第18話 序・終

 ◆


 どんな人がモテると思う?

 そんなことを聞かれた時に大体の人が答えるのは何だと思う?

 内面、外見、金銭面、優しい人、など様々なものがあると思う。答えは人それぞれだろう。

 つまり、正確な答えは人それぞれってわけだ――――


 だからまずは家族に聞いてみた。


「お父さんみたいな人よ、それ以外に選択肢はないわ」


 母はそう言った、相変わらず親父が好きらしい。家族として、大人として見習わないといけないな。やはり母は偉大である。


「母さんのような……いや、母さんが……大好きだ」


 父はそう言った、いや別に母さんのような人で良かったのでは?

 む?……母さんから何やら圧を感じる。やはり隣に母さんがいた時に聞くものではなかったようだ。残念なことに親父には選択肢はなかった。


「強い男、それ以外にある?」


 姉はそう言った、なるほど一理ある。

 確かにどんな場面でも強い男に惹かれるものがあるのだろう。男でもカッコいいと思うのだから女もやっぱり変わらない部分か、いやぁ……分かり味が深い。


「優しい人……かな。物凄く平凡な回答になっちゃうけどね」


 兄はそう言った、だがお兄ちゃん……それは真理だ。あまりにも答えに迫り過ぎている……が、お兄ちゃんモテるもんね。ならそれが正解か。


 ……と、まぁ家族四人からはこんな感じの回答だった。

 結構、真っ当な意見だと思う。それぞれの主観を抜いてもこれは答えだろう。

 つまるところ、強くて優しい人がモテるというわけだ。

 確かに親父は強いし、母は優しい。母が酔うと親父との青春時代の話しをよくするが親父は学生時代やんちゃだったらしい。それに体つきも屈強だ、脱いだら鋼のような肉体がむき出しになる。


 よし、決めたぞ。

 モテるためにまずは体を鍛えることからだ。優しさについては……まぁ、家族が優しいのだから俺も優しさの遺伝子があるだろう。多分優しいはずだ。


 来年の四月には高校生。

 花の男子高校生になるわけだ。そりゃ誰だってモテたい。

 単純思考で何が悪い、俺は高校生になった瞬間には既に女子から「キャーキャー」言われる存在になって隣には強くて優しい彼女がいる予定なんだ。

 これが中学三年に上がる直前に、ふと思いついたことだった。

 そして、こんな不純な動機なのにも関わらず中学二年の冬休みから鍛えまくった。

 幸いにも地元の道場「神木古武術」という場所があった。何やら〝実践的戦闘術を学べる〟と看板に書いてあったので有名なんだろう。


「よし、それじゃ鍛えるか」


 有り難いことに〝武〟を学ぶことができ、二十四時間空いているジムへ通って体を鍛え、ランニング途中に困っていそうな人を助け……とそんな中学最後の一年間を過ごしていた。


だった記憶――――





「――――はっ!!」


 布団を跳ね除けるように飛び起きた体からじわりと汗が滲み始める。

 心臓の鼓動が体を震わせ、手足から力が抜け落ちる。

 足りない酸素を補給するため、まるで深海から這い上がってきたかのように全身で呼吸をした。


「……俺の部屋、あれ? 俺って確か――――」


 信憑性の欠片もない唯一の手段に縋って……どうなった? あの弓削って人を蹴り飛ばしてからあんまり記憶が、ないな。


「って! 寝てる場合じゃねぇ!」


 そうだ、俺は姉さんを救うためにしてたんだ!

 寝腐ってる場合じゃねぇ!


 気怠く、全身に痛みが走る体を無理やり動かし部屋を飛び出て階段を降りる。

 そのままリビングに入るドアを勢い良く開けると――――


「おいおい……朝からどうした? 怪獣が降りてきたのかと思ったぞ」


 コーヒーを啜りながら新聞を読む、父の姿。


「あらあら、やっぱり元気ね。朝ご飯を用意するからね」


 ふふ、と笑って父の隣に座る、母の姿。


「仁、体は大丈夫? 昨日道場の帰りに車に轢かれたって母さんから聞いたけど」


 心配するような表情で自分を見る、兄の姿。

 そして――


「ちょっと仁! 包帯ぐちゃぐちゃになってるじゃない、巻き直して上げるから……って、大丈夫!? なに泣いてんの!?」


 その隣に座わっていた、姉の姿


「あはは……わかんない」


 その溌剌はつらつな姿を見た時に、思わず泣いてしまったらしい。

 確かに……目元を拭わないと視界が視えない。

 でも今だけは、この家族が笑っている姿を見ながらみっともなく泣かせてほしい。


「なにそれ? まぁいいわ、ほら包帯とってくるからそこで立ってなさい」


 こうして日常が戻ってきたことに涙を流し、姉さんに包帯を巻いてもらい、久しぶりとすら感じる家族との朝食を心のそこから楽しんだ。

 それから一時間くらい団欒を味わったあと――――


「いやぁ、まさか本当にやり直せてるとはなぁ~。人生何が起こるかわからねぇもんだわ、ホント」


 俺は絶賛、道場へ向かうために隣町まで走っていた。

 いやぁ、どうやら本当に冬休み終了2日前に戻っているようで、あの日の出来事が嘘のように街は平和な印象だ。

 主婦のおばちゃんたち。

 八百屋のおっちゃん。

 部活に向かってる同級生たち。

 いつも通り日常の光景に思わずニッコリである。


「しっかし、俺が車に轢かれたってことになってるとはなぁ。これは神様のいたずらみたいなもんなのか? でもそうなんだろうなぁ……【四神印これ】、消えてねぇし。母さんたちに視えなかった理由は知らんけど」


 俺にとっては非常に都合が良いことこの上ないけど……呪力を感知できる人間、それこそ癸家の人たちに会ったどうなんだろ?

 こうして日常を取り戻すことが出来たのは良いことだけど、あの様子から見るに俺以外の人たちは覚えてない……というか、っぽい。

 つまり、陰陽師関係者でも何でもない一般人が【四神印】なんてとんでもない力を持っているとという話だ。


「……まぁ、もう会うことないだろうから大丈夫だろ――――」


 俺がやることはただ1つ。

 高校生になってどれだけモテるかってことだけだ。

 だからこうして〝神木古武術〟という武術を学んで、体を死ぬような思いで鍛えて、学校でも10番以内の成績を守ってきたのだから。


「難しいこと考えるのはもう終わり。俺はこれから青春の準備体操をするんだから……ん?」


 師範、珍しく外にいるじゃん。わざわざ待ってることなんて今までなかったし、これからもないと思ってたけど……一体どういう風の吹き回しだ?

 というか俺もうここまで来てたんか、ずいぶんと速くなったもんだなぁ。


「おっ! ちゃんと帰って来たなぁ、仁!!」


 白髪交じりのオールバックウルフのシルエット、そして日本人離れした2m近い身長、着物越しに見える鍛えられた胸板、そして何よりも相手も萎縮させるような威圧感。見た目がちょいワルどころではない、もう全然普通に怖いおっさんがニッコリと口角を上げてこちらに向かって声を上げていた。


「はぁ? 何言ってるんですか師範、俺は車如きに負けませんよ? とりあえず、おはようございます」


「あぁ、おは――――むぶっ!??」


「うわっ、どうしたんです? 急に吹き出して」


 てか、酒臭っ!

 また呑んだくれてやがったのか?


「お、お前――――あぁ、いや何でもねぇ。とにかく鍛錬しながら詳しいこと話そうや」


「はい?」


 ?。


「あぁ……まぁ、その、なんだ? あれだよ、あれ。うん、あれだ。とにかく早く来い!」


「なんじゃそりゃ……」


 師範の背中についていき道場内に入る。

 無駄に大きな下駄箱は全く使用された形跡はなく、仁の靴以外にそこに収納されたことはない。むしろ普通に師範や師範の妻の靴やらが並んでいるほどだ。


「(うわぁ……この匂い、久しぶりな感じするわ)」


 外見は少し年季が入っている建物だが、内装は新品と比べても遜色ないほど清潔に保たてている道場、そこらは畳から漂う竹の渋みと甘みが混ざった香りが風と共に吹き抜けている。


「んじゃ、ちょっと着替えますね」


「いやまだいい。とりあえずまぁ、お前は先に入ってろ」


「? わかりました」


 そして一人になったあと、そのまま仁は畳の上で正座をする。

 精神を統一するためだ。

 こうやって全身の感覚と感触を確かめ、その瞬間での最大限のパフォーマンスを発揮できなければ鍛錬は行えない。

 冗談じゃなく、死ぬ可能性があるのだ。師範は手加減しないから。

 ただ正座しなくとも精神統一はできる。

 〝神木古武術〟を体得し始めると呼吸のみで、体を整えることができるからだ。

 五分、十分……そして思考が消えた瞬間、瞳を開いた――――。


「うしっ、いい感じ」


「お~、待たせたなぁ」


「いやホントに結構待ち……まし、た?」


 え?


 道場内から師範の家へと繋がる縁側から姿を現した師範の後ろにいるのを見て、呼吸が止まったかのように思えた。


「あれが俺の後継者一番弟子だ」


 なんでここに……


「やぁ、


「凄まじい闘気……街で見かけたら斬りかかってたかもしれないな」


「ふふ、確かに、お姉ちゃんならやりかねませんね。彼から感じる呪力は人のそれを上回ってるように感じますから」


 皆んな癸家が?


「さて、面倒だけどちゃっちゃと説明するかぁ~」


 癸家現当主、みずのと誓。

 その愛娘である双子の姉妹、癸ねがいと癸いのり


 なんで師範と……?


「おい仁、お前――弓削鏡ゆげのきょうって名前を?」

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