第20話 マダムとの取り引き

「き、黄色のフヨフヨ?」


 ガランとした応接間に私の声が響き渡ります。思わずソファから立ち上がってしまいました。

 ランカスターさんは気まずそうに視線をそらします。


「その色が悪いのか? なんだかわからんが、似合っているとは言えない。普段着ている服の方がよっぽど君に似合っている。昨日着ていた青いワンピースとか、白いドレスとか……」


 黄色のフヨフヨと称されたドレスを見下ろしたくなるのをなんとか堪えます。

 服が似合っていないと言われた時にどういった態度を取ればよいのか、さっぱり分かりません。怒ればいいのか、毅然とすればいいのか。

 とはいえ、ランカスターさんもマダムも同意見のようです。


「そんなドレスを嬉々として着ているオーナーの所でなんて、あたくし仕事はできませんわ」

 マダムは勢いよく立ち上がると、出口に向かって歩き出しました。


「ま、待ってください!」

 慌ててマダムを追いかけます。とはいえ、このドレスについて、何をどう弁明していいかわかりません。

 このドレスはもう売り払うつもりです。とか? 違う気がします。

 マダムに追いついて袖に手を掛けます。なんとも喜劇的でした。


「これは公爵からの贈り物です。きっと公爵はわたしの事などなにも考えずにこのドレスを選んだのでしょう」


 マダムが鼻をならしました。

「そのようですね。あたくしなら、金髪の女にその色の服なんて死んでも着せませんもの」

 

 こんな所でアル公爵の私に対するぞんざいな扱いが露呈するとは思ってもみませんでした。そして、アル公爵のドレスのせいで王都一のデザイナーに依頼するチャンスを逃すなんて絶対に嫌です。


「久しぶりに素敵な服を着て、お世辞で褒められていい気分になっていました。間抜けもいいとこです」


「ジェイド君は育ちが良すぎて、レディを批評することはしないようですわね」

 後ろでランカスターさんが喉が詰まったような声を出しました。無視します。


「職業病かもしれません。優秀な方ですから」


 ランカスターさんが普段の軽妙な態度からは想像できないほど、おずおずと前に出ました。

「あー、その、マダム・キャビッシュ。助けてくれませんか。オーナーにはクラブの顔に相応しい装いをさせたいのです」


 マダムがグルリと向き直り、私を覗き込むように見下ろしました。ランカスターさんが続けます。

「彼女は修道院育ちで、世間の流行というものを一切知らずに育ってきたのです。そして、ご覧の通り自分に何が似合い、何を着るべきかを全く分かっていません」


 酷い言い草です。でも、大体合っているので否定はできません。それに、ランカスターさんがここまで言うのは意味があるので、殊勝な顔つきを精一杯します。


「彼女は長年の王宮務めでもう何年も自分の服すら買ったことがありません。自分が最後に服を買ったのがいつかも思い出せないくらいです」


「5年前です」

 思わず声に出してしまいました。さすがに覚えていますし、嘘はつけません。

 全員が信じられないものを見るような目で私を見つめていました。ランカスターさんでさえ、口をポカンと開けています。


「5年ですって?!」

 マダムが窒息しそうな声で言いました。


「――ですが、彼女のクラブを開店させたい情熱は本物です」ランカスターさんがなんとか続けます。


「つまり、踊り子の衣装やらなんやらの前に、彼女が融資を受けるにふさわしい人物に見えるようなドレスを作ってくれませんか」

 ランカスターさんと目が合います。問いかけるような眼差しに思わず頷きました。いい案です。


「そ、そうです! ぜひお願いしたいです。装いは武器であり、服は人を作ります」


 マダムはジッと私の顔を覗き込んでいます。その視線は鋭く、一蹴されると思いました。

 次の瞬間、マダムがパチリと指を鳴らしました。お付きの女の子2人がサッと前に出てきます。


「聖女さま、ここに立ってください」

「聖女さま、真っすぐ立ってください」


 2人は私を取り囲み、どこからともなくメジャーを取り出します。身体の採寸が始まりました。

「ルシアといいます」

「リエラです」

 少し東訛の可愛い声で自己紹介してくれます。

 採寸しながら私のまわりを飛び跳ねるように動くさまは妖精さんみたいでとても可愛いです。

 身長、ウエスト、バスト、腕の長さまで次々と計測され、言われる通りに身体をひねり、腕を上げます。

 これは説得に成功したと言って良いのでしょうか。少なくとも、服は作ってくれそうです。


 マダムは私の周りをグルグルと歩きまわりながら、髪を触り、顔を覗きこみ、ブツブツと竜人語で独り言を呟いています。


「ジェイド君はよく観察しているようね。冬の夜空のような濃い青が似合うでしょう」


「賢く、見る目があり、そして大胆に見せたいです」

 私は少々欲張りになっているようです。とはいえ、言うのはタダです。もしかしたら、マダムの素晴らしいドレスでそんな素敵な女性になれるかもしれません。


「それより少し本性を隠す必要があるんじゃないかしら。正直者は損をする世の中ですよ」


「わたしの誠実さは偽るものではありません」


「よろしいっ!」

 マダムが手を叩くと、ルシアちゃんとリエラちゃんがサッと私から離れていきます。


「いいこと! あたくしのドレスを着て融資をもぎ取って来なさい! そんなこともできないようじゃ、あたくしと一緒に仕事をするなんて100年早いですわ!」


「その通りです、マダム。ありがとうございます。絶対に良い知らせをお伝えします」


「2日よ」

「え?」


 マダムが芝居がかった仕草で指を突きつけます

「約束のドレスは2日で届けましょう。4日後までに返事を聞かせなさい! でなければこの話はなかったことに!!」


 マダムは朗々と言い切ると、バサリとスカートをひるがえし嵐のように去っていきました。 

 ポツンと応接間に取り残された私とランカスターさんは目を合わせます。


 突然期限ができました。

 2日後に王都随一のデザイナーのドレスが手に入ることになりました。そして、4日後までに融資を取り付けなければ、マダムに依頼はできないでしょう。


「カレンセイ、悪かったよ」ランカスターさんがポツリと言いました。


「謝罪を受け入れます。でも、上機嫌のオーナーに水を指すのも優秀な従業員の務めだと思います」


「肝に命じる」ランカスターさんが神妙な表情で答えます。


「それで、どうする? 銀行は3件断られた。君はそもそも有名人だから、装い一つで銀行の判断が覆されるほど甘いもんじゃないぞ」


 頷きます。流石にそれは理解できます。美しい服は自信と尊敬が手に入ります。ただ、万能の道具ではありません。

 マダム・キャビッシュは期限を設けてくれました。王都一のデザイナーに依頼できるチャンスを逃す手はありませんし、ここで決めなければいつまで経っても成功は難しいでしょう。


「エレニア夫人に融資のお願いしようと思います」


「エレニア夫人って……ノーフォーク伯爵夫人?! 知り合いなのか?」ランカスターさんは驚いた様子です。私に貴族の知人がいるとは思ってもいなかったのでしょう。


「お隣さんです」

 私は自分に言い聞かせるように言いました。

 ここで決めたいところです。

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