第5話 人神遷移 肆

 月が満ちる夜。

 その色のない光が町を照らし、街灯が少ない町ですらも藍色と黄金が交じる絵画のように魅せる。

 まるで時が止まったかのような町並み。人の気配もなく、21時を過ぎた夜のなのだからそれも当たり前かとも思われるが――それでもなほと静かな夜をかける黒塗りの高級車が二台。


「これから向かうのは私の実家だ」


 仁が乗り合わせていたのは姉の願であった。

 この夜から差し込む光が当てられてなお、黒く輝き靡くその髪は闇とすらも隔離する。もやは神々しいとすらも感じるその彼女と相対して座るのは、少し恐れすらも体感させられる。


「それで? 中学生を真夜中に連れ出す理由はなんですかね、ご実家に連行するくらいなのだから大きな理由があるんでしょう?」


「話しを聞いていなかったのか?」


「へっ!? いやいや、全く? 全然聞いてましたよ。もちろん」


「……それならいいが」


 美少女と車で二人――――緊張するなぁ。

 でも、いきなり実家になんて……この雰囲気、残念ながら告白というビッグイベントではなさそうだしな。まぁ、それもそうだけど。

 てか眠いなぁ……口調がおかしくなってる気がする。なんか口に鍵がかけられていないような、自制心もなんもなくただ思ったことを言ってしまう口になっているような……そんな感じ。

 あぁ、本当なら今頃は冬休みの宿題を終わらせて寝ていたはずなんだけどな。というか今考えたら普通に不味くないか? ……うん。眠すぎて訳わかんなくなってきたからもういいか。


「あと……なんだその言葉遣い、会ってから間もない私が言うのも何だが気色悪いからやめてくれないか」


「(あぁ――ちょっと悲しい。けど美女の要求なら仕方ないか……)確かにこれメンドイんだよね、普通でいいなら通常運転でいくわ。俺は鏑木仁、中学三年、冬休み中、改めてよろしく」


「知っている。逆にその程度の情報しか手に入らなかったから私たちは怪しんでいたのだがな」


「そりゃそうだ。俺は一般人だからな、その……陰陽師? とやらには全く関わりない。どんだけ俺を調べても無駄だったろうよ」


「あの力を持ってして一般人だと言うのか?」


「あの力って……あれはここ一年間鍛錬して手に入れた自慢の力だよ。師範からもお墨付き、一番弟子って感じだ。ま、弟子は俺しかいないけど」


 〝神木古武術〟という名の武術。

 体を合理的に動かす技術を研究し磨き続けてきた日本古来の武芸の総称を古武術と呼んでいるいるが、仁が鍛錬していたことは決して武芸の領域ではない。

 護身術と例えても度が過ぎているような、生き物を確実に破壊しかねない武術である。それを知らない本人であるが、知らない間に殺人術に近しい技術を修め始めているなど本人がもしも知ったらどうなることか……。

 ある意味では、周りに人がいなくて良かったとも言えるだろう。


「神木古武術……だったか? まさかそれを習っただけでこれほどの力を手にしたと? 武芸を修めただけで、などというのなら巫山戯ているな」


 だが、だからこそ聞いた人には舐められる。

 たかが武芸。たかが競技。たかが馴れ合い。

 それこそ人を殺す時もありうる陰陽師であるねがいにとっては、仁の動機や言動が軽く見える。


「巫山戯てないよ」


「なに?」


 何故なら、願は知らないのだ。

 血反吐を吐きながらも続く鍛錬。

 足が曲がり手が砕けながらも続く闘い。

 認識することなく意識を刈り取られる感覚。

 そのを持っている一般人のことなど、知るはずもない。


「……あれを武芸って言葉で終わらせれると、癪だなぁ」


「――――ッ!!?」


 眼の前に座っているからこそ分かってしまった。

 膝の皿を割られ、食いしばった歯を砕かれ、指を歪められ、蟀谷こめかみを撃ち抜かれる。

 目が合っていないからこそ感じてしまう殺意――――。

 体が、心が、奥底から震えるような恐怖。

 気がついた時には睫毛まつげの上の汗が乗っていた。

 だが、当の本人はこの殺気に気がついていないような節がある。本当に少しだけ頭に血が昇った程度のことだったのだろう。


「(ほ、本当に一般人かこいつは……!)」


「俺はねぇ、結構頑張ったんだよね。強くなるモテるために。それを武芸なんて言葉で終わらせられるのは嫌だよ」


 骨を砕かれ、意識を刈り取られ、血を吹き出しては回復する。

 破壊と再生の繰り返しにる人間強度の底上げ、そうしなければ神木古武術を習うことすらも出来ない。だからこそ血反吐を吐いて一年間やってきた。


「それはすまない。しかし殺気だけでこれとは……一般の武術も捨てたものではないな。本当に理由もなく強くなってしまったのも頷ける。本来なら殺気を放つほどまで成長するはずがないのだが」


「うん……うん、そうだろそうだろ」


 やべぇ……マジで瞼が重いっていうか、体が動かないっていうか。

 本当に口が開きっぱなしになってるわこれ、心にもないこと言ってる気がする。


「ん? 眠いのか?」


「あぁ……うん。なんか体が重い…な、眠いのもあるかも――――」


 そこで緩やかに車が止まり始めた。

 そして、ふと車の窓から外の景色を見た。


「すまないな、まだ眠る事はできない。降りよう」


 停車した窓から眺める神社のように見える建物は、真夜中だと言うのに燦々と輝いており、仁の眠気のようなものを吹き飛ばすには十分だった。

 そして願に続くように車から外に出ると夜風が肌を撫でる。


「眠そうですね」


 声のした方向を見ると祈と蕪木が立っていた。

 その二人を呆然と見つめていると、熱を奪われた肌がまた熱くなるようにすら感じた。


「そんなに眠そうに見える? まぁ、うん、眠いから何とも言えないな。でも何だかここは心地良い感じだ」


「……? 何か、変わりましたか?」


「いや、これが平常運転。というか今まではちょっと猫かぶってたんだ、ごめんね」


「そうですか……。まぁこれからのこととは関係がないこと、着いてきて下さい」





 二人の背中に着いて行きながらも、周囲の景色を見渡した。

 建物全体を照らすライトアップ、綺麗に整えられた白玉砂利、石畳の隙間にすら小石一つなく整備されている。


「神社みてぇだな……」


 この場所が家というのだからとんでもない。

 何人か人がいるがあれは使用人というやつなのだろうか、まさか現実に存在しているとは思いもしなかった。


「ま、似たようなもんだ」


「え?」


「陰陽師ってのは根本は祈ることだったり、願うこと。本来は大昔に占術っていうのが根源ではあるんだがな……どうだ? ここの雰囲気味わって陰陽師ってのも半信半疑ではいられなくなったろ」


 蕪木さん……。

 いえ、すみません。もとから疑い100でした。


「ほれ、ちゃんと着いて来いよ」


 この場所にいるだけでどこか日常とは異なる空気を感じる。

 どういう理由か、普通に学校で生活している時と違うのだ。見るもの、感じるもの、そこに立っている人ですら普通ではないと感じてしまう。

 

「(そもそも……あれは人じゃないような、幽霊? いやどちらかというと蕪木さんがやってた土偶式神に近いか)」


 ただ確かに存在感がある。

 もしかしたら、ただの砂で作られていないのかもしれない。


「おうおう、何だか頭回しているようだが遅れんなよ! 迷ったら面倒なことになんだから」


「あ、やべ。すみません、すみません」


 確かにここで迷ったらお終いだ。外広いし、明かりで照らされているとは言え人の家の屋外を走り回ったりはできない。

 癸家に入り、端から端まで歩き家の外を横断し終える寸前のことだった。

 もう一つ小さな門が見えてきた。

 扉はされていなく一見ただ不用心に見えるだけの戸のない門……。


「あぁ、そうだ。お前さんにはこれから見たこと全てを誰にも話すことが出来ない契約をしてもらうことになる。あの門が見えるだろう、あの不気味な門だ。今からあそこに潜って常世かくりょに向かう」


常世かくりょ? どっかで聞いたことがあるような、ないような」


「簡単に言えばあの世とこの世の境目ってとこだ。基本は現実世界と常識は変わらないが――――って、まぁ入って見れば分かるか。お前さん霊感とかあるか?」


「いや全く」


「だろうな。なら大丈夫だ、普通に行っていいぞ」


 この目の前にある不気味で異質な門に向かって歩いて行く先行していた願と祈、その二人が門を通り抜けようとした瞬間――――音もなく姿を消した。


「え? え? 蕪木さん、今二人が……」


「まぁまぁまぁ、さっ行くぞ!」


(マジで?)


 こんなことあるわけがないと思っていた。

 日常に……存在していいわけがない、ただそう思い込んでいた。

 だが、蕪木さんに背中をポンと押されて門をくぐった先にある光景が嘘ではないと伝えてくる。

 満点の夜空、自分の体が水面に映し出された時のように反射する大地、そしてある一定の場所を覆う文字が浮かぶ結界。その結界には知らない人らもいたが、そんなこと気になりすらならない。


「なんじゃこりゃ……」


 夢でもここまでの世界を見たことはない。

 そう思わせるほど美しく、体の奥底を震わせるような世界。


「さて、皆待ってるし……行くか」


「へ、へい」


 三下の返事みたいになってしまった。

 くそっ、この俺が動揺しているだと? 動じない男がモテるんだから動じてはいけない……と思っていてもこれは無理だろ。

 一瞬で眠気を吹き飛ばすような衝撃が体を震えさせる。


「鏑木仁の調伏の儀を始めます」


「お嬢待って下さい。まずは契約からですよ」


 蕪木に差し出された一枚の長方形の紙と墨の付いた筆。


「この紙に名前書け」


 もう言われるがままに名前を書いた。

 ここまで来るともう陰陽師(笑)とは言ってられない。

 辺り一帯……まるで見たことがない世界。背筋の寒気が止まらない、得体の知れない力を感じる。


「おぉ、随分と達筆だな。習字とかやってんのか?」


「い、いや、やってないですよ」


 これは字が上手いとカッコいいから練習しただけだ。


「ほぉーん、んじゃこれで契約は終いだ。あとはお嬢の言う通りに事が始まるだけだ、気楽にな」


「準備が完了したようですね、それではあちらに」


 和装した女性……キレイだ。


「どこを見て……?」


「い、いや何も」


「ではあちらに祈お嬢様がお待ちでございますので、向かって下さいませ」


 互いに頭を下げ、祈の下へ向かう。

 この常世かくりょと呼ばれる場所、その一部なのだろう。

 その一部をこのシャボン玉の膜のようなもので囲っている。文字が書いているあるが読み取れないこともない。「囲」「閉」「封」「結界」みたいな文字が書いてあるように見えるが恐らくそれだけではないだろう。


「お待たせしましたー」


「緊張しているようですね。やはりこういったのは初めてというわけですか」


「そりゃ……ねぇ? アニメでしかみたことないって」


「まぁ、それは今から分かることです。ではこれから調伏の儀を開始します、名目は〝真偽〟――貴方の真実を確かめるための闘いになります。この闘いにおいて貴方に対して条件はありませんのでご安心下さい」


「そのちょーぶくの儀ってのは? 俺は何をすればいいんでしょう」


「私が用意したこの土偶式神と戦闘を行って頂きます。本来ならば五行戦に従って『木・火・土・金・水』の闘いになりますが、今回は四神戦となりますので『東・西・南・北』の四戦となります。調伏の儀が始まるとあの空に【星の結界】が浮かびます、それがまるで星座のように繋がった時に調伏の儀が終了します」


 祈の隣に砂が盛り上がっていき、人の形に変わっていく。合計四体……それもかなりに近しい存在だと肌で直感するほど緻密な作りだ。背丈の違う男女の形、体系はどれも格闘家のような筋肉がついた戦うための体。今まで出会ったのは服を着ており一見人のように見えるが今回は違う。ただの砂の塊が人の形になっただけのようだ。


「あぁ、祈さん……でいいか?」


「えぇ、どうされました?」


「形は男にしてくれ。俺は性別が女という存在に手を出さないと誓ってるんだ」


「まぁ……それは可能ですが」


「ありがとう。おかげで全力だせるよ」


 まぁ、どうせストレス解消みたいなもんだろ。結局何も変わらないサンドバックだし……多分関節とかないから一撃必殺だな。


「あと他にはありませんか?」


「いやないな」


「では、これより開始いたします。説明は先程通りになります、改めて確認しますが貴方の〝真偽〟を問う闘いになります。身の潔白を証明するための闘いとなりますので決死の覚悟を持って挑戦することをおすすめします」


 ん? あぁ、ごめん。

 正直さっきの説明とかあんまり聞いてなかった、マジでごめん。

 いきなり連行されて、しかも夜遅いし、眠い。調子はお休みモード。普通にもう寝たい……が、これでも武術を学ぶ者――――


「さっさと寝たいし、早く終わらせるか」


 砂人形なんかに時間をかけてられないな。


「よろしいようですね……では、これより調伏の儀を始めます」


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