第17話 攻めの姿勢

 アル公爵はお父様の覚えを良くする為に、私に婚約を申し込みました。だけどサーシャ様の天啓により、私との婚約は解消して今はサーシャ様と親しくしているようです。

 そして、慰謝料として譲ったこのお屋敷を取り戻そうとしています。裁判を起こしてまで。

 支離滅裂です。公爵がこのお屋敷に固執する意味が全くわかりません。


「やはり、わたしへの嫌がらせではないでしょうか?」


 ランカスターさんは眉をしかめました。

「だとしたら質が悪いな。公爵が酒場を開く話も聞きつけたら、さらに銀行からの融資が難しくなるぞ」


「融資!」リュッカくんが耳をそばだてているのを無視してランカスターさんが続けます。

「屋敷の所有権があやふやのうちは絶対融資はしないはずだ」


 ――あ。


「わたし、このお屋敷で酒場を開くって公爵に言っちゃいました」


 ランカスターさんはため息をついています。ですよね。

 あの啖呵は余計だったようです。敵に手の内を晒してしまいました。


「酒場?! 聖女さまやっぱ旦那と組んでお店でも開くんです?」


「しかし、嫌がらせにしても意味が無いって、あの弁護士先生が公爵を説得してくれねぇかな……」


「聖女さまはこのお屋敷を婚約破棄の慰謝料としていただいたんですよね? なんでも財務大臣からの正式にお屋敷の権利を頂いたとか」

 その通り。さすが詳しいです。

 私は頷きました。


「だとしたら、こちとら女王陛下が治める法治国家ですよ。公爵様がいちゃもんをつけようが、そこまで決着に時間はかからないと思います。貴族の裁判だと法務官様も介入してくると思いますし。むしろ、営業妨害とか言って公爵を起訴し返しましょう! お金もガッツリぶん取れますよ!」リュッカくんはニコニコ顔です。


「人に争いを焚き付けるのは良くないですよ」

 もちろんたしなめます。それに正直これ以上アル公爵に関わりたくありません。


「それより、わたしへの嫌がらせでしたら、他にも圧力がないか不安です。お酒の手配や改築は上手くいくでしょうか?」


「そこまで心配しなくても良いんじゃないかな。エコーズ紙だって嘘っぱちを好き勝手に書き立てているけどお咎めないし」


「報道の自由ですよぅ! あと半分くらいは真実です」リュッカくんは不満顔です。


「下町はギルドと商会の力が強いからな。公爵だろうと圧力かけようとしたら反発が強いはずだ。郵便だって国営だけど、君宛の手紙はちゃんと届けられてるだろ?」


「郵政局の総裁は、ダリウス公爵の友人のアルシノア候爵ですよね。まぁ正直アル公爵に人望はないので、大丈夫だと思いますよぉ」


酷い言われようです。ホッとしつつ、不安はつのります。


「このお屋敷はわたしが初めて手に入れた自分の家なんです」

 私は震える声で言いました。モーニングルームが沈黙に包まれます。全員の視線が私に注がれているのを感じます。

 

「孤児で修道院で育ったわたしが、初めて手にした自分の場所なんです。例えお金が手に入ろうと、手放したくありません。わたしにとって、このお屋敷はただの家ではなく、今のわたしに残った唯一の心の拠り所なのです。リュッカくん、新聞でわたしの味方を増やせないですか?」


「にゃるほど」


「周りの避難の声が大きくなれば、アル公爵もあの弁護士さんも起訴を取り下げるのではないでしょうか」


「聖女さま、その作戦は駄目です」

 リュッカくんがチチチと指を揺らしながら言いました。


「作戦?」


「聖女さまの生い立ちは百も承知ですよ。婚約時にさんざん書きたてましたからね。でも、ウチの読者は庶民も多いですから、ソレを言ったら敵を作るだけですよ」


「どういうことですか?」


「君が婚約破棄されて、慰謝料として屋敷がもらえたのも、聖女会から退職金もらったのも事実だろ? 金銭的には君は恵まれてるぜ。実際屋敷を売れば、何年も生活に苦労しない金は手に入るんだから、庶民の目の敵にならないように立ち回った方がいい。金を匂いをチラつかせちゃ駄目だ」

 ランカスターさんは冷静です。厳しい物言いでしたが、私を気遣ってくれているのが分かります。


「庶民を味方に付けるアピールは結構難しいんですよ。受け身では特にね。しみったれでも相手は公爵ですからこっちから攻めないと」リュックくんは手を拳に握ってシュッシュと殴る真似をしています。


「どうやらわたしが世間知らずのお人好しだったようですね」

 その通り、と二人は大きく頷きました。


 その通りでした。

 新聞を使って味方を増やせればと思いましたが、少し浅はかだったようです。かといって、嘘八百を書き立ててもらうのも違います。そもそも、新聞の記事は私の思い通りになんてなりません。

 攻めの姿勢。といわれても、今までは神々に仕えていた身で、誰かを攻撃した事はありません。


 とはいえ、戦わなくては行けない場面です。じっとティーカップを覗き込みました。もちろん答えは浮かんできません。


「そもそも、アル公爵にはお金がないようですし、無駄な裁判は時間とお金を浪費するだけなのは、よく分かってるはずです」


「ソレに気づける理性が残っていればいいですなぁ~」リュッカくんは呑気に言いました。


 その時、小さなひらめきが脳裏をかすめました。「金が無い人間に、人は金を貸さない」ランカスターさんの言葉が頭の中で繰り返されます。

 やってみる価値はあるかもしれません。

 花茶を一気に飲み干しました。


「ランカスターさん、お湯を用意してもらえますか。お茶をもう一杯飲みたいです」


「ボクももう一杯いただきたいです!」リュッカくんもカップを飲み干して言います。


「獣人は図々しいな」


「今のは問題発言ですよ~!」

ランカスターさんは渋々といった様子で台所に向かっていきました。



 ランカスターさんの姿が完全に見えなくなってから、リュッカくんに向き直ります。

「お父様のダリウス公爵はどこにお住まいなんですか?」


「隠居してからは王都の本邸にはいらっしゃらないですねぇ。あそこは今アル公爵が住んでますから。郊外の大屋敷にいるはずです」


「そこには、エコーズ紙は配達されていますか?」


「もちろんです。でもたぶん公爵は読んでませんよ」


「どなたが読んでいるのですか?」


「使用人とか公爵の秘書とかですかねぇ。公爵は現実的な方なので」


 ダリウス公爵が現実的な方で良かったです。

 手短な白紙を手繰り寄せて、羽ペンでサラサラと手紙を書きます。ランカスターさんが戻ってくる前に書き上げなくてはいけません。

 封筒に入れて、飾り文字でサインをしてからリュッカくんに差し出しました。


「この手紙、新聞社の局長に渡していただけますか?」

 ちょっとやましいので声を落としてしまいます。


「もちろんです」

 リュッカくんの耳がピョコピョコ動きました。どうやら意図が伝わったようです。

「どうしたんです。聖女さまぁ。ニヤニヤしちゃって」


 はい。ちょっとニヤニヤしてしまいます。でももう還俗しましたから、聖女らしくしなくてもいいのです。


「もう聖女会からは抜けた身ですし」私はにっこり微笑んで言いました。


「攻めの姿勢と言われましたので」

 やってみる価値はあるかもしれません。

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