第25話 本格始動
お屋敷の改築工事が本格的に始まりました。
今日も朝から、親方率いる工房の職人さんが詰めかけて作業開始です。玄関ホールと前庭は機材で一杯になっています。
玄関ホールではシャンデリアは撤去され、足場が組み立てられ天井の壁画を削る作業をしていました。
壁画を書き直す前に今ある壁画を剥がす必要があるようで、上からパラパラと絵の具の欠片が雪のように降ってきます。
「ねぇ、マイスター。こちらに設置するカウンターはどういったものになるの」
足場の下で、親方さんとエレニア夫人がお話しています。
「へい、奥様。天板は寝かせたオークでどっしりしたヤツを特別に下ろします。階段の手すりと色を合わせてオイルで仕上げまして。モールディングは花綱文様で、聖女様の証である星模様を彫りで入れる予定でさぁ」
「まぁ素敵。さすがねぇ」夫人に褒められて、親方さんは赤面しています。
「腰壁と天井の廻り縁にも同じ細工を入れてくださる? 色も合わせた方が統一感がでるかしら」
「おまかせください」親方さんが上機嫌で部下の職人達に指示を出しています。
「ルゥちゃん! どう思う?!」
エレニア夫人とは、契約成立のあの握手をした日から毎日ティータイムの時間にお話してクラブ内の装飾の相談をしていました。
玄関とクラブ内部は赤い絨毯と幕が映える暗く豪奢なイメージと、ふんわりと固めています。といっても、夫人の知識にはとても追いつけません。
「モールディングがなんなのかわかりません」私は正直に言いました。
「いいのよ、あのマイスターは良い腕の方のようね。絶対びっくりするようなものになるから」夫人はふふふと上品に笑います。
「モールディングは腰壁と壁の間とか、壁と天井の堺にある装飾のことよ。壁の腰くらいの位置まで木のタイルが貼られているでしょう。その上にある飾りのコト」
確かに、玄関ホールの壁は途中まで木の壁になっています。壁の堺に彫り細工と、壁面には四角の模様が入っていました。モールディング。覚えました。
「壁紙はどうしましょうかしら」夫人の後ろから、ささっとお付きの方が巨大な見本帳を差し出しました。この方は装飾屋さんのようです。
「天井画が終わるまでには選ばないといけないわねぇ」
分厚い見本帳には、ありとあらゆる壁紙の見本が載っています。
蔓草模様、巨大な花模様、異国風の植物の柄もあります。
カラフルな物、落ち着いた色合いな物、無地のものまで色とりどりです。私なら一生眺めて楽しめそうです。
「綺麗……」思わず覗き込みため息が出ます。
「玄関は明るい色にするのが定番だけど、ここは夜にお客さんがいらっしゃるから、照明映えするちょっと怪しい雰囲気もほしいわよねぇ。銀刷りだとちょっとお高くなるかしら」
見本帳を覗き込みます。見本の下にお値段が書いてありました。
「――――あれ」そこまでお高くありません。もちろん夫人が持ってきた見本帳は高価なものばかり乗っていましたが、予算より大幅に安く見えます。
「こちらは1巻のお値段です」私の考えを読んだのか、装飾屋さんが親切に教えてくれました。
「壁紙はロール状になっているのよ」
なるほど。知らないことばかりです。
「そうねぇ、1巻でどのくらい貼れるかしら……」
店員の方が待ってましたとばかりに身を乗り出します。
「この天井の高さだと……このくらいですね」両手をいっぱいに伸ばします。
「両手の幅?!」
1巻でそれだけ?! ということは……。
「このホールでしたら、100本は必要ですね」
と、いうことは見本帳にある値段の百倍――――。
ひぇっ……。知らないことばかりです。
夫人は熱心に見本帳を覗き込んで、あーでもないこうでもないと楽しそうです。
「エレニア夫人言いにくいのですが、予算内に納めることも覚えておいてくださいね」
「あら」夫人はポカンとしています。
「も、もちろんよ。ほほほ」目が泳いでいます。ちょっと危険かもしれません。
「そうだわ! クラブの中も見てみましょう。装飾は調和よ、調和。一点豪華主義は下品ですもの。ねぇ。ほほほ」
高笑いを残して夫人は工事中の神殿に消えていきます。
逃げられたような気がします。後でもう一度念を押さないと、予算はとんでも無いことになってしまうかもしれません。ミトが言っていた通り、内装は装飾家のこだわり次第、天井知らずの領域です。
「お~ここにいたか。休憩用のお茶持ってきたぞ~」
ランカスターさんの呑気な声が玄関ホールに響きます。ティーポットとカップが並べられカートをカラカラを押していました。
「ランカスターさん。なぜあなたがお茶を淹れているのですか」
「なぜなら、まともに茶を淹れられる人間がこの家にいないからだよ。おい、俺の給料の額を思い出せ。茶汲みにしては高いぞ」
ランカスターさんも私も今や予算の奴隷です。
「お屋敷用に人を雇うことを考えたほうが良さそうですね。これはわたしのお金から出すことになりますが、職業案内所にいけば求人を出せるんでしたっけ?」
「そろそろ潮時だな……。まともな洗濯、掃除、食事、食器洗い……」
今まで洗濯以外の家事はランカスターさんと手分けしてやっていましたが、二人共家事が得意というわけではありません。もちろん、私よりランカスターさんの方が上手でしたが。
2人で毎日ティーカップを割ったりカマドを焦がしてきましたが、無視してきました。それもそろそろ終わりにしなければ。
「今日行った方が良さそうですね。ここでわたしにできる事はなさそうですし」
「その通り」
「お掃除とか家事全般の方2人。お料理担当1人……。あ、あと庭師も雇いたいです。お庭の酷さを実感しました!」
エレニア夫人のお屋敷並とはいわずとも、そろそろ綺麗に整えた方が良さそうです。このまま伸び放題を放置していたら、夏には森になっているでしょう。
「庭師はクラブの予算から出してよし!!」
やった! お許しが出ました。
「行って来い!」
「はい! 現場監督お任せしますね!」
何事も適材適所です。私は街に繰り出すことにしましょう。
そうそう、ついでに公爵からいただいたドレスは売ってしまいましょう。
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