第17話 鬼神覚醒 肆
徐々に、徐々にと広がっていく血のように赤い呪力。
その波のように広がっていく呪力に触れた軍隊のように整列していた式神は赤い呪力に飲み込まれたことによって灰となり姿を消した。
しかし、一気に形勢逆転かと思われたその場では荒い呼吸が小さく木霊する。
「はぁ、はぁ………」
だが、この呪力を放出しているという状態が思ったよりもキツい……。
血を流し過ぎたのもあるけど何分保つか――――
「時間が、ねぇ……一気に終わらすっ」
つま先に力を込め、歩式順術――合衝によって一気に接近。
これまでの武術による接近ではなく、単純な高速移動と化している速度によって弓削のがら空きの胴体が目の前に現れる。
体重移動による加速は完了、そして短い呼吸で空気を肺に溜める。
手式順術――『火突』
【四神印】の影響によって急激に上昇した身体能力を活用した、超加速の拳。
その一撃はもはや視力で追えないまでに至る。
ドパンッと、とても人の体からは鳴らないような音が響く。
「……マジか」
しかし、その強烈な一撃は弓削の手の平に収まっていた。
「まさか受け止めるとは思ってなかったか?」
そして、受け止められている拳がまるで紙くずを丸めるように潰される。
「ぃ……!!?」
「見誤ったな、鏑木仁」
潰された左拳を握られたまま引き寄せられ顎に肘、裏拳と続く打撃。手を握られていることによって仁の体の自由を半分操作されているかのように重心を崩しては、身体の至る場所に打撃を繰り出される。
だが仁も負けじと襲いかかる弓削の拳に向かって頭突きを繰り出し右拳を破壊する。
「……ッ!? これだけ近いと呪力を込めても消し飛ばされるか!!」
聖炎を纏う仁から呪力の出力が上がる。
そして弓削の左手が燃え落ちた。
「もう――――一発っ!!」
手式順術――『火突』
その潰れた左拳でもう一度放つその一撃は、見事に弓削の胴体を抉るように直撃し、少し前かがみになった顔面にももう一撃――――地面に叩きつけるように拳を振り抜いた。
「……はぁ、はぁ」
肩で息をする。
この燃えるような赤い空間が広がるたびに仁の体が悲鳴を上げる。
もうここに弓削の逃げ場はない、もう仁の視界に映らない場所にまでこの聖炎が拡大している。
「(もう、終わったのか……?)」
この……体力が減っていくというよりも、もっと大事なものが搾り取られているような感覚が恐怖を煽る――――。
カッコつけて「
だから今の一撃で倒れた弓削を見て少し安堵してしまったのだ。
「終わった」と思ってしまったのが――――更に気力を手放す要因となりかけていたのだが、
「体を擬似的に怨霊化するのは成功した――――」
しかし、相手はまだ立ち上がろうとしていた。
「しかし、今回は相手が悪かったか……」
「その体で、まだ立てんのかよ……」
「あぁ、この顔のことか……【
出会い頭に受けた蹴りを、怨霊として呪力で回復したことによって既に体のほとんどは肉と呪力が混ざったものとなってしまっている。
【
「だが……まぁ、完全に怨霊と成っていたら私はここにはいない……」
「はぁ、はぁ……」
「 疲れているな? 私はまだまだ戦えるぞ、むしろ呪力を取り込み続けることで調子が良くなってきている気さえする。人間の時とは違う、この全能感……今なら全てをやり直せる気がするよ」
「はぁ……はぁ――――あぁ、そうかよ」
体の節々がビキビキって、悲鳴を上げているのは分かってる。
呼吸も苦しいし、体から力が抜けて地面に染み込んでいくみたいだ。
……ここ一年の鍛錬の時間を含めても一番キツいかも。
……なんて言ったら師範に怒られるかな?
あぁ――――やべぇ……マジで意識飛びそう。てか、マジで死ぬわ。
でも、
でも、俺はまだ立ってなきゃ……負けられねぇ理由があんだ。
街にいる母さん、親父、兄さん。
学校の友人たち、顔見知りだって大勢いる。
そして何よりも《今》は亡き姉さん……。
全部、ひっくり返す。
そのためには――――……気張るしかねぇ。
「まだ構えるか、死ぬぞ?」
「それはお前も同じだろ……」
この場に溜め込まれた呪力が仁の体に吸収され、それを無意識に【
しかし人間には呪力を吸収することに限界がある。もしもその許容を超えてしまえばまた……呪力に体を蝕まれ、飲み込まれ、怨霊化が始まる。
一度飲み込まれたからこそその感覚を分かり始めている。
しかし、それが呪力を吸収するための〝恐怖〟となり、残された僅かな時間は戦うためのたった一つの〝希望〟となる。
「この炎は、俺が死ぬまで止めねぇ」
「ふっ、見事だ。どうして一般市民として生活しているのか分からなくなるほど、君には陰陽師としての才能がある。――――しかし、」
弓削は大きく腕を振りかぶる。
「非常に残念だ」
そして、当たることのない距離から拳を振り抜いた。
「……ッ!!?」
瞬間、銃弾のように弾き飛ばされた呪力の塊が仁の顔面に直撃した。
「(今の
と、混乱している最中にもその
「言っただろう? 知識無き力は無力。何も〝聖炎〟は無敵というわけではない……陰陽師というのはそういうものだ」
「ぐっ……ぁ、っ」
「この『黒拳』はよく効くだろう。呪力を纏った拳……呪力の塊だ、〝気〟を奪われるだろう? 今の君の状態ならあと数発で意識を刈り取れる、一瞬だけでも聖炎が揺らいだのはその証拠だ」
呪力を灰と化すまで燃やし尽くす聖炎。
その力は確かに神の如き力ではあるが、決して無敵というわけではない。
ほんの僅かな一瞬とは言えど、呪力を燃やし尽くすまでに時間がかかる。つまり一瞬で灰にされないほどの呪力を込めれば攻撃が当たるということだ。
そして人知を超えた〝半怨霊〟と成った今、弓削の一撃は神の加護であるその聖炎を貫通するほどの呪力を込めることも容易であった。
「もう終わりにしようか」
――――もう一撃。
あと一発くらえば終わり……。
「――――……上、等」
限界からあと一歩、進む。
その結果、仁はまだ立っていられた。
「根性はあるようだが既に死に体、果たしてそれがいつまで保つか……『黒拳』!」
再び、視界に捉えた黒い呪力の塊をよろける体に身を任せ躱す。
そのまま小さく、しかし深く呼吸をする。
「(振り絞れ……ッ!!)」
「チッ……『黒拳・十式』!」
絶え間ない黒い呪力が仁の視界を埋め尽くした。
この連続攻撃、直撃すれば終わりだな……。
でも、その黒いのが呪力か――――ようやく
力の限り拳を握る。すると左肩に大きく刻まれた【
「っ!?」
その光は左肩から次第に左腕全体に巡り、左半身に染み込むようにして辿り着いた先は心臓。そしてその心臓に真紅の炎が燃え上がる。
何度も、何度も、何度も呪力というものは仁の瞳には視えていた。
視界に移り続ける呪力の動き、痛みを伴って覚えさせられた呪力の存在、その事実が噛み合った瞬間――――無意識にも仁の体が反応してみせたのだ。
これまで繋がっていなかった魂と呪力の共鳴。
四神の加護を無理やり引き出し続けていたことによって理解し、何度も視せられた呪力の動きに体が呼応した今この瞬間……完全に神の加護として現世に降臨した。
「まさか……まだ不完全だったというのか――?」
そして、その勢いのまま左半身が聖なる炎で包まれると、視界を塞ぐ黒い呪力をその燃える左腕で焼払う。
今まで迫っていた『黒拳』が灰となり、仁の視界から消え失せると同時に強く地面を踏みつけた。
歩式順術――『合衝』
超加速による急接近、そして
「手式順術――――」
弓削の鼓膜を震わせた小さな吐息。
構える姿、瞳孔が開いた黒い瞳、燃え上がる聖炎が……この怨霊となった体を無意識にも震え上がらせる。
「『火突』!!」
その鬼神の如き様相が弓削の網膜に焼き付いた時、胴体に叩き込まれた拳から聖炎が爆裂し完全に焼き払われた。
「……」
痛みなどない。
体はまだまだ動く。
だが、ただただ無気力になっていく心と、どうしてこうなっているのかすらも忘れ始める己の存在感によって察した……私は消えるのだ、と。
「はぁ……」
積み木を高く積み上げるように、約1ヶ月間もの間念入りに準備を進めてきたというのにたった一回の
まぁ、その
空を見上げた。
まだ昼間だというのに、その晴天にはまるで空を飲み込まんとする星があった。怨霊となり人間の時よりも呪力が視えるからこそ理解できる。
きっと誰もあの星そのものが術式などとは思わないだろう。
既に意識を失って倒れた少年を見下げた。
着ていた服は千切れ、穴が空き、その背中は血で染められている。
よくもまぁ、この状態で立っていられたものだと関心するほどだ。
「秘術――泰山府君。これが君にどう影響するか……地獄で楽しみにしているとするよ」
呪力を吸収し続けることによって形を保っていられる怨霊となった肉体を、燃やし尽くすように聖なる炎が駆け巡る。
……最後には体が黒い花びらを散らし始めるのだ。
彼は現実から祓われた。
そして全ての因果を断ち切られたことによって、怨霊として存在することが出来なくなったことによって、彼は次第に世界から忘れられていくことになる……。
彼は世界から
そして、神すらも知らぬ間に世界が修正される――――。
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