第三章
第24話 お宝探し
開店資金の目処は立ちました。
ただし、まだやることはたくさんあります。それでも、先は見えて来たのでやる気は十分です。
仕事場代わりのダイニングルームは更にカオスの様相を呈してきました。
ありとあらゆる資料と請求書と契約書で、紙の山ができつつあります。
私はランカスターさんはダイニングルームに5日ほど籠もり、改築の日程と人を雇う計画を立てていました。
「終わったぁ~」
今日最後の書類にサインをして腕を伸ばしました。最近はサイン係となり、ランカスターさんの指示の下ありとあらゆる書類にサインをする日々です。
一段落付いたので、エプロンを身につけます。改築が始まるまでにやる事を思い出したのです。
「なんだ? 料理でも作る気か?」
「違います」私は上機嫌で首を振りました。
「実はアル公爵がこのお屋敷を取り戻したい理由が分かったのです。それを証明しようと思いまして」
「ふぅん」
ランカスターさんは顔も上げずに呟きます。興味が無いのも今のうちです。私は得意げに指をビシッと立てて言いました。
「聞いてください! アル公爵はお屋敷に隠された宝が目当てだったのです!」
「……」ランカスターさんが困惑した表情で顔を上げます。
「わたしは正気です」
心配される前に念のため伝えます。
「なんでも、先々代の公爵が聖女様と結婚した時にこのお屋敷に公爵家の宝を隠したようなのです」
エレニア夫人から聞いたお屋敷の噂をランカスターさんに話します。お屋敷を買い取っても、借金をチャラにできるほどの財宝が隠されているに違いがありません。話が進むごとに、ランカスターさんの呆れ顔が強くなって来ました。
「なんで宝をこんな屋敷に隠すんだよ。公爵なんだから、屋敷も宝物庫も銀行の貸金庫もいくらでも持ってるだろ」
「それは……その」
「君がここに移り住むまで何十年も空き家だったんだろ? 無用心過ぎないか?」
「ええ、まぁ……」
「仮にあったとしても盗掘されているか、改装と掃除で入った職人が見つけてなくなってるんじゃねぇの?」
「正論はもう十分です。ま、まだ探していない場所があるかもしれません!」
ちょっとムキになっているのは否定できません。
「なので!! わたしは宝探しにいきます」
*
1階はお屋敷の改築をする際に職人さんがかなり細かく採寸と確認しています。妙な所があれば、その時分かっているはず。
なので私が目星をつけているのは2階です。公爵夫妻の私室と書斎があるところで、普段は私もランカスターさんも立ち入らないところです。
手始めに階段を登った先の最初の部屋に入ります。ここは公爵夫人の個人応接間だったようです。壁紙も家具はなくガランとしていますが、天井の飾り彫が当時の豪奢さを物語っています。
以前ざっとお屋敷を探検した時は、細かく見て回りませんでした。隠し部屋があるのかもしれません。
手短な壁をコンコンと叩きます。正直よく分かりません。
「もしもし、お嬢さん。お宝の存在を信じるって、アル公爵と同レベルの思考だと証明するようなもんだぞ」
後ろからランカスターさんが呆れ声で言いました。
なんだかんだ言いつつ、彼もついてくるようです。お宝に興味があるか、疲れ果てて足を伸ばしたかったのか、どちらかでしょう。
「それは嫌ですが、お宝を発見できれば公爵に渡す事ができます」
壁を押します。しっかりした造りでビクともしません。
「え? 返すの?」
「もちろんです。そもそも公爵家のものですし、さっさと公爵に返せばもうちょっかいを出してくることもないでしょう」
「山分けしようぜ」
「わたし達は融資を受けて開店資金を手に入れました。お金は十分持っています。強欲は罪ですよ」
「オーナー、借金返すのに8年かかるって気づいてるか?」
ランカスターさんを無視して進みます。公爵夫人の応接間の続きは寝室でした。この部屋の家具は巨大なベッドフレームしか残っていません。
ランカスターさんは熱心に暖炉の中を覗き込んでいます。ふとマダムの言葉を思い出しました。
「麗しい美少年だったって本当ですか?」
マダム・キャビッシュが王立劇場に働いていた時は、ランカスターさんは美少年だったそうです。
ランカスターさんがゴンっとマントルピースに頭をぶつけました。
「アホか! 新人の時って6年前だろ?とっくに成人してるわ!」
ランカスターさんが灰を叩きながら行ってしまいました。追いかけるように公爵夫人の寝室から、扉で繋がっている隣の部屋に移動します。
ここは公爵の寝室だったようです。威圧感のある巨大な天蓋付きのベッドフレームが残っているのみです。
「何歳から劇場で働いていたのですか?」
「大学を卒業してからだから、20歳かな」
「ランカスターさんって……上流階級の出身なのでは?」
マダムの言葉を思い出します。ランカスターさんの事を育ちがいいと言っていました。
庶民は自宅や職人学校で学びますが、16歳で働きに出ます。大学まで出るのは貴族や商家の上流階級の出の方だけです。
「フォージの出身ですよね?」
「フォージの領主の息子だよ。今のファージ男爵が兄だ」ランカスターさんがなんてこと無いように言います。確かに、たまに見せる所作が上品とは思っていましたが、貴族の方だとは思いませんでした。
「そうなんですね。すごい」
「大層なもんじゃない。貧乏貴族だよ。俺は七人兄弟の三男」
「フォージは東北の寒い地域ですよね?」たしか、吹雪の大山脈があります。水が豊富なので昔から山沿いに街や村がある地方のはずです。
「そう、俺はフォージの山沿いのランドールって街で育った。ヨツマタが名産っていったら名産かな」
ヨツマタ。聞いたことがありません。
「木の名前だ。紙の材料になるんだよ。山からの風で風車回して木の繊維をほぐして紙漉きやってんだ」
「へぇ」
「一番上の兄貴が爵位を継いで、領地を治めている。大変な仕事だ。俺と二番目の兄は大学を出て、兄貴は海軍に行って、俺は王都に来たってわけ」
「最初から劇場で働いていたのですか?」
「親父は法務官か弁護士になって欲しかったようだけどさ。法務官は給料安いしコネがなきゃ出世できない。弁護士は追加で2年大学に残って、4年は薄給で下働きしなきゃいけないからな。ツテを使って王立劇場に潜り込んだってわけ」
「出世しましたね」
ランカスターさんがニヤリとしました。
「出世は実力だぜ。向いていたのかも。仕送りもできるし」
そういえば、家も借りずに仕送りをしていたようです。
「劇場の機械室に住んでましたね」
「さすがに総支配人まで出世したら、家を買おうと思ってたけどさ。実は機械室がワリと快適でいついてしまった。弟の学費と、妹の持参金が必要だからなぁ」
「良いお兄さんです」
「どうも。宝見つけたら山分けしようぜ」
*
日暮れの鐘が遠くから聞こえてきました。
2人でかなり真剣に2階の部屋を見て回りましたが、怪しいものは一切ありませんでした。
宝箱なし、秘密の小部屋なし、隠し通路なし。
暖炉の奥や、本棚の後ろまで見ましたが、灰やホコリがあるだけでした。
赤く染まった書斎で、書庫のはしごに登り座り込みます。この書斎は本が一冊も残っておらず、本棚は空っぽです。
「ないもんですねぇ。宝」
我ながら間抜けな言葉だと思いました。
本当にあると思っていた? まぁ、その。あっても不思議ではないと思っていました。
「だな」
ランカスターさんがはしごの下の段に座り込みました。同じくグッタリしています。
「やっぱり上手い話は転がっていないですねぇ」
「そうだな」
二人で顔を見合わせます。考えている事は同じでしょう。
「儲けましょう」
「当たり前だ」ランカスターさんがキッパリ言いました。
当たり前です。
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