第31話 招待客リスト
今日は神殿と玄関ホール改装中の親方さん、ミトと内装屋さんを連れて2階の空き室にやってきました。
エレニア夫人が内装代を値切った分の保証ついでに、2階も改装する計画を思いついたのです。幸い私の蓄えはまだ余裕があります。
「この応接間を改装しようと思います」
私は公爵夫人の応接間の真ん中に立ち、宣言しました。
「続きの間は公爵夫人の元寝室ですが、ここはランカスターさんの仕事場にしようと思います」
4人で寝室に移動します。
「で、夫人の寝室の繋がっている公爵の寝室は私の仕事場にします。仕事用のドレスも収納できますし。寝台を移動させて応接セットを用意してください」
「今は下の食堂で仕事やってるからなぁ」
ミトが寝台を撫でながら言いました。
「そうです、人をお迎えする場所がありません。2階の改装もお願いできますか?」
「それでしたら、ぜひ我が商会にお任せを!」
げっそりしていた内装屋さんの瞳がキラリと光っています。青白かった顔に心なしか血色が戻ってきているようでした。
「はい。内装と家具の手配をお願いできますか?下のように豪華絢爛な必要はないのですが、上流階級の方をお迎えしても恥ずかしくない部屋にしたいです」
おおおおお、と気合の入った声を出しながら内装屋さんは手元のメモに殴り書きをしています。エレニア夫人が値切りきって失った気力が戻ってきたようです。
「お任せくださいっ! 来週までに見積もり持ってきます!!」
叫ぶように言うと、内装屋さんは走って出ていきました。元気になったようで何よりです。
残った親方さんとミトに向き直ります。
「下が終わったら2階もお願いできますか?」
「いいけどよぉ。でも聖女さまは何処で寝てるんです?」
「え゛……えーと」ここは正直に言うべきでしょう。嘘はつけません。
「――素敵な屋根裏部屋です」
2人は微妙な顔をしました。おっと話題を変えるべきです。
「お、親方さん、ところで2階に隠し部屋とかありませんか?」
「隠し部屋?」
親方さんとミトが首を傾げます。
「古いお屋敷には、隠し通路とか隠し部屋があると聞いたもので」
「要塞や城なんかはあるって話だけどなぁ。王都のここら辺の建物では聞かねぇな。パッと見た限り、間取りも変な感じじゃねぇし……」
そうですか……。親方さんが言うのでしたらそうなのでしょう。
「お~。カレンセイここにいたか。寝室改装決まった?」
ランカスターさんが呑気に応接間にやってきました。
「いい感じになりそうだぜ」ミトが言います。
「良かったな~。まともな部屋で寝るべきだ」
あ、まずい。と直感的に思いました。
ランカスターさんは屋根裏部屋で私が寝ているのが気に入らず、二階を私の寝室にすると考えています。二階をオフィスにすると聞いたらまた呆れられるでしょう。忙しいランカスターさんの憂事を増やす必要はありません。
「親方さん、ミト! 後はお任せします! ランカスターさん、お邪魔にならないように下行きましょう!」
*
「なんだ、なんだ?」
ランカスターさんをモーニングルームに押し込むとお茶の準備をアニアさんに頼みます。
「ランカスターさんちょっと休んだほうがいいですよ。お茶にしましょう。お茶! お菓子もあります。ランカスターさんが好きな木の実のパイもありますよ!!」
「なんだよ、子どもじゃないんだから……」ランカスターさんはブツブツいいながらもアニアさんからポットを受け取るとお茶を淹れ始めます。
「招待状できたし、そろそろ招待客決めようと思ってさ」
ランカスターさんからカードを受け取ります。空の招待状でした。乳白色の光沢のある紙に、銀色のインクでふっくらと『カレンセイクラブ』と飾り文字で書かれ、下に神代文字で『女神たちの演舞』と書かれています。
「綺麗……」
百合の花とツルが描かれ、優雅な曲線で店名を取り囲んでいます。太陽にかざすとインクがチラチラと輝いていました。
「ロゴのデザインはミト君がした。あの子器用だな」
とても素敵なカードでした。上品で、優美で、神代文字なんて洒落ています。
自分の店名が書かれた物を手にすると、こんなにうれしいとは思っていませんでした。思わずため息をついてしまいます。
「プレオープンの3日間に呼ぶ貴族方を決めようぜ。君、招待したい貴族の人とかいないの?王宮の知り合いとか」
「知り合いはいません。王宮でも上流階級の方々とは式典で一緒になるくらいでしたし」
エレニア夫人は別として、貴族の知り合いといったらアル公爵しかいません。アル公爵と一緒に参加した舞踊会で紹介された方々も、私の事など婚約破棄された今となっては特に興味はないでしょう。
ランカスターさんが私にもお茶を注いでくれました。相変わらず濃い目です。
「んじゃ、定石通りに決めるか。上から上流階級の重鎮。貴族社会の顔役だな。ここら辺は礼儀として呼ばないとまずい」
ランカスターさんがリストを差し出します。ずらりと名前が書いてありました。
「ご招待したら、いらっしゃるのでしょうか?」
ランカスターさんは肩をすくめます。
「レンスフォード伯爵は保守的だし。庶民が開いた店には来ないだろうな。マースデン夫人と、ブラントン公爵夫妻は劇好きだし来るかも。ただ、声を掛けないと不機嫌になるタイプだから、呼ばないという選択肢はない」
頷きます。
来たくない方まで呼ぶ必要はないと思うのですが、そこは面子と見栄で成り立っている貴族社会です。
王宮でも席次を巡って凄まじい争いがあったので、意義はわかりませんが理解はできます。
「あとは……マダム・キャビッシュの顧客の御婦人方。わが道を行く上流階級の花形の奥様達。新しい物好きで噂話も大好きなタイプ。この層に気に入られるのが一番早い。絶対に呼ぶべきだ」
「あ、わたしサーシャ様に招待するって言っちゃいました」
「お、んじゃ席空けるか。サーシャさま誰かと一緒に来るかな?アル公爵と来たら笑えるな」
「笑えません! というか、どうしましょう。わたし、サーシャ様にストリップクラブ開くって言っていないのです」
ランカスターさんが眉を上げました。
「酒場だと思ってるはずです。サーシャ様、ストリップダンス知らないですよね」
「……俺に聞かれても」
「突然見せたら刺激が強いでしょうか? わたしもストリップダンスを見るまで自分以外の女性の裸見たこともありませんでしたし」
ランカスターさんが珍しく赤面しました。
「そうなの……?」
ずいぶん悩んだ結果、サーシャ様は先に夜光亭でストリップダンスを見せて反応を見てから誘おうという結論に達しました。
プレオープンの時はちょっと待ってもらいましょう。
ランカスターさんと相談して、プレオープンの3日間で呼ぶ方たちをリストアップします。
ノーフォーク伯爵夫人の友人の奥様方、そしてこのお屋敷のご近所さんの方々。
招待リストはまるでパズルでした。
階級、しきたり、立場、人間関係、噂話好き度、ありとあらゆる要素で並べ替えて、最も効果的、いえ最も敵を作らなそうなリストを完成させます。
これには、元王立劇場支配人であったランカスターさんの手腕が大いに役立ちました。
上流階級のうるさがたを黙らせる招待客名簿になったはずです。
リストが出来上がった頃にはすっかり日が暮れて、辺りは真っ暗でした。
ノーヴィー夫人の手料理をいただきながら、出来上がったリストを眺めて微笑みます。
「着々と開店に近づいてますね」
「そうだな」
「2席ほど余裕がありますね」
「記者席だよ。新聞社とか、雑誌の記者を取材用に呼ぶんだ」
なるほど! ゴシップ誌も大々的に宣伝してくれたら良いのですが。
裏庭からは夏虫の音が響いています。
開店は秋、もうすぐです。
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