第3話 人神遷移 弐

 見たことがある。いや、なんなら昨日見た顔だった。

 黒いカジュアルスーツに身を包み、下着の白いシャツは胸板が盛り上がっているのが分かるほどの筋肉。出会ったのは二回目だが記憶に残りやすいハーフのように鼻が高い顔立ち。

 ……やはりイケメンである。


「……えぇーと、お前さんは何をしてんだ?」


「それは俺が聞きたいんですけど?」


 相対している美少女を一見しながら言い返す。

 こちとら道場の帰りに襲われた一般人だぞ。

 これから一切手を付けていない冬休みの宿題をやりに家に帰ろうとしてたのに、全く状況が飲み込めない放り込まれている最中である。


「ってぇ!? お前何だこの出血!!」


「ん?」


 男の指が真っ直ぐ自分の体を示していた。

 すると、そこには真っ赤に滲む服。


「うお、なんじゃこりゃ」


「なんでそんな呑気なんだ! 」


 あぁ、そういえば師範が言ってたな。

 斬れ味が良すぎると斬られたことに気がつけないんだっけ?

 何だか昔に酷い目にあったとか……なんとか。


「――――蕪木かぶらき


 男たちが何やかとしている隙間を凛とした声が遮った。


「「はい?」」


「は?」


 え? 今俺の名前呼んだよね?

 すげぇ眉間にシワ寄ってるじゃんか。怖っ。


「あぁ……お嬢、すみません。こいつと自分の名前って似てるんですよ、な?」


「え? そうなんですか?」


「いやいやそっくりだろ!?」


「……名前、知りませんよ。俺」


「だっけかぁ? まぁいいや、俺の名前は蕪木ってんだ。お前と一文字違い、覚えやすいだろ?」


「そうだったんですか、確かに覚えやすいですね」


 そうだろ、そうだろ。と言いたげに腕を組んで頷いている蕪木の背後には尋常ではないほどの怒気を発している美少女は仁王立ちしていた。男二人が完全に二人の世界に入ってしまっているので、先程声をかけてからまた無視されたままである。


「蕪木」


「あ、お嬢。無視してたわけじゃないんですよ? 説明が説明を呼んだってやつです」


「御託はいい。説明しろ」


「へい。こいつが昨日お嬢たちを助けてくれた例の少年ってやつですよ」


 この寒空の下。

 方やしっかりとした服装に身を包み暖かそうな男女の姿、もう片方は靴は脱げているし、服は斬られているし、足と胴体が血塗れの男の姿。


「一体……どういうことだ?」


 考えが追いつかないのか眼の前の美少女もこちらに聞き直す始末。

 それもそうだろう。俺も何が何だか分かってない。


「昨日着けられてたでしょ? お嬢たちが結界に誘い込む前に奴らをシバいたのがこいつってことですよ。あれ? 顔は見てないんでしたっけ?」


「あぁ、見てたのはいのりだ、私は結界を解いてたからな。一瞬だけ目を離していた」


「なるほど……。それで、どうしてお前さんはこんなに傷だらけなんだ? 見たところ胴体以外も結構いかれてるが……」


「襲われたんですよ」


「なに?」


「恨みを買ったのか、昨日のやつらに襲われたんですよね。雰囲気がそっくりだったんで確かだと思います。倒したらそこの砂山になっちゃいましたけど」


 蕪木が周囲を確認すると砂山を確認し、目を見開いた。


「マジかよ……お前さん、本当に一般人か?」


「正真正銘、ただの一般人ですよ」


 来年の高校生活でモテるために、死ぬ気で鍛えている途中のただの一般人だ。そこまで「えぇ……キモ」みたいな表情をされる覚えはない。

 食生活もしっかりしているし、筋トレだってかかしてない。最高に格好いいだろ……というか、格好良くなってないなら今すぐにでも辞めたいくらいだ。


「お前さんがそういうなら……、まぁまずは取り敢えず病院行こうぜ。酷い怪我だ、それにそのままで家に帰ったら色々とまずいだろ」


「病院か……新年早々にお世話になるのか」


「んなこと言ってねぇで行くぞ、こっちに行きつけがあっから着いて来い」


 え、病院の行きつけ?

 なにそれ……ちょっと格好いいじゃん。


「ってなわけでお嬢、自分はこいつを連れきます。一応は【間引きの結界】を、あと入口に二人護衛がいます。祈お嬢もこっち来ることになってますので送りはそいつらにお願いします。それじゃまた後で! よし、行くぞ」


「うえ? ちょっ――――ありゃ……?」


 蕪木に肩をくまれた瞬間、胴体の切り傷から血がだらりと流れ出す。思わず手で抑えてしまったが、止まることなく血が溢れ出してきた。

 やべぇ、力が抜け……――――


「おっと、って重っ!!? ……やっぱ人間じゃねぇだろ、こいつ」


「……蕪木、紫医院に行くのだろう。私も後で合流する」


「え?」


「私はそいつに聞かなければならないことがある」


「まぁ……分からないけど、分かりました。何も起きないとは思いますが気をつけて下さい。それでは失礼します――――あぁ、それにしてもこいつ重てぇな」





 ここは小さな町だ。

 田舎ではないが、必要以上なものは揃っていない。そんな場所だ。

 自然も多く普通に暮らしていくのに最適と言ってもいい。


「〝淀みを解け〟」


 【間引きの結界】――――それは意識に対して間隔を置く結界である。

 今回は人避けとして、ここ一体に結界を編んだ。

 逆に言えば避けるのは人だけで、呪力を餌に式神を引き寄せる結界として効果を発揮していたのだ。つまり、最初からここには人間がこれないように仕向けていたのにも関わらず、彼は侵入してきた……いや侵入することができてしまった。


「彼は……一体、何者だ?」


 本来、一般的な生活をしてきた人たちは呪力に対して適応力はない。稀に呪力をもっている存在はいるが彼には呪力を感じなかった。だからこそ【間引きの結界】が効力を発揮するはずだったのだ。


「それにあの土偶式神は? はぐれの術師が絡んでいるのは間違いないが……後で蘆屋の方に確認をとってみるか」


 彼は土偶式神を素手で決壊させていた。

 つまりそれは限りなく人外に近い能力をもっている、または呪力を扱えているということになる。そして戦闘して分かったが、あれは一般的な武道経験者などではない。


「まるで――――いや、考えすぎか。とにかく事実確認と帰れの近辺調査だ」


「お姉ちゃん」


 姿形は瓜二つ。

 ただ、その人物から放たれる雰囲気は似ても似つかないものだった。


「祈……どうした? 入口で待っていれば良かったのに」


 いのり、そう呼ばれた人物は朗らかに笑ってみせた。


「護衛の人たちに聞いたらまだ戻ってないって言ってたから……何かあったの?」


「いやなに……想定外の出来事が起こってな。そういえば祈」


「どうかした?」


「昨日、帰宅途中に結界外で襲われただろう? あの時は上手く撒くことができたが、その時に助けてくれた人物がいただろう。のことを見たか?」


「もちろん、しっかりと確認しましたよ。端正な顔つきでした、男らしく……それでいてどこか儚い表情。それにのでとても覚えやすかったですから」


「呪力を?」


 私との戦闘では呪力の欠片すらも確認できなかったが……


「はい。その呪力はすぐに霧散してしまいましたが――――恐らくあれは自身でも全く気がついていない状態で行っていたものでしょうけど、とても美しかったです」


「そうか」


 妹が言うのなら間違いないだろう。

 何しろ……祈は


「よし、考えがまとまった。あの傷ならすぐに回復するだろう、明朝にでも会いに行くとしよう。祈も行くだろう?」


「あの……話しが見えないんですが?」


「私たちの救世主のところだ」


 彼には聞くことが増えた。

 この町の何が狙われているか分からない以上、慎重に事を進める必要がある。

 はぐれ術師、付喪神、様々なことが織りなしている。もしかしたら昨日から彼が狙われているかもしれない。問題は山積みだ。


「まずは明々後日の冬休みの課題からだな……祈、後で見せてくれるか?」


「――――だと思ってもうやっておきました。もうっ、そういうところが可愛いんだから」


「む……大丈夫だ。テストでは問題なく得点を稼げているからな」


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