第28話 オーディション1※

「おいおい、どういうこった『聖女達の昼下がり。公爵を巡る恋の鞘当て』だってさ」

 朝、いつものようにモーニングルームに行くと、ランカスターさんが新聞を片手に呆れていました。


「これって君たちのことだろ?」


「いかにも、わたしとサーシャ様のお茶会です」


 ちょっと自慢げに答えます。市街でお会いしたあの日から、私とサーシャ様は度々街でのお茶を楽しむようになりました。

 サーシャ様は聖女のお仕事があるので、午前のお祈りが終わって午後なにもない日にお会いしています。

 実は初めてミト以外の同年代の友人ができて嬉しいです。エレニア夫人も歳が近そうですが、貴族の方なので友人という感じはしません。


「ランカスターさん、ゴシップ紙を真に受けないほうがいいですよ。こんなの全部でたらめです」


「真に受けちゃいねぇよ」


「サーシャ様は立派な方です」


「それは10回は聞いた」


 アニアさんとミディさんがカートをカラカラと押してモーニングルームにやってきました。


「ご主人様ぁ、朝食の用意ができましたぁ」

 2人は少し前から通いで来てくれているメイドさんです。


「卵があったので目玉焼きにしてまぁす」

 アニアさんは栗色のくせっ毛が可愛らしいヒューマスのお嬢さんです。お掃除が得意です。もう一人のミディさんは整理整頓が得意なお嬢さんです。手先が器用なので、将来的には私の髪結いもしてもらう予定です。


 ランカスターさんとメイドさん達でカートからパン山盛りのバスケットとスープポッドをテーブルに移動させます。


「お茶入れました?」ランカスターさんがティーポットを覗き込みながら言いました。

 

「ランカスターさんは自分でやりたがるだろうから、淹れてません」

 ミディさんが呆れたように答えます。


「よっし、ありがと」

 このやり取りは毎日しています。

 彼はお茶の淹れ方にはこだわりがあるらしく、メイドさん任せではなく自分で淹れたがっているのです。


 使用人を雇ったのは大正解でした。毎日暖かく美味しいご飯を食べられますし、食器を割る罪悪感から解放されます。生活が劇的に改善しました。

 料理人のノーヴィー夫人は昼から来て、昼ごはんと夕ごはんを作ってくれます。

 朝ごはんは毎朝私とランカスターさんが用意していたのですが、台所を汚されるのを嫌がった2人によって、メイドさんに全てお任せになった次第です。


「しっかし、君とサーシャさまが友達になるとはなぁ。『恋敵』なのに」


「サーシャ様はアル公爵ともお付き合いはしていません」


「それも10回は聞いた」


「わたしたちはお茶を楽しんでいるだけです」


「ま、話題になってるのは良いことだ」ランカスターさんが新聞をポンっと叩きました。


「わたしはちょっとうんざりしてきましたが……」


「なぁに、クラブ開店まで君が注目されるのが一番だぜ。しばらく仲良くお茶会して話題を振りまいてくれや」


 ランカスターさんが仕事の顔でニヤリと笑います。

 まったく、ひどい世の中です。



*



 今日はストリップクラブの目玉。踊り子さんのオーディションの日です。

 職業案内所と、ランカスターさんのツテで劇場関係者が多く利用するお店にお知らせを出したところ、多数の応募がありました。


 ランカスターさんと応募書類と推薦状を眺めて議論した結果、10人をオーディションに呼ぶこととなりました。

 できれば、応募いただいた全員とご挨拶がしたかったのですが、ランカスターさんに止められたので断念しています。


 オーディションは実際のクラブのステージで演奏に合わせて踊っていいただきます。

 神殿内部はまだ工事途中で、床の張替えも壁の塗替えもされていない状態でしたが、ステージはできています。垂れ幕が掛かればさぞ重厚な雰囲気に仕上がるでしょう。


 食堂から持ってきた簡素な椅子とテーブルを並べて、ステージ前に座りました。カーテンが引かれ、舞台上だけがランプで照らされています。


 踊り子さん達とピアノの奏者はもう準備できています。


 心臓の鼓動が耳元でバクバクと鳴り、喉が乾きます。今日、10人の中から3人までしぼらないといけません。自分のクラブの花形を。


「どうしましょう。緊張してきました」


「しっかりしろよ。君の店だろ」


「全員合格させたいです」


「だめだ。破産する。3人までだ。絶対、3人」


 なんとか頷きます。


「呼吸しろ。君が踊るんじゃないだろ?」


「分かっています」


「採点方法は話あっただろう?」しまった忘れていました。


 思いっきり呼吸します。舞台横のピアノに視線を投げると、演奏家の方も頷きました。

 いつでも行けます。よーし。


「初めてください!」


 オーディションスタートです。



 一番は獣人の方でした。

 丸っこい耳と長い尻尾が特徴です。黄金色の癖っ毛で、肌も小麦色の方です。

 透ける金色のベールを身にまとい、ステージの上でランプに照らされると黄金に輝いているように見えます。


 ピアノの曲が始まりました。


 手足を動かすたびに金の腕輪が揺れ、ランプの光を幻想的に反射しています。動きを追うようにゆるく三編みされた髪の毛が意志を持っているかのようになびきます。


「ふぁ……」

 思わず感嘆の声が漏れてしまいました。

 小柄な方でしたが、しなやかな筋肉がハッキリとわかる長い脚がとても綺麗です。

 音楽に乗ったジャンプのたびに腕輪がシャラリと音がなり、小ぶりな乳房が揺れるさまに目が離せません。


「見てください。あの胸。可愛いですね」


「……ちょっと気まずいだろ」


 ステップは軽やかで、ちょっと野性的にも見えます。ベールから透ける四肢に目を引きつけられます。


「踊りやってたんだな。基礎がある」

 ランカスターさんが横でポソリと言いました。


 全身を惜しげもなく広げ、見せつけるようにクルクルと回る姿は元気一杯でした。彼女の溌剌とした魅力にクラブ全体が包み込まれたようです。


 曲が終わります。

 踊り子さんは深々と獣人独特のお辞儀をしました。


「ありがとうございました!」


 パッと弾けるような笑顔で挨拶をされて、思わず赤面してしまいます。本当に可愛らしい方でした。

 採点のことなど忘れて席を立ち、パチパチと拍手を送ってしまいます

「素敵でした!」


 ランカスターさんが色々な質問を投げていますが、正直よく聞いていませんでした。出来上がったクラブの輝かしい舞台で踊る彼女の事が頭を駆け巡り、ぼんやりとしてしまいます。


「ありがとうございます。合否は別途お知らせします。今日はお帰りください。次の方!」


 ランカスターさんは冷静でした。

  オーディションはまだ始まったばかりです。

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