第12話 人神変異 参

 少し時を遡る……。

 祈が呪力を感知する少し前――――


 ――瞳に星が映っている。

 それに導かれるまま、約一時間ほど走った。

 自宅から無我夢中になって、解決策もないまま、怒りのまま。

 だがこうして走っていると心が無になっていく。体が熱を持つと同時にさっきまで頭を支配していた黒い感情は冷めはじめ、今はただ早くあの星の下へ走る。


「(あと三十、いや二十分……)」


 既に街を抜け、そして山に挟まれた山道を走っている。広い道ではないが車や人よが通るのには問題ないような場所だ。だが未だに正月の名残があった。あまり許されることではないが飲食をした後のゴミが散見でき、かつては綺麗に山のように集めれていただろう枯れ葉などが散らばっている。

 一月に入ってからこの場所は賑わっていた。老若男女問わず人で溢れていた記憶はまだ新しい。だがこれは少し汚れ過ぎだとも思う。

 そして何よりも、


「(……臭い)」


 ――――何故か血の匂いが漂っていた。

 本当に微かに香る程度……嗅ぎ慣れている者ならば分かるだろう。仁にとってはとても身近なものとなっているため嗅ぐというより、もはや気が付いてしまったほどだ。何せここ一年間味わい尽くしたものなのだから。

 気味が悪い、そう思うのは当然のことだろう。痛みがないのに血が出ることなどそうあることではない。


「(なんでこんな場所から……?)」


 そもそもここは普通の場所、むしろ神社の近くというのも相まって神聖な場所だ。野生動物の死骸などがあれば分かるが、周りには見当たらない。


「(それと、何か……嫌な感じだ。……あの時常世みたいな)」


 頭に血が昇っていたら絶対に気が付かなかっただろう、走っている途中で冷静になっていたからこそ、感覚が研ぎ澄まされた状態に戻っていたからこそ、この違和感に気が付いてしまった。

 

 そして――――仁のその感覚は当たっていた。

 

 ゾクリと肌が粟立った。

 全方向から感じたのは何十人もの知らない人から視線を浴びせられているような感覚、そしてその人たちが人を殺せる凶器を持って今にも襲いかかってきそうな殺気立っている様子が目に浮かぶような恐ろしさ。

 その悍ましい感覚に身を任せて走る速度を緩めた時、周囲に散らばったや菓子パンの袋、缶コーヒーの空き缶といったたちが一人でに姿を作り上げる。

 その存在は見たことがある……土偶式神である。

 だが、仁は言葉を失った。


「…………っ!?」


 無意識にあの星を追えば、姉の下へ辿り着く。

 そう思っていた。

 助ける方法なんて分からない、だが見つけることが出来れば助けることが出来る。理想、まるで漫画やアニメのような都合の良い展開……だけど、やはりそんなに現実は甘くない。現実はもっと残酷で、非常。その相手が〝非現実〟ならば尚更――残酷であった。


?」


 そこには声を発しない自分の姉が三人現れた。


「嘘だろ……姉さん!?」


 返事はない、瞳も虚ろでどこに視線が向いているのかすらも分からない。これは土偶式神特有の作りなのだろう。土偶式神と対面した時に感じた人形のような無機質な存在感……。

 だが、何だこの感覚は?

 今まで相対して感じたことはない《《人のような気配》を。まるでそこに立っているいるような、血が巡り心臓が鼓動しているような、偽物と判断しにくい人間特有の存在感。


「(落ち着け……落ち着けよ! 姉さんが三人もいるわけねぇだろ!)」


 分かっている。

 分かっているんだ。

 だが、それでもこの躊躇いを心から消すことは出来そうにない。


「警告、呪力を感知」


「呪力を連結」


「は……?」


 


「排除開始」


 クチャクチャと音を立てながら肉が変形していき、両腕が鋭利なものへと変わっていく。社会の授業で習った打製石器……それを研ぎ澄ましたような凶器。瞳は充血し血管が皮膚の表面に大きく浮き出てて、体のサイズも一回りほど大きくなった。

 そして一歩……地面を踏み込んだ音。アスファルトを抉るほどの反発力から、一気に加速し迫りくる。


「っ!?」


 一体目は既に腕が変形した打製石器のような腕を振りかぶっている状態で肉迫していた、このままその腕を振り抜けば首と胴体は離れることになるだろう。他の二体も仁が避けるであろう場所を先読みしスペースを潰すように動き始めている。


「クソがっ」


 俺の姉さんの姿で、こんな気持ち悪い姿させやがって……。


「脚式順術『地界金星ちかいきんせい』」


 地面に左足の軸を固定し、回し蹴り。

 本来はその踵を相手の顎や蟀谷こめかみを撃ち抜く。当然相手の急所ならどこでもいい、基本は人体の中心線と内臓や骨に確実にダメージが通るような場所に打ち込む。それは相手の体制によって見極める。

 顔には……当てられない。首と肩に踵を引っ掛け、そのまま地面に叩きつける。

 そして叩きつけた一体目の背中を右足で踏み込み跳躍し体を捻って遠心力を生み出す、そのまま重心を左足にのせて――――


「脚式順術『つぶて』」


 他二体の攻撃を空中で躱しながら首元を消し飛ばした。

 仁にとって相手の動きは、もはやスローモーションと変わらない。

 これは仁の身体能力との相乗効果……鏑木仁だけが持つ【四神印】による呪力の可視化から派生した――呪力の動きを視る力。


「――ふぅ、変形してくれて逆に助かったぜ……おし! 何か変な緊張もとれたし、このままを辿って行くか」


 仁が〝星〟と呼んでいるその正体はだ。

 呪力の可視化――――それは本人すらも気が付いていない力である。既に仁の体に【四神印】が馴染んでしまっているからこその賜物だ。

 相手が同じタイミングで、違う箇所に狙いを定めていて、その攻撃が回避しなければ必殺と呼べるほどのものでも……今の仁には当てられない。

 そして何よりも、今の状態の仁には周りがよく感じ取れ見えていた。

 本人が〝星〟と呼んでいるものは実際、呪力の動き。それが誰よりも感知することが出来る状態になっているのは神の加護を得ているからと言っていいだろう。今の仁は言わば呪力レーダー、誰も気が付かない微弱な呪力の動きさえも反応することができる――――何故なら〝星〟が教えてくれる。


「お? こっちか」


 導かれるように走ると、見上げるほど長い階段と何重にも重なった木目が目立つ時間が経過し少しだけ劣化した鳥居が現れた。

 段差が高く整備がほとんどされていない木と土で作られたもの。初詣の時には家族でこれを昇ったのも、そして老夫婦を担いで運んだことも記憶に新しい。


「(なんだ近道あんじゃんか、ここを上がれば……あの星の下に)」


 一段飛ばして階段を上がって辿り着いた場所は廃れた神社。前に来た時は人がそれなりにいたはずだ。色がない、寂しい、何だか少しだけ記憶と違うような印象を受ける。

 

土偶式神二人とも……」


 その原因が、何だか分かった気がした。

 いや、もしかしたら最初からこうなると分かっていたのかもしれない。少し前に姉の姿をした土偶式神を破壊した時に、もう諦めていたんだ。

 もう

 ほんの一週間前の日常とはかけはなれた日常を過ごしているのだ。

 だけど、この相手に危機感は感じなかった。何故なら行動が。階段を上がってきたこちらに対して軽い会釈をしたり、こちらに対して目を向けることなく掃き掃除していたりと行動や姿に異常が見られない。


「どうなって……――――」


「おい、何者だお前は?」


 背後から聞こえた男性の声。

 そして何よりも……嗚咽が漏れるような血の匂い。

 この狂気に仁の体があまりにも自然に反応した。繰り出されたのはただの後ろ回し蹴り、半ばリミッターが外れた一撃が相手に直撃しグチュッと音を立てた。


「……っ!?」


 血飛沫が仁の頬に張り付く。

 そして、その目に映っていたのは……


「ほぉ、若いのに良い打撃だ。よく鍛錬されている……相手にこれほどとは、先程消えた土偶式神の気配も――――お前か」


 若い男の生首であった。


「うぶっ……!」


 胃から込み上げるもの抑え切れずに地面に吐き出してしまう。


「これまた不思議な人間もいたものだな。陰陽師ではないのにここまで呪力を内包している……しかもそれは【四神印】か! なるほどなるほど、確かにそれなら私の式神を破壊できる。〝開門〟」


 顔面歪んだ生首を鳥居に向かって放り投げると、その存在がなくなった。

 その鳥居の先にある場所のことを仁は知っていた……あれは常世かくりょである。ただ初めて見た時と向こう側の景色が違った。

 そして常世かくりょが開いたことによって、仁の瞳に映っていたこの場所の空にあった〝星〟が姿を消した。


「しかし良い、実に良い。お前の体を素に式神を作成すればとんでもないものが完成しそうだ」


「はぁ、はぁ……ぁ?」


 何を言ってんだこいつ?


「これまで攫ってきた者たちで有望そうな者たちも全て試したが、どれも失敗。唯一体に少しの呪力を宿して女もからな」


 女?

 俺が破壊した……?


「え――――」


 それって、俺の……


「式神創造――人造式神、急急如律令」


 男が懐から取り出した瓶、その中に詰め込まれたものは赤く未だに脈打つ臓器ものだった。その瓶に文字が書かれた札を貼り、呪力を込めて詠唱する。

 すると瓶が割れ、中に入っていたものと血が染み込んだ土が耳障りが悪い音を出しながら形を作り上げていく。

 

「これはお前が潰した男の式神、名は高橋朋広。高校生にして運能能力に恵まれた肉体を持ち、更には微かに呪力を持っていた一般に転がっているには勿体ない人財だ……あぁ、すまない。聞こえていないか、まぁいい高橋、こいつを常世かくりょに連行しろ。脳と心臓が無事なら五体はどうなっていようと構わない。私はここの結界を作り直すため場所を離れる」


 【間引きの結界】は問題なく作用している。現にここには仁以外の誰も近づくことはなかった。それこそ願や祈すらも結界の力によって意識を逸らされている。

 

「分かりました、弓削ゆげの様」


 機械のように受け答えし、弓削が離れ姿が見えなくなった瞬間――――呆然とした表情の仁に向かって蹴りを放った。ほとんど目視できないような速度の蹴り、法術によって人外の力を付与されたその威力は絶大だ。ましてや人間が喰らったらひとたまりもないだろう一撃。

 だが、その一撃は仁には届かない。

 呪力によって強化された攻撃に反応し、仁の体に刻まれた【四神印】が輝きを放つと同時に式神高橋の攻撃を受け止めた。


「呪力反応の異常を確認、脚部強化」


 式神は足に呪力を集中させるも、その行動はざるで水を汲むように……全く意味をなさない行動であった。

 その足が燃え、心まで真っ赤に染まり、乾いた土に変わり、灰になる。

 やがて炎は足だけに留まらず徐々に体全体に熱を持たせ始め、式神の体から焦げ臭い匂いが漂い始めた。


 四神――朱雀


 与える力は【火の加護】。

 本来は火の術の強化、それは火遁であり守り火である。陰陽師であればその炎は青へと変わり威力が上がったり、法術による肉体への炎の付与。物が呪力変化する付喪神に対してなどは無類の強さを発揮するものだ。

 ただこれは陰陽師への効果。

 術の一つも知らない仁に対する恩恵はただ一つ、その身に宿る莫大な呪力が炎に変化し始めるというもであった。

 それ故に、その身に宿る呪力が炎の盾となり見を守る……


「生体反応不安定、呪力の夥しい放出を確認、反応検出――特級。防衛法術を最大発――――」


 あくまで呪力の主は弓削。

 相手がいくら一等級陰陽師と言えど、この呪力特級の圧に勝ることはできず、呆気なく式神は消し炭と化した。

 そしてその場に残った一人の少年は――――


「姉さんが…………」


 その溢れる呪力を暴走させ始めていた。


 

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