第14話 突然の訪問者
銀行からお屋敷に帰ってきたのは、日が暮れていました。
街の中心に行ったついでに、パンと焼き菓子を買ってトボトボと歩いてきたのでぐったりとしています。
正面扉に手をかけると同時に、中からバッと開きました。
ランカスターさんです。険しい顔をしています。
「どうだった」
「融資のお願いに……」
「どうだった」ランカスターさんが固唾を呑んで待っています。
さすがの彼もドキドキしているようです。
ふぅっと息を吐きました。
「駄目でした」
「駄目レベルはどのくらいだ? 取り付く島もなし? なんざらでもない? 論外? きっかけがあればイケそう?」
「論外レベル……? ですかね。『残念ですが、当行は融資されることはないでしょう』とのことです」
銀行員さんは残念そうに首を振って、融資できないと言われました。
「残念ですが、と繰り返すばかりでした」
「そうか……」
「どなたか~いらっしゃいますかぁ~集金で~す」
玄関ホールに立ち込めた重たい沈黙を破ったのは、呑気な声でした。
裏口の使用人用入り口に獣人の男の子が立っていました。廊下の窓から私に気づいて手をブンブン振っています。
「エコーズ新聞のもので~す。一ヶ月分の集金に参りました~」
そういえば、貴族のお屋敷では新聞は勝手に送り付けられて、集金にくるとランカスターさんから聞きました。2人で顔を見合せます。
「生きてるだけでお金がかかる世の中です」
「それが人生」
とはいえ、私もゴシップ新聞を楽しんでないとは言えません。お金を踏み倒すことはできません。
それに、私は獣人さんのぴょこぴょこした耳や大きな手が大好きです。
「いらっしゃい集金係さん」
私より頭一つ小さい獣人の少年でした。くらい緑色のシャツに黒いベストが赤毛によく似合っています。大きなカバンを抱えていました。
集金係さんは裏口から出てきた私の姿を見て少し驚いたようです。獣人特有の縦長の虹彩がまんまるになっています。
屋敷の主人は使用人用の入り口で人を迎えたりはしないのでしょう。
「これはこれは聖女さま。毎度ご贔屓に~」
「ランカスターさん、わたし手持ちがないので硬貨を用意してもらえませんか」
「いいけど、俺が戻るまでなにも話すなよ」
首をかしげます。
「こいつら、貴族の屋敷に集金名目で上がり込んで、使用人と主人の噂話をするんだ。で、次の日にはその内容があることないこと新聞に載るんだよ」
「まさかぁ~。そんな事はしませんよ~。おや、旦那もしかして王立劇場の支配人では。最近姿を見ないと思ったらどうしてここに?」
「何も喋るなよ」
「はい」
「絶対だぞ」
「はい」
裏口に残された私達は顔を見合わせます。
集金係さんは邪気のないニコニコ笑顔でした。
「勝手に送り付けてお金を払わせて、あげくにゴシップのネタも探すのですか?」
「人聞きが悪いですよぅ聖女さま。ボクはしがない下っ端ですよ」
「お茶飲みます?」
「かたじけない」
まったく、世も末です。
*
「ボク、リュッカって言います!」
集金係のリュッカくんはモーニングルームのベンチにちょこんと座り、ティーカップを両手で持って、ふぅ~ふぅ~と冷ましながら続けます。
「聖女さまからお茶をいただけるなんて光栄です!」
「よろしく、リュッカくん」
「聖女さま、なぜランカスターさんがお屋敷にいるんです?」
無視です。
「王立劇場を辞めたって噂は本当だったんですねぇ~どうして~」
無視です。
「聖女さまぁ~ボクの目を見てください~」リュッカくんが猫のように目を潤ませて訴えかけます。可愛いっっ! でも駄目です。
「ここだけの話で教えてくださいよぅ~」
その時リリンッと正面玄関の呼び鈴がなりました。やった! 逃げるなら今です。
私は断りを入れると逃げるように玄関ホールに向かいました。
扉を開けると、中年の男性が立っていました。何かと人に会う一日になりそうです。
仕立てのよい上着をカッチリと着こなした、恰幅のよい白髪の紳士でした。春の陽気のせいか、汗を書いています。
「はじめまして、お会いできて光栄です。ルゥ・カレンセイ様」
ものすごく礼儀正しい方です。
「わたしく、ハロルド弁護士事務所のペンデント・プレスと申します」
名刺を差し出されて思わず受け取ってしまいます。弁護士とはなんでしょうか……と聞くに聞けない雰囲気です。
私は答えが書いているように、名刺を見つめることしかできません。
「わたしくはダリウス公爵家の代理人としてお屋敷の買い取りについての申し出にきました」
「だりうすこうしゃく……?」
プレスさんはうなずくと大きな革鞄からゴソゴソと書類を取り出しています。
「ダリウスこうしゃく……」
なんとも間抜けに繰り返すしかできません。
ダリウスこうしゃく……ダリウス公爵……アル公爵!
思い出しました、ダリウス公爵は、アル公爵の公式な呼び名です。アル公爵のお父上である先代のダリウス公爵はまだ存命中なので、長男が爵位を継いだ今も先代と区別するために、周りからは名のアルヴィンからアル公爵と呼ばれています。
先代の公爵は隠居して公式の場に出てくることもないので、アル公爵をダリウス公爵と呼んでも差し支えはないはずなのですが、特に浸透はしていないようです。
ここら辺は、貴族社会の慣習によるのでしょう。私にはわからない世界です。
「どうしたカレンセイ? 客人か?」
ランカスターさんが階段からトントン通りてきます。手には革製の小袋を持っています。
「プレスさんはべんごしの方です。ダリウス公爵の」
我ながら間抜けな紹介だと思いました。ランカスターさんが真剣な顔つきになります。この顔は知っています。お仕事用の顔です。
プレスさんは汗を拭き拭き、ランカスターさんにも丁重に挨拶しました。
「どういったご要件で?」
「わたくしの雇い主である、ダリウス公爵アルヴィン・アレクス・ストハーバーはカレンセイ様に対して、公爵家私邸の返還を求めて裁判を起こされます。近日中に中央裁判所からの訴状が届けられます」
「そじょう?」
「裁判で君が訴えられてるって事だよ」
「え、ええ? わたしがですか?」
プレスさんがカバンの中から分厚い書類を取り出しました。
「ダリウス公爵は寛大にも、裁判前にお屋敷の買い取りをご提案しております。カレンセイ様がお早めに買取に同意してくだされば、法廷闘争の煩わしさから解放されるでしょう。どうかよくお考えいただき、お答えください」
なんとか天を仰ぐのをこらえました。問題は1つずつ来てほしいものです。
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