第4話 人神遷移 参
……知らない天井だ。
とは思ってみたけど普通に薬品の香りがするから病院なんだろうな。あれ、そう言えば昨日……あれからどうなったんだっけ?
うわ、てか体ダルいな。血が抜けるってこんなにやべぇのか。
喉も乾いたし、体もダルいし、冬休みの宿題もやってねぇし、もう最悪じゃん。冬休み明けてから遅めの高校デビューしちゃう感じ? ……まぁ、それもアリか? 加えてチャラくなればモテるっぽいしな。クラスのあいつも彼女いるって話してたし。
「……あぁ、でもまだ夜か」
ご丁寧に日付までカウントされている電子時計が示す時刻は20時前。日付は6日のままだった。
「今ここに宿題があれば終わらせるんだけどな」
残り時間は後2日。今日帰れないとしても、明日の夜に帰ることができれば宿題を終わらせることは可能だ。
「しかし……意外と体は動くな」
学校にあるベットとは違い軋む音すらもしない柔らかく弾力のあるベットから体を起こし、周りを観察した。
内装は白を基調としたシンプルなものだ、床が木材だから少し和を感じる。薬品の匂いは机に置いてある薬からだろう、消毒のあの鼻に突き刺さるような香りが柔らかくなったような不思議な香り。
「……人の気配?」
どこから人の気配を感じる。それも、あの砂に変わった人形と同じような気配。
でも、入口からじゃない……どこだ? 天井ではないし、壁でも……ないか。
首を振って周りを確認するもやはり気味が悪い。なんだか監視カメラに日常風景を撮影されているような気持ち悪さを感じる。
「気の所為か?」
「気の所為じゃないわ」
「!?」
声がしたのは下!?
「起きたのね。元気そうで何よりだわ」
淀みのない白い肌。瞳孔は赤く、ぎらぎらと黒く輝く髪は光に当たると紫色にも見える。まさしく作られた完成形のような美しさ。
「……ベットの下から出てこなくても」
「貴方が起きた時に私も目が覚めるようになっていたのだから仕方ないでしょう? 文句は私に言ってもらえるかしら」
ぬるりとベットの下から這い出る美女……それもまた良い。
「さて、診察を始めましょうか」
「はい。よろしくお願いします」
着ていた服を脱がされた時、美女の赤い瞳が更に輝きを増した。
「……本当に体が丈夫ね、一体どうやったら一般人がこうなるのかしら? 傷の治りも早すぎるくらい」
確かに胴体を斜めに裂くような切り傷はふさがり始めている。
足の皮膚も既に薄皮を作り始め、傷跡は残るかもしれないが既に普通に動けるくらいには回復しているしているのが分かる。
「一年間、我武者羅に鍛錬を続けてきただけですよ」
そう、この中学2年の冬休みからの一年間をね。
「我武者羅? そんなことでこんな異常な肉体が手に入るわけないででしょう、あまりおかしなことを言ってるとモテないわよ?」
「え……」
「そもそも、私が言ってるのはこの再生能力と強靭な体は普通ではないってこと。こんな体……鍛えてどうにかなるわけないでしょう。一般人なんだからそんな非現実的なことを言わないほうがいいわ――――よし、ひとまず体の方は大丈夫そうね。もう少しすれば貴方を連れてきた男がここに来るわ、食べ物と飲み物を持ってくるから今日はここで食べていきなさい」
「あ、はい……」
「それじゃ私は戻るわね」
あ、またベットの下に戻るんだ……。
「おいっすー、体は大丈夫かぁ? メシ持ってきたぜ」
「ありがとうございます。蕪木さん」
入れ替わるように現れた蕪木が持ってきたのは大量のご飯と飲み物だった。おにぎり、サンドウィッチ、チキン、コンビニ弁当にお惣菜、そして大量の天然水。
分かっている……男の好みを。
「どうだ? 診察結果は」
「大丈夫と言われました」
「そうかそうか。傷治るの早かったもんなぁ、ここに着いた時にはもう回復し始めてたし。ほれ食え」
「ありがとうございます。頂きます……まぁ、体が丈夫なのが取り柄みたいなものですから」
確かに丈夫だなぁ、とは何回も思うことはあった。
腕が折れる、足が折れる、肋骨が折れる、心が折れる……もはや折れたり怪我をしたことがないくらいには濃い鍛錬をやった気がする。それでも一週間くらいしたら日常生活は問題ないほどまで回復していた。
「あぁ、そうだ。親御さんにはしっかり連絡いれといたから心配すんな」
あ、それはありがたい。
「なんて言ってましたか?」
「分かりましたってさ。一応車ではねたって誤魔化して伝えさせてもらったが、お前さんの母親はなんというか……「その程度で入院? おかしいわね」みたいな感じだったぞ?」
「まぁ、ここ一年間はもっと酷かったですからね……」
実際にこの程度の怪我はかすり傷みたいなもの。今回は血が一気に流れ過ぎたため気を失ったが、いつもなら立っていられたと思う。
「そ、そうか……」
「あ、そうだ。ここどこですか?」
ただ病院というわけではないだろう。
あまり深く考えないようにしていたが、ベットの下に戻っていく美女がいる病院が普通なはずがない。それにあの美しさ……あれも普通ではない。あんな美しい存在がこの世界にいていいはずがない。
おかしい……昨日と今日は何だかおかしいぞ。
あとモテないって言われた……うぅ……これが一番キツイ。
「ここは紫医院つってな、生傷絶えないやつらの病院だ。俺らの行きつけでもある。言ってもそこまで利用されてるわけじゃないからな、安心して休んでていいぞ? あ、そうそうおかっぱの女こなかったか? そいつがここの医院長だ」
「あ……あの美女が? だ、だってベットの下に――――」
戻っていったはず――――っていない……だと?
「なんだぁ? 急にベットの下なんか見て」
「い、いや……美女がベットの下に……」
「はぁ? 何言って――――あぁーそう言うことか」
周りを見渡す蕪木は「まぁ、いいか」と呟いて一枚の白い紙を取り出した。
その長方形の紙には棒人間と何かの文字が書かれている。
「土偶式神――
すると、蕪木がもう一人現れた。
「この感じ……」
あれと同じだ……あの砂山になった人間もどき。
「説明は後でされると思うんだが、これは術なんだ。陰陽師って知ってっか?」
「お、陰陽師……ってあの?」
待て待て、これは絶対に聞いちゃいけないことじゃ……。
いや、普通に聞いたらダメだろう。このモテそうな男から取り込むことは沢山あるだろうが、これは、これだけは俺に取り込んではいけないやつだ。
女の子にモテない条件その一つ――――厨二病!
これだけは吸収してはいけない要素だ。助けてくれた恩人に対して失礼なこと承知で、ここは聞き流してしまおう。すまない、蕪木さん。
「そうだ。あの時お前さんを襲ったのはこれと同じやつだ。こいつには何も付与してないが、あいつらには力が付与してあった。力が強かっただろう? それにあれは術が施されていた。だから一般人であるお前さんが勝てるわけなかったんだが……勝っちまった」
「勝っちまったって、あんなの一般人よりも弱いような……」
意識も、感覚も、知性も、何も感じなかった。
意図的にそれらを消していて、気配を隠しているのなら素晴らしい技術だと思う。きっと俺はあの時に殺されていただろう。
ただあれは違う。気配など、そんなものはない。
無人で動く低能なロボット……いや、普通にサンドバックだった。
「違うんだよ。あれはそもそも一般的な存在じゃない、本来ならお前さんが倒せるような存在じゃないんだよ」
次は手の平を広げる。
その手を覗くと何だか手の周りが揺らいでいる。
「これがないとな」
「それは……」
俺の師範が握り拳をつくる時に出るやつに似てるなぁ。
「今回は呪力を流しただけだがな、こいつがないと本来あれらは倒せない。お前さんの体……勝手に検査したんだがよ、お前さんには呪力がない。結果倒せないってわけだ、分かったか? それで――――お前さんは何者なんだ?」
うぉい!! 待て待て!!
こんなにモテそうな人でも本当に厨二病なのか!?
嘘だって言ってくれ!
何者なんだ? じゃないんだよ! 俺は普通の中学生、来年青い春を迎える予定のな!
「普通の……中学生ですけど?」
「あぁ……俺には嘘をついても良いが、そろそろ来る――――」
「待たせたな。蕪木、そして鏑木仁」
この部屋の扉を勢いよく開けた人物は二人の美少女。
コンビニの袋に大量に食料と飲み物を入れているのが見えなければ、完全にときめいていたことだろう。
あと似てるが……片方は知っているぞ。それに何で俺のことを知ってるんだ?
「すまないな、お前のことを調べてもらったぞ。鏑木仁」
「こちらをどうぞ、鏑木くん」
「あ、ありがとうございます」
いや、まだ食えるけど……てか可愛いっ、顔近ッ!
でもありがたい。体には良くないが沢山食べれば回復も早くなるし、未だに腹二分目くらいだったから。
「で、どこまで話した? 蕪木」
もぐもぐ……
「呪力までは」
もぐもぐ、ごくごく……ぷっはぁー
「そうか……それで? 鏑木仁、お前はどうやってその力を体得した」
うわ、おにぎり美味い。やっぱ美女から貰うおにぎりは美味いなぁ。
いや蕪木さんのチョイス最高だよ。男の好きなものが分かってる、特にこのおろしポン酢唐揚げ弁当、ソースとんかつ弁当、麻婆豆腐、シンプルに美味い。
「おい聞いているのか?」
いや本当に美味いなぁ。
美女から貰ったのも、蕪木さんから貰ったのも。家だとこんなジャンキーなもの食べたら母さんに怒られるし、姉さんには母さんに言いつけられるし、兄さんは隠してくれるけど嘘とか隠し事が下手だからアレだし、親父は羨ましがって一緒に怒られるし……。まぁとにかく、滅多にこんなことないから本当に美味い。
「おい!」
「むぐぅ!?――――ごほっ、ごほっ!」
「腹が減ってるのは分かるが質問に答えてくれ。お前はその呪力をどこで手に入れた? 調べたがお前の家系は陰陽師の家系ではなかった、普通ならばこの世界に紛れ込んでくることはないはずなんだがな」
「こら! まずは昨日のお礼でしょ、お姉ちゃん」
「む、そうだったな……すまない」
双子……? そっくりだなぁ、気配が。
「では、改めまして……はじめまして、私の名前は
先日? 助けた?
こんな美女助けたら記憶にしっかり残ってるはずなんだけどなぁ……。
そもそも俺はこっちの気が強そうな方に胴体斬られた記憶しかないけど。
「鏑木仁、私の妹がお礼を言ってるんだ。少しは喜んだらどうだ」
シ、シスコンだぁ。それも物凄いやつだ。
「喜べって言っても……俺には覚えがぁ……ないですが?」
これほどまでに美しい人は一度見たら忘れない自信がある。
むしろ忘れろと言われても忘れない自信がある。
いや、別に面食いというわけではないよ? ただ忘れられないような美少女ってだけだよ?
「あぁ、お嬢すみません。こいつ知らず知らずやっちまいまして、お二人を助けたなんて思ってないんですわ。なっ?」
「その通りです」
ナイスアシスト、蕪木さん。
本当にナンノコッチャ状態である。
「そうなのですか? 私たちのことを認識していたようなので知ってて助けてくれたのだとばかり思ってました」
あっ、あの時の二つ気配。
ただこんな美女だったとは思わなかった……後数分、いやあと一時間くらいいればあの時に知り合えたのでは? 勿体ないことしたなぁ。
「まぁ、認識はしていただろうな。お嬢たちが来る時も気配を目で追ってたしな」
もぐもぐ……、まぁそれが日常だしなぁ。
ごくごく……、そうしないと師範の一撃を躱せないし。
あれ、かなり痛いんだよなぁ。
「……ますます普通ではないな」
「どうやってそこまで? 普通の学生生活をしていればあれほどの戦闘技術は必要ないのでは?」
「確かに、なんでだ?」
もぐもぐ……
「こいつッ……! はい、メシ没収!!」
あ、俺のチキン……
「ほら、さっさと言っちまえよ」
俺から奪ったチキンをまるで人質のように……
「はぁ、どうしてそんなに強くなったか……でしたか? そんなこと決まってるじゃないですか――――」
モテるためですよ、そう言おうとした時に口の筋肉が硬直した。
「「「?」」」
いや待て、待てよ。
そう言えば委員長が言っていたな……。
「モテるために強くなろうと思うんだけど、そもそも強くなればモテるのかな?」
「いやぁ……どうだろう? 強くても弱くてもモテる人はモテるんじゃ……」
「違うよ委員長。俺が聞いてるのは強いって言うのはモテるのかってことだ」
「凄い目力だぁ」
「どう? モテそうかな?」
「これは私の意見なんだけどいいかな」
「そりゃもちろん。その方がありがたい」
「強くなるのはいいと思うけど、理由がモテるってのは薄っぺらいと思う。本心を言わなければカッコいいと思うけどね」
「なっ、ままま、まぁ? 本心を言わなきゃね? モテるってことだよね?」
「うん。でも本心を言ってる私にはもう……」
「た、確かにッ!!」
うんうん……取り敢えず、これは言わない方がいいな。
モテるためってのは黙っとこ。
「理由なんてないですよ。強くなることに理由なんて必要ですか?」
え、これカッコよくね?
やばいって、即興にしてはモテポイント5000はあるって。
こりゃぁ、最高の理由に――――
「……は?」
「お前……」
「ふふふっ」
反応は三者三様。
一人は怪訝な表情を隠そうともせずに睨みつけるような表情。
一人はもう何も言うまいと頭を抱え呆れ果てた表情。
一人は選択肢が苦笑以外になかったのだろう、もう何も言う気はないという表情。
「本心を言わぬ強き者……鏑木仁、ますます怪しいな」
「だから嘘をつくなとあれほど……」
え? そんなに信用なかったか、今の……嘘だろ?
ちょっとショックなんだが?
「鏑木くんは本当に理由なく強くなる人がいるかと思いますか?」
「……まぁ、ここに」
いやめっちゃ不純でバレてはいけない理由があるけどね?
「確かに現実でも強くなることで何を得ようとする方々はおります。それが
祈が饒舌に話し始めると、場の温度が少し下がったように感じた。
それほどの雰囲気が変わったとも言えるだろう。
願と違って物腰が柔らかく言葉遣いも丁寧過ぎるような人物が、無情な笑顔を浮かべているという事実がこの場をそうさせてしまっている。
鍛錬によって気配や感情に機敏になってしまったが故に、好意的な感情ではないものまで汲み取ることができるようになってしまったのは少し嫌だなと思う。
「返答が気に食わないのは勝手ですけど、利益でしか動けない小さな男になった覚えがないんでね。そこら辺の人と一緒にしないで下さい」
俺モテるという利益のために死ぬ物狂いで頑張ったんだ。
まるでその程度と言わんばかりの表情で威圧的に来ることはないだろ。
ちょっと傷つくよ?
「……これ以上は、何を言っても無駄のようですね」
「それじゃ、お嬢あれをやるんですか?」
「えぇ、それしかありません」
「う……妹が怒ってる。私は知らんぞ、鏑木仁」
おいおい、次は何だ?
「鏑木仁――――」
良い声だ……――あぁ、いやいやそうじゃない。
あっ、まだサンドウィッチが余ってる。食べよ。
「貴方には【調伏の儀】を行います」
「なっ!? 人に!?」
「えぇ、何も問題はありません。鏑木仁の真偽を確認のため決闘の応用で適応させます。これより鏑木仁を癸家に連行いたします。蕪木は家に連絡をお願いします」
もぐもぐ……
あ、やべ話し聞いてなかった。
「鏑木くんには拒否権はありませんので、ご理解下さい」
「……了解」
「そうですか、良かったです」
「それなら今から動くか、自分は紫医院長に伝えておきます。こいつはお嬢たちに任せても?」
「……それなら私が連れて行こう。聞きたいこともあったしな」
え? 今から? てか何すんの?
……話し聞いとけば良かったか?
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