第6話 古術の担い手 壱

 癸家 現当主――――癸ちかい

 ひのえ家 現当主――――丙藤十郎。

 それから席についているのは願、祈、蕪木の順番で五人の人物が仁の戦闘を眺めていた。


「あの方が今回のくだんの……」


「えぇ、お父様」


「ただ私の目には……ただの普通の男の子って感じにしか見えませんがねぇ。藤十郎はどう思いますか?」


「うむ……まだ分からん。ただ聞けば普通の中学生――――その枠で考えるのならではないだろうな」


 五人の目の前で繰り広げられた戦闘は、以外にも仁の善戦。むしろかなり一方的なもので土偶式神の体を殴り飛ばしていた。ただあれは呪術と砂で作られたもの――呪力がないと倒すことが出来ない。

 だが驚くべきところは、この耳に届くの。太鼓を叩いたときのような音ではなく、人の身体を叩きた時の鈍く響くような痛々しい音。


「恐ろしいな……」


「藤十郎から見てもそうか、彼はあの体術を会得するまでどれだけ……」


 丙家は五行家――『火』の家系。

 主に体術と火の陰陽術を扱う、五行家における戦闘の達人である。

 その現当主である丙 藤十郎が普通ではないというのだから、改めて彼の非凡さには驚かされる。


「鏑木仁は一年と言っておりました」


「「!?」」


「かなり辛い鍛錬だったそうですが、あの状態になるまで一年。恐らく冬休みの間に見に付けた技術でしょう」


「そ、それは本当かい? いやね、願が嘘を言ってるなんて思ってないけどさ」


「なぜあのような強さを手に入れたのかまでは分かりかねますが、相当な鍛錬を繰り返してきたと思われます。車内で当てられた殺気は――――一等級に迫るものかと」


「一等級……陰陽師でも辿り着くまでにそれ相応の時間が必要だが、力だけで言えば呪霊や付喪神とも対等以上に戦える力だぞ? 呪力もない人間にはあまり相応しい言い方ではないように聞こえるが」


 四等級から一等級、更にその上は特級まである陰陽師の実力を表す一つの基準。

 当主ともなるとその全員が特級の実力を持つが、願の言った一等級というのはその一つ下の階級だ。

 二等級の陰陽師が束になっても敵わない戦力、現実で例えるなら天変地異を起こせる存在だ。


「でも祈の情報だと呪力を持っているとかって言ってたよねぇ」


「なに? 一般の人間が呪力を?」


「えぇ、私は確かに感じたのですが……あれ以来感じておりません」


「蕪木が言ってた二人を助けた時か――――蕪木」


 この四人とは違う、席に座ることなく祈の隣で立つ蕪木に全員の視線が送られた。


「いやぁ、説明してほしいのは自分も同じですよ? 旦那」


「いやだってねぇ……少なくともこの中で一番会話をしていたのは蕪木だろう? 君から見た彼はどういう存在なんだ」


「…………分かりませんね」


 未だ調伏の儀の第一陣『東』をまだ終わらせていない、仁の姿を眺める。

 まるでサンドバンクのように土偶式神を殴り続けている。が、何度も何度も砂の姿に穴を開けようと、首と体が離れても、腕が千切れても、足がもげても、何度でも再生し仁の前に立ち続ける。


「あいつがどんなやつ……ね。まぁ馬鹿だってのは分かりますよ、多分この調伏の儀で何をすれば良いのかも分かっていない」


「〝真偽〟を確かめるのだろう? まさか何も説明していないのか? この調伏の儀が無事に終われば彼は呪力を持っていると証明され、中止となれば彼はただ異常に強い戦闘能力を持った一般人となる。まぁ、その力を野放しにしておくかは別としてな」


「丙の旦那からしたらそうでしょうな。あいつの才能は丙家にこそ合う……ただまぁ――――どうでしょうねぇ」


 初めて鏑木仁と出会った時のことを思い出す。


「あいつは陰陽師俺たちとは違う……それだけ分かっていればいいんじゃないっすかね」


 今は、土偶式神を倒せていない。

 ただあの時の仁は倒していたのだ、という方法で。

 仁が呪力を持っているということの真偽についてはどうでもいいこと、ただ祈が感じた呪力の正体、あの武術、分からないことまみれ。


「まぁ見てましょうよ。きっと面白いものが見れますよ」





(あぁ、眠いなぁー)


 砂を殴り続けるという単純作業。この感触に飽きがきて、精神的にはもう限界だ。もう寝転がったりしたら一瞬でねむりにつく自信があるほどだ。


(何度でも再生するサンドバック……家に一体欲しいけど、もう流石にな。こいつ一体どうやったら倒せんだよ)


 せめて強かったら良かったのに。

 こんな普通以下の強さでは全く楽しくない。むしろ先日出会った奴らのほうがまだ楽しめた。


(もう少し目が覚めるような臨場感……いや恐怖があればなぁ。これなら鍛錬に行く道中の方がよっぽど怖いわ……あ、でもそう言えばあの時――――)


 公園で出会った土偶式神、鍛錬帰りの道中で出会った土偶式神、あの時は倒せた。どうしてだ?


「あっ」


 単純作業のように殴り続けていた拳を土偶式神の顔面寸前で止めた。


「もしかして普通に殴ってなのか? 確かにあの時は無意識に使ったけど……」


 横目で五人を見る。

 全員がこの闘いを見逃さまいと見つめている。正直、何だかモルモットのような感覚で落ち着かない。しかも、何か眠さと相まってムカついてきた。


「試す価値ありだな。そもそもこいつ人じゃねぇし師範も許してくれんだろ」


歩式順術『金星』


 右足を軸に体に強烈な回転の力を与え、その勢いを殺さずに土偶式神の足を刈り取る。相手も学習しているのか千切れた先から砂の力によって再生を始めた。だがもうそれは関係のないこと。

 これでダメなら仕方ない、そう割り切って挑んでいる。仁としてはどうすれば正解なのかすらも全く理解していないのだから。


「手式順術――『火突』ッ!!」


 体を巡る力の流れを拳に一点集中さ、そこから放たれる一撃は土偶式神の顔面を吹き飛ばした。力なく仰向けに倒れる土偶式神を見ると、倒れてから再生することはなかった。


「お~いけたいけた」


 肩を回して五人の方を向いた。正しくはこの調伏の儀を始めた祈を見た。

 合計四回戦の一体目を終わらせた、次はどうなるのか? そういう意味で祈を見た仁であったが、どうやら向こう側にいる五人は唖然としている様子である。

 先に気を取り直したのは真紅と黒の着物を着た体の大きな人物、そこから伝播するように祈がハッとした様子で……


「だ、第一陣終了、第二陣に移行します! 」


 祈に言葉によってこの場所を囲う結界に『西』という文字が浮かび上がる。

 すると陣の目の前で砂山となった土偶式神が独りでに人型と代わり、構えをとった。


「ん?」


 その式神から発せられる陽炎のようなもの。

 それは紫医院で蕪木に見せられた呪力と似ている。


「第二陣は第一陣よりも式神の性能が上がっています。徐々に強くなっていくことになり、最終的には呪術を扱うようになりますのでご注意下さい」


 確かに相対した時の圧が違う。

 強くなっている、というよりも力に圧力が増したように見えた。

 一戦目はただ土人形。攻撃はしてきたものの他愛のない強さ、むしろ鬼気迫る一般人の方がよほど強く見えた。そして迎えた二回戦目はどちらかというと先日出会った異様に力が強い土偶式神に似ている。恐らく性能が上がっているというのはそういうことだろう。


「……それ先に言ってよ。まぁ――――何も変わらないけどさ」


「それでは第二陣、始め!」


 その始めの声と同時に――――


「手式順術……『火突』」


 土偶式神の胴体を一撃で貫いた。

 まるで巨大な風船が割れるような大きな破裂音が響き、二回戦目の土偶式神が砂山に変わる。


「嘘だろ……?」


 そんな蕪木の声が仁の耳をかすめ、そちらを振り向いた。

 五人全員が違う思惑を持った表情をしているものの、どの表情にも決まって浮かんでいる驚愕の二文字。


「これは……なんというか、調伏の儀の意味をなしていないかもしれないねぇ」


「理屈は分からないが、もう答えは出ているな。あの男は呪力を持っている……いや呪力をと言った方がいいか?」


「あぁ、そうだね。さっきまで全く感じなかった呪力があの武術を使い始めてから感じるようになった。確か……神木古武術とか言ったかい?」


「それで間違いありません。祈……お前から、今の鏑木仁はどういう状態だ」


 願がそう聞くと祈に両目に五芒星が浮かび上がった。


「やはり呪力が流れていますね……ただ――」


「ただ?」


「あれは無意識に呪力を生み出している状態、彼が呼吸をするたびに呪力が体をを巡り練り上げられ、放出している……とにかく出鱈目な状態です」


 本人でも知り得ない無意識の呪力。

 祈の瞳に映っている彼の中心で渦巻くような呪力の謎。それは自ら生み出されているような、だがどこから流れ込んでいるような謎の呪力。


「あれではまるで十二天将の――――」


「やはり……無意識か」


「お姉ちゃん?」


 何で


「まぁ、見ていろ祈。目覚めつつある私たちの星を」


 あの瞬間。

 たった一瞬の攻防を――――思い出す。

 切り返した刀を踏まれ、砕かれた。

 更に言えば、あれはただの刀ではない。呪力を含んだ武具……呪具だ。


「(私の火具土カグツチをへし折ったんだ。この程度では終わるまい)」


「お姉ちゃんが何に期待しているのか分かりませんが……今はまず――――第二陣終了、第三陣に移行します。『南』の陣を起動します」


「あと二戦かぁ、もうすぐで寝れる」


 何だか会話長かったけど……ようやく終わったか。

 危うく、この倒れた砂人形で砂遊び始めるところだったぜ。


「すまない。鏑木くん、ちょっといいかなぁ」


「あ、はい。何でしょう」


 えぇ……と、誰だ?


「あぁ、すまないすまない。私の名前は癸誓、願と祈、二人の父だ」


 ほぉー、確かにこの二人の遺伝子を感じる……イケメンだ。

 はっ! なら間違いない、奥さんも間違いなく美人だ!

 ということはこのイケメンは美人な奥さんを手に入れた――――モテ男!?

 見習うべきところは沢山ありそうだな。


「突然なんだけどねぇ、君はここに連れて来られた意味を……理解しているかい?」


「ここに連れて来られた意味……?」


「恐らくうちの娘たちが無理矢理連れて来られたんだろう。分かる、分かるよぉ、娘たちはそういうところがあるからねぇ……いやぁ、困ったもんだよねぇ」


「ちょっとお父様!」


「おっと、話しが反れてしまったね。それでどうだい? きっと君はこの場所に何も知らない状態で連れてこられたと思うんだ。調伏の儀、常世かくりょ、式神、呪力、多分全部分からなかったと思う。何せこれらは一般人である君とはとてもかけ離れた存在だ」


 確かに、今ここに立っていても……ここが常世かくりょという場所であるという受け入れが難い事実以外は分からない。いや、流石に厨二病になりたくない仁であってもここまで来たのなら理解せざるおえないのだ。

 今目の前で起きていることは〝現実〟であるという〝非現実〟を。

 故に理解はし始めていた。


「そこで君に改めて説明しようと思う。この調伏の儀の目的は〝真偽〟を確かめることだ、その〝真偽〟というのは君が言ったという発言と、祈が感じたに関しての審議だ」


「なるほど……つまり自分がこれに勝つことによってという発言を真実にできるということですか?」


「そうこと――――何だけどねぇ」


 誓の視線を追った先には、祈が第三陣『南』を起動してから何もアクションがなかった土偶式神があった。


「君はこれまでにその土偶式神を無効化してきたそうじゃないか。もしかしたらその時もその武術をつかって土偶式神を無効化したんじゃないのかい?」


「……そうですけど」


「本来ならば呪力を持たない者は呪力を持った存在を討ち取ることは出来ないのだが、どうしてか君の武術は式神を倒すことが出来る武術というわけだが――――」


「ま、待った!」


「何かな? 鏑木くん」


 そこで仁は蕪木を、願の二人を見た。

 自分に初めて呪力を見せた者、そして自分の胴体を切り裂いた者。

 もう完全に繋がってしまったのだ。

 今まで平穏……いや平穏ではなかったかも知れないが、モテるためと努力を尽くしてきた中学生活。

 一般家庭で生まれ、一般家庭で育ち、普通の生活をしてきたの人生に――――望んでもいない〝非現実〟が入ってきたのだ。しかも嘘ではないと証明するように、次々と非現実が襲いかかってきている。

 理解せざるおえない。

 認めざるおえない。

 厨二病などではない――――これは現実であると。


「ちょっ――おいおい……まだ信じてなかったのか? お前さん」


「蕪木さん」


「なにをそんな信じたくなかったのかは分からんがなぁ、これは現実だぞ? 。本当に呪力という存在があって、式神という存在がいて、何も知らずに鍛錬してきたお前さんには何故か。そろそろ理解しろって、もうここに来た時点でお前さんには逃げるとこなんてねぇんだよ――――って、すみませんね旦那。話しを遮って」


「いやいや構わないさ。何だか様子がおかしいけれど……きっと鏑木くんも理解はしてくれたようだしね」


「クールになれ……そうクールに……え? でもこれを確かめるには誰に相談すれば? まずは師範に問い詰めないといけないのは確定だろう、親父にはどう説明すれば、母さんにもだ。こういう時はいつも誰に……あっ、委員長だ。で、でも委員長になんて説明すれば……。お、落ち着け、すぅ――ふぅ……クール、そうクールにだ」


「いや旦那……あれは完全に気が動転してまっせ?」


「まぁ大丈夫でしょ――――ほら」


 誓が示した時には、既に仁の背後に土偶式神が攻撃手段に入っていた。

 祈を見ると第三陣『南』は既に起動し終えていると目で訴えて来る。

 そもそもこの調伏の儀に休みなどはない、これまで待っていてくれたのは【四神戦】を見守る四神の気まぐれに過ぎないのだ。


「鏑木仁!」


 願が叫ぶ。

 だが、少し遅い。既に拳が仁の後頭部目掛けて振り下ろされている――――


「体式順術『螺旋』」


  が、それを体を回転させることで受け流した。


「おぉ~背後からの攻撃をあぁやって受け流す技術か」


「素晴らしい技術だ。あれなら相手が獲物を持っていようと同じ動作で受け流し反撃することが出来るだろう」


 あくまで拳が当たった直後に体を回転させて受け流す技術、体を頑丈に作り変えているため本来ならば痛みはないのだが、


「痛ッ、重すぎだろッ!」


 この土偶式神は段階が進んだ三戦目だ。強くなっているわけではないが状態は前回出会った土偶式神と同じ状態に変化している、つまり人外な力を付与されているというわけだ。


「これは前会ったやつと同じか? まだ流しきれないんだよなぁ、あれは」


 師範なら……もしかしなくても同じくらいの威力で殴れそうだな。

 今度お願いしてみようかな。


「それにさっきよりも人間っぽい感触だったなぁ。砂に厚みが増しているような、弾力が追加されているような、でもまぁ、前とお同じなら結局――――」


 次の拳を弾き、蹴りを躱し、迫りくる拳に合わせて潜り込むように体を倒す。


歩式順術『合衝ごうしょう


 この加速に合わせた力を利用し、まるで衝突するように胴体に掌底を打ち込むと、土偶式神の胴体に空洞ができた。


「ほぉーん、歩式でも問題ないのか。なら初めてやった時も冥式か歩式の影響だな」


 胴体を貫かれ、そのまま仰向けに倒れる土偶式神。

 そして【星の結界】は『南』から『北』という文字に変わる。


「よし、最後だな――――ん?」


 やけに視線を感じると思えば、席に座る四人が唖然とした表情でこちらを見ていた。蕪木なんかは腹を抱えて笑っている。


「ど、どうしたんです?」


「い、いやね? 君があっさり〈力〉の法術が付与されている土偶式神を倒してしまうから、みんな驚いているんだよ」


 え? なんで?

 こんなん力が異常に発達した素人みたいなもんだろ。余裕じゃん?

 それに一対一ごときで負けるわけにはいかないだろ。

 最終的には銀行強盗にきたやつらとか、学校に来たテロリストとかを一人で倒せるようになることが目標なんだから。


「なんで? って顔してるけど……まぁいいかな。何だか願と祈の二人が興味を持つのも、蕪木が笑っているのも分かった気がするよ」


 仁は当たり前のように倒しているが、この土偶式神の力は拳一つで簡単に建物を破壊することが出来てしまうような力が付与されている。人の体を貫通させる、それこそ肉塊にすることなど簡単にできてしまう。

 本来ならば法術による肉体強化を施して戦うことが陰陽師の基本なのだ。


「ほ、ほぇ……よく分からないですけど、良かった……ですね? あ、次で最後ですよね? いつ始めて貰ってもいいですからね」


 それなのに、この態度……何だかこっちが拍子抜けである。


「くっ……ぷ、あはははっ、ダメだ! 面白過ぎる! もうホント、あははは!」


「蕪木、うるさいですよ」


「いひひっ、い、いやホント無理! あはははっ」


 え? え? 何がそんなにおもろいの?


「……祈」


「はい。これより第四陣『北』を起動します、これを乗り越えることで調伏の儀が終了しますので、くれぐれも油断なきようお願いいたします」


 あぁ、ようやく最後だ。

 少し気合を入れよう。さっきの痛みで眠気が少し飛んだとは言えど、まだ眠い。というか今何時だ? もう普通に帰りてぇ……。


「鏑木仁」


「ん?」


「この四神戦ももう終わる。死力を尽くして闘うといい」


 ちょっ、やめてよぉ。俺を励ますなよ。

 調子に乗ると良いことないんだからよ。

 あ、まずいまずい。美少女に励まされて平常心が保てなくなってる。こんなの初めてだから心が浮ついている。


「言われなくても、俺はいつでもそうだよ」


「……確かにな」


「話しは終わりましたか? ――――それでは第四陣『北』、開始します!」

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