第23話 商売の条件

 ぼぅっとした頭で歩いて帰宅しました。もうフラフラです。

 エレニア夫人との話し合いで全精力を使い切った気がします。


 前庭には伸びざかりの春薔薇が盛大に茂っています。

 ノーフォーク伯爵邸の素晴らしいお庭を見たあとだと、伸び放題といっても差し支えありません。

 私もお花の手入れでしたら修道院でやってましたが、早く庭師を雇うことを検討した方がいいでしょう。


 玄関扉に手をかける前に、ドアが開いてランカスターさんが迎えてれました。

 険しい顔をしています。


「どうだった」


「融資のお願いに」


「どうだった」ランカスターさんが固唾を呑んで待っています。

 さすがの彼もドキドキしているようでてす。


 ふぅっと息を吐きました。


「成功です! 全額融資してくれるって!」


「マジか!!」


「やったぁぁぁぁー!!」ここは大声を上げていいところです。

 両手を伸ばして言いました。


「やったあああ!!!!」


 玄関ホールの真ん中でランカスターさんと手を取ってぐるぐる回ります。


 やがて張り詰めていたものが一気に抜けていきました。

 ランカスターさんとそのまま床に座り込みます。大理石の床がひんやりと気持ちいいです。


「すごいな、説得できたんだな。どうやったんだ?」


「それとお知らせしたい事がもう一つ」


「なんだ? もう何を聞いても驚かないぞ」



*



 ノーフォーク伯爵邸、白薔薇の間はしんと静まり返っていました。私の心臓の音だけが、ドクドクと耳の奥で響いています。


「融資したらわたくしになにか得があるのかしら」


 当然の疑問です。

 数字を眺める視線でわかりました。エレニア夫人にとっては、この金額は出せるものなのでしょう。

 ただ、彼女は優雅な有閑夫人ではありません。鋭く、賢く、大胆で商売というものが分かっている方です。私の何倍も。


「このストリップクラブが成功したら、お金は利子を付けてお返しできるはずです。残念な結果になってしまったら、何も残りません」


 エレニア夫人は目を細めました。


「このストリップクラブは上流階級の方々の心を掴み、居心地よく、話題になるようなものにしなくていけません。しかも――」机の上の書類を指でトンっと突きました。「この予算内で」


「エレニア夫人、室内装飾家としてわたしのストリップクラブで働きませんか?」


「え?」


 エレニア夫人は初めて驚いた表情を見せました。


「あなたがお金を出す理由は、あなたにしかできない仕事をわたしがお願いできるからです。クラブ内の全ての装飾品の選定をあなたにお任せしたいです。全ての上流階級の方々が目も眩むばかりの豪華絢爛で夢のような空間をわたし達と作り上げませんか?」


 エレニア夫人のはしばみ色の瞳がキラリと光りました。


「新聞の一面を飾り、ティータイムの噂話に上がり、王宮で話題になるような、来た方々が口端々に行ってよかった、素晴らしく美しかったと言われるような、そんな空間を作りたいと思いませんか?」


 私は部屋を見渡しました。


「商売というのは、低俗なことではありません。あなたのように賢く、敏感で、度量がある方にしかできないものです。この素晴らしいお部屋のように、あなたが調度品を選べばわたしのストリップクラブも素晴らしいものになるでしょう。――もしかしたらこの部屋以上に」


 ――どうですか?


 部屋は静けさで満たされました。カチコチと柱時計の音だけが響き渡ります。

 先に沈黙を破ったのは、エレニア夫人でした。


「あなた、あのお屋敷には公爵家の秘宝があるってご存知?」思ってもみない発言でした。


「――へ? ひ、秘宝……ですか?」


「先々代の公爵が聖女様と結婚なさった時に、屋敷のどこかに宝を隠したんですって。そんな言い伝えがあるの」


「宝……ですか」といわれてもお屋敷内はザッと見て回りましたが、ガランとしていてお宝らしきものはありませんでした。そもそも改修途中で放置されたので、玄関ホールの巨大なシャンデリアくらいしか価値がありそうなものは残っていません。


「そんな噂があるから、皆さん公爵と一緒に屋敷に来たのですか?」


「そうよ。公爵とあなたの結婚話が出たおかげで、あのお屋敷に久々に人が住むってなったじゃない。何年かぶりにお宝の噂も復活したってわけ」


「それって本当なんですか?」


「さぁ、100年は前の話ですし。わたしくも子供の頃、祖母から聞いただけなのよねぇ」


「はぁ……」


「つまり、わたくしはあなたのお家の宝探しと、インテリアを好きにいじる権利を得たってわけね」


「え」

 ぽかんと口を開けて、閉じました。


「よろしいでしょう。融資しましょうかしら」


「あっっ、ありがとうございます!」

 身体中の強張りがゆるみ、手の先に熱が戻ってくる感覚があります。


「公爵家の秘宝、先に見つけたらわたくしにも見せてくれる?」


 エレニア夫人が優雅に手を差し伸べました。

「もちろんです」

 二人はしっかりと握手しました。


「そうそう、今日のドレス素敵ね。とっても似合ってますよ」


 ちょっと泣きそうになりました。



*



「室内装飾家として伯爵夫人を雇ったぁ?」

 ランカスターさんが混乱気味に言いました。


「はい」


「なるほど……ノーフォーク伯爵夫人なら目利きと噂の方だからな。流行を知っているし、ツテもあるだろうからいい案かも」


 ホッとします。


「ちょっと待て、いくら払う予定だ? 専属契約か? 期限付き? 条件は?」


 そういえば詳しい話はしていませんでした。

「決めてません」


「ぐおぉぉぉんぬぬぬぬ」ランカスターさんが声にならない叫びを上げて、頭を抱えています。


「んんんん――――……まぁ、いい。どうにかするしかない。お茶飲むか?」

 ランカスターさんがティーポットを持ってきてくれました。ありがたくいただきます。

 温かい濃い目の花茶が身体に染み渡り、改めてほぅっと息を付けました。


「明日、銀行の方と弁護士の方が訪ねてくるそうです。詳細はその時に。ところで弁護士って裁判以外でもお仕事をするのですか?」


「法律家だからな。融資の細かい契約書を作るんだ」


 ランカスターさんがなにかに気付いたように眉をしかめました。


「明日だな? 俺も同席するからな」


「わかりました」


「俺がいない時になにかにサインするなよ」


「わかりました」


「俺を通せ。絶対だぞ!」


「わかりました」



 次の瞬間玄関の扉がバンっと開き、馴染みの声が聞こえてきました。

「聖女さん来ちゃったわぁ!」エレニア夫人は上機嫌の声が響きます。ずいずいと入ってきます。


「え?? エレニア夫人?!どうかしましたか?」慌てて立ち上がります。玄関ホールに座り込んでいる女に融資したくないと思われたら終わりです。


「なんだか待ちきれなくて、お昼の前にもう一度見たくなっちゃって!! 絶対素敵なお店にしましょうね!」手を握ってブンブンと振られます。「オーナーと呼んだ方がいいのかしら。わたくしは投資した側だけど、あなたが雇い主な訳よね。この場合どうなの?」


「え?! いいえ、ルゥとお呼びください」


「それなら、ルゥちゃんと呼びましょうかしら」


 エレニア夫人は壁を叩いたり、階段の手摺をスリスリしたり、なんだか楽しそうです。


「ご機嫌だな、おい」ランカスターさんがボソリと言います。


「そうですね……さっき見送ってくれた時は優雅な雰囲気だったのですが……」


「エレニア夫人、紹介させてください」

 ランカスターさんの横に並びます。夫人はしぶしぶといった様子で手すりから身を離してこちらを向きました。

「あら、あなた見たことがある顔ね」


「わたしのクラブの支配人のランカスターさんです」


「奥様」ランカスターさんが頭を下げて一礼しています。「王立劇場で支配人をしておりました。ランカスターと申します。今は彼女のお店の支配人として働いています」こう見ると、普段の粗雑な印象がなくなって紳士に見えます。


「あら、ルゥちゃんやるじゃない。いい方見つけたわね」


「お力沿いいただき心強いです」


「そうそう、お店の名前は決めたの?」


 ランカスターさんが私を見ます。

 そう、そろそろ決める頃合いだと思っていました。実は今まで心に温めていた案があるのです。コホンと咳払いして姿勢を正します。ちょっと緊張します。


「上流階級の方はストリップ酒場の事をストリップクラブと言うそうです。ここは、わたしのストリップクラブなので――」


 私は顔を上げてきっぱり宣言しました。


「店名はカレンセイクラブとします」


 お店の名前は決まりです。もう後戻りはでません。

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