第16話 婚約の真相

「――アル公爵はなぜわたしに結婚を申し込んだのでしょう。公爵なら、お金持ちのお嬢さんとの結婚を希望すれば引く手あまたのはずです。わたしは孤児ですし、貯蓄もないですし」


 ランカスターさんとリュッカくんが顔を見合わせます。モーニングルームに気まずげな沈黙が立ち込めました。

「なにか知っているのですね?」


 2人は目を合わせてくれません。


「ランカスターさん」


「いや……その、俺はゴシップ紙で読んだけだし」急にお腹が空いたようで、焼き菓子を食べ始めます。


「リュッカくん」


「いやぁ~三流ゴシップ紙に書いてあることですから~。んじゃ、ボクはこれで失礼しまぁ~す」


「お待ちなさい」がっしりとリュッカくんの肩つかみ、ベンチに押し留めます。リュッカくんは頭一つ私より小さいので赤子の手をヒネるようなものです。


「あ、あはははは。聖女さま、そんなことどうだって良いじゃないですか」


「ほら、リュッカ君。お宅のトコロで書き散らした内容を聖女さまにお話しろ。エコーズ社の社員に良心なんてないだろ」


「ずるいですよ旦那ぁ!!」


 ジロリと睨みます。リュッカくんの耳が下向きにしょんぼりしました。


「そのですねぇ……アル公爵は王宮の夏至の式典で暁の聖女様にお会いした際に一目惚れしましてぇ」


「そんな話が嘘っぱちな事くらい、気づいていますよ。まぁ1ヶ月前は信じていましたが」


「んんん、あ~。わかりましたよ。言いますから! ボクだってゴシップまみれの生活をしていますが、ちょっとは良心ってヤツがあるんですよ。アル公爵は改革派でしてね。西国の通商条約の改正ついての法案を通したかったようなんですよ」


「つうしょうじょうやく?」


「貿易についての法案だよ。隣国とのやつ」


「そうそう、それそれ。貿易関税についてのあれやこれやの内容なのですが、反対派が多くてですね。聖女さまと結婚することで、神職の方々を味方にしたかったって見方が一般的ですねぇ。貴族院の半分は聖職者ですから。その……」


「……」


 なんだか妙な話です。まったくアル公爵らしくありません。


「アル公爵が政治に興味があるとは思えないのですが」


「そりゃそうです。まったく興味無いのは賭けてもいいです。でも改革はダリウス公爵の悲願でしたからねぇ~。15年前にあとちょっとの所まで話がついたらしいんですが、港街の大火があって有耶無耶になっちゃいましたから。アル公爵はお父上の意志を継いで……といえば聞こえはいいんですが、力を認めてもらう為に政治にいっちょ噛みしたかったようですよ」


「力を認めてもらうって……」


「借金もかさんでますし。ダリウス公爵は隠居したとはいえ剛建な方ですから、あと100年は生きそうですし」


 これは比喩なのは私でもわかります。ヒューマスの平均寿命は都会の方でも65歳くらいです。先代のダリウス公爵は壮健な方のようです。


「なるほど。それでわたしと結婚しようとしたのですね。聖女にとっても貴族の方との婚約はとても名誉なことですから」


 酷い話です。でもスッと理解できました。

 なんだか一目惚れしたと言われるより、よっぽど現実味がある話でした。まったくろくでもない話です。


「だから急に婚約解消の発表があったらか、こちらも寝耳に水ですよぅ。一瞬ダリウス公爵が亡くなったのかと思っちゃいました」


「そういや急に婚約破棄されたよな? 神官様たちの顰蹙も買っただろうし、なんでだろうな。君なんかやったの?」


「まさか! わたしも寝耳に水でした。サーシャ様の天啓があったらしいですね。なんでも、公爵家の今後のための天啓があったとか」

 確かアル公爵がサーシャ様とお屋敷にやってきた時に、そんな事を言っていました。あの時はお屋敷にまさか私がいるとは思っても見なかったのでしょう。今思い出してイライラします。


「ほほぅ」リュッカくんの耳がまたピンッと立ちました。

「サーシャ様って公爵の新恋人ですよね? 最近王都に戻ってきたという! 聖女さまは会ったことあります???」


「んで乗り換えたって訳か。聖女さんの天啓って結婚生活の事もわかるのか?」ランカスターさんはリュッカくんを完全に無視しています。


「聖女が個人宛の天啓を受け取るのは珍しいことではありませんよ」


 聖女の未来視は神々からの天啓として聖女に届けられます。天啓は災害や豊作の示唆から、個人的な内容まで様々なものです。

 聖女が受け取った天啓はすべて神慮書紀局がまとめ、まず女王陛下に届けられてから各部署に通知され公表されます。

 一応門外不出というていですが、個人な内容の場合は公表される前に噂に登ることは珍しくありません。

 天啓の時期と場所は聖女は選べないので、ふいの天啓に聖女様が口走って周りに知れ渡るのは珍しくないのです。


「特に王宮や王家に近い方々に対する個人的な天啓は昔から多く記録されています。記録されている最も個人的なものは180年前のもので、警備兵の奥様の耳飾りを落とした場所を示したものでした。国秘に関わらないものについては、15年たつと国立図書館で公開されますので閲覧できますよ」


「早口だな……」2人が呆気にとられた顔で見ています。


「元聖女なので」

 まぁ、私が最後に天啓を受け取ったのは十年も前なので、ちょっと怪しいのですが。


 それにしても、アル公爵がろくでもないという事は再確認できました。それでも裁判は厄介です。なにか対策を考えなくては。

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