第19話 マダム・キャビッシュ

 ダイニングルームの入り口に竜人の御婦人が仁王立ちで立っていました。


 ランカスターさんより頭一つ大きく、巨大な角はドアフレームに届きそうなくらい立派です。

 そして、今までに見たどの御婦人より派手でした。

 目の覚めるような鮮やかな青の絹のドレスに、ジャラリと音が聞こえてきそうな金のネックレスが輝き、黒曜石のような鱗を際立たせています。

 黒髪はカッチリとロール状に巻かれ複雑怪奇な方法で高く高く結われています。


 御婦人の後ろで影が動きました。よく見ると、夫人のボリュームたっぷりのドレスに埋もれるように2人の竜人の子どもが立っています。

 女の子は、マダムとお揃いの青いドレスで、艶のある黒髪を小さな角の横でお団子にしていました。異人種は見分けがつきにくいのですが、双子のようにソックリです。

 コホンと御婦人は咳払いをしました。とっても上品な王宮風の注意の引き方です。


「ど、どちら様でしょうか?」


「あたくしはマダム・キャヴッシュ。よろしく」

 マダムは歌うように朗々と言いました。



 *



 マダムとお連れの方を散らかったダイニングルームから応接間に案内して、私達2人はキッチンに逃げ込みました。

「な、なんでマダム・キャビッシュがいるんだ? 君呼んだ?」

「知りません!! というか、どなたなのですか? マダム?」

 とりあえず、客人をもてなすようにお湯を沸かします。

 私は焼き菓子を取り出しました。ふと固まります。竜人と接したことがないのです。

「あのマダムはお菓子は好きでしょうか?」


「知らん」


「わたし、竜人の子どもを初めて見ました。角が小さくて可愛いですね」


「いや、知らん」


「それでキャビッシュさんはどちら様なのですか?」


「マダム・キャビッシュはあれだ。服のデザイナーだ」


 デザイナー! 確かに王宮でも滅多に見かけないほどの華やかな方でした。


「踊り子の衣装デザイナー探してたろ? 昔王立劇場の衣装担当をやっていて、今は貴族相手にドレスを作ってるんだ。踊り子の衣装とかクラブの制服のデザインを頼もうと思って、打診の手紙は出したんだけど……」


「だけど?」


「なんで来たのかはわからん」


「お知り合いなんですか?」


「何度か劇場で見たことはあるけど、話した事はないな。マダムがまだいた時は俺は新人だったし。俺が入ってすぐに王立劇場を辞めて独立したんだ。女王陛下のドレスのデザインもして――」

 ランカスターさんが手慣れた様子でティーポットにお茶っ葉を入れながら言います。


「すごい方じゃないですか!」


「それが奇抜で賛否両論を巻き起こした。ほら、3.4年前の女王誕生式典の白と黒のシマシマのドレス知ってる?」


「ああ! あれは間近に見ました! 素晴らしかったですよ」

 あのドレスは強く記憶に残っています。黒と白のストライプには、細かなビーズで縫われ、玉座の銀の天幕に反射してきらめいていました。陛下のベルベットフードの真紅と相まって幻想的なのに威厳ある神話的なドレスでした。


「え、君式典の会場にいたの? すごいな」


「一応王宮付の聖女だったので。ともかく素敵でした」


「んんん、そうか?なんか……こぅ……シマシマだったろ? 俺も一般参列で見たけど……、なんか、だまし絵みたいで……。庶民の間じゃシマシマドレスって話題になってな。でも、一部の上流階級の奥様方には刺さって一躍トッププランドに躍り出た。今じゃグランド・ブールバードに店を出している」

 グランド・ブールバードは、街の中央に位置する王立劇場と大公園を結ぶ王都随一の大通りです。通りには超一流のショップがずらりと並んでいて、上流階級の方々の社交の場です。

 その一角にお店を持てるとは、並々ならない才能の持ち主なのは私でもわかります。

「すごい方なのですね。ぴったりではないですか」


「まあな。人目を引くデザインでは王都一だと思う。でも、見かけ通りの曲者だぜ。劇場の衣装担当だった時だって、総支配人と伝説的な喧嘩を何度もしたって聞いたし」

 あの堂々たるお姿を見た後だと、驚く事ではありません。自分に絶対の自信を持ち、人を非難することを恐れない方のようです。

 焼き菓子がたっぷり乗ったお皿を持ってランカスターさんに微笑みます。


「来訪理由は礼儀正しく聞いてみましょう。甘いものがお好きでしたら良いのですが」


 お茶を持って出陣です。



*



 ガランとした応接間では、マダムの絢爛豪華な華やかさが妙に浮いていました。

 マダムは3人掛けのソファの中央にドッシリと座り、異様な存在感を放っています。

 お連れの女の子用にランカスターさんが椅子を持ってきてくれました。

 部屋の中央にポツンとあるテーブルを挟んで向かい合います。


「ようこそお越しくださいました。マダム・キャビッシュ」

 館の主人らしく、お茶を淹れながら言います。お茶っ葉を入れたのはランカスターさんなので、味は大丈夫なはずです。

 ランカスターさんは使用人のように私の後ろに立っています。


「わたしくはこの屋敷の主、ルゥ・カレンセイと申します。どういったご要件でしょうか?」

 マダムがゆったりとした動作でティーカップをつまみます。竜人の四肢は黒曜石のような暗い光を放つ鱗で覆われており、鳥のような節があります。マダムの大きな手には華奢なカップがさらに小さく見えました。


「あなた、ストリップクラブを開くそうね」


「はい。わたしがオーナーです」


「あたくしに衣装をデザインしてほしいとか」


「はい。ぜひともお願いしたいです」

 ランカスターさんと目を合わせて頷きます。


「どんなクラブかわからないでしょう。だから着たのよ」


 チラリとマダムが部屋を見渡しました。

 

 ――うっ……。


 これはまずいです。そもそもお屋敷の改装は中止になったため、お部屋の内装は全く整っていません。

 応接間にはソファーとテーブルの他に敷物も家具も無く、むき出しの暖炉が2つ。ほこりを被ったピアノが一台。壁紙もカーテンもなし。修道院育ちの私に言わせれば十分豪華なお部屋なのですが、見る方が見ればなんとも貧相に見えるでしょう。


「屋敷内はクラブの開店に向けて改装中でして。お見苦しい部分もありますが、3か月後には見違えるようになりますよ」


 ランカスターさんが後ろからサラリと言いました。

 正確には改装の計画は玄関ホールとストリップクラブになる予定のお屋敷右翼部分のみで、左翼の応接間の改装予定はありません。もっと正確にいえば、資金調達の目処も立っていません。


「王立劇場で衣装担当をしていたとか!」

 ここは話題を変えるべきです。


「ランカスターさんをご存知ですか? 元王立劇場支配人で、今はクラブの支配人としてわたしを手伝ってくれています」


「もちろん覚えていますわ。ジェイド君、すぐ出世したわね」


「光栄です」


「若いのにとっても有能で、しかも可愛らしい美少年でしたもの」


 え、それは気になります。

 チラリとランカスターさんを見ると、眉を顰めて首を小さく振っていました。


「マダム、せっかく来ていただきましたから、オーナーからクラブの説明をさせてください」


「いいえ、よく分かりました。あなた方、まだ融資を受けられてないのでしょう」

 

 花茶を上品に飲みながらマダムは続けます。


「理由はおわかり?」

 

 私が有能に見えないから、とは口が裂けても言うべきではないのは分かります。

 かわりに首を振りました。


 マダムの目がクワッと開き、今にも飛び掛からんばかりに前のめりになりました。すごい迫力です。ランカスターさんが視界の隅でビクリと身体を強張らせたのが分かります。


「そのドレスよっ!! そんなドレスを着ているオーナーじゃ引き出せるモンも引き出せないわよっ!」


「このドレスですか?」思わず視線を下げてしまいます。

 確かお部屋に入った時、ドレスを燃やせとか言っていました。


「ジェイド君、言っておやりなさい」


「え?」突然話を振られて、ランカスターさんが間の抜けた声を上げます。珍しいです。


「このお嬢さんにこのドレスが似合っているかどうか!」


「もちろんお似合いです」

 ランカスターさんがいつもの口調で答えました。


「本当の事を!!」

 

 本当のこと? どういうことでしょうか?

「いや。とても……素敵なドレスです」


「……素敵な『ドレス』?」妙に濁した物言いに思わず繰り返してしまいます。


 全員がランカスターさんを見ました。こんなに居心地が悪そうな彼を見たのは初めてでした。


「……――あーうん。その……。わかったよ! いいか、俺は御婦人のファッションなんて知らんが、そのドレスは……なんか、その。君の髪の色と相まって黄色のフヨフヨに見える」


 き、黄色のフヨフヨ?

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