第32話 秘密の小部屋

「なんか変な隠し部屋があったよ」


 うだるような夏の夕暮れ時に、ミトに呼び止められ開口一番にこう言われました。


「へ?」理解するまでに、数秒かかりました。


「隠し部屋だよ。ちょっと前に隠し通路だか隠し部屋だか言ってただろ? 神殿にあったんだけど、壊す前に見るか?」


 隠し部屋? ……カクシベヤ?!

 ――あああああ! 見ます! もちろん!

 声にならない 叫びを上げて、ミトに連れられて神殿へと急ぎます。


 神殿の祭壇側の壁に、大きな穴が空いていました。

 

「神殿と物置の間に空間があったんだよ。物置は外観にしては狭いと思ってたら二重壁になってた」


 ランプを掲げて部屋を覗き込みます。床はレンガの破片で一杯でした。

 たしかに……大きく空いた壁の中に、ポッカリと空間がありました。奥に物置の壁が見えます。


 秘密の部屋……と、いうことは……。宝?! 秘密の通路や仕掛けではなく、ハンマーでこじ開けましたが、隠し部屋は隠し部屋です。ゴクリと息を飲みます。


「このお部屋、なにかありました?」


「なにかって?」


「た、宝箱とか?」


「んー、暗くてよく見えなかったけど、なにもなかったな」


「んああああんんん…………」


 意味のない声が出てしまいます。

 公爵家の秘宝だなんてワクワクするに決まっています。独り占めして大金持ちに、なんて事はさすがに考えてませんが、万が一お宝を発見してたら、公爵にお返ししようと考えていたのは本心です。

 ただ、なんかこう、もったいぶってお渡ししたかった気がしないでもありません。


 秘密の小部屋が神殿と物置の二重壁の間のスペースだなんて、ちょっと普通です。なにか封印がされているとか……。暗号があって仕掛けがあるとか……。壁を見渡してもレンガしか見えません。


 何もなし。


「とりあえず。奥の壁もぶっ壊して物置と貫通させるけどいいよね」


「はい、よろしくお願いします」


 ミトのハンマーが振り下ろされ、物置側の壁も崩されました。

 壁からなにか出てくるかと、一縷の望みを持っていましたがなにもなし。

 ゴーンゴーンと遠くから日暮れの鐘が聞こえてきました。


「おーい、撤収だぁ! 今日はここまでぇ」

 親方さんの声が響き渡ります。


 残ったのは、床いっぱいのレンガの欠片でした。

 現実は御伽話のようにはいきません。



 *



「いや、いくかも」

 その夜、ベッドの上であぐらを組んで思わず声がでました。パチリと目が覚め、一つの可能性に気づいたのです。


 もう日が変わった頃、寝間着に麻のガウンを羽織り部屋を出ます。

 目的はあの神殿と物置の間にあった隠し部屋です。


 ランプ片手に小部屋に忍び込みます。隠された小部屋にはミト達が引き上げた時と同じく、壁の破片のレンガが山になっていました。

 レンガには麻の布がかけられています。明日麻袋にレンガの欠片を詰めて搬出するのでしょう。


「その前に……」

 ガラリと、レンガを掴んで部屋の隅に寄せます。


 隠し部屋にはなにも見当たりませんでした。壁はただのレンガ造り、天井は物置とつながっているだけ。

 ただし、調べてない場所があります。床です。

 壁の破片は部屋の全体に散らばっており山となっています。と、なればやる事は一つです。

 手短な塊をポトリと後ろに投げました。

 床のレンガを一部取り除くのに一刻近くかかりました。


 大きな破片の下から突然それは現れました。

 床に取手があります。


 ……――ある。


 ランプを掲げてしっかりと見ます。

 たしかに、床に巨大な扉がありました。


「あった……」


 ああああ、ありました。


 扉の上の瓦礫を全部どけるのに、もう一刻かかりました。


 古い板張りの床に木製の扉があります。持ち手の金属部分は錆びついて、暗く沈んだ色になっています。これでは瓦礫に混じって見分けがつきません。


 もう夜も更けてきましたし、秘密の扉探索は明日の明るくなってからでもよいかもしれません。


 ――好奇心が勝ちました。


 ランプを瓦礫の上に置き、足元がしっかり見えるように調整します。錆びついた取手をしっかり握り……グッと力をいれます。

 鍵がかかっているのでは、と一瞬思ったのですが、扉は不審な音を立てながらもすんなりと持ち上がりました。

 ある程度まで開けたら扉を肩に載せ、そのまま全体重をかけて壁まで倒します。

 虫の音が響く夜の裏庭に、ズンッと低い音が響き渡りました。


 夜警中の憲兵が聞きつけたら、乗り込まれて逮捕されそうです。

 ランカスターさんが泥棒と勘違いして駆け込んでくるかもしれません。いえ、ランカスターさんは賢いので、不審者撃退に駆けつけるより憲兵を呼ぶタイプのはずです。


「開いた……」


 もう片方も開け、肩で息をしながら地下を覗き込みます。

 扉の奥は階段になっており、石段の先は暗闇に溶け込んでいました。


「開いた……」もう一度繰り返してしまいます。

 階段はかなりの深さがありそうです。秘密の地下室。興味深いです。


 地下から冷気が立ち上り、夏の夜にヒンヤリした空気を感じるのは気のせいでしょうか。


 気のせいです。

 暗い階段は地下墓地を連想させますが、歴史上神殿の横に地下墓地は作られません。

 それに、私は修道院育ちです。深夜の墓地や暗い地下室は馴染み深い親友といっても過言ではありません。生まれてから13年は神殿と墓地の横で生活していたのです。

 そもそも私には神々の守護があります。


 こんな夜更けに暗い地下室に下りるなんて、どうかしているでしょうか。

 どうかしています。


 ふぅっと息を吸い、ランプを掲げ階段を降りはじめようとした時――


「おい、何やってんだ」

 さすがにびっくりしました。


「ラ、ランカスターさん!! 脅かさないでください!」

 ランカスターさんがランプ片手にのっそり影から出てきます。


「 何やっているんですか!」


「こっちのセリフだ。不届き者かと思ったぜ」


「家に不審者がいたようでしたら、憲兵の方に知らせてほしいのですが」


「不審者がブツブツ独り言いってる屋敷の主だったらどうしようもないだろ」

 確かに。


「見てください、見つけたんですよ! 秘密の地下室の入り口! 公爵家の宝があるかも!!」

 ランプでバッと入り口を照らします。階段は深く続いているのか先が見えません。

 ランカスターさんは露骨に眉を顰めて地下室を覗き込みました。


「地下墓地じゃないか?」


「神殿の横には地下墓地は作られません」


「昔の遺跡の墓地だよ。家建て替える時とか、地面掘り返すとたまに出るだろ?」


「階段の石の組み方を見てください。どの年代の地下墓地の形式にも当てはまりません。地下室ですよ」


「……」ランカスターさんはまだ訝しげな顔をしています。


「わたしは入りますから」


「止めとけって、呪われるぞ」


 地下墓地だろうと、古遺跡だろうと、邪な心を持たず敬意を持って入れば本来は呪われません。

 まぁ、お宝を見つけて独り占めを目論むのは少し図々しいかもしれませんが、これでも元聖女です。そこまで強欲ではありません。公爵にお返しするのもやぶさかではないのです。


「ランカスターさん、怖いのですか?」


「君が怖い」

 目をそらされました。まったく。


「森の泉よ、この旅路に臨む者に祝福を。暗い地下へと足を踏み入れる者たちに、あなたの光を与え、勇気を授けてください。心安らかに進み、無事に帰還できるよう、あなたの庇護を願います。――待ってていいですよ。わたしは行きます」

 何百回も唱えたことのあるお祈りを唱えると、ランプをかかげて暗い石段を一歩ずつ進みます。


「ちょ……ちょっと待って!」

 後ろからランカスターさんの声が聞こえました。


 もちろん、無視して進みました。

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