第33話 公爵家の秘宝

 暗い階段をひたすらと下ります。

 階段を降りるにつれ、地下室の古びた香りが辺りに漂い、寒気が増していきます。

 裏庭に響いていた虫の音も遠くなり、暗闇に私とランカスターさんの足音のみが響いていました。


 しばらく下ると、ひらけた空間にたどり着きました。

 かなり広い地下室でした。壁も床も天井も石造りで、上のお屋敷とは少し建築形式が違います。少し前の時代の部屋のようです。

 2つのランプをもってしても部屋全体に光が届かず、角々に暗がりが広がっています。

 後ろでランカスターさんが息を吐く音が聞こえました。思ったより信心深い方のようです。


 壁にそって木の棚が続き、壁一面の棚にはポツポツと虫食いに酒瓶が置かれていました。100本くらいでしょうか。

 ランカスターさんが棚を調べています。


「ワインの貯蔵庫だったんでしょうか?」


「かもな」

 ランカスターさんが一本取り出して、ホコリを払っています。じっとラベルを眺めて息を呑んでいます。


「すごいな、モンテヴェル産のワインだ。100年前?! 初めて見た」


「有名ですか」


「ものすごく。封蠟されていたらまだ飲めたかも」

 珍しいものらしく、ランプの光に透かせてしげしげと中身を見ています。


「価値はあるのですか」


 ランカスターさんが肩をすくめました。

「飲めればな。この時代の栓じゃ100年も持たない」

 スンスンとコルクの匂いを嗅いでいます。

「傷んでると思う。勿体ないなあ、一財産ある。公爵も飲めばよかったのに」


 暗がりを進むと、部屋の中央にぽつんと質素なテーブルが置かれていました。

 テーブルの上になにかあります。


 宝石箱?


 ランプの光に照らされて、小箱はキラリと光っていました。

 ランプをテーブルに置いて覗き込みます。

 宝石箱の蓋中央には鈍く輝く宝石がはめ込まれ、その周りには小さなダイヤモンドやエメラルドが散りばめられていました。

 ふっと息を吐くと、宝石箱のホコリが舞い、美しい彫金が施された蓋がはっきりと見えます。

 私とランカスターさんは目を合わせました。


「これは、その、ありましたね。公爵家の――ひ、秘宝」


「お、おう……」


 2人して息を止め、蓋を開けました。 


 ――中身は……紙の束でした。


 厚紙のカード、黄変した紙束が重ねられています。

 一番上のカードには『親愛なるフィオネラへ』とありました。手紙でしょうか。

 ランカスターさんがヒョイと取り上げてカードを開きます。便箋にもカードにも、海獣と獅子のエンブレムが凹凸で刻印されていました。


「『親愛なるフィオネラ』んん……古語かぁ。えーと……『朝の静寂のなかで、あなたの存在が私の心を満たす。新しい日が始まり、その美しい光が私たちを包み込みますように。今日も幸福と愛に満ちた時が重なりますように。尊敬を込めてマクシミリアン』」


 ランカスターさんと目を合わせます。

 人の手紙を読むことを咎めるのを忘れてしまいました。とてもロマンチックな手紙です。


「マクシミリアンって誰だろう?」


「先々代のダリウス公爵だと思います。この便箋、公爵家の紋章が使われていますし。フィオネラさんは聖女の奥様です。曙光の聖女フィオネラ様です」


「でなかったら、大スキャンダルだ」


 カードを一つ手に取ります。優雅な飾り文字で書かれた短い手紙でした。青いインクが時間が経っているためか色が薄くなっています。単語の繋がりが古い典型的な古語でした。


「『愛しのフィオネラ。庭の薔薇が風に揺れ、その香りが私の部屋に満ちる。あなたとヴィクターが側にいることが、私を特別なものにしてくれる。今日も素晴らしい日でありますように。心からマクシミリアン』」


「ヴィクターはアル公爵の父親だな」


「奥様に向けたラブレターですね。素敵です」


 ほぅっと息をついてしまいます。

 ランカスターさんは興味がないようで、バサバサと小箱から手紙の束を取り出していました。


「入ってるのは手紙だけだな。他に何もなし。宝石の一粒くらいはあってもいいのになぁ」


「少しは敬意を払うべきです」


「大しただな」

 ランカスターさんが『秘宝』にアクセントを置いて言いました。


「呪われますよ」釘を刺してもいいはずです。


 手紙を丁重にまとめて小箱に入れ直して、パタンと蓋をしました。

「お二人の思い出をお屋敷の地下に残したのでしょう。とてもロマンチックじゃないですか」


「で、どうするんだ?」


 首をかしげます。


「君、前に言ってただろ。公爵家の宝を見つけたら、アル公爵に返すって。止めときな。絶対納得しない」


「というと?」


「隠し部屋で見つけたって、手紙の束や価値のないワインを渡してみろ。君が金目の物を隠したと思って、もっとしつこくなるぞ。金に困っている連中は思い込みが酷くなるもんだ」


 その発想はありませんでした。

 確かに、アル公爵がそんな考えに陥る可能性は大いにあります。ただでさえ勝ち目のない裁判を仕掛けたり、評判が落ちるのを気にせずに婚約破棄をして崖っぷちの様子です。

 実際に目にした古い手紙に目がくらみ、公爵家の秘宝というありもしないモノに更に執着するのは想像に難くありません。


 困ったことになりました。


「嘘はつけません……。エレニア夫人にも宝を見せると約束しましたし」


「じゃあ、俺が良いって言うまで黙ってろ。噂は噂にしといた方がいいぜ。俺に言わせればここに公爵家の秘宝なんてないし」


 ――なるほど。

 ランカスターさんとは長い付き合いで、信頼には疑いの余地がありません。世知に長けた彼が言うなら従うべきでしょう。

 ランカスターさんが小箱を私に差し出します。


「価値があるのはこれくらいだなぁ。君が持っていなよ。アル公爵にも渡すなよ。絶対やつは古語が読めない」

 思わず吹き出してしまいます。


 小箱を抱きしめて、公爵と聖女様の二人に思いを馳せます。

 たくさんのカードや手紙には、時の流れと愛のある言葉が綴られていました。


「素敵な宝物です」


「ま、その宝箱に飽きたら俺にくれ。そろそろ日が明ける。帰ろうぜ」


 地下室から出てると、辺りは明るくなっていました。もうすぐ日の出です。


 その後、二人がかりで地下室の扉にレンガの欠片を戻して何事もなかったように装いました。

 明日ミト達がレンガを片付けて地下扉を見つけてもいいように、扉には蝋石で封印の印を書いておきました。

 王宮聖女に伝わる古い封印の魔法陣で、精霊たちの加護で邪気を封印する意味があります。この国の方でしたら、この紋章が入った扉をわざわざ開けようとは思いません。


 結局見つかったのは、古い傷んだワインと素敵な手紙でした。少しガッカリしたのは否定できません。

 それでも、夏の夜のちょっとした冒険として、思い出に深く刻まれることでしょう。


 と、あの時は思っていました。


 正直にいって、地下室の事はすぐ記憶の彼方に遠ざかりました。

 もっと重要な問題に直面したからです。

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