第44話 意外な招待客
お客様が次々と到着し始めました。
お屋敷前の馬車道に馬車の列ができ、従者が必死で行列をさばいています。
私は玄関ホールでお客様一人一人に挨拶します。
招待客の皆さんの名前と爵位は頭に叩き込みましたが、顔と名前が一致しません。皆さん着飾っているのでなおさらです。
ランカスターさんが私の後ろで到着した方々の名前を教えてくれました。
今までたくさんの貴族の方々と王宮の式典でお会いしましたが、1対1の個人として顔を合わせた事はありませんでした。
王宮の儀式でも特等席に名を連ねる上流階級のお歴々もいます。
ともあれ挨拶は得意です。これまでの人生のありとあらゆる場面で、神々に、神官様に、女王陛下にご挨拶をしまくってきたのです。
貴族の方の反応は様々でした。
上から下まで私を品定めをするように眺め回してから、軽く頷く方はまだ良い方でした。
目も合わさない方、私などいないように振る舞う方もいます。ただ王宮で聖女として式典に参列していた時も同じように、いるかいないのか、当然存在しているものとして扱われていました。なので特に気にはなりません。
それに何人かのお客様は私に快く挨拶を返して話かけてくれました。
「君、大丈夫か?」
ランカスターさんが人が途切れた時にポソリと言いました。
「何がです?」
「社交界の洗礼を受けているだろ」
どうやら、皆さんの私へのあたりが強いのを気遣ってくれているようです。
優しい方です。私は笑みを浮かべました。
「問題ありません。皆さん、結局はわたしを無視できずにこのクラブに足を踏み入れる決断をしたのです」
それに、今日の帰る頃には私を無視できなくなるでしょう。
馬車の列もまばらになり、ついに人影がなくなりました。
「今の方で最後です」ドアマンさんがホッとした様子で言いました。
ふぅと息が抜けます。私も緊張していたようです。
「席数と合わない」
ランカスターさんが席次を覗き込んで言いました。
「おかしいな。1席残ってる」
「ああ……、それはわたしが――」続きは馬車がガラガラと前庭に入る音にかき消されました。
真っ白の立派な馬車が前庭をグルリと回って向かってきます。
――あれ? あの馬車は……。
「王宮の馬車だ」
ランスカスターさんが呟きます。。
真っ白の馬車には、見慣れた王宮のエンブレムが輝いていました。馬車はカラカラと玄関前で速度を緩め停まりました。
従者の手を借りて優雅に降りて来たのは、黄昏の聖女サーシャ様でした。サーシャ様は物珍しそうにお屋敷を見上げています。
「え、ああサーシャ様か。君、招待したんだ」
「いいえ、呼んでいません」
「え」
私はサーシャ様はご招待はしていません。
初見でストリップは刺激が強そうなので、一度下街のストリップ酒場に誘って反応を見てから招待をしようと思っていたのです。
サーシャ様は馬車から降り、ドアマンと会話し――。
「サーシャ様、ようこそいらっしゃいました」
慌てて外に出て、サーシャ様を迎えます。
チラリと横目でランカスターさんを探しますが、姿が見えません。こんな時に!
「ルゥ様! あの……私、ごめんなさい」
サーシャ様は私に気づくなり、真っ赤な顔で頭を下げています。
「あ、頭をあげてください。サーシャ様!!」
慌てて駆け寄って手を握ってしまいます。なんとなくサーシャ様が現れた意味がわかったのです。
「招待制だったのですね。ごめんなさい。すっかり知らなくて……。新聞でクラブがオープンすると読んだので来てしまいました」
「いいえ」
サーシャ様は今にも泣き出しそうな顔をしています。
「わたしの方こそ、招待すると言っておいて、お便りも出さずに申し訳ありません。実は……ちょっと特殊な酒場なのです」
「特殊?」
「サーシャ様、ストリップダンスってご存知ですか?」
ポカンとした顔が答えでした。
「存じ上げません。踊り……ですか?」
こんな時にどういった説明をすれば良いのか分かりません。きっと私の相手をするランカスターさんは時折こんな感情を覚えているのでしょう。
「踊り子さんが裸で踊る素晴らしいダンスです」
サーシャ様の顔の赤みが更に増しました。
「まぁ、その……。そんな事が?」
問いかけるような眼差しに、私はしっかり頷きました。
サーシャ様は驚愕の表情を浮かべていましたが、ゴクリと息を呑んで真剣な表情になりました。
「最近は市井の事を勉強しているのです。なに事も経験です。ルゥ様、私が無知なのは承知です。でも遠慮せず、誘ってください」
「ランカスターさん」
席を用意してください。と言う前に、ランカスターさんは笑顔で私の横に滑り込んで言いました。
「黄昏の聖女様、席をご用意しております。ご案内いたします」
何処かで聞いたようなセリフを言います。
仕事のできる方です。私がバタバタとしている内に準備していたのでしょう。
招待客用のお席はあと1つしかないのですが、さすがのランカスターさんも初めてのストリップクラブをたった一人だけの席にご案内したりはしないでしょう。
ランカスターさんが玄関ホールに戻って着た時に聞いてみます。
「どこのお席に案内しました?」
「ノーフォーク伯爵夫婦の席です。エレニア夫人なら、サーシャ様のお相手もできるでしょうし」
エレニア夫人でしたら安心です。後でたっぷりお礼をしなければいけません。
「それに、サーシャ様なら伯爵にボケっと見とれないだろうし」
ランカスターさんに肘鉄をします。
「あのお顔は誰でも見とれます」
また馬車が1台ゲートを通って馬車道を進んでくるのが見えました。
ガラガラと向かってくる馬車を見て、ランカスターさんが驚愕の表情を浮かべます。
オイルランプで照らされた前庭を進む馬車には、海獣と獅子の紋章が輝かしくかかげられていました。
「ダリウス公爵家の馬車じゃねぇか! アル公爵招待したのか?!」
「まさか、そんなことはしません」
馬車から降りてきたのは、白髪の紳士でした。
「――ダリウス公爵……!」
後ろでランカスターさんの掠れ声のつぶやきが聞こえます。
あの方が……アル公爵のお父様。
想像より若々しい中年の紳士でした。痩せた鋭い顔立ちに、アル公爵にそっくりの銀色の瞳が謎めいた印象を与えています。
きっと若い頃はアル公爵にも勝る美青年だったのでしょう。
暗い色の闇に溶け込むような正装をまるで身を守る鎧かのようにキッチリと着込んで近寄りがたい印象です。
白に近い金髪を硬く編み込み、胸元のダイヤモンドの飾りがその堂々たる姿勢に一層の厳格さをそえていました。
「君が呼んだのか?」
頷きます。
正直言って、まさか来るとは思いませんでした。公爵に招待状が渡される前に、執事さんに燃やされる可能性の方が高いと思っていました。
そもそもストリップに興味があるとは思えません。
それに、ダリウス公爵の生家であるこのお屋敷に呼ぶのが正しいのか分かりません。
ただ、彼とは会ってみたかったのです。
「ダリウス公爵、お越しいただき光栄です」
今夜一番深くお辞儀をします。公爵は銀色の瞳で一瞥すると、軽く頷きしました。
冷たい瞳からは一切の感情を読み取れません。
「ランカスターさん、閣下をご案内してください」
流石のランカスターさんも緊張した面持ちで、フロア担当に任せず自分で案内することにしたようです。
ランカスターさんと公爵がクラブに入ると同時に、お客様が息を呑み一瞬の沈黙の後にざわめきが広がっていくのが聞こえます。
どの方も、まさかダリウス公爵が来るとは思わなかったでしょう。アル公爵に爵位を継がせてから公式の場には姿を見せないお方です。
きっとランカスターさんは、クラブの中央をまっすぐと突っ切ってお客さんに公爵の姿を見せつけるようにして席に案内しているでしょう。
予想外の方も来ましたが、ゲストは全て到着しました。
さぁ、ショーのスタートです。
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