第35話 頼むぜリュッカくん
「毎度ぉ、エコーズ社です。集金に来ました~。おやおや、美味しそうですねぇ」
呑気な声がモーニングルームに響きます。
リュッカ君でした。彼はゴシップ新聞の集金係、の皮を被ったゴシップ記者です。
新聞の集金名目で貴族のお屋敷に入り込み、ゴシップの種を嗅ぎ回っています。行儀が良いとは言えない所業ですが、今こそ求めていた人材です。
私とランカスターさんは目を合わせて、どちらからともなく頷きました。考えている事は同じのようです。
「ちょうどよかった。リュッカくん。入れよ」
ランカスターさんがお仕事用の愛想の良い笑顔を浮かべています。リュッカ君は耳がピョコンと立てて、ちょっと警戒しているようです。
「どうぞ、どうぞ、入ってください。お茶にしません? お食事もありますよ」
モーニングルームから裏庭に続く扉を開けて、リュッカ君を迎い入れます。リュッカ君は小柄で私より頭一つ小さいので、ベンチに押し込むのは容易なことでした。
「お庭の改装も終わったようで~。なんでもクラブを開店させるとかで、どんな感じです?」
「順調だよ」
「はい」改築工事は、と心のなかで付け加えます。
「クラブで出すお食事の試食会をしているんです。どうぞ食べてください」
お料理の皿をズイッとリュッカ君の前に差し出します。賄賂と思われても仕方がありません。実際賄賂のようなものです。
「来月オープンだ。プレオープンは月初めの週末の3日間、招待客のみの営業だ。その後は予約制のストリップクラブだよ」
「ストリップクラブ? なんと!!」
リュッカ君がソワソワとしています。特ダネを仕入れて満足げに目を細めています。
「ここら辺では、珍しいですねぇ。下町では結構あるようですが、こんな立派なクラブはなかなか無いですよ。娼館なんです?」
「違います。男女問わず楽しめるクラブです。酒場ですね」
「ほほう!」
「オープンしたらぜひ取材に来てください」
「光栄ですぅ~」
リュッカ君は口調とは裏腹に、眼の前のお料理を訝しげに眺めています。
「なんだか裏がありそうですねぇ」
「それが、思ったより貴族の方々の問い合わせが多くてさ。色々な新聞社を呼ぶ予定だったんだけど、席が足りなくなりそうなんだ」と、ランカスターさん。
「本当は、プレオープンの招待状を上流階級の方々に出したのですが、返事が来なくて困っているのです」
私は正直に言いました。視界の隅でランカスターさんが唖然としています。
「カレンセイ……」
「リュッカ君。どうにか貴族の方々にクラブに興味を持ってもらえないでしょうか」
ランカスターさんが顔を手で覆っています。
「ランカスターさん、嘘は付けません」
「聖女会の誓をした聖女さんだもんな……」盛大なため息。「もうコイツは裏庭に埋まってもらうしかないな」
「物騒ですよ旦那。ソレはソレは大変だぁ。ニョヒヒ……」
耳がヒクヒクと動いています。心配しているとは思えない、ニヤニヤ笑顔です。
「貴族方々は欠席の連絡もしてないんですよね? 周りの目が気になるんじゃないですか。低俗なものって決めつけてる方もいるでしょうし。紳士は楽しんでいる方多いですが」
さすが鋭いです。
「そうなんです。そもそも保守的な方は来ないと踏んでいましたが、それ以外の方もお返事がこないのです。なにかキッカケがあれば、と思っているのですが」
バンっとランカスターさんがテーブルに手を着きました。全員の注目が集まります。
「というわけだ。お宅の所に情報流すから聖女さまが豪華絢爛のストリップクラブを作ったって書いてくれ。上流階級の御婦人方がこぞってオープンを待ち望んでいるってな。招待状の返信が来てないって事以外は書いていいぞ」
「ズバリッ!! 開き直りましたね!」
「オープンを待ち望んでいる貴族の方がいるのは本当ですよ」エレニア夫人と、あと何人かは間違いなくそうです。嘘は言っていません。
「我が社は公平な報道を志している社会の目でありますから、どこかに肩入れはできないですよぅ」
でたらめなゴシップ垂れ流しの新聞社がこんなことを言えるのが不思議です。この前は、私とサーシャ様がアル公爵の恋心を取り合っていると書いてありました。ガセもいいとこです。
「もしかして、本当にそう思っているのですか?」
「カレンセイ……ちょっと黙ってろ。でなきゃエコーズ新聞の人間は永久出入り禁止だ。いい感じに書いてくれたら、プレオープン初日の取材席はエコーズ紙限定にするって約束する」
「んあ゛」リュッカくんが言葉にならない声をあげました。
「聖女さまぁ。そんな事しないですよね?」
リュッカ君が猫なで声を上げます。ウルウルとした上目遣いがとても可愛いです。思わず笑みがこぼれます。
これでもカルミナの誓いを立てた聖女です。
「ランカスターさんの言うとおりです。プレオープン初日は、ライバル誌に来てもらうことにしましょう」
「グランド・ガゼット社の独占にする」
「プレオープンがどんな状況でも、それはそれでスクープになるはずです。記事のできによっては、オープン前にクラブの内装を見せてあげてもいいですよ。とっても素敵に改装したのです。それに、マダムキャビッシュに踊り子さんの衣装と制服をお願いしたのです。秋シーズンの一番の話題になるはずです」
「むむむ、マダムキャビッシュに?」
リュッカ君の視線がテーブルに落ちました。諦めたように、キュッシュをもくもくと食べ始めます。
「んあ~。僕はしがない集金係ですよ。聞かなかったことにしましょう。あと、僕カブは苦手なんです」
「メニューからカブのピンチョスは外しましょう。ねぇ、ランカスターさん」私は笑顔で言いました。
「もちろん」
*
暁の聖女様、心機一転ストリップクラブオーナーにご転職?
王都の社交界に衝撃が走っている。元王宮聖女であった暁の聖女様が、上流階級向けのストリップクラブ『カレンセイクラブ』をオープンするとのこと。秋にオープンするこのクラブ、元公爵邸を活かし贅の限りを尽くした内装で、まるで神話の中から飛び出してきたような華やかさ。
秋の開店に先駆けてのプレオープンは、選ばれた特別なゲストのみを招待し盛大に催されるようだ。すでに社交界の中心的人物たちの注目の的となっている。
王都の新進気鋭デザイナー、マダム・キャビッシュによる大胆な衣装デザインにも期待したい。
エコーズ社は、プレオープンに招かれたお歴々の様子を独占取材する予定だ。乞うご期待。
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