【調伏の儀】で土偶式神四連戦を終えたあとに〝陰陽師にならないか?〟って言われた記憶くらいですよ」


 あの時は八割くらい信じてなかったけど。


「はぁ? 俺の記憶じゃぁ公園でそこの双子と出会って、そこからすぐに癸の家に連れてかれて、お前の顔まで刻まれた【朱雀】に認められて、一回目の任務で〝はぐれ〟を倒すって流れだったぞ」


 先ほどから食い違う反応。

 これが世界の記憶を書き換えた秘術――泰山府君影響でもある。

 榊の中での結末、仁の中での結末が違うのだから、榊の世界の流れを仁が聞いたても知らない出来事ややってない出来事があって当然なのだ。

 このままでは埒が明かない。

 そんな無意味な時間を一区切りにしたのは誓であった。


「榊様、まずは〝|舎鬼の儀〟について説明をされては? 結論から伝えてしまうとややこしくなるのは当然ですよ。二人とも記憶を書き換えていたのですから」


「あぁ……その方が良さそうだな」


 この秘術の真髄は、運命を変えることにある。

 簡単に言ってしまえば、自分が望んだ世界にするということだ。

 だからこそ仁と榊の話しが噛み合わない。

 これだけ聞いて、自分が知っている世界の流れではないことから本当に秘術を使って運命を変えたのだろう。

 これが後ほど……どう響いてくるのか――それは置いとく、まずは、


「お前の話は後で詳しく聞くとして、まずこの〝舎鬼しゃきの儀〟ってのを改めて説明すると、鬼神である俺が、後継者と認めた存在に対して覚醒を促すために、秘術――泰山府君によって運命を変え続けるっていう試練のことだ。まっ、考案したのは俺じゃねぇけどな」


「泰山府君……――――つまり……俺は師範からの試練クエストをクリアしたってことですか?」


「そうなるな」


「覚醒ってのは……?」


「そりゃぁ、当然――――〝鬼〟としてのだ。言ったろ? 俺は〝酒呑童子〟、千年以上も前から生きる鬼だ」


「……え? 師範って今何歳なんですか」


「え、あぁ……知らん。そういう細けぇのことを、俺が覚えてると思うか?」


「いや、聞いた時に自分もそう思いました。 でも、鬼とか言われても全く実感がないですよ? 角とか生えてないですし、肌も赤くなったりしてないし、別に自分の体が化け物になった感じはありません」


 体のどこかに異形でもあれば分かりやすいのだが、そんなことはない。

 むしろ普通の人間のままだ。

 ただ、普通の人には見えない入れ墨みたいなものがあるだけで。


「ったりめぇだ、俺の体も普通だろうが」


 そこで榊が立ち上がる。

 五人の輪の中から外れ、道場の真ん中に立つ。


「〝鬼〟……それはな、仁。呪いとか妖怪とかが実現し始めた時代の、だ。お前も分かる通り、人間には呪力吸収の許容限界がある。それを超えれば厄災だの天災だのを起こす怨霊になる。でも〝鬼〟と呼ばれた人間は普通の数倍は呪力を吸収できた。まぁ、何が言いたいかっていうと大量に呪力を吸い込んだ後に世界のために殺されるだけの――人類にとっての生贄だったのが〝鬼〟ってわけだ」


 そこで願と祈から息を飲み込む音がした。

 誓は最初から知っていたためか、瞼を閉じて榊の言葉を傾聴している。

 願と祈の様子を見るに、二人は〝鬼〟についてそこまで詳しく知らなかったのだろう。陰陽師だからと言って、何でも知っているわけではないようだ。


「(まぁ、俺は知ったからって変わるわけじゃないけど)」


 雑音が鳴らない静かな空間に榊の声だけが木霊する。


「でもな、呪力を溜め込んでも怨霊に成らないというのが分かれば――――」


 すると……天井、壁、床、至る所すり抜けて波のように呪力が榊に流れ込んでいく。そしてやがて吸い込み終えた榊が小さく呼吸した瞬間に――道場が震えた。


「その膨大な呪力を扱って抗った」


 その威圧感に当てられ、全員の体が強張った。

 呪力による波動。

 本来の鬼としての威圧感と呪力による恐れが相まって、凄まじいほどの存在感を露わにしている。特に〝心眼〟を持つ祈の表情は青ざめている。汗を吹き出し、体が震えていることから具合は良くない様子だ。

 そして、呪力を可視化することができるようになった仁の瞳には、正しく鬼のように……榊が写っている。


「仁、お前はバカだしむっつりスケベだが――」


「おい」


「鬼としての素質は俺に引けを取らないものを持っていた。最初に出会った時は驚いたぜ? 呪力を感じるやつには〝化け物〟に見えたはずだ。いきなり斬りかかられても文句は言えねぇくらいにな。がはははっ!」


 そこで、願を見てしまったのは仕方ないことだろう。

 一般人に容赦なく日本刀を振り抜いてきたのだ、初めての出会いというのも相まって記憶に刻み込まれている。


「ようするに鬼としての覚醒ってのは、その身に溜め込んだ呪力を解放するということだ。お前の場合はそれが――【四神】という珍しい形で顕現したってわけだ、恐らく常世かくりょで覚醒したからだろう。あの場所には何でもいるからな」


 〝舎鬼の儀〟――それは、仁が【四神印】を刻まれた瞬間に終わっていた。

 追加として、たまたまこの街で悪さをしていた弓削を成敗するという流れが……榊にとっての結末だったというわけだ。

 

「……へぇ、まぁ何となくは分かりましたね。でもちょっと質問なんですけど」


「おう、何でも聞け」


「今の話しからすると、鬼と人間って最初は仲悪かったんですよね? 生贄とかって……師範がやられる側なのは想像つかないんですけど」


「当然だろ、暴れまわってやったわ。それはもうボコボコにな、俺の〝酒呑童子〟とかいう二つ名も酒を呑んでは暴れまわってたから付けられた名前だしな」


「ですよねぇ」


「後から仲直りするんだよ、だからこうして人間と普通に暮らしてる。いやぁ、改めて仲直りしてて良かったぜ。じゃなきゃ、こんなうめぇ酒が呑めなかっただろうよ」


 なるほど、〝鬼〟に関してはよく分かった。

 なんか色々と過去にあって、その過去で上手いこと仲直りして、今に至る。そんな感じだな。

 〝舎鬼の儀〟ってのもクリアしてるっぽいし、もう話は終わりだろ。


「まぁ、酒に関しては奥さんに怒られない程度にした方が良いですよ。怒ると俺にまで飛び火するんですから弁えて下さいね」


九十九つくもには……バレないようにすればいいんだろ? んなこたぁ、分かってんだよ。あ、後で片付けるの手伝えよ。弟子なんだから」


「――――はぁ……今日は奥さんの気配ないですし、急いで片付けちゃいましょう。二人でね」


 そんなふうに、いつも通り二人で笑い合ってると周囲に撒き散らされていた呪力の波動が解除された。

 ずっと座っていたのもあるし、未だに修行がない。それにこの空気はもうお開きになるだろう。そう考え、仁は立ち上がろうとしている時――願と祈の二人と目が合った。


「――――二人とも……大丈夫でしたか?」


 過去に何度も話しているし、なんやかんやあったが、今の二人には出会っていないことになっているため一応敬語で話しておく。


「……あぁ、私はな。ただ、妹の方は――」


 そこで一番解放された感覚になったのは祈だろう。か細い息遣いで姉の願の腕にしがみついている。かなり苦しかった様子だ。


「〝心眼〟……でしたっけ? あれ持ってると今のはキツイでしょうね」


「……ッ!? やはり、私たちは別の世界線で出会っているのか。それなら納得だ……しかし、うん。なんだろうな、どうしてかその言葉遣いが気色悪い」


『あと……なんだその言葉遣い、会ってから間もない私が言うのも何だが気色悪いからやめてくれないか』


「ぶふぅ!」


「……何がおかしいんだ?」


「いやぁ、それをおんなじようなことをもんで」


「なら良かった。と今の私は、何も変わっていないようでな」


 いや、本当になんにも変わってないです。

 今でも全然、刀振り抜いてきそうですよ。

 ……さて――師範の酒瓶片付けて帰りますかね。

 もう特にやることないでしょ。


「……〝舎鬼の儀〟の説明も終わったことですし、それでは次は我々――癸家の出番ですね」


「へ?」


「いやいや、何を帰ろうとしてるんだい? 次は私の番さ」


 改めて、仁と向かい合う姿勢をとると一枚の用紙を懐から取り出す。

 その用紙には呪力がまとわりついているのが見て分かるが、それだけではない。見せられた用紙には何故か既に鏑木 仁と記入してある。


「これは……なんでしょう?」


「なにと言われても、ここに書いてあるだろう?」


 誓が指で、紙に書いてある文字をなぞる。


「京都……大江山? 丹後天橋…跡地……陰陽寮……入隊記入書?」


「そうだよ? まさか、何もないのに私たちがここに来ているとでも思っていたのかい? そんなわけないじゃないか、君は既に陰陽師になるための資格を持っているんだから。さっ、まだまだ未記入があるかね。書いてもらうよ」


「え? え? ちょっと待って――俺って陰陽師になることになってるんですか?」


「え? ならないのかい?」


「そ、そんな当たり前な感じで聞かれても困りますよ。俺、福岡の高校に入る予定だったのに……」


 それも一人暮らし。高校生の夢である。

 というか、同級生はだいたい皆んな福岡の高校に入学するはずだ。

 運動神経が良いやつは自衛隊に入るとかいうやつもいる。


「それに、もう2日で冬休みも終わり。願書だって提出しないとなんですよ? 提出欄に陰陽寮なんて書いたら学校ではどうなるか……」


「それなら問題ないよ。一応表の名前もあるから」


「先生には……」


「それなら私が話しを伝えに行くつもりだよ。上手いこと言うから大丈夫さ」


「親にも……」


「それも任せてよ。いやぁ、私の腕の見せどころだね」


「俺の気持ち……」


「あはは、何を言っているんだい? 〝舎鬼の儀〟を終えたんだから、もう引き返せないよ。もしかしてだけど……普通の生活に戻れるなんて――思っていないよね?」


 今にも吹き出しそうになってる師範を見る。

 少し前のめりになっている誓のその後――双子の姉妹は怪訝そうな表情でこちらを見ている。

 まるで、「何をそんなに躊躇っているんだ?」と言いたげな表情だ。


「俺って、この場合は何者扱いになるんでしょうか?」


「あぁ、陰陽寮での話しだろう? 癸の名前で転入届が申請されるから転入・特待生って枠で通るはずだよ」


「いや、違う違う。被害者だよね? 俺」


「いやいや、そんなことはないさ。むしろ私たちからすれば英雄だよ、何せこの街を救ってくれたわけだからね」


「ちょっと、考えさせてください。ホント、一分待って」


 しかし、なるほどね……。

 俺が人の話しを聞いてないからって、良いようにされたってわけだ。

 師範も全く説明しないしなぁ……おい! これってかなり重要なことだろ!? そこで笑ってんじゃねぇよ! てか、その酒どっから持ってきたんだよ……。

 ……というかさぁ、話し戻すけど陰陽師になるなんて思わないじゃん? そもそもこんな目に合うまで、こんな二次元みたいなこと信じたことなかったし。

 でも実際、もう時既に遅いんだろうなぁ……。

 うむ……仕方ない、のか? まぁ、いいか。こういうのを即決してこそだろ。

 でも最後に一つだけ聞いとくか、


「――ちなみに」


「ん?」


「その陰陽師ってのは……モテますかね?」


「…………あぁ、もちろん!」


 その返答は、誓によるグットサインによるものだった。

 あぁ、そう言えばこの人は陰陽師には珍しい恋愛結婚とかって言ってたような気がするな。ならモテるってことか。

 その場の勢いとノリで願書に次々と個人情報を記入していく仁。


「(相変わらずバカだなぁ、こいつは)」


「(少し……いや、普通に馬鹿なんだろうな。この鏑木 仁という男は)」


「(かなり抜けてる人のようですね……絶対に冬休みの宿題とかやってませんね)」


「(これで、全ての準備が整いましたね。榊様)」


 三者……いや、四者それぞれ思うことがあるのだろう。

 しかし、流石は榊の弟子――鬼神の後継者なだけある。

 相変わらず、人の話を全く聞いていない。

 そんな会話をするように、仁の体に刻まれた【四神印】が順に輝き出したのは誰も知る由もないだろう。

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