第26話 市街地探索

 街までは貸馬車で行くことにします。

 普段は街まで半刻かけて散歩がてら歩いていますが、売り払う予定のドレスの大箱を担いでは行けないので少し贅沢しました。


 職業案内所での手続きは、すぐに終わりました。丁寧な職員さんはテキパキとメイドさんと料理人と庭師を手配してくれました。明日からお試しで来てくれることになりそうです。

 ついでに、ランカスターさんに頼まれた踊り子と従業員募集の要項も見せて、職業案内所を後にします。


 次の目的地、王都の大馬車道グランド・ブールバードのマダム・キャビッシュのお店の前で馬車を停めてもらいます。

 マダムのお店は通りの一等地にありました。黒い大理石の化粧石に竜人文字の飾り文字で「キャビッシュ」と書かれています。

 夜会用の豪奢なドレスが入った大箱を抱えて、なんとかマダムのお店に滑り込みます。


 カランカランと入り口のベルが鳴ると同時に、奥から女の子2人が駆け寄ってきました。


「聖女さま! こんにちわ」

「聖女さま、いらっしゃいませ」


「こんにちは。ルシアちゃん、リエラちゃん」


 マダムの助手のルシアちゃんとリエラちゃんが迎えてくれます。

 今日はお揃いの淡い藤色のドレスを着ています。とっても可愛いです。


「近くに寄ったので来てみました。お邪魔じゃなければいいのですが」


「問題ないです」

「今はお客さまはいません」


 マダム・キャビッシュのお店の中は、マダムの同様贅沢な雰囲気に包まれていました。壁一面には、様々な色とデザインの布が美しく陳列されています。マネキンはきらびやかなドレスが着せられ、小型のテーブルに手袋や帽子などが整然と配置されていました。

 貴族の皆さんこういったお店で買物をしているのは間違いありません。

 目に映るもの全てが美しく輝い見え、ため息を付く暇もなくキョロキョロとしてしまいます。


「あら、ルゥさん。ごきげんよう」

 カーテンをかき分けて、マダムが登場しました。

 今日は銀のドレスを着ています。輝くような黒々とした肌に銀のドレスが映え、神々しささえ感じます。そして、巨大な角がクリスタルのシャンデリアに届きそうです。


 マダムが指を鳴らすと、ルシアちゃんとリエラちゃんがサッと奥に走っていきました。


「ごきげんよう。マダム」箱の横から顔を出し、なんとか挨拶を返します。


「それはなんですの?」


「公爵からいただいたドレスです。燃やすのはもったいないので、売ろうかと思いまして。とても美しいドレスなのです」

 マダムの頬がピクリと動きました。笑みを抑えているようです。

「そうでしょう。あの黄色のフワフワのドレス、あなたには全く似合っていなかったけれど、作りは一流品でしたから」


「はい。残念なことです」


 マダムに促されてお店の奥にあるソファに座ります。

 黒いビロードのソファでした。インテリア一つ一つにマダムのこだわりが見て取れます。


「素晴らしいお店ですね」


 マダムは当然、といった様子で頷きました。自信のある方は大好きです。

「お屋敷の改築は順調ですの?」


「はい。夏の終わりには素晴らしいクラブができあがりそうです。見違えますよ」


 ルシアちゃんとリエラちゃんがお茶を持ってきてくれました。ティーセットも黒の地に金の模様が描かれている物でした。徹底しています。


「改めてお願いを、と思いまして。クラブの制服と踊り子の衣装以外に、わたしのドレスを作ってくれませんか」


 マダムは興味を引かれないご様子です。それより、チラチラと横に置いたドレスが入った箱に視線を寄せています。

 私は無視して続けました。


「オープンは秋です。それまでに15着ほどお願いしたいです。夜会用ドレス10着と、昼用のドレス5着」

 これは、ランカスターさんと相談して決めた点数です。少なくとも、この位は持っていないと人目につく仕事はできないそうです。実はこれ以上も必要そうなのですが、残念ながら予算がありません。


 マダムはフンっと鼻で笑いました。


「秋は社交シーズンよ。それまでにあたくしのドレスを着たいってお客さんは大勢いらっしゃるのよ」


「そうでしょう」


「あたくしのドレスは芸術品。2日でできるものではないわ。ところで、その公爵がプレゼントしたってドレス『ミスティールヴェール』のお店のものじゃないかしら」  

 マダムは箱の中のドレスが気になってウズウズしている様子です。


「そのようですね。ライバル店ですか?」


「うちの足元にも及びませんわ」


 ルシアちゃんが花茶を注いでくれました。遠慮なくいただきます。

「難しいようでしたら、ほかを当たりますのでお気になさらず」


「お待ちなさい!! まさか自分で服を買おうってんじゃないでしょうね」


「そのまさかです。わたしの今の手持ちの服では、オーナーとしてお客さんの前に出られません。少しは華やかなドレスを揃えなければ」


「あなた、自分の服を買ったことも無いじゃない」


「買ったことはあります。5年前ですが。何事も挑戦しないと」


「全然合わないかもしれませんわ」


「ランカスターさんが指摘してくれるでしょう」

 マダムは疑わしそうに眉を潜めています。まぁ、それについては私も同意見です。ランカスターさんは聡明で率直な方ですが、私の着ている物について意見するかは疑わしいところです。


 出されたお菓子を頬張ります。ピリリと生姜の風味が効いた揚げドーナツでした。一口毎にジュワッと辛甘いシロップが口の中に広がりとんでもなく美味しいです。

「マダム、このお菓子の名前を教えてください」


「お黙り! そのドレスは売りに来たのでしょう?」


「はい。わたしのドレスを作ってくださる方に売ろうかと」

 マダムの頬がまたピクリと動いた気がします。


「ドレスは2日では作れるものじゃありませんわ! あなたに作ったドレスは、他のお客さんの分を手直ししたのよ。あたくしの創作活動はインスピレーションが必要なの。ドレスは単なる布と糸の集合体ではなく、あたくしの哲学と夢の詰まった芸術品ですのよ。うちの店が手がけるのは単なるファッションではなく、身にまとう者の心を映し出す一生に一度の美の表現! それは詩でもあり、人生の旅路を歩む者たちへの祝福でもありますの。一山いくらで売れるものじゃありませんわ――」


「でも?」

 続きを待ちます。

「――あたくしの創意工夫で、量産もできる」


「さすがです」私はにっこり微笑みました。


 思った通り、マダムは芸術家ですが実践家でもありました。ロマンチックですが、現実的に物事を考えられる方です。しかも、自分の欲望に正直で、物事を得るためには猪突猛進です。

 マダムの視線で分かりました。マダムは公爵が仕立てたドレスを見たくてたまらないのです。一流の方は一流の物に引かれるのでしょう。


「ドレスの予算の1.5倍支払っていただくわ。ドレスだけじゃなくてアクセサリーから靴まで一式揃えてあげます。あなたが選んだ小物であたくしの芸術品をぶち壊されたくないですもの」


「それではいつまで経ってもわたしのファッションセンスが磨かれないのでは?」


「物事は得手不得手がありますのよ。そのドレス置いてさっさと帰ってちょうだい」


「あの紺のドレスに合う髪飾りも付けてください。後、お菓子の名前を教えてください」


 竜語で叫ばれて、ドレスを置いて逃げるように退散します。

 広場の横にある黄色い看板のお店のジンジャーブレッドだそうです。実は竜語は少し分かるのでした。



 *



 馬車に待ってもらうよう頼んで街を散策します。劇場を挟んで東側は市役所や大きな建物がある地区でした。ここら辺は来たことがありません。

 ひときわ大きな建物の看板が目に付きました。


「『エコーズ新聞』……」


 ――あの新聞社! 私とランカスターさんが毎日熱心に呼んでいるゴシップ紙の会社でした。4階建てのレンガ造りの立派な建物は王都にゴシップ好きが多い証でしょう。もちろん私もその一人です。

 1階はガラス張りになっており、ショーウインドウに今日の新聞が並べられています。


 つい、自分の事が乗っていないか探してしまいます。

 ゴシップはしょうもないのですが、一面に自分の名前が載っているのは少し面白いのです。


「おっ『黄昏の聖女、公爵との目撃多数。婚約秒読みか』……なるほど? サーシャ様やりますね」


「私がなにか?」


 驚いて振り向くと、想像通りの方が立っていました。


「んぁ……サーシャ様ぁっっっ?!」


 目の前にいたのは黄昏の聖女サーシャ様、その人でした。

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