第16話 鬼神覚醒 参

「被害状況は」


「はい。今のところ重症者二名、軽症者は多数いますが子供や高齢者たちは無事とのことです。この場所も蕪木が結界を張っているので安全でしょう」


 ここはこの街唯一の避難場所、市民体育館。

 災害が起きた時などに使用される避難場所であるが、ただそれは表向きの話。現在は霊的災害の時に使用される常世かくりょと繋がる安置所となっていた。

 市民体育館と全く同じ外装となっているが扉を潜れば常世かくりょに繋がっており空間が広がり約五万人の人間がここにいたとしても、問題なく収容できる広さを持っている特殊な場所だ。

 そしてその場にいた祈はここに入る人たちを眠らせ、土偶式神によって運ぶ作業をしており陰陽寮からの連絡を受けていた誓がようやくここに到着したとおいうわけだ。


「……この名簿にない人たちはもう」


「えぇ、おそらく弓削によって既に……」


 弓削の手によって殺され、式神となってしまった。


「そうか。陰陽寮からの遣いは?」


「ここに五名いますが、三名は紫様と共に重症者二名の治療にあたっています。二名は常世かくりょの拡張を行っています。他の者たちはこの土地を囲い始めているかと」


「……なるほど、術式はもう始まっているのか」


仕事が早いな……。

まるで最初からこうなることが分かっていたかのようだ。


「陰陽寮からの連絡に何か変更はありましたか、お父様」


「いや……変わらず『鏑木仁に対して不干渉であれ』とのことだった」


「……そうですか」


「目的は分からない……けど〝星読〟からの直通だったからには悪いことにはならないだろう。今はただ……我々はやるべきことをやろう」


 ここの住民に陰陽師のことを知られてはいけないのは勿論のこと、この人数全員に術をかけるのは骨が折れる。しかしそれは常世かくりょに入れてしまえば簡単に解決する。

 何故なら一般人には呪力への耐性がない。

 この場所に入ってしまえば普通ならば気を失って倒れる、それを介抱してやれば解決するというわけだ。

 だが、例外が一人だけ存在した。


「(仁くん……)」


 それが今渦中に立つ鏑木仁という少年だ。

 彼の家族もこの場所で意識を失って眠っていることもあり、心配も当然しているがには同じくらい疑念も感じていた。

 【四神印】、呪力に呼応する武術、呪力に馴染んだ体、様々なことが誓の頭の中を駆け巡っていると――――陰陽寮から支給されているスマホが鳴った。


「もしもし……」


「準一級陰陽師〝結界師団〟隊長 はこと申します。忙しい中、急な連絡をしてしまい大変申し訳ございません!」


「何か急を要しているようだけど、何かあったのかい?」


「空が……空が――――大きな呪術によって飲み込まれていきます!!」


 声を聞いた時、誓は外へ飛び出した。

 すると呆然と空を見上げている蕪木と、周囲の見回りをしていた願もいた。

 しかし、誓は労りの声をかけることすらも出来なかった。


「なんだ……あれは!?」


 空に浮かぶ五芒星。

 それからどこまでも広がり続ける果てしない呪力。

 まるでこの世界ごと飲み込むような巨大な術式に――――。





 信じられない速度で地上を駆け、弓削に接近する仁。

 その仁を土偶式神を盾にすることによって凌ぎ、徐々に神社から街の方へと遠ざかっていく弓削。

 この二人の追走劇は木々を薙ぎ倒しもはや山の外観を破壊し始めていた。


「人を抱きかかえながら、本当に早いな……どうだ? 人外の力は!」


 なぎ倒されていく木に札を投げつけて式神を作り、仁へと突撃させる。だが仁が纏う赤い呪力――【朱雀の加護】が燃やし尽くす。


「別にいいもんじゃねぇよ、でもお前を倒せるなら何でもいい」


「ははっ! 私も舐められたものだな」


 山を真っ逆さまに滑り落ちるような速度で下り、ついに到着した神社の入口。そこにある最初の鳥居を通り抜けた瞬間――


「式神創造――人爆じんばく


 尋常ではない爆風によってアスファルトの破片が散弾のように襲いかかってきた。

 

「……!!」


 姉を抱きしめるように庇うと体中に痛みが走る。

 熱が抜けていくような感覚と激しい痛みによって一瞬だけ脳の処理が遅れるが、すぐさまに弓削を睨みつけるとそこには見知った顔を含む30人ほどの式神人間がいた。


「【朱雀の加護】による最大の恩恵は呪力を燃やし尽くす。その力をものにしている陰陽師は限りなく少数で、使いこなせばとても強力な力だが、呪力を含まない物質は違う。この知識不足によって君は血を流している」


 陰陽師にとって知識は力に直結する。

 どれだけ体術を鍛えようと、どれだけ呪力を扱えようと、知識がなければ呪術は力となってはくれない。

 例え強力な力をもっていても、無知であれば無力であることと同義。

 それが陰陽師というものだ。


「確かに君はとんでもない力を持っている。だが知識が足りていない故に、それは宝の持ち腐れだ。やる気があるのはいいが……この現実は変わらない。それにこの結界術がなければ戦いにすらもなっていないだろう」


 蕪木の結界術によって弓削の呪術を制御している。もしこの腰袋の中身を使用することが出来れば、既にこの街ごと全てが弓削の手の平の上であったのだ。

 この腰袋に入っているのは攫ってきた人たちの肉片を詰めた瓶。正確に言えば肉体を使用した式神化が成功している人たちの肉片だ。

 この肉片と呪力をかけ合わせることによって、弓削はある程度自立した式神を創造し操っている。街の各所で爆発が起こったのはこの瓶を使ったからだった。

一体で直径500メートル範囲での爆破を起こすほどの人間爆弾、それらがこの場所に30体近くいる。しかもそれらは弓削の式神創造によって強化人間としても操れることを考えると……仁に勝ち目があるようには見えない。


「それに陰陽寮は君に関して何もしないらしい。癸家も丙家も、誰も手を貸してはくれないだろうな。あれらは傀儡だ、力があるのに言葉に縛られ操られている人形……式神と何ら変わりはしない。むしろこういう状況に関して言えば式神の方が優秀だと言える――――もう観念しろ。さっさと怨霊化し、私の術によって式神となって服従した方がお互いに未来は明るいだろう?」


 圧倒的戦力差。

 圧倒的実力差。

 状況、条件、すらも圧倒的に劣勢。

 体は痛みに慣れ始めてはいるものの、血を流しすぎたことによって力が出しにくいような状態である。

 どうしようもない。どうすることもできない。

 このまま、言う通りにした方が……――――


「ごちゃごちゃ、うるせぇなぁ……」


 弱気になっていく心、そして目の前の元凶。

 その二つに対して喝を入れる。

 知識? 力? 明るい未来?


「ふざけんじゃねぇ」


 体に力が入ると肉が抉れていた背中から血が滴る。

 これ以上汚れたり、傷がついたらいけない。そう思いながらも少しだけ抱きしめた腕にも力が入った。

 立ち上がり、改めて前を向くと心が痛む。

 知人の顔が殺風景に並んでおり、呪力を可視化することが出来てしまっている仁にとっては、そのどれもが真っ黒に視える。


 もうあれは人ではない。


 そんなことを遠回しに言われているようで、ようやく心の中でを受け入れることが出来たのか少しだけ軽くなった。

 空を見上げる――――。

 秘術――泰山府君。世界の記憶を消す呪術。


 本当に成功するのか?

 本当に取り戻せるのか?

 そんな些末なことで疑心暗鬼になっている場合じゃない。

 もうそれ以外に方法がないのだから、やらないといけないんだ。


「世界の記憶を消すために……お前をぶっ飛ばす。俺がやらないといけないのはそれだけだ……!」


「混乱しているのか? 威勢は良いが……」


「――うるせぇ」


 その時、仁の体から赤い呪力が迸る。

 その強力な呪力が仁を中心に広がると、弓削の背後で待機していた式神たちが10体以上消し飛んだ。


「なッ!?」


 結界術によって封鎖されている腰袋の中に入っていた瓶が共鳴し、粉々に砕け散るのが分かった。中身を覗くと半分以上が砕けている。


 四神の加護、その一つ【朱雀の加護】。

 その真髄は四神【朱雀】が纏う呪力を浄化する炎――〝聖炎〟にある。

 四神から力を引き出すのはそう簡単なことではない。その聖炎を身に宿すことすらも何十年と費やしてようやく体の一部に宿るもの。

 だから聖炎を体の外部に放出している仁と相対した時に、【朱雀の加護】を使いこなしていると判断し恐怖した。

 だからこそ届かない距離からの攻撃を繰り出せば、防ぐ術がない仁には容易に勝てると考えていた。

 しかし、それは思い違いだった……。


「まだ【朱雀の加護】は完全ではなかったというのか!?」


冗談じゃないっ……――――範囲が広すぎるッ!!


「結局のところ、陰陽師にとって呪力が大切なんだろ? あんだけ聞いてりゃ俺でも理解できる」


「どうなってる……?」


「さぁ? 丹田に力入れてるだけだ」


 一歩進めば、仁の纏う広範囲の赤い呪力聖炎が近づいてくる。

 既に囲まれている弓削はその身に施した法術が解け、生身同然となる。そして仁が一歩進むたびに背後に並んでいた式神たちはその聖炎によって真っ白な灰と化した。


「まさかっ……自身の魂すらも呪力と変えているのかッ」


「知らねぇけど、そうかもなぁ。はぁ、はぁ、確かにこの状態はかなりキツい……けど、どうせんだから死にかけても大丈夫だろ?」


 実際はかなり危険な状態である。

 血は流れ続けているし、意識が朦朧としているからか冷静な判断などできそうにないし、体力の消耗も激しい。この赤い波動聖炎が広がる度に心拍音がまるで警告するように耳奥で鳴っている。


だが、それがどうした?


「――――狂ってるのか? 自分がどうなってもいいのか! 今すぐにでも止めた方がいい、自分自身すらも灰と化すぞ!!」


「はっ、劣勢になると大声を上げるよな? お前こそこの範囲から逃げることだけを考えた方がいいんじゃねぇのか? 俺には視えてるんだよ……お前の体の黒い部分がなくなっていくの」


「くっ……!!」


「その体がどうなってるのかとか知らねぇけどな……式神も、呪力も失った知識が残った|陰陽師が、この一年間死ぬ気で鍛えた俺に勝てんのか?」


この戦いを終わらせるためなら、全部懸けてやるよ……。


「さぁ、決着ケリつけようぜ」


 血を流し過ぎて力が入らない体など気にも止めずに、拳を握る。

 全ては日常を取り戻すために。

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