第9話 古術の担い手 肆

 四神――――朱雀青龍白虎玄武

 それらは天を守る神獣として扱われている存在である。

 本来は中国神話の霊獣だが、日本にも深く関わっており、その中でも陰陽師はとても大きく関わっていると言えるだろう。


「仁くん……そ、それは、いつから?」


 辛うじて声を出したのは誓だった。

 他の者、丙家の当主である藤十郎すらも仁の姿を見て小さく口を開き呆然としている状態。叶は手で口元を隠し驚いているようだが、近くに座る願と祈などは口の中が完全に見えてしまっている。


「目が覚めてからなんです、これじゃ親に怒られますし、温泉に入れません。……これ消せたりしないですかね? 」


 言っても師範のところに温泉はあるけど、それとこれとは別の話し。俺は温泉に入りたい。しかも、これでは学校生活もままならない。

 少し腕を捲っただけで終わり、汗で滲んだだけで終わり、プールの授業は全欠席確定、内申点足らず留年……あれ? そもそも高校入れるのか?

 あと、これバレたら柄悪すぎて逆にモテないだろ。オシャレどうこうの話しじゃない、もうそんな領域超えちゃってる。


「何か夢で昨日の常世かくりょの光景が出てきて、空に東・西・南・北ってあって……――――あれ? 皆さんどうしました?」


 静寂。

 

「み、皆さん? そんな見られると恥ずかしいんですけど……」


 陰陽師であれば、誰しもが目指す力の最終地点。それが神からの加護。

 何年、何十年と鍛錬し、その末に加護を得る闘いに挑むことができる。どれだけ早くとも三年。長ければ十年以上、名家を除くごく一部の者を除いて四神の加護を頂戴するのは簡単なことではない。

 それも、今まで一般人であった仁が四神の加護――――その全てを体に刻まれているのは陰陽師としては絶句。思考を放棄するには十分過ぎる衝撃だった。


「仁くん、君は……」


 もう普通の生活には戻れない。

 そんな言葉を口にしようとしていた時、祈の目元に呪力が籠もった。


「やはりそうでしたか、鏑木くん」


「え? なに?」


「遮ってすみません、お父様。私は調伏の儀が行われている最中、この〝心眼〟という力で貴方のことをずっと見ていました。呪力を知らず、呪力を持たない人間がどうして式神に打ち勝つのか……それだけ、陰陽師として生きてきた私にとってそれは信じられないことだったのです」


「ふーん、それじゃ俺は結構凄いことしたんだ」


「……鏑木くんにとっては凄いで済むかもしれませんが、私たち陰陽師にとっては事件といっても過言ではないでしょう。それほど普通ではないことなのです」


 それを思ったのはこの中で祈だけではない。

 願も同じ、そしてここにいない蕪木もおかしいと感じたはずだ。

 蕪木が何を感じ取って普通に接していたのかは分からないが、願にとってはただの危険因子……加えてあの時ははぐれの術師を追っていたのだからなおのことだった。


「ですが、ようやくこの目で確認することができました。鏑木くん……貴方は呪力を宿している――――いえ、正確に言えば呪力を生み出している。お父様は聞きませんでしたが、その神木古武術を習い始めてからおかしいと感じたことはないですか……例えば――仲良かった人が急によそよそしくなったりとか」


 確かに……と思い返せばそんなこともあった。

 いつも通りの日常を送っていた時に、ふと周りを見ると一人でいることが増えたと感じる時が多々あった。掃除の時間、体育のペア作りは問題なかったが一年、二年と仲が良かった人たちとはいつの間にか遊ぶことはなく疎遠になっていったような気がする。

 正直、高校は違うから問題ないだろ、そういうこともある、と流して過ごしてはいたが……。


「どうやら何かあったようですね……それが呪力による影響です。呪力というのは人の畏れ増幅させます。たった一年とは言え、変わり果てる姿の鏑木くんが無意識に怖くなっていったのでしょう」


「は、はぁ……」


 確かにモテるためとは言え怪我も多かったし、体もバキバキになっていったしな。怖いと思われても無理はない。


「簡単に言えば……あ、そうそう。心霊スポットなどに行って怖いと感じる感覚に似ているらしいですよ」


「あー……なるほど、その感覚はわかりやすい。それを俺が他人に振りまいていたってわけか……」


 でもそれって、結構軽い感じだよな。

 本当に例えるならって話しだろ? 心霊スポットって怖いと思ったことないし、 俺はこの二人にゴリゴリに迫られたし、何なら襲われたぞ? そっち方が怖いだろ。

 まぁ、美少女に迫られるってのもなかなか良いもんだったけど。


「私と初めて会った時のことは覚えているか?」


「もちろん、それはもう鮮明に」


「ようは私も怖ったんだ。追っていた土偶式神の気配が消え去り、そこに巨大な気配が現れた。あの時、私はお前を見るまで〝人〟だとは考えてすらいなかった。今思えばあれはお前から感じる呪力の影響だったのだろうな……お前が呼吸する度に膨れ上がる圧力に私は――――刃を向けた。あの時はすまなかった」


「あぁ、いや良いよ。あれは完全に避けられなかった俺が悪い。おかげで久しぶりのジャンクフード食べられたし、治療もしてもらったしね」


 本当に恥ずかしい話しだ。

 これじゃ普通と何も変わらない。刃物に対する恐怖はもう既にないけど、受けてしまえば致命傷。俺が目指すカッコいい男とはかけ離れてしまってる。

 目指すは海外映画の戦闘シーンみたいなスタイリッシュ格闘スタイル。

 俺もまだまだだったな。


「え? あの傷はお姉ちゃんが!?」


「あぁ、あの時は中々言い出せなくてな……」


「ダメですよちゃんと謝らないとっ! 冬休みの宿題然り、もう何でこういうこと先に言わないんですか!」


「いやいや、本当に良いんだよ。あれは俺がまだ甘かっただけだ、師範ならしっかり躱していたし」


 何なら……師範なら現れた時の敵意で速攻けしかけただろうな。

 あの人、性別とか関係なく容赦ないし。


「仁くん、もう娘たちとの会話は大丈夫かい? ……その話しはまた詳しくするとして、仁くん話しを戻そう」


「あ、すみません。聞いといて……」


「いいんだよ、娘たちとは色々あったようだからね。じゃぁ、結論から言うとね……君の体に刻まれた【四神印】は消すことはできない。突然こんなことを言うのも何だけど――――君はもう普通に戻れないんだ」


「え? 」


 羽織る着物を脱ぎ、誓はその右肩を露わにした。

 そこには仁と似た刻印……


「これは四神様、玄武様の加護だ。【水の加護】とも呼ばれていてね、水の呪術に関して様々な恩恵が得られる。ちなみに藤十郎も左肩に朱雀様の加護があるし、当然見せることはできないけど願と祈にも藤十郎と同じ朱雀様の加護がある。あぁ、叶はないんだ。私たちは恋愛結婚でね――って、まぁ、そんなことより、これを消すなんてそんな不敬なことはできないんだ、陰陽師私たちはこの加護のおかげで強くなることができているから」


「け、消せない?」


 あ、終わった……俺の高校生活青春


「あはは、陰陽師普通はそんな悲しい顔しないんだけどねぇ。しかも四神様たち全ての加護である【四神印】だ、かなり特別なことなんだよ? 陰陽師の歴史で見たことないほど凄いことなんだ」


――――人間ではね。


「そうだぞ。これは誉、実に喜ばしいことだ」


「で、でも俺は普通の中学生で、陰陽師とか昨日改めて知ったし……一番は家族になんて言えばいいのか……」


 絶望。

 いよいよ、日常生活に危機が訪れた。

 冬休みがもう終わるというのに、宿題に一回も手を付けていないのに、中学生活どころか人生が終了してしまいそうである。


「そこでだ、私が仁くんに素晴らしい選択肢を与えよう」


 え……? まさかここから入れる保険が――――


「陰陽師にならないかい?」





 冬の始まりを告げる寒が街を白く染め始める。

 はらりはらりと降る雪をもうこんな季節かと空を見上げる大人たち、いつ雪だるまを作れるかと楽しむ少年少女たち、そんなありふれた街並み。


「そういえば今日は見ないねぇ、あの子」

「確かに、ここ毎日見てたのに今日はいないわね。この寒さだし風でも引いたのかしらねぇ」

「あの子の元気ハツラツな感じ、こっちまで元気になるくらいよ? 風邪なんて引くわけないじゃないの~。でも、あの元気な挨拶がないとちょっと元気でないわねぇ、私ったらクセになってるのかしら」

「あはは、私も似たようなものよ~」


 仁がこれを聞いたら飛び跳ねて喜ぶだろう。誰にでも噂になるくらい注目されるのはモテるために必要なことだ。しかしこのことを仁が知る由もないが……。


「そういえば聞いた?」

「あれでしょう? 何だか急に物騒よねぇ」

「そうそう――――誘拐事件」

「怖いわよねぇ……ニュースでも新しい情報ないし」

「まさか国とか警察関係だったりして!」

「まさか~、そうだった日本もおしまいよ!」


 事の始まりは一月六日――――

 市内アパートから二十代半ばの男性が姿を消した。

 その妻と子供は何も知らず、三日間音信不通だったため警察に連絡し事件となった。しかもそれは立て続けに起こった。

 老若男女問わず六十代から十代未満まで大量に姿を消し、戻ってきた者たちもいたが何故か記憶はなく、戻ってこなかった者たちは少なくとも十人……姿を消した。

 警察も新しい情報はなくむやみに捜索が出来ない状態。捜索して二日間、操作が進めば進むほど情報がなくなっていく。

 見つかったものは――灰、土、黒く焦げ存在が崩壊した何かであった。

 

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