第36話 シャンデリアを灯す時

 エコーズ新聞にクラブの記事が載ったのと同時に、出席の返事がポツポツと届き始めました。

 不思議な事に、一通届くとまた一通。それに釣られるように二通、四通と倍々式に返信は増えていきました。


 今では食堂の長机に招待状のお返事が山となっていて、見ているとニンマリしてしまいます。ガラガラで寂しい雰囲気になることは無いでしょう。


「な~に、ニヤニヤしてんだ」

 ランカスターさんの声で我に返ります。

 ニヤニヤはしていません! 言いかけて、思わず言葉を失いました。


 ランカスターさんがピシリとした正装で現れたのです。

 普段は簡単にまとめている黒髪は、ゆるく編んで後ろでまとめていました。

 温かみのあるグレーのジャケットに、暗い色のクラヴァットを合わせています。銀のブレードと同色の飾り紐は、ランカスターさんの花茶色の瞳にとても似合っていました。品があり、精悍にすら見えます。


「マダムのデザインした仕事着だ」上品にお辞儀をする姿は貴族的にも見えます。


「素敵です! グレーにしたのですね」


「マダムに言わせれば、グレージュだ」


「王立劇場では真紅のジャケットにゴールドの飾りでしたからね。こっちも上品な雰囲気で似合っています」


「あの赤い制服嫌いだったんだよ。なんか前時代的だし」

 嬉しくて、ランカスターさんの周りをグルグルと回ってしまいます。これは、私もドレスアップしないと隣には立てません。


「よしっ、招待状の返り見てニヤニヤしているのは止め! 玄関ホールに行くぞ」


「ニ、ニヤニヤはしていません」


 慌ててランカスターさんを追います。

 玄関ホールの真ん中には、巨大なシャンデリアが置かれていました。それを囲むようにたくさんの人で賑わっています。

 ミト、エレニア夫人、マダム・キャビッシュに親方さん、アラン君にリュッカ君までいます。


「あ、あれ? 皆さん、どうしましたか?」


「僕は取材でーす!」リュッカ君がピョコピョコ飛んで手を振っています。


「玄関ホールの改築が終わったから、みんなで集まったのよ」

 エレニア夫人が朗らかに言います。


 玄関ホールは今では見違えるようになりました。

 長い間放置されたくすんだ印象がなくなりどこもツヤツヤに輝いています。


 黒い大理石の床には黒いカーペットが引かれていて、踏むのを躊躇するほどピカピカです。

 壁紙は私とエレニア夫人が選んだ、銀砂入の黒地に白百合と銀の蔦が印刷された古典的なもので、ツルが伸びやかに天井に広がっているように見えます。

 中央階段の前にチケットカウンターが設置されれば、さぞかし立派な玄関になるはずです。


「シャンデリアを上げるところよ」


 床に横たわるシャンデリアを見下ろします。

 改築の為に一旦バラして整備したものです。少し埃っぽく白濁したクリスタルが、今ではパーツ一つ一つが磨かれ陽の光で輝いてました。

 シャンデリアは太い鎖で天井まで繋がり、天井を覆う布に吸い込まれています。


「あれ……でも天井ってまだできていませんよね? まだ布に覆われています」


「あれは絵を乾かすためでさぁ。どうしても下の方に匂いが落ちてくるから」親方さんが言います。


「ってこと。ほら、ルゥちゃん紐を持って。このクラブが愛と幸福に満ちる場所になりますように」


 エレニア夫人に促され、天井から伸びる紐を握ります。


「思いっきり引っ張れ」


 ランカスターさんの言うとおりに思いっきり引きます。ブツブツと鈍い手応えと同時に天井の布がはためき、ゆっくり落ちてきました。


 どこからともなく歓声が上がります。


 天井には女神がいました。

 ドーム天井のメダリオンを中心に、3人の女神が優雅に踊る様子が絵描かれています。

 暗い藍色の夜空に混じり合う銀色の星と花と果実、さまざまな色が混じり合い、幻想的な輝きを生み出しています。

 本当に美しい壁画でした。


 口をあんぐり開けているはずです。無理やり閉じます。


「素敵です!ヴェネラス神話の星の踊りをモデルにしたのですね? 本当に素敵です!」


「あたしと伯爵夫人で相談したんだ。クラブとルゥにお似合いのモチーフだと思ってさ」

 思わずミトに抱きついてしまいます。


「ありがとう! ミト。エレニア夫人も。本当にぴったりです」


 ミトに頭を撫でられて泣きそうです。


「まだクラブは出来上がってないだろ」


「そうそう。よーし、シャンデリアを上げてください」


 ランカスターさんの声を合図に、ギリギリという音を立て少しずつシャンデリアが浮かびます。

 よく見ると丸天井に小さな出窓があり、職人さんの一人が鎖を巻いていました。

 あそこの小部屋からシャンデリアの上げ下げと火を灯したりするのですね。最初にお屋敷に着たときの謎が一つ解き明かされました。


 ほどなくして、シャンデリアに天窓からの太陽光が反射して、玄関ホールが七色の光に包まれました。

 ピタリとパズルがハマったような、星が一直線に並んだような、あるべき所にぴったり収まった感覚に包まれます。


「ありがとうございます。皆さんのお陰でとても素敵なものができあがりました」


「皆さん、食事を用意してあります。今日は飲みましょう」

 ランカスターさんの声で皆の歓声が上がりました。



 *



 お食事会は改築が終わったクラブ内でする事になりました。


 クラブ内は元神殿とは思えないほど、きらびやかに改装されていました。赤い絨毯が敷き詰められ、元々祭壇があった場所は真新しい舞台が設置されています。

 

 左側の壁は棚が設置されバーカウンターになる予定ですが、まだカウンターの天板は設置されていません。

 客席のソファとテーブルもまだ無いので、ランカスターさんと職人さんが長机を何処からか運び込んでくれました。


 アニアちゃんと、ミディちゃんがカートでお料理を運んでくれます。


 リュッカ君はお料理には目もくれず、クラブ内をうろついています。そんな彼を監視するようにランカスターさんが睨んでいます。


「凄いですねぇ、凄いですねぇ。豪華絢爛を自称するだけありますよ。王立劇場とはまた別の趣がありますねぇ。これは結構イイお値段かかったんじゃないですかぁ?」


「おい、リュッカくん。絨毯汚すなよ。一杯飲んだらさっさと帰れ」


「追い出したりしないですよねぇ。聖女さまぁ」


「はい。いい記事をたくさん書いてくださいね」


 リュッカ君の事はランカスターさんにお任せしましょう。あれだけ目を光らせていれば、妙な事はできないはずです。



「美味しいわねぇ。これはなんていうお料理なの?」エレニア夫人はお料理を珍しそうに覗き込んでいます。


「鹿肉の香草焼きでさぁ、奥様。獣人の郷土料理ですな」

 親方さんもぶどう酒片手にご機嫌です。


「エレニア夫人、親方さん。素敵なクラブになりましたね」


 エレニア夫人はふふふと優美に笑いました。立食で下町のお料理を突いていても彼女は上品に見えます。


「まだ終わってないでしょう」


「そうですぜ、聖女様。まだテーブルもカウンターも照明もついてない」


「いつ頃入るんですか?」


「照明は来週の予定でさぁ」


「バーカウンターとテーブルの天板は、船で運んでいるのよ。チケットカウンターの一枚板もね」


「そうなんですね!」


 テーブルとカウンターは、親方さんとエレニア夫人が一番こだわっていた部分です。なんでも、星の飾り彫がされているものを特注で作ったはずです。


「港から隣町の工房まで運んで仕上げるの。楽しみねぇ」


「もう港に着いてるはずなんだがなぁ。ギリギリになりそうだな。ま、間に合わせるから心配しなさんな」

 親方さんがバシバシと背中を叩きます。こういった所はミトそっくりで、思わず笑顔になってしまいます。



 クラブの奥にある半円形の舞台には、重厚な織りの真紅の天幕が垂れています。

 マダムキャビッシュは舞台に魅入られたように、ステージ前でぶどう酒を飲んでいました。

 私に気づくと、合格よ、とでも言うように頷きます。


「クラブ素敵じゃないの。ちょっと怪しい雰囲気がいいわね」


 マダムのお眼鏡にかなったようです。


「あたくしのお客様の間でも、あなたのお店は話題になっているわよ。皆さんお手並み拝見って顔しているけど、興味津々なのは隠せていないですわ」


「作戦通りです」


 マダムの顧客は王都随一の新しいもの好きで噂話好きです。そんな方々の好奇心をくすぐることができれば、噂になることは間違いありません。


「この舞台。それに、お安いぶどう酒。やっぱり舞台はいいわねぇ」しんみりしたご様子です。「たっぷり儲けて、まともなドレスを揃えなさいよ」ジロリと睨まれます。


 逃げましょう。



 アランくんとミトはスープを取り分けていました。

「アラン君。今日は来てくれてありがとございます。お料理も用意してくれたんですね」


「ウチのお店のスペシャリテですよぅ。たくさん食べてくださいねぇ。こんな素敵な酒場をオープンさせるなんて凄いじゃないですか」


 アラン君が身体に似合わない大きな手で拍手してくれます。


「この子、夜光亭のストリップダンス見て、ストリップ酒場作るって言ったんだぜ」


「え! そうなんですか?!」

 照れながら頷きます。

 今思えば、なんとも無謀なスタートだったと恥ずかしくなります。公爵に婚約破棄を言い渡されて、やけ酒をしながら宣言したのです。


「夜光亭みたいな愛されるお店にしたいと思います」


「そんなぁ」アランくんも照れたように頭をかいています。


「楽しみだな、おい」


 ミトがバンバン肩を叩きます。自然と笑みが浮かびます。


 自分の思い描いていたお店が形になり、来月には開店するなんてまだ信じられません。

 なんだか夢のような、現実味のないフワフワとした状態です。


 クラブには笑い声のざわめきが満ちています。

 皆楽しげに酒を飲み、お食事を楽しんでいます。親しい友人たちが集まり、幸せで温かい空間が広がっていました。


 お客さんが入ったらこんな感じになるのでしょうか。


 きっとなります。

 本当に楽しみです。

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