第11話 人神変異 弐
黒鉄の刀に炎を纏わせ振るう一撃が、目の前の敵を屠る。
「……今回も証拠は残さず」
灰へと変わった後の姿が、この世に溶けるように跡形もなく消え去った。
野生の鹿だったものが呪力により巨大化、そしてその生命を代償にした木々を薙ぎ倒していく力。まるで血のようなオーラと呪力によって変わった色黒く変色した姿、凶暴性が増し牙や角も禍々しく変化した姿は、とてもこの世のものとは思えない。
呪力による野生動物の変化。
ここ最近、よく見られる事件――――
「ここにも手がかりは無しか、ただこの突然変異はやはり不自然だな……。呪力による変化は珍しいことではないがに、ここまで来ると不自然過ぎる」
この突然変異もおかしな点がある。
呪力を察知する結界が反応しない。確かに私の呪力で結界を起動させているのにだ。これではまるで、
「まるで誰かに誘き寄せられているような、誘い込まれているような――――。一度お父様に報告が必要だな……後は祈が何を視ているか、か」
今一度、陰陽寮からの確認する。
『不規則な呪力の動き、不自然な呪力の発生源の確認及び報告』
「何が確認だ……最初から全て知っているだろうが〝
既に正体は分かっている――
陰陽師の中でも実力は上の上、加護はなくとも卓越した式神術によって一等級までに上り詰めた男。その男が十二月から姿を消したのだから、当然疑われても仕方がない。更に言えば――――
「(この動物が消えた後の呪力……私も見覚えがある)」
願は陰陽寮の廻星部隊育成機関で何度か目にしたことがあった。
佇まい、雰囲気、視線、言葉遣い、とても悪人には見えなかったが、今思えばあれが全て偽りの姿であったのなら納得がいった。
それほど優しさの裏に何かがあるように見える人物であった。
「こんな見え透いたこと、はっきりと通達しないということは何か狙ってるのか? そうなると鏑木仁のことすらも分かっているだろう? 本当に性格が悪いことだ」
この晴天の空の上、雲を抜けて宇宙に漂う数多の星。
天体と自信の呪力を共鳴させることによる、未知を予知する特別な力。
陰陽寮の頂点に立つ正体不明と呼ばれる彼女からの通達に対して悪態を吐く。
「平安の時代から生きていると言われている
ふと、調伏の儀を思い出す。
「ふっ、痛い目を見ないといいがな」
願は次の司令の場所へ向かう。
自然と紛れ込むように姿を消した願の後ろ姿は、ほのかに赤く染まっていた。
無意識に反応しているのだ。願が受け取った【火の加護】が――――
それが何を表しているのか……それは神のみぞ知るだろう。
◆
癸家には未だ、三人の姿が残っていた。
当主の誓、丙家当主の藤十郎、誓の娘であり願の妹でもある祈。
「蕪木からの連絡はあったのか? 誓」
「いやいや、それが仁くん見つけられないんだってさ。家から出たところまでは確認したらしいんだけど、結界でも感知しないし、気配が消えたって」
「気配が? 【四神印】を持つ者ですよ? 」
「そうなんだけどねぇ、蕪木が言うんだからそうなんだろうね」
「あいつが感知できないなら相当だぞ? 結界術なら一等級にも並ぶ。それなのにまさか見つけられないとは……まさか神隠しに?」
「蕪木だって警戒してるからそれはないと思う。以上があれば尚更気がつくはずだしね、むしろ逆かも」
ついさっき通話した時の仁の声、あの雰囲気を思い出す。
とても朝話した時の仁とは違う……あれは怒りだった。
表情を見なくとも伝わる熱、それはとても黒く恐ろしい何か。
「家族が巻き込まれた、そう言っていたのだろう? 怒りに身を任せて行動して良い相手じゃないぞ――相手は式神術だけで一等級まで昇格した男だ。お前も分かっているだろう、誓」
式神術は呪術の中で最も自由度が高い。
戦闘、索敵、監視……会話や意識の共有だって可能。自立して行動することが可能することが出来るという強力過ぎる力の反面、様々なことが可能であるからこそ強くなることが難しい。
陰陽寮でも式神術を扱う者たちは、自衛可能なサポート役として活躍する者たちがほとんど。それほど戦闘に注力することが出来ないほどやらなければならないことが多いというわけだ。
「言いたいことは分かってる。そのために蕪木以外にも術師を派遣してるし、こうして祈のそばに私たちがいるんじゃないか」
そこで誓と藤十郎のスマホが同時に鳴り、画面を見た藤十郎の眉間の堀が深くなる。
「――『陰陽師として鏑木仁への協力はできない』……〝
「こうして伝えてもいない仁くんの名前、しかも私たちに釘を刺すようなタイミングで連絡してくるくらいだからねぇ。わざわざ力をつかってるんだ……何かを狙ってることは間違いない」
乗り越えるべき試練を与える言霊であり、その人間の運命である。
故に、その運命という存在は大きな壁となって必ず立ちはだかる。乗り越えることで豊かな道が出来るのか、乗り越えるために茨の道を進むのか、乗り越えられずに道なき道を歩むのか。それを知るのは唯一人――――鏑木仁である。
「惨いことしやがる」
「……仕方ない、これは運命だ。あの方も望んで
「しかし……!」
「――とにかく私たちは〝はぐれ術師〟
「お姉ちゃんの近くに
「願から連絡がある『私から離れたところに感知を広げてほしい』とのことだ。お願い出来るかい?」
「では蕪木を中心とした感知を」
祈の目の前には地図が広げられている。
癸家を中心とした呪力に反応する地図、一見するとただの地図にしか見えないがこれは祈が誓と藤十郎と自分の呪力で作成した特別なもの。これは登録した人物の呪力を追うこと、そしてその人物に自分の呪力が付着した依代を持ってもらうことで、自身の呪力をその場所から広げ感知するることが出来る術だ。
「任せたよ、祈。藤十郎」
「俺から倅に連絡した。到着は遅れるだろうが
「ありがとう、助かるよ」
「俺たち出来ることは限られているからな……」
表情が強張っている……だが、それは私も同じだろう。
とてもじゃないが冷静ではいられない。この心のざわつきが嫌な予感となり、嫌な想像となり、嫌な結果に繋がる。
陰陽師であるが故に死と近い場所にいるのは理解している……。
「(仁くん……)」
あくまでまだ一般人。
強さだけでいったら吐出している、それこそ戦闘術に関して言えば今すぐにでも陰陽師として活躍できる。戦いで言えば本当に一等級レベルだ。
「おい、あまり考えすぎるな。強さだけなら俺たちが心配することはないだろう、調伏の儀を生身で乗り越え、【四神印】を刻まれたのだから。何があるか分からないが……それでも最悪な結果にならないはずだ。それこそ鏑木仁には呪力もある」
「そこだ、問題はそこなんだよ」
「何が……ハッ――――」
「仁くんは呪力があるんだ、陰陽師ではないのにね。これがどういう結末を迎えるのか……あの強さ、【四神印】、そして呪力を生み出すという特殊な状態。もしも彼が呪力に呑まれたら――――私たちでも手に負えるか分からない」
呪霊。
怨霊。
付喪神。
これらが陰陽師として祓うべき敵。
そして、この中で一番危険なのが怨霊という存在。
これは人間を依り代に生み出される。
陰陽師として生きている者ならば誰もが知っている存在がいる、それは日本三大怨霊である。
この三人は今も尚、存在している怨霊。その人物はどれも強い。
力が強いというわけではない、時代が変わっても受け継がれるほど存在感が強い。歴史上の偉人たちがそうであるように存在感というのは大きな影響力がある、それ良いことであれ、悪いことであれ――――恐ろしいものなのだ。
そしてこれは鏑木仁も例外ではない。
偉人のような存在感はなくとも、彼は異端な存在だ。呪力を操作する知識が無いにも関わらず、呪力を操り生み出している。
「そうだな……少し楽観的に考えてしまっていた」
「それは仕方ない。私も同じだ」
どうしたものか、と互いに嘆く――――その瞬間。
体に刻まれた加護が輝き出した。
「なんだ……これは?」
誓と祈の【水の加護】、藤十郎の【火の加護】。服の上からでもはっきりと分かるほどの強い輝き。
だが、体から勝手に呪力が溢れ出しているわけではない。
「爆発的な呪力反応です!」
唐突に現れた反応、明らかに一等級を超える力。
しかし隠されていたわけではない。あくまで蕪木の近くで唐突に起こったもの、つまり蕪木がしっかり鏑木を追えているということだ。
しかし、蕪木から報告はない。追えているだけで見つけることは出来ていないということだろう。
これは一体……共鳴している?
「祈、何か分かったかい?」
「確実に分かることは呪力が増幅しているということです。何に反応しているのかは分かりませんが、呪力のぶつかり合いが起こっている現象によく似ています。現象が起こっている場所は――――ここです」
祈が地図で示した場所は小さな神社であった。
しっかりとした地図でも名前が分からない小さな神社、恐らくは既に神社として機能していないのだろう。
「神無き社……ということは
「その可能性は高いと思います」
「この呪力は誰のなんだ?」
「消去法で鏑木くんだと思われます」
この尋常ではないほどの呪力の反応、これ以上反応が強いと呪力に耐えきれずこの呪力で作られた地図が破壊されそうだ。もし祈自らの呪力のみで作成していたのであれば既に破壊されていることだろう。
「【四神印】の影響か? とにかく信じられない呪力だ。……待てよ、鏑木仁がこの呪力の原因なら――――」
「蕪木に連絡する、あと願にも。何かが起きていることは間違いないからね……急いだ方がいいかもしれない」
呼吸するように増幅する呪力。
それに呼応するように加護の光が強くなる。
一体何が起こっているのか……
「(仁くん……)」
〝
それが今――――歩み始めていた。
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