第19話 舎鬼の儀 壱

 師範からの発言に体が無意識に反応したのか、全身に力が入る。そのせいか呪力がだだ漏れてしまう。

 その結果、仁の頬まで侵食した――【朱雀の加護】が浮かび上がってしまった。


「……っ!? そ、それは!?」


 道場内で響いた誓からの声。

 当然、その後ろにいる願と祈もまた驚愕している。

 このことを知っているはずだろ? とも思ったが、ここに来た誓の第一声が「初めまして」だったことから……では出会ったことになっていないのだろう。

 自分の姉が生きていた世界まで戻したのだから、それまでの出来事がなくなっているのは理に適っている。


「は、はは……」


 確かも同じような反応だったなと、仁はデジャヴのような感覚で思い出した。


「おい仁! 驚いてる誓たちは無視しろ、話が反れちまう。まずは俺の問いに答えろ……知ってんだろ? 弓削 鏡をよぉ」


「そりゃ……知ってますよ。散々な目にあいましたからね――というか、逆に何で知ってるんですか?」


 だが既に終わったことだ。

 絶望から希望に変わった出来事、今更蒸し返すこともない。今朝、姉を見た瞬間から完全に割り切れたが、どうして誰も知らないはずのことを師範がどうして知っているのか。


「そりゃぁ、お前。俺がことだからよ」


「へぇ……――え? ん? どういうことです?」


「だから、俺が仕組んだって言ったんだ。どうだった? 戦ってみて。俺より弱かったろ? がははっ!」


「はぁ!?」


 被害にあったのは自分だけじゃない。

 街も、友人も、知人も――――家族までもが被害あった。

 あれは一種の災害と捉えていいだろう。それほどまでに、ここの巻き込まれたものたちが多すぎる。


「俺も含めて色んなもんが巻き込まれましたよ!? しかも結構ボロボロになったし!」


「なにぃ!? お前、たかが悪巧みしてた陰陽偵察部隊の下っ端に何やられてんだ!」


「なにって……こっちは何も知らずに死にかけたんだぞ!? 少しは弟子の俺を労りやがれ、このクソ師範!」


「死にかけたぁ? お前がぁ? 油断してたんじゃねぇのか? おぉ?」


「油断もクソもあるかっ、あんなの漫画の世界だけだと思ってたわ! この包帯見ろ! この体ボロボロだぞ!?」


 ネックウォーマーを外し、着ていたジャージを脱ぎ捨てる。

 するとその体にはびっちりと包帯が巻かれており、背中の方から広がる血の染みが目立っていた。

 恐らく、ここまで包帯で固定されている人はミイラか厨二病の右腕だけだろう。


「見ろ、これ! 背中の肉が抉られてる、めちゃめちゃ痛てぇ!」


 呼吸するだけでも激痛が走る状態なのに、普段通りでいられるのはその方が家族を心配させないためというのが大きい理由だ。

 しかし、各々の視線を奪っているのはなんかじゃない――――


「お前――……その体」


「ね? ボロボロでしょ?」


「そこじゃねぇよ、バカ! その加護について言ってんだ、このバカ!」


「そんなバカって言わなくてもいいじゃないですか……これですね。まぁ斯々然々かくかくしかじかって感じで貰いました」


「〝調伏の儀〟だろ? 癸のところの常世かくりょでやったのは分かってんだよ。俺が知りてぇのは、なんで【四神印】なんだってことだよ」


「それは……俺に言われても」


 あのときは無我夢中だったし、最後まで記憶にない。

 いつの間にか気絶してて、起きたらこうなってたのだから。


「でも、あの時は焦りましたよ。もう温泉入れなくなるって思って、でも街の人には視えてないっぽいんで安心しました」


「そりゃ当然だ。呪力を扱えない人間に視えるわけねぇんだから――――てか、おかしいだろ……俺が世界線より仁が育ってる。何が起こってんだ」


 本来なら、仁はここで【朱雀の加護】だけを貰っているはずだった。

 そして癸家と一緒に〝はぐれ〟である弓削を倒す。完結言えばそういう流れの世界線だったはずだ。から知っている。

 しかし、榊にとってこれは大きく予想から外れている。

 果たしてこれが……仁による世界の変化なのか、外的要因からくる変化なのか、全く予想ができないのが腑に落ちない。


「まぁ……なんか起こったってのは分かった。俺の知っている世界じゃなくなってるってのが正しそうだな」


「……というか、さっきからなんですか? 師範は仕組んだって言ってましたけど」


「あぁ、これはあんま多用しちゃダメなんだけどな。俺はお前を――――世界の記憶を書き換えるっていう秘術を使ってたんだ。簡単に言うと、俺が望んだ世界にするっていう感じの……まっ、これは言っても分かんねぇだろうけどな」


 世界を書き換える……あれ? それって――――


常世かくりょは魂が廻る場所、死してなお彷徨う魂を救済せん。

秘術――泰山府君。それは死者を蘇らせることではない。

世界に記憶された〝死〟を忘れさせることなり。』


「それって、正しくは世界に記憶された出来事をなかったことにするってやつですか?」


「……おいおい、お前マジか? どこで知った、それ」


「【星の結界】でしたっけ? そこで知ったというか、誰かの会話が聞こえてきて……それから――分かんないですけど、もう勝手に空に巨大な魔法陣みたいなが浮かんでましたね」


 一日、たった一日の出来事。

 その中で起こった出来事の一つ、〝怨霊化〟。

 詳細は分からないままだが、あの黒い呪力のに飲み込まれていたら……恐らく、ここに仁はいなかっただろう。

 しかし、これがきっかけとなったことで仁は常世かくりょにある【星の結界】へ入り、それで運命を変える出会いがあった。


「お、おまっ――――!【星の結界】に行ったのか!?」


「ん? 行ったというか、連れて行かれたというか……まぁ行きましたね。そうじゃなかったら終わってましたし」


「――――ったぁ! 面倒になってきたなぁ、こりゃ。――――誓! いつまで驚いてんだ、〝星読〟はこのこと知ってんだろうなぁ?」


「え、えぇ……まるでこの場所で聞いていたかのように、たった今メッセージがきたところです」


 そして懐から取り出された黒い携帯。

 その画面に届いたメッセージには、師範も驚きを隠せない様子だった。


『世界の記憶を変えた存在 〝鏑木仁〟を陰陽寮へ』


 たった一言――――しかし、その意味は伝わった。


「世界の記憶って……まさか――――」


「――あぁ、そうだよ。こいつが【星の結界】で何を経験したのかは知らねぇが……書き換えちまったんだ、。〝秘術――泰山府君〟でな。……まぁ、この際それは置いておく――問題は仁に何があったかだ。俺が〝舎鬼しゃきの儀〟で想定してた範囲外だよ。……ったく、が出来るのなんて――あいつじゃあるまいし……」


「(舎鬼の儀……?)」


「しかし、育てるという面では大成功と言えるのでは? 仁くんにも底しれない呪力が宿っておりますし――何しろ、【四神印】を授かった存在などさかき様以外にいませんから」


「(師範、誓さんより立場上なの初めて知ったんだけど? というか、師範の名前なんて久しぶりに聞いたなぁ)」


「そうだけどよ……ちょっと待て――――」


「……ん? お待ち下さい、さかき様」


「なんだよ、今それどころじゃ――――」


 なんて思っていると誓と視線があった。

 相変わらずイケメンだなと再認識しつつ、その後にいる願と祈を見て改めて「今、二人とも暇なんだろうなぁ」なんて考えていると、


「まだ仁くんに、〝舎鬼しゃきの儀〟について説明していないのでは?」


 俺の気持ちを丁寧に代弁してくれた。


「あ」


 口をポカンと開き、こちらを振り向いた師範――榊は「やっべ」としっかり言ってしまったし、脱いだ服を着直している俺を見て、何故か誓から大きなため息が聞こえる。


「……はぁ。どういうことですか? もしかして、を勝手に巻き込んだ――なんて場合、全く笑えませんよ?」


「あ、あ、あはは…………いっけねぇ~――――全く言ってなかったな! 悪いっ、仁。許せ!」


 「――はぁ…………」と聞いたこともないほどの長いため息、そして本当に頭痛がしてそうな様子で頭を抱える誓。

 その後ろにいる二人は榊を見て驚愕している様子である。

 それもそうだ、これは間違いなく榊の中で勝手に解決された終わった出来事。そもそも誰かが着いてこれるわけもない。

 当事者である仁ですら、何も聞かされていないのだから


「仁はこれでいいのかい? 本当に命懸けだった出来事だったと思うんだけど?」


「……まぁ、俺は慣れてるから良いですよ。確かに命懸けでしたけど、もう終わったことですし。でもその〝舎鬼しゃきの儀〟ってのは教えて下さいよ? 師範はいっつも勝手になんかやって勝手に解決しちゃうんですから」


 そもそも、強くなるためにここに来たのは自分ではあるが、それを〝武術〟まで勝手に昇華したのは師範。

 いつの間にか体を丈夫すると言って勝手に殴り合いが始まり、

 いつの間にかこれは基本的な技だと言って勝手に技術を覚えさせられ、

 いつの間にか体は傷だらけ。

 当然、最初は反対したよ。しかし「喧嘩が強けりゃモテるぞぉ~」と言われてやらないわけにはいかなかったんだ。

 ……ん? 自業自得か?


「おぉ、流石一番弟子! 話が分かる!」


「……仁くんの将来が心配になってきたよ」


「はっ、何言ってんだよ誓! 俺ほど良い師はいない、今こいつがそう言ったろ?」


「いや言ってないよ?」


「 ――よし、そんじゃぁ……大分遅れちまったが〝舎鬼しゃきの儀〟について説明してやっから良く聞いとけよぉ?」


「はいはい、一回しか言わねぇんでしょ?」


「そうだ。何せ……説明が面倒だからなぁ! いいか? 〝舎鬼の儀〟ってのは、俺のになるための試練のことだ」


「後継者?」


「あぁ、もっと言うと……この俺――――酒呑童子しゅてんどうしの代わりになる、〝鬼神〟の後継者だ」


 また分からん単語が出てきたなぁ……。

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