第34話 返事がない時は

 1階の応接間兼稽古場では、衣装合わせ真っ最中でした。

 踊り子さんの周りをマダムキャビッシュの助手である、ルシアちゃんとリエラちゃんが飛び回っています。


 今、衣装合わせをしているのはエリスさんのようです。

 獣人の女性で、溌剌とした笑顔が魅力のとてもダンスが上手い踊り子さんです。

 透けるような黄金色のチュールと、ビーズが縫い付けられた異国風の衣装を着ています。とっても可愛いです。


「あらぁ、聖女さま。なにか御用?」

 うっとりするほど低い声が響きます。

 踊り子のアレクシアさんです。真っ赤な絹のガウンを着て、腰紐をラフに結んでいます。真っ黒な髪が滝のように腰まで流れていました。ソファに座っている姿もとても優美です。

 裾から伸びる真っ白な脚を惜しげもなく見せつけるように組んでいて、なんとも豊満で包容力がある笑みを浮かべていました。

 見ているだけで照れてしまうような、そんな色気があります。


「お食事の試作品があるので差し入れをしようと思って……」

 3人の踊り子さんの中で、アレクシアさんを見るとボゥっとして、ちょっと口ごもってしまいます。同じヒューマスだからでしょうか。


「あ~! オーナー! あたしも食べたいでーす!」

 衣装合わせ中のエリスさんが手をブンブン振っています。


「動かないでください」

「手は下です!」

 ルシアちゃんとリエラちゃんがピシャリと言います。


「ありがとうございます。オーナー」

 竜人のセウレティカさんが礼儀正しく立ち上がって、お皿を並べるのを手伝ってくれます。

 彼女も踊り子さんです。竜人特有の暗い肌に合わせたような、艶のある黒絹のガウンを着ています。王族のような気品のある立ち姿です。


「竜人の方は海産物は召し上がらないんですよね? こちらのお皿は使ってないので安心してください」


「私は食べられますのでご配慮不要です」

「あたくしも食べるわよ。あなたいつの時代の話をしているの?」


 竜人のマダムが横から口を出します。

 え、今はそうなのですか。しまった、古い文献ばかり読んでたせいです。

 気を取り直して、コホンと咳払いをします。


「どうでしょう?」


 自分が作ったわけではないのですが、思わず胸を張ってしまいます。

 テーブルに並べられたのは、クラブの料理人さんが考案したお食事の数々です。

 お料理は大事。というのは、ランカスターさんも私も同意見でした。なので、他の従業員の方より料理人は早く雇い、今はメニューの開発と仕入れの手配をしてもらっています。

 今日はプレオープンで出すメニューの試作をしていて、残ったものはもちろん私達の胃袋に収まります。

 お料理はとっても美しく出来上がっていました。どれもお酒と一緒に少しずつ楽しめるように小さめです。

 今は夏なので、私の好物の蟹フィリングのタルトが無いのが残念です。


 銀の皿に行儀よく並んだ魚卵のタルト

 小さく焼いたベーコンとクリームのキッシュ

 夏野菜の一口マリネ

 ナッツ入りのポテトケーキ

 香草の効いたレバーペースト

 レモンソースのコトレッタ

 コトレッタは牛肉を薄く叩いて伸ばし、衣を付けて香ばしく揚げたものです。

 

 どれも美味しそうです。


「わたしのオススメは蕪とクリームチーズのピンチョスです。ピックの刺さった料理をピンチョスっていうの知っています?」


「知ってるわよ」マダムがお料理を覗き込みながら、呆れた声でいいました。

「美味しそうね。それより、あなたのドレスも用意しているから、そろそろその服も燃やす用意することね」


 下を向きます。特におかしい服ではありません。

 今日は青い麻のワンピースにエプロンを付けています。


「あたくしの顧客になるのでしたら、もう綿のエプロンなんて付けさせませんわ」


 こんな時に取るべき行動は一つです。

 逃げましょう。



*



 モーニングルームでは、ランカスターさんが試食の残りをつまみながら手紙を読んでいました。

 今日は朝から従業員の面接をしていたはずです。掃除係やクロークの受付等も重要な従業員の一人です。

 ランカスターさんは慣れた様子で面接を重ね、次々と採用を進めています。

 従業員の採用については、私の出る幕はありませんでした。というより最初は面接に同席していたのですが、どの方も採用したくなってしまうので、役立たずの烙印を押されてしまったのです。

 ともあれ王立劇場の職員の礼儀正しさを見れば、全てランカスターさん任せでも問題ないのは間違いありません。


「それで、どうですか? 来てます?」

 私は最近お馴染みになってきた質問を投げかけました。 


「来てない」ランカスターさんが顔も上げずに答えます。


 そう、目下の問題は招待状の返りが悪いことです。

 プレオープンに向けて上流階級の方々に招待状をばら撒いてしばらく立ちましたが、帰って着たのは片手で数えられるくらい。しかも、全てエレニア夫人のご友人でした。


「想像以上に来ないな!」

 ランカスターさんが、はははと笑いながら言います。


「笑い事ではありません。お客さんを招待しても来なかったら意味がないじゃないですか」


「これ美味いな。カブ好きなんだよ」

 蕪とクリームチーズのピンチョスを齧っています。

 小型の食事が物足りないように、もりもりとキッシュを食べています。


「まぁ、今は社交シーズンじゃないしな。エレニア夫人みたいに、領地に行ってる貴族が多いはずだよ」


「戻ってきて返事来なかったらどうしましょう」


 考えれば、考えるほど恐ろしくなります。

 お披露目のプレオープンに人が来ないとなれば致命的です。ここまで返事の返りが悪いのは、ランカスターさんも予想していなかったはずです。

 なんとかしなければ。


「マダムの顧客にも招待状出しましたよね。わたし、マダムにお客さんを説得するようにお話してきます!」


「お待ちなさい」ランカスターさんがグイッと腕を掴みました。「お嬢さん、座れよ」

 ベンチに押し込まれ、お茶を淹れてくれます。

「それはもうやった。流行の最先端にいる奥様方にはほのめかすんだよ。直球で頼んじゃ駄目だ。新しいもの好きの連中は自分で見つけたってのが重要なんだ。後はマダムに任せとけ」


 確かに。説得力はあります。ほのめかし……マダム・キャビッシュは猪突猛進タイプですが、王都随一の高級地区グランド・ブールバードにお店を出す剛腕の持ち主です。

 きっとお喋りも得意ですし、顧客の事は知り尽くしているはずです。任せて大丈夫、と自分に言い聞かせます。マダム、頼みましたよ。


「マダムの顧客以外の方はどうしましょう。領地にも行っておらず、王都にいる方もいるはずでは」


「君の知名度は高いけど、クラブのオーナーのイメージはないからなあ。顔を売るには、パーティーでも開くのが一番だけど。あいにく、部屋がないし……」

 

 ――今このお屋敷はとても貴族の方を招ける状態ではありません。

 2階の応接間の改築ができればお屋敷でパーティーもできるのですが、まだクラブの改築作業が終わっていない状況では難しいでしょう。


「というか、皆さん他の方の動向を伺っているのだと思います。わたしのお店に行くべきか、行かないべきか。ストリップクラブは低俗な事だと思っている方もいるでしょうが、興味がある方は多いはずです」


「夏はシーズンじゃないからパーティーも少ないし、王宮の行事もない。貴族同士の交流も少ないんだろうな。話題を作らないと」


「毎度ぉ~聖女さま、旦那ぁ。なにかお悩みでぇ?」

 呑気な声がモーニングルームの沈黙を破ります。


 裏庭に面した窓からひょっこりとリュッカ君が首を出していました

 リュッカ君はゴシップ新聞の集金係、の皮を被ったゴシップ記者です。


 私とランカスターさんが顔を合わせました。

 どうやら考えていることは同じのようです。

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